戻る / 目次 / 次へ

(3)出会い

ネット動画の記憶を辿りながら、スケッチブックに艶めいた絵を描いていた昌造は、屋根を打つ激しい雨音に気づいた。
(案の定だ。通り雨にしては、相当激しく降ってるな)
昌造はつぶやくと鉛筆を置き、腕を上げて大きく伸びをした。お茶を入れようとコンロのほうに向かったとき、ふと窓の外に人の姿を見かけた。
見知らぬ男が、水車小屋の軒下で土砂降りの雨をしのいでいる。簡易の雨具を羽織っているが、頭にかぶった野球帽やシャツ、ズボンもずぶ濡れのようだ。
小型のリュックサックを背負っているところから見ると、ハイキングの途中で雨に降られたのだろう。
年の頃は自分と同じくらいだろうか。どこにでもいそうな小父さん顔で、古風なタイプのようだ。良く日焼けして、風雪に耐え抜いたしぶとさも窺える。
そのときハッとした。男が身動きしたとき、濡れたズボンの布地が太ももにへばりついて、もっこりとした膨らみが露わになった。大きな亀頭部の形状までも、見分けられるほどだ。
俄かに昌造の好き心が騒ぎだした。

雨の降りはいくぶん弱くなってきた。もうしばらくすれば止むだろう。それにしても、下着まで雨が沁みとおって気持ちが悪かった。
(さて、どうするか)和義は思案した。着替えは持ってきていない。気持ち悪さを我慢して、このまま帰路につくしかないだろう。
そのとき向かいの家から、年配の小柄な男が傘を差してやってきた。
「雨に濡れて、だいぶお困りのようですね。よろしければ私の家で、服を乾かされたらどうですか」
男は穏やかな声で言った。
和義は一瞬躊躇したが、温厚そうな男の様子に、申し出を受けることにした。
「そうですか。ではありがたく、お言葉に甘えさせていただきます」



男の後について引き戸の中に入ると、土間があり、一段上がって、20畳ほどの黒光りする板の間があった。
全体に薄暗かった。その理由に気づいた。部屋の照明は天井灯ではなく、ぼんぼり風スタンドなどの間接照明だったからだ。そのことが部屋の中を、古風な雰囲気にしていた。
どうやらこの一部屋らしく、隅に流し台とコンロ台があり、4人掛けの食卓、すぐ横には木造のベッドが設えられていた。窓の下に書斎机があって、小さな書棚が壁に取り付けられている。
独り住まいらしく、家の主の生活習慣がひと目で分かるような部屋だった。

「川井田昌造です。むさくるしい部屋ですが、どうぞおくつろぎください」
「あ、武藤和義です。お世話になります」
ふたりは名乗りあって、さっそく昌造が、和義を土間の奥にある脱衣場に連れて行った。

狭い空間の中に、洗面台と脱衣駕籠、それに洗濯機があった。横のガラス戸の向こうは浴室のようだ。
「ここで服を脱いでください。洗濯機で水洗いして乾かします。――浴衣を出しますから、乾くまで代わりに着ていてください」
「ありがとうございます。洗濯はじぶんでやりますから、どうぞお構いなく」
「いえいえ、暇を持て余していたところですから、私がやりましょう。あなたはゆっくりシャワーを浴びてください。さあ、服を脱いで――」
そこまで言われれば和義も仕方なく、家主の前で服を脱ぎだした。ズボンを脱いだ時、越中フンドシなのを見て、家主が嬉しそうに言った。
「越中フンドシですか、これは嬉しい」
和義が怪訝な顔をすると、家主は恥ずかしそうに言葉を足した。「あ、いや、私もフンドシ派でして。お仲間なので、つい嬉しくなって――」
言ったあと、家主は探るような目つきで和義を見た。

