■ 血の絆/風の新之輔U - (五)
(五)
縫は全裸にされ、地下の穴倉の壁に繋がれていた。大の字にされ、両手首と両足首を縛られているので、身動きすら出来なかった。しかも真っ暗闇である。嗅覚だけが利いて、床から湿った土の匂いが立ち昇っていた。
女陰が疼いた。指を突き入れられ、面白半分に弄ばれたのだ。そのとき男は言った。お頭が来たら、たっぷりと楽しませてもらう。それまでお預けだ――と。
それからひと晩中、立たされたままだった。寝不足と足の痛みで、ともすれば意識が薄れていく。
ようやく上の引き戸が開けられ、三人の男が木の階段を下りてきた。手燭の灯りが、男たちの影をまがまがしく床に投げかけている。
燭台に火が入れられ、明かりが縫の姿を浮かび上がらせた。
先頭に立つ中年の男が、縫の裸を見てほくそ笑んだ。
「ほう、これは上玉じゃないか」
男は近寄り、無造作に女陰に指をもぐらせた。
「うっ!畜生、何をする!」
縫は叫んだが、男には何の効き目もなかった。
「ほう、気の強いおなごだ。こりゃあ、責め甲斐がある」
男は野袴を下げると、へのこを剥き出しにして、縫の足の間に突き入れた。
鋭い痛みに、思わず縫は喘いだ。
男は数回腰をうねらせたあと、懐から紐を取り出して、縫の首に二重に巻き付けた。
「首を絞めれば、あそこも締まるという」
紐が引かれ喉に喰い込んだ。呼吸が出来ずに、縫はもがいた。
体内に嵌められた肉根が、大きく膨らんできた。
男は少し紐をゆるめると、質問した。
「お伝の方が死ぬ前、聞いたであろう」
「何をだ――われには見当がつかぬ――ああっ!」
男が激しく突き上げた。
「白々しいことを――お前の父親はどこにいる」
「おとっちゃんのこと?――生きているのかも知らぬ」
「このアマ、優しくすれば、付け上がりおって」
男は激しく腰をうねらせたあと、唐突に引き抜いた。濡れた卑猥な音がした。
「あとは任せる。白状するまで、たっぷりと痛めつけてやれ」
男は他の二人に言うと、部屋を出て行った。
新之輔と多七は、板橋に向けて歩いていた。新造は、いったん藩屋敷に戻って、追っかけ板橋に行くという。
板橋宿は日本橋から中仙道を歩いて、最初の宿場町である。新之輔らは一刻(2時間)とかけず板橋に着いた。
新造は二人に追いついたあと、板橋でいったん別れて、通りの茶屋に入っていった。
そこの親父から裏庭で情報を仕入れた。昔、主な宿場で築いていた諜報網が、まだ残っていたのだ。
「昨日の昼過ぎ頃でした。娘を連れ去った男たちは、身の運びから見ると、忍びの修練を積んだ者たちです」
「どこの忍びか分かるか」
「娘を乗せた駕籠は、竹と縒り縄が使われていました。あれは北条の使っていた忍び、おそらく風魔でしょう」
「して、どちらに行った」
「平尾追分から川越街道に入って行きました」
「そうか。かたじけない。助かったぞ」
新造は、親父に一両渡すと別れた。
三人は合流すると、新造が情報を伝えた。
「縫を攫ったのは、やはり風魔衆でした。駕籠は平尾追分から川越街道へ入ったと言うから、おそらく大井宿に向かったのでしょう。その近くに、風魔の根城があります」
「新造、どうしてそんなことを知っている?」
「昔は霞の新造と言われたわたしです。縁は切れても、わたしの助けになる人間はいくらでもいます。まあ――わたしの人柄でしょう」
「――」
いけしゃあしゃあと言う新造を、新之輔は面白そうに見た。「それは良かった。今度はたっぷりと時間をかけて、礼をさせていただく」
途端、新造は痛そうな顔をして、少し離れた。
「風魔は北条氏に仕えた忍者集団です――戦国の時代は伊賀や甲賀と対等に戦った、筋金入りの乱破です――敵方の者を皆殺しにすると噂され、その残忍さに、周囲の者は恐れをなしていました――奴らの得意なのは、偵察や略奪です」
大井宿への道すがら、新造は二人に説明した。
「北条が敗れて徳川の世となってからは、盗賊に堕した者が多いと聞き及びます。おそらく昔の術技は薄れているでしょう」
多七が、怒りに満ちた声で言った。
「じゃあ、やはり慈安院を襲ったのは風魔――」
新造は話を続けた。
「おそらくそうだろう。風魔の頭は代々、小太郎と名乗っています。それから――」
人が通りかかったので、しばし口を閉じて「海滑藩にもそれらしき影を見ました。使っているのは、留守居役の田上半四郎」
――*――
新之輔たちは林の外れに潜んで、夜を待っていた。
その間、新造は二人と別れて、しばしどこかに出かけた。
半町ほど先に屋敷がある。庄屋屋敷ほどの大きさだが、高さ一間の塀に囲まれていた。
二人のいる位置は高台なので、屋敷の様子がよく見えた。
「あれを――」
多七が声をあげた。
屋敷の広縁から二人の侍が、庭に降りているところだった。
「慈安院に来た二人の侍です。一人は田上半四郎」
田上は三十代半ば、すっきりした姿勢で隙が無い。もう一人は少し年上で、整った冷たい顔立ちをしている。
