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3日目 |
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千秋がラウンジのカウンターでチェックアウトしていると、仲居が近づいてきて、「これは大旦那様から、お世話になったお礼だそうです」と言って、日本酒の2本詰め合わせセットを手渡された。
千秋が怪訝な表情をしていると、昇が多少慌てた様子で仲居に言った。 「ありがたく頂きます。大旦那様によろしくお伝えください」 仲居が立ち去ったあと、千秋が甥に訊いた。 「大旦那さまって昨日の爺さんだろ。べつに世話なんかしてないのに、なんで土産なんかくれるんだ」 「さあ。気持ちの問題でしょう」と言う昇は、微妙な表情をしていた。 「そういえばお前、昨日の夜、部屋にいなかったな。どこに行ってた?」 「――」 「ああっ!お前、女たちの部屋に行ったな」 「違うよ。叔父さん、人聞きの悪いこと言わないでよ」 この日は会津若松方面に行く予定だが、寄り道して新発田城(しばたじょう)を見ていくことにした。千秋が「今日はわしが運転する」と言った。 助手席に乗った昇は、気が気でなかった。 「叔父さん、急がなくていいんだから、ゆっくりね。高齢者の自動車事故は多いんだから」 「お前だって高齢者じゃないか。大丈夫、心配するな」 新発田城は加治川を外堀に利用した平城で、建物がある城跡としては新潟県内で唯一である。別名『あやめ城』とも呼ばれ、桜の名所になっている。 表門に、赤穂浪士の討ち入りで有名な堀部安兵衛の像がある。その前で昇に剣戟のポーズをとらせて、千秋が写真を撮った。 そのとき4人連れの中年女性が、千秋に声をかけた。 「あのう、すみません。私たちの写真を撮っていただけないでしょうか」 「オーケイ」 千秋は気前よくデジカメを受け取ると、女たちの写真を撮ってやった。 女たちが去ったあと、千秋が自慢たらたら言った。 「やはり、あの女たちは見る目がある。わしのほうを選んだんだからな」 「そうですね。私だと危険に思ったんでしょう」 「ほう、お前にしては、えらく素直じゃないか」 「だって、叔父さんは安全パイと見られたんですよ。もう女にのし掛かることが出来ないんだから」 新発田城を出たあと、一路、会津若松へ向かった。これからは磐越道を走って、1時間半以上の長丁場になるので、昇が運転を代わった。 途中で阿賀野川サービスエリアに寄って、トイレ休憩をとった。ベンチに座って自販機のコーヒーを飲みながら、千秋が今朝の話をぶり返した。 「お前、本当に昨夜はどこに行ってたんだ。女じゃないと言っていたが」 昇はその話題は避けたいようだったが、ついに渋々と話し出した。 「――実は、広瀬さんの部屋に行ったんだ」 「博物館のあの爺さんか?」 「ああ。広瀬さんと温泉風呂で話していたら、乙な気分になってきて――それで夜行くって約束をしてしまった」 「乙な気分って――お前、爺さんとやったのか!」 「ああ」 「ああって、お前、爺さんのオカマを掘ったって言うのか」 「そうだよ。これまで内緒にしていたけど、私は今、男性専科なんだ」 千秋は甥の顔をまじまじと見た。 「お前、いつから男に宗旨替えした?」 「女房の父親と妙な関係になっちまって――誘ったのは義父のほうだ――それに女房が死んだあと、女の相手をするのがなにかと面倒臭くなって――」 「それは、お前が遊びすぎだからだ。いつも女どもの交通整理に、追われていたじゃないか」 「人を色情狂のように言って――」 しばらく沈黙がつづいた。 千秋がぽつりと言った。 「不潔じゃないか」 「えっ、何が不潔だって?」 「だから、オカマを掘ることがだ。