目 次
ふるさと - (1)
(1)

駅に着くと改札口に、背の低い、ころころと太った老人がいた。
老人はわたしを見て、阪神タイガースのイニシャルの縫われたキャップを脱いで、ぺこりとお辞儀をした。
淡いブルーの半袖シャツに着古したグレーの作業ズボン、肉付きのよい丸顔とまん丸眼鏡――健康優良児がそのまま大人になったようなお年寄りだった。陽光にさらされて、艶々とした禿げ頭が、まぶしいほどだ。
老人は人懐っこい笑みを浮かべて、わたしに話しかけた。
「昭三さんの息子さんだね」
何で分かったんだと不思議に思ったが、わたしは素直にうなずいた。
「ええ、そうです。あなたは、阿部さん?」
「はい。みんなは泰平って呼んでます。あんたもそう呼んでください」
「――じゃあ、あなたもわたしを、昇一って呼んでください」
「昇一さんか。それにしても、お父さんに似て大きな人やね。背丈はいくらあるの」
「175センチです。父も同じくらいだったのですか?」
「いや、あんたより少し低かったかな。その分、あんたより太目やったが」
そう言って、泰平さんは昔を懐かしむような顔をした。



さっそく、老人の運転するライトバンに乗せてもらって、父の墓参りに行った。
車を運転しながら、泰平さんは陽気におしゃべりを続けた。彼は67歳になると言う。
笑顔の絶えない老人で、憎めない性格を窺わせた。
墓地に着くと、泰平さんは前に立って、父の墓まで案内してくれた。薄地の作業ズボンが、横に張った肉付きのよいお尻に張りついて、もくもくと動いている。
やわらかい丸みを帯びた後姿を見ていると、わたしの好き心が騒ぎ出した。
父の名が刻まれた墓石の前に、誰が持ってきたのか、鬼灯(ほおずき)が数本、竹筒に挿されていた。
わたしは父の墓を前にして、何の感慨も浮かばなかった。あれほど恋い焦がれていた父だが、具体的な姿が目に浮かばなかったからだ。
それよりも、わたしの頭の中は、泰平さんの肉付きのよいお尻でいっぱいだった。
あたりには誰もいない。 
(老人を草薮に引っ張り込んで――)
そんな不謹慎なことを考えていた。

墓参りのあと、宿となる泰平さんの家に行った。大きくて立派な農家だった。泰平さんはこんな広い屋敷に、ひとりで住んでいると言う。
「母親が死んでから、ずっとひとりでね。なあに、慣れましたわ。それに仲間たちも遊びに来てくれます」
泰平さんは、のんびりと言った。「それより、これから温泉に行きますか。長旅で疲れたでしょう」
温泉好きのわたしにとって、願ってもない誘いだった。わたしは、一も二もなく、うなずいた。

集落に一軒だけある温泉宿だった。
広い岩風呂は、地元の人たちで賑わっていた。年寄りが多く、琵琶湖の大自然に育まれた健康的な肉体は、わたしの目を大いに楽しませてくれた。
とくに泰平さんの、色白のふくよかな裸体は、わたしの心を掻き乱した。つややかなお尻はむっちりと肉がついて、大きく横に張り、思わず背後から頬擦りしたくなる誘惑に駆られる。太鼓腹の下の薄い茂みから覗く性器は、肉棒もタマタマも太くて丸っこい。
泰平さんは人気者らしく、あちこちから声が飛んだ。そのたびに彼は、人懐っこい笑顔で陽気に挨拶を交わし、中の数人には、わざわざわたしを紹介してくれた。

風呂から上がった後、宿の食堂で晩飯を食べた。その席に、風呂で顔を合わせた老人たちが加わり、さっそく酒盛りが始まった。
素朴で善良な老人たちだった。彼らは、顔立ちも体つきも違うが、どことなく共通の雰囲気がある。
老人たちは酒を酌み交わしながら、おおらかに下ネタ話をした。
「さすが昭三さんの息子さんやね。顔も似てるが、男のお道具もよう似てる」
「ほんまによう似てる。でも、息子さんのほうが、大きいんと違うか」
「さぞかしあんた、たくさんの女どもを泣かしてるな。それとも男たちかな」
「ああ、わしも一度、しゃぶらしてもらいたいわ」
そう言って、老人たちはあっけらかんと笑う。

彼らの話を聞いていると、生前の父も、この温泉宿によく来ていたようだ。
それにしても、男色まがいのことを、あっけらかんと話す老人たちには驚いた。
父のことを知る良い機会だったので、老人たちに聞いてみた。
「わたしの父は、どんな人間だったのですか?」
「そらあ、あんたに似ていい男やった。おおらかで、心が広くて」
「ああ、大きいのは体やチンポだけやない、気持ちも大きな人やった」
「昭三さんの住んでいた家屋敷は、遺言で市に寄付され、今は老人ホームになっている。それも昭三さんのおかげや」
「偉いさんやったが、きさくな人でね。わしらの面倒をよう見てくれたわ」
「ああ、昭三さんには、よう可愛がってもろうた」
老人たちは、父の思い出話をしながら、懐かしむようにふっと虚空を見たり、親密そうな目配せを交わしたりする。
老人たちを見ていると、ふと母方の祖父を思い浮かべた――オスの機能から遠ざかって、些細な事でも、無邪気な幼児のように喜ぶお爺ちゃんだった。

老人たちと別れて、泰平さんの屋敷に戻ったあと、この旅の間にまとめようと思っていた仕事にとりかかった。ある週刊誌に頼まれたエッセイだ。
泰平さんは、蒲団を敷き終わると、わたしに気を遣ってそっと部屋から出て行った。
小一時間ほど書き物をして、尿意を覚えたのでトイレに行った。豆電球に照らされた薄暗くて長い廊下の先に、トイレがある。
泰平さんはすでに寝ているのか、屋敷の中はしんと静まり返っている。

部屋に戻って、そろそろ寝ようかと思っていると、泰平さんの声がした。
「昇一さん――昇一さん――」
「はい、なんですか」
「あのう――部屋に入っていいかね?」
「ええ、どうぞ」
襖を開けると、パジャマ姿の泰平さんが立っていた。老人は部屋に入らず、なにやら、もじもじとしている。
「どうかしましたか?」
わたしが聞くと、泰平さんは情けない顔をして、子供のような口調で言った。
「怖い夢を見たんだ――あのう、いっしょに寝ていいかね」
わたしは、呆気にとられて老人を見た。
愛嬌のある太ったパジャマ姿と、迷子の子犬のような表情――わたしの胸の内で、よからぬ考えがむくむくと沸きあがってくる。
「いいですよ。ちょうど寝ようと思っていたところです」
わたしが言うと、泰平さんは、ホッとしたように部屋に入ってきた。
そばに来て、善良そうな顔が、何かを求めるように、わたしを仰ぎ見た。まるで、子犬が飼い主を見る目つきだ。
泰平さんの表情を見て、それまで抑えていた自制の糸が、ぷっつりと切れた。わたしは衝動的に、泰平さんの太った体に腕を回すと、しっかりと抱きしめた。
しばらくして、可愛らしい顔を両手で挟んで、つやつやとした禿げ頭や、鼻、頬、ところかまわず唇を押し付けた。
[17/03/16 13:22 神亀]
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