■ 血の絆/風の新之輔U - (二)
(二)
新之輔は堀昌之と二人きりで、碧雲亭二階の部屋にいた。秋明の着物を身につけた堀は、湯に入ったこともあって、見た目すっきりとしていた。しかし身に受けた辱めは、深く心を傷つけているようだった。
保科肥後守と瓜二つと言っていいほどよく似た堀を前にして、新之輔は妙な気分だった。かつては肥後守と、情を交わしたことがあるからだ。
新之輔は堀の話を聞く前に、まず自分のことを話した。
「拙者は元海滑藩藩士、風間新之輔でござる」
堀はハッとした顔をした。
「堀どのは拙者のことをご存じか」
「貴殿が首藤宗顕さまを弑して脱藩したことや、後日無罪だとされて、お構いなしになったことを聞きました。それから――」
堀は眩しそうに新之輔の顔を見た。「先々代の藩主、首藤宗定さまの落し胤であることも聞きました」
「拙者が首藤宗定さまの落し胤である、と誰が申しましたか」
「保科正之さまが――それに、海滑藩の何人かも、そのことを存じているようです」
(まずいな)新之輔は思ったが、今度は堀の話を聞くことにした。
「堀どのを襲った男たちに、心当たりはありませぬか」
男たちに受けた屈辱を思い出したのか、堀は顔をしかめた。
「全く見知らぬ男たちです。なぜ襲われたのかも分からない」
「ふむ、捕らえた男たちは番屋に入れていますが、これは町方の動く範囲ではない。幕府の目付に、届けなければならないでしょう」
「お待ちください!」
堀は声を上げた。「海滑藩の恥になります。それだけはやめて――」
そこで立ち上がって、床の間に置いた脇差に手を伸ばした。
「待たれよ!何をする」
新之輔は堀の手を押さえた。
「こんな辱めを受けて、おめおめと生きていけぬ。死なせてください」
老人は悲しいほど武士の体面を保つことに、汲々としている。
新之輔は問うた。
「それは本心から言っているのか」
「さよう――」
「たわけっ!」
新之輔の手が動き、堀の頬が鳴った。
凛とした声で、新之輔は言った。
「貴公が辱めを受けたという事は、海滑藩に対する陰謀があるからだ。お家の大事な時に自ら命を絶って逃れるのかっ!そんなことで殿の側用人が務まるかっ!」
新之輔は堀の襟をつかみ、衣類を引き剥いでいった。「そんなに恥と思うのなら、おれがもっと辱めてやる」
堀昌之は無抵抗に褥へと引きずり込まれ、裸に剥かれた。ついで、両手両膝をつき、尻を突き出した格好にされた。
新之輔は着物を脱いで、下帯を解いた。筋肉が浮き出て締まった肉体、そして股間では張り形のようなマラが禍々しく屹立していた。
「ひっ!」
菊座に灼熱の先端が触れるのを感じ、堀は息をすくませた。
敏感な肉襞の中心部を、ヘノコの先端からあふれ出す淫水が、ヌメヌメとなぞりだす。
皺を集めて絞られた肉襞が、淫水でなめらかにこねられて、淫らに弛みだす。
その動きに、突きが加わった。
「あ――ああっ!」
新之輔が腰を進め、マラの先端に押し込まれて、菊の華がじんわりと開いていく。
容赦なく、硬い男の茎が、奥へと入っていった。関門を通り抜けたとたん、強い締め付けが待っていた。
「むっ!」
新之輔は呻き声を洩らした。
堀の内部は、蠕動する生き物となって、引きずり込むような動きをしだした。腰を進めると、内部が押し戻そうと抵抗し、退けば放すまいと肉襞がからみついてくる。
本人の意思に関係なく、勝手に身体が反応しているようだ。
新之輔は気を取り直して、折檻するように腰を打ちつけた。
「ああっ――もう」
苦痛と快楽の狭間で、堀は翻弄され、意識が遠のいていった。
翌朝、堀昌之は身繕いを整えると、新之輔に挨拶した。
「昨夜は見苦しいところをお見せしました。それに助けていただいた風間どのに、お礼も申していません。大変失礼いたしました」
堀は、畳に平伏したまま続けた。「昨夜、風間どのに叱咤されたこと、骨身に染みて分かり申した。自分の小さな屈辱より、お家が大事です。これからは、裏に隠された陰謀を付きとめて参ろうと存じます」
