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残影/風の新之輔U -  (五)
(五)

「犯罪に加担した町方の三人が死んだとなると、手掛かりがなくなったのう」
「はっ、捕らえられた伊勢屋弥太郎は、すべて与力の小西半四郎に脅されてやった、と言い張っています」
新之輔は、これまで知り得たことを、保科正之に報告していた。
肥後守は念を押すように聞いた。
「五千両の金を持ち去った賊の行方も、分かっておらぬのだな」
「おそらく荷車から舟に積み替えて運んだものと思われますが、今のところ町方も情報を掴んでおりません」
肥後守は腕を組んで考え込んだ。
「八方塞がりじゃの」
「唯一の手掛かりは、賊を指揮していた坊主頭の男です。左眼の上に傷があること、それに伊勢屋によれば、修験僧じゃないかということです」
そこで新之輔は、逆に肥後守に尋ねた。「前に御前は、幕閣内にも怪しい動きをしている者がいる、と申されていましたが、どういった訳でしょうか」
「御城で評議されていることが、外部に伝わっている節があるのだ。今度の伊勢屋の事件についてもひと月前の評議で、御蔵米を扱う札差と米問屋に対して、規制を厳しくしようとする意見が出て、検討していたところだ」
新之輔は訊いた。
「御城の評議はどのようなお方が出席されるのですか?」
肥後守は答えた。
「評議の内容によるが、普段は老中、若年寄、寺社・勘定・町の各奉行や目付などが参加する」
新之輔は聞いていて、ことの重大性に気づいた。そんな幕府の要職にある者の一人が、賊に加担しているとなると、国を揺るがす大事件に発展する恐れがある。
新之輔は考えながら言った。
「もし、その内の一人が陰謀に加わっていたとしたら、伊勢屋の事件だけでは済まない気がします。もっと大きな事件が起こるのではないでしょうか」
「だから、そのほうが居るではないか」
肥後守は、新之輔の顔を面白そうに見た。「智に優れ、剣に優れた風間新之輔だ。相手にとって不足ないだろう」
新之輔は両手をついた。
「恐れながら、その件につきましては、引かせていただきます」
「なに!引くだと」
「はっ、拙者も生活がござります。そろそろ口入れ屋に行って、職を頼もうかと思っていたところです」
「このタヌキめ」
肥後守は苦笑した。脇のお盆にかぶせた袱紗を外すと、紙の包みを手にした。
「切り餅ひとつ、二十五両だ。当面の用立てに使え」
「ははっ、ありがたく頂戴仕ります」
新之輔は、笑みをこらえて平伏した。

高い空に、白い筋雲が掃かれていた。暑い日差しが去り、全てが鮮明に見える。
懐のうるおった新之輔は、気分も軽く、お堀端から日本橋通りへと歩いていた。
(おっ、あれは)
医師の小壺芳美と小者の弥助の姿を見かけた。弥助はいつもの薬箱でなく、布の袋を肩に担いでいる。
歩み寄って声をかけると、芳美が嬉しそうに応えた。
「これは新之輔さま。なにか良いことでもあったのですか。今日は一段と、明るいお顔をされてる」
芳美は新之輔のこととなると、妙に鋭くなる。新之輔は苦笑した。
「ああ、少しな。ところで先生のほうは、往診じゃなかったのか」
「大塚の御薬園に行ってきました。前にそこの管理人の治療をしてやりまして、今日はそのお返しに大変珍しいものをいただきました」
芳美は弥助の担ぐ布袋を見やった。
「ほう、珍しいものとはなんだ。興味があるな」
「はい、丁子の実と葉でござります。外の国で出来るものですが、御薬園にその木が植えられているのです。どうです、新之輔さま、これからわたしの家に来ませんか」
とくに用もないので、新之輔は芳美に付き合った。

布袋の中身は、干からびた種子と両端が尖った葉だった。甘い、いい香りがする。
「これが丁子です。丁子の実は、淡い緑色から淡い紅色に変わったとき、収穫します。
それを乾燥させたのがこれです」
芳美は種子を手の平に載せた。「この実は、このままで香料になります。でもこれから油を取ると、薬用になるんです。殺菌の作用とか麻酔の作用があるんです。金創にも効きますよ」
そこで芳美は、恥ずかしそうに付け加えた。「それから滑り油にも。新之輔さまが永平寺のお坊さんに頂いたという油、あれと同じものです」
「しかし、こんな干からびたものから、どうやって油をとるんだ」
新之輔が聞くと、待ってましたと言わんばかりに、芳美は満面の笑みを浮かべた。
「実は、とっておきの品を手に入れました」