(カマをかけたが、どうやらこちらの世界のお仲間じゃなさそうだな)
昌造は少し気落ちしたが、そんな心のうちなど微塵も見せず、濡れたズボンを拾い上げて、ポケットの中身を確かめながら言った。
「ズボンも一緒に洗いますが、大丈夫ですか?」
「ええ、構いません。本当に何から何までお世話になって――」
和義は申し訳なさそうに言って、フンドシを解いた。
(うわっ!すごい――)
現れたモノを見て、昌造は息をのんだ。
ふてぶてしいほど肉厚のイチモツだった。カリがぐんと張っている。
裸になった和義がガラス戸を開けて浴室に入ると、昌造は後から付いていった。昌造は腰をかがめてシャワーのカランを緩めながら、和義に向かって言った。
「少し待てばお湯が出てきます。それから、湯温はここで調節して――。シャンプーは自由に使ってください」
すぐ目の高さに、カリの張ったイチモツがある。説明しながらも、昌造の視線は相手の性器に注がれていた。

ぬるま湯が気持ち良かった。和義は頭からシャワーをかぶった。ついで頭髪用のシャンプーとボディーシャンプーを使い分けて、全身を洗った。
浴室を出ると、バスタオル、それにきちんと折りたたんだ浴衣やフンドシが置かれていた。これを使えということだろう。
バスタオルは清潔そうな匂いがした。家主はよほどきれい好きなのだろう。
フンドシを身につけると、素肌に直接、浴衣を羽織った。フンドシは少し丈が短いようだが、浴衣は丈が合っていた。小柄な家主のものではなく、客用のものがあったのだろう。

脱衣場を出ると、家主が室内にロープを張って、洗濯した和義の衣類をかけていた。ちょうど作業が終わったところだった。
昌造は風呂から上がった和義を見て、にっこりとほほ笑んだ。
「やあ、すっきりされましたね。ところでお食事はされたのですか?」
「ええ、家から持ってきた握り飯を食べました」
「じゃあ、服が乾くまで、ちょっとおしゃべりでもしますか。――お酒は飲まれますか?」
「ええ、少しくらいなら――」
酒は好きだったが、和義は控えめに答えた。

地元酒造だと言って出された酒は、うまかった。端麗な味わいで、冷えた酒が喉越しを通過するのが心地よかった。酒を入れたのは、二重になったガラスの容器で、氷の入った器で酒を冷やす構造になっている。
「これは美味い!甘露水のようです」
一口飲んで、和義はうなった。
昌造が、目も口元もなごませて言った。
「それは良かった。武藤さんは相当いける口ですね」
「いえ、それほどでもございません。こんなおいしいお酒までご馳走になって、もう何とお礼を申し上げていいやら――」
つまみに出されたキュウリの浅漬けもうまかった。どうやら家主は、生活を楽しむコツを心得ているようだ。
ふたりは食卓の椅子に腰かけて、酒を酌み交わしながら、とりとめのない世間話をして時を過ごした。

家族のことを聞かれて、和義は口ごもった。
「子供はいません。――女房は5年前に、クモ膜下出血で死にました。口うるさい女でしたが、いなくなってみると妙に寂しくて――」
ふと込み上げてきて、和義は言葉を途切らせた。死んだ女房のことは吹っ切れたと思っていたのに、あらためて悲しみが襲ってきた。
それに気を遣ったのか、昌造が席を立った。
「私はちょっとシャワーを浴びてきます。どうぞ我が家と思って、くつろいでいてください」

家主が浴室に行ったあと、和義は気を取り直した。女房の顔がふと浮かんで、感傷的になった自分が恥ずかしかった。
部屋を見渡すと、窓際に画架があり、紙面に風景画が描かれている。
(ほう、絵を描かれるのか)
和義は立ち上がって、画架のほうに歩み寄った。
山並みと梅林、手前に越辺川の横切る風景だった。流れるような鉛筆の線描に、ざっくりとしたタッチの水彩が施されている。家主が、かなり描き慣れていることが窺えた。
ふと視線をめぐらしたとき、エッと思った。
書斎机の上にスケッチブックが開かれたままになっていたが、描かれた絵が特殊なものだった。
なんと男と男が絡みあう構図――それも年配者同士の交尾姿――。
和義は浴室の方をそっと見て、書斎机に近づくと、ページをめくってみた。どのページにも、同様の絵があった。
男同士の秘密の世界――。そんな世界があるのは知っていたが、いま現実にその一端を目にし、不思議な興奮を覚えた。

戻る / 目次 / 次へ

21/06/23 07:28 神亀

top / 感想

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.35b