新之輔はあえて冷淡に言った。
「貴殿の気持ちは分かった。しかし軽率に動くのも、どうかと思う。しばらくここにとどまるがよかろう」
「しかし、警固の者たちが斬られ、拙者も行方不明となると、藩が心配します」
「死者のことは、町方のほうで海滑藩に届けるようにした。昨夜、拙者と一緒にいたのは岡っ引きの親分だ。それに貴殿が行方をくらませておれば、敵方も馬脚を露わすやも知れん」
新之輔の脳裏には、謎の剣士の姿が焼き付いていた。あの男が、三人の家士たちを斬ったのであろう。凄まじい切り口だった。男が、人を斬ることに迷いがないのを感じた。
それに新之輔が、新陰流か、と問うたとき、男は否定しなかった。徳川家指南の剣法を使う男が、なぜ――。
――*――
保科正之は、柴田藤兵衛や小柴秋明、それに小紋からもたらされる情報を重宝していた。ご用聞きや物売りの行商、ふらりと立ち寄る茶屋で知り合った読売など、そういう者らの噂話や考えなどを聞くことが出来る。それらの情報を得ると、だいたい世の中で起こっていることが分かってくる。
そうして、お城で目付や諸役からもたらされる報告や伝聞と、藤兵衛らの話からうかがえる世情が、かなりかけ離れていることに気づかされる。
その日、保科肥後守は御城に出仕せず、朝から会津藩の上屋敷にいた。
部屋の外から柴田藤兵衛の声がした。
「風間新之輔どのが参られました」
「ふむ、これへ通せ」
肥後守は、現れた新之輔の姿を見て、驚いたように言った。
「おお、新之輔、新しい刀を手に入れたのか」
(知ってるくせに、なにをとぼけおる)と思ったが、新之輔は神妙な顔で答えた。
「はい、御前もご存じの小柴秋明が、拙者に譲ってくれました」
「小柴秋明?よくは知らんが、いずれにしろ良かったのう。これで心置きなく、余の隠密働きができるの」
「はあ、今日は別のことでご相談に参りました」
新之輔は、昨夜、賊に出くわしたことから、堀昌之の身に起こったことを順次話した。
話し終えると、肥後守は思案顔で言った。
「堀は余の影武者となる前、家光公の近習として、衆道の経験がある。おそらく曲者は、そのことを知っていたのであろう。分からぬのは、堀を辱める目的だ。海滑藩に対してなのか、それとも余に対してなのか――」
そこで顔を上げた。「新之輔、もう少し海滑藩の内情を探れ」
「はっ、そのことにつきまして、お願いがござります」
(今度はなんだろう?)海滑藩江戸家老、室井正俊は、芝にある会津藩中屋敷に駕籠で向かいながら、緊張していた。
幕府の大政参与、保科正之の直々のお呼びである。
前回は風間新之輔が待ち受けていたが――。
通された座敷で待っていると、その風間新之輔が現れた。背後には、行方をくらませていた堀昌之が、侍従のようについている。
「以前と同じく、室井さまを騙すようなことをして、申し訳ない」
新之輔は最初に断りを入れた。「ただ、ことが秘密を要すことだったので、拙者や堀どのの名前を出さずに、お越しいただいた」
新之輔は、堀が襲われたことを、順を追って話した。
室井は信じられないような顔をしていたが、堀が頷くのを見て表情を引き締めた。
「堀どのが襲われたのは、個人的な恨みではなく、背後に陰謀があると思われます。ご存じのように、堀どのは海滑藩の前に、肥後守さまのもとにおられた。この陰謀が海滑藩に対してなのか、それとも肥後守さまに対してなのか――」
新之輔は言葉を切った。そして続けた。
「今、海滑藩で、気がかりなことはありませんか。いや――幕府に気遣う心配はいりません。肥後守さまは海滑藩に気を配っておられます」
室井はしばし考えた。それからおもむろに話しだした。すでに新之輔の素性を認めているのか、言葉使いは丁寧だった。
「藩の中では殿と七十郎さまをめぐって、二つの派閥があります。七十郎さまは、先々代藩主宗定さまの弟君宗顕さまのご長男です」
室井は、新之輔が宗顕を弑したことを、あえて言わなかった。「近頃、派閥間の溝は、ますます深くなっているように感じます」