芳美が弥助に手伝わせて、部屋の隅から持ってきたのは、陶製の器だった。直径一尺半ほど(約45cm)の壺を三段重ねにしたような形をしていた。二段目は底のない筒状で、注ぎ口が両側に付いている。一番上は茶釜に似ていた。
「これはランビキと呼ばれている物ですが、焼酎などを作るのに使います。これで丁子の油を作ってみます。――実は、これを試すのは初めてなんです」
芳美に言われて弥助が、火鉢で炭を熾す。それからランビキの下の層に水を入れ、丁子の実と葉を落とし入れた。その器を火鉢の上に置くと、残りの器も積み重ね、一番上の器に水を注ぎ入れる。
それに二つの茶碗と鉄の鍋を横に置いて、準備完了である。
「蒸し風呂と同じ原理です。丁子と水の混じった湯気が、真ん中の器の中で充満します。それが上の冷たい器に当たって、液体に戻るんです」
芳美は茶碗を取って、もうひとつを弥助に持つように言った。「それが注ぎ口から出てきます」
三人は、子供のような興味を持って、注ぎ口を見つめた。
やがて、両側の注ぎ口から、ポタリポタリと液体が滴り落ち始めた。少し黄色みがかった液体だ。芳美と弥助がすかさず茶碗を下にあてがった。

気の長い作業だった。液体が茶碗一杯になるだけで、時を要した。それを鉄の鍋に移し、また垂れ落ちる液体を茶碗で受ける。
見ている新之輔は焦れて、外に出ることにした。(そういえば、妙窓和尚に貰った滑り油も、残りわずかだな)
「では、それがしは帰る。先生、出来た丁子油は、あとで拙者にも持ってきてくれ」
芳美の眼がギラリと光った。
「丁子油は、金創の手当てや痛み止めに使うもの。新之輔さまは、丁子油を手に入れて、何に使われます?」
一瞬詰まったが、新之輔は何食わぬ顔で答えた。
「いや、なに、それがしも刀を使うことが多い。傷を負ったときに備えて、持っておきたいのだ」
そこで付け加えた。「それに今宵、試してみたい。――先生と」
途端、芳美は機嫌を直した。
「では後ほどお持ちいたします。あ、夜になると思いますが――」

外に出ると、ふと思い立って、小網町の船場亭に向けて歩き出した。
珍しく、店には与力の寺内頼母がいた。
「おう、やはり来たか」
寺内は新之輔を認めると、声をかけた。「先ほど本湊の家を尋ねたら居ないので、こちらじゃないかと思った」
「寺内さま、拙者に何かご用ですか」
「まあ、ここに座れ。酒を飲みながら話そう」
寺内は湯豆腐をつまみに、燗酒を飲んでいる。新之輔はハナに注文した。
「女将、何か腹にたまるものはないか。飯だけでもいい」
「だったら深川で流行りだした飯を、作ってあげるよ」
寺内に付き合って燗酒を飲んでいると、ハナが飯を持ってきた。醤油味のきいたアサリの混ぜご飯だった。刻んだネギと油揚げも入っている。
一口食べて、新之輔はうなった。
「うまい!女将、こりゃあ絶品だ」
それを聞いて、寺内が言った。
「おい、おれにもくれ」
すかさずハナが言った。
「ごめんよ。新之輔さまに出した分しかないの」

「小西半四郎らが死んで、黒幕の手掛かりがなくなった」
寺内は要件を話しだした。「おぬし、御城のある方の命で動いていると言ったな。その方は、御目付の一人か?」
「寺内さま、それはご勘弁ください。口外すれば、拙者だけでなく、寺内さまにも累が及びます。でもなんで、そんなことを知りたいんです?」
「伊勢屋の事件は、町方の思いつく範囲を超えている。もっと上、おそらく幕府の誰かが関与していると見たのだ」
「それについては、拙者も同感です。拙者に命じた御城のお方も、そのような疑惑を持たれております。でも今のところ、怪しい人物は浮かびあがっていません」
「――」
寺内は考え込んだ。
ちょっと気の毒になって、新之輔は言った。
「御城の関係で、もし何か情報が入りましたら、一番に寺内さまにお知らせします。もちろん内密で、ですが――」

――その夜。
「ふむ、滑り具合は、これまで使っていたものと変わらぬのう」
「あっ!もそっと優しく――」
芳美をうつ伏せにして、新之輔は双丘に入れた手をうごめかせた。蕾を探り当てられ、おののいた瞬間に指の侵入を許した芳美が、再びあられもない声を上げる。
芳美が持ってきた丁子油の試し使いだった。
沈んだ薄紅色の秘門が、弄られているうちに、開花間際のようにやわらかく膨らんで、珊瑚色にぬめぬめと輝きだした。
指が無遠慮に侵入してくる。
「あっ!ああ――」
これから起こる快楽の期待に、芳美はすすり泣き、下肢をうねらせた。肉奥が引くつくのが分かる。止めようとしても、どうにもならなかった。
やがて、新之輔が覆いかぶさって、背後からあてがい、ググっと入ってきた。息も止まるほどの興奮と悦び――。芳美は、甘美な悲鳴をあげていた。
[21/02/12 07:12 神亀]
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