暗くなって、新造が戻ってきた。
「敵方は十人ほどです。敵の戦力を裂くため、ちょっと細工をしてきました。まあ、相手が引っ掛かるかどうかは、分かりませんが」
新造が背負っていた行李には、忍び刀や棒手裏剣、弓矢、それに火薬を仕組んだ竹筒などが入っていた。その一部、刀や手裏剣を多七が身につけた。
新之輔は、二人に指示した。
「縫がここに捕まっていることは、間違いないだろう。おれが陽動で、屋敷の外に敵を引き付ける。その間に、二人は家探しして、縫を助け出せ」
夜になって風が出てきた。風の中に、かすかに物の焦げる匂いが混じっていた。
鼻の利く忍びが、庭先に出て匂いを嗅いだ。
風魔小太郎が訊いた。
「タツ、どうだ?」
タツと呼ばれた忍びが答えた。
「風上に半里ほど。誰かが焚火をしていると思われます」
「こんな刻限に焚火か。タツ、二人ほど連れて様子を見て来い。罠かも知れん。重々気を配るのだぞ」
侍であれば、こんなことは放っておくだろう。忍びの頭領、風魔小太郎ならではの用心深さで、些細なことも放置しておかなかった。
それにタツは江戸の水路で、多七と間違えてほかの男を殺している。確認作業の大切さを教える意味もあった。
タツと二人の忍者は、闇の原野を走って、火の立つところを目指した。
石の転がる河原だった。人は見当たらなかったが、積み上げた枯れ木がくすぶっていた。三人は辺りに気を配りながら、焚火に近づいた。
いかに忍者と言えど、辺り一面に撒かれた火薬には気づかなかった。暗くて、石や土と火薬の見分けもつかない。
「くそっ、誰かは知らぬが、人騒がせな奴だ」
忍びの一人が、火のついた木切れを足で蹴り崩しだした。
タツは木の燃える匂いの中に、なにかを嗅ぎ取った。タツは声をあげた。
「あ、待て!」
しかし遅かった。弾き飛ばされた熾きが、地面の火薬に点火し、ボッと炎が広がったと思うと、凄まじい爆発が起きた。
その頃、庭に面した屋敷の板戸に、火矢が突き立った。一本、二本、三本――。異変に気付いた男たちが、わらわらと屋敷から出てきた。五、六人ほどいる。
そのとき、屋敷の二か所から爆発音がした。男たちは色めき立った。
庭の暗がりから、新之輔がぬっと姿を見せた。
それを見て、男たちはいっせいに刀を抜いた。刃には漆を塗っていた。
微かに風の鳴る音が聞こえた。
新之輔の長身が揺らめいた途端、一本の矢と化したように走った。獲物を襲う豹の如く、長身が走るところで血しぶきが飛んだ。
男たちは陣形を整えようとしても、変化する動きと敏捷をきわめる速さについていけなかった。首を打たれた者、腕を断たれた者、胴を薙ぎ切られた者――風魔の者たちは、瞬く間に戦闘能力を失っていく。
最後に海滑藩留守居役、田上半四郎が残った。
「いざ、勝負っ!」
田上は正眼に構えると、己を鼓舞するように叫んだ。
新之輔は無言で、上段に構えた。そのまま時をかけずに、素早く打ち込んだ。
切っ先が伸びて、田上の額を撫で切った。思わずたじろぐ田上の右脇を駆け抜けながら、深々と胴を抜いた。
新造と多七は、付かず離れずの距離で、屋敷の中を移動した。どこにも人影は見当たらなかった。
奥の廊下を歩いているとき、不意に新造が「伏せろっ!」と言って、多七を横に突き飛ばした。頭上の空気を切り裂いて、棒手裏剣が飛び去った。
すかさず新造は前に転がり出ると、忍び刀を横に振るった。刃の先が、闇に潜む忍びの腹を裂いた。次いで刃を喉に突き立てた。
「ぐっ!」
忍びは声も出せずに、くずおれた。
多七が、廊下の端にある板戸を開けた。中は暗闇で、下に降りている。壁にかけた手燭を持って、多七が中に入ろうとすると、新造が「待て」と止めた。
新造は先ほど倒した忍びを引きずってきた。二人がかりで死体を立たせて支えると、手燭を背後に持って、ゆっくりと階段を降りて行った。
暗闇から棒手裏剣が飛来して、ドスッドスッと死体に突き刺さる。
「今だっ!」
二人は死体を前に突き飛ばして、多七が手燭を前に放り投げた。闇に潜む男の姿が、垣間見えた。その姿目掛けて、新造は棒手裏剣を投げた。
微かに「うっ」と言う声。その声目掛けて、再度、棒手裏剣を投げた。
新造の闇に慣れた目に、男の影が微かに見て取れた。新造は身を低くして、一直線に走って、刀ごとぶつかって行った。
骨肉を突き刺した、確かな手ごたえがあった。
「多七、明かりを持て」
新造は身構えながら、暗闇で声をかけた。
ほどなく多七が、上階から手燭を持って階段をおりてきた。
縫は大の字にされ、全裸で壁に貼り付けられていた。
拷問跡は凄惨だった。胸や手足に、無数の突き刺された傷がある。指の爪も剥がされていた。それでも息はあった。
部屋に潜んでいた風魔の小太郎は、新造に腹を刺し貫かれて、こと切れていた。
屋敷内を調べ終わって、多七が報告した。
「田上半四郎と一緒にいた、もう一人の侍の姿が見当たりません。おそらく逃げたと思われます」