「何か動きがあるのですか?」
新之輔の問いに、室井は慎重な言葉使いで答えた。
「目立つ動きはありません。ただ――七十郎さまを推す留守居役の田上半四郎が、ときどき隠密行動をとっているようです。会っているのは、おそらく幕府の関係筋の人間かと思われます」
「田上たちが、七十郎さまを推す理由はなんですか?」
「家宗さまが藩政を行うに、まだ若すぎるというのです。殿は御年十三歳になられます。でも殿に限っては、決して若すぎるとは思われません」
室井はとつとつと話した。
「殿が御年八つのとき、将軍家綱さまに御目通りされました。そのとき殿は、実に落ち着いたご様子で、家綱さまのご質問にも堂々とお答えになったそうです。それで、殿が元服されたとき、家綱さまから家の字をいただいて、家宗とされました」
新之輔はちらりと堀を見て、言った。
「そのとき、堀どのが会津藩から海滑藩に行かれた」
「さよう、将軍は大老の肥後守さまにご相談されて、堀どのを殿の側用人に付けられたのです。新参の若い大名は、とかく古参の大名や幕閣たちの苛めの対象にされます。それを慮った、将軍の親心でございました」
(肥後守のお陰じゃなかったのか)
肥後守の話とだいぶ食い違うが、新之輔は話を続けた。
「七十郎さまはどんなお方ですか」
「わたしはよく存じません。御年二十九歳、父親の宗顕さまに似た偉丈夫だそうです」
新之輔は話題を変えた。
「――ところで二年前、お伝の方が亡くなられたそうですね」
室井は、どうして知っているんだ、というような表情をしたが、素直に答えた。
「ええ、秩父山中の尼寺で身まかりました」
「お伝の方には甥御さんがおられますね」
「先ほど申した田上半四郎です。それが何か――」
「いえ、お聞きしただけです」
今度は室井のほうから、話しかけた。
「いま海滑藩の中では、殿は先代藩主頼宗さまのお子ではない、と言う噂が密かに流れております。噂の出所は明らかにされておりません」
そこで室井は、改まった態度で聞いた。「殿は風間どののお子か?」
「ば、馬鹿なことを!」
新之輔は平静を保とうとしたが、思わず焦ってしまった。その動揺を隠すように、逆に質問した。
「室井さまは、どうしてそのようなことを聞くのです」
「風間どのの眼は、殿の眼とよく似ていらっしゃるからです」
「それは――拙者は宗定さまの落し胤と言われています。もし事実とすれば、家宗さまと拙者は血の繋がりがある。眼が似ているというのは、そんなところでしょう」
堀昌之は二人の会話に口を挟まず、横で静かに聞いていた。しかし、胸の内は様々な思いが駆け巡っていた。
殿と風間新之輔が親子ではないかという、室井家老の唐突な質問を聞いてハッとした。
側用人の堀は、海滑藩の中で殿に最も近いところにいる。それだけに若い殿の身体的特徴やちょっとした癖も、熟知していた。
昨日、初めて風間新之輔に会ったとき、なぜか以前から知っているような気がした。それも今考えれば、殿と同じ雰囲気を持っていたからだと気づく。
それとは別の思いもあった。昨夜、手籠め同然に、風間に犯されたとき、遠い昔の衆道の悦びが蘇った。
堀は、三代将軍家光公の小姓を勤めていたとき、上様のお情けを何度か受けた。
しかしあとで気づいた。堀が情を受けたのは、上様の腹違いの弟君、保科正之に瓜二つと言っていいほど、似ていたからだった。名前を昌之と変えさせられたのも、正之に因んだものだった。
上様が真に望まれたのは、念者になることより、御自ら若衆になることであった。それは多分に、祖父の神君家康公への深い想いからきているようであった。
堀の義理の弟、堀田正盛は、色浅黒く逞しい身体つきをしていたが、異例の出世を遂げていた。それも正盛が念者として、上様と深い契りを結んでいたからに他ならなかった。
その証拠に、正盛は上様が亡くなられたとき、腹を切って殉死している。
そして今、堀昌之は、自分の子供ほども年下の風間新之輔に対して、慕う気持ちが日毎に増していた。