排泄器官に突っ込むんだ。ウンチがチンポに付くだろう」 「入れる前に、直腸を洗浄するんだ。シリンジを使って」 「シリンジを使うだって!」 「医者のくせに知らないの?洗浄器具だよ。あとで見せてあげる」 「お前、持ち歩いてるのか!」 ようやく会津若松の市街地に着いた。ここからは千秋が車を運転した。 最初に行った『さざえ堂』は、不思議な木造の仏堂だった。サザエに似た外観も変わっているが、内部はなお変わった作りになっていた。二重螺旋のスロープになっていて、上る人と下りる人が出会わない構造になっているのだ。 『御薬園』では年配の外人一行と出会った。彼らは薬草に興味を持っているのか、園内で栽培されている草花を見ては、熱心におしゃべりをしている。 千秋が、肉付きの良い外人男性の後ろ姿を見ながら、昇に言った。 「あの爺さんの尻を見ろよ。まるで年増女の尻だ」 「ああ、叔父さんといい勝負だね」 「お前、まさかわしの尻を狙ってないだろうな」 「狙ってなんかないよ。でも、叔父さんが希望するんなら――」 「おい、よせよ」 そのあと、鶴ヶ城や会津武家屋敷などの史跡めぐりをした。 今夜の宿とする東山温泉に向かうため車に乗ったとき、昇が胸を撫でながら、顔をしかめた。 それに気づいて、千秋が訊いた。 「どうした、胸が痛いのか?」 「今朝出かけるとき、ちょっと不整脈を覚えたんだ」 「ふらつく感じはあるか」 「それはない」 「聴診器を持ってきてるから、宿に行ったら診てあげよう」 会津若松の奥座敷、東山温泉は、1300年ほど前、名僧行基が発見したという歴史ある温泉郷である。宿はこれまでと違って、洋風のホテルだった。 千秋はチェックインするとき、和室10畳の部屋を、洋室シングル2部屋に変えた。昇が月岡温泉で爺さんのオカマを掘ったという話を聞いて、身の危険を感じたのだろう。 さっそく千秋の部屋で聴診器を取り出して、昇の診察が始まった。 千秋が、医師の事務的な口調で言った。 「うむ、問題ない。雑音は聞こえてない」 そこで聴診器の先を、昇の股間に押し付けた 「叔父さん、どこを診てるんだ」 「むしろこちらのほうが問題だな。ドクンドクンと暴れているぞ」 「冗談はよしてよ」 ホテルの浴衣に着替えると、温泉風呂に行った。ここの湯はサラサラの硫酸塩泉で、無色透明、ほのかに硫酸臭がした。 湯に浸かるとき、千秋が昇の股間をまじまじと見た。 「平時でもこんなにでかいのに、とても信じられん。お前、本当に爺さんの尻に入れたのか」 「叔父さん、医者のくせに知らないんだな。人の肛門は柔軟性があるんだ。十分解せば、どんな大きいモノだって入るよ」 懐石料理を食べたあと、少し時間をおいて、カウンター形式のバーに行った。カウンターの奥には、中年のバーテンダーがひとりいた。 「いらっしゃいませ。何になさいますか」 バーテンダーがさわやかな口調で言った。 「ぼくはマティーニ。叔父さんは」 昇が言って、千秋のほうを見た。「いつもの生ビールでいいね」 「ああ」と千秋がうなずいた。 「承知しました」とバーテンダー。 バーテンダーが離れたとき、千秋が昇にささやいた。 「ノボル、人前で、叔父さんって呼ぶのは、やめてくれ。お前とは10歳しか違わないんだぞ」 「だって、私の母の弟でしょう。叔父さんじゃないか」 「そらあ、兄弟が7人もいるからな。お前の母親とは、歳が12も離れている。いいか人前では、わしのことを叔父さんって呼ぶな」 「オーケイ、じゃあ従兄ってことにしておくよ」 「よし。それでいい」 「でも、ねえ、いとこ、なんて呼ぶのは、ちょっと変だな。じゃあ、千秋さんと呼ぶことにする」 「名前も駄目だ。女の名前みたいで嫌なんだ」 「じゃあ、何て呼べばいいんだ」 「兄さんにしろ」 バーテンダーのさわやかな語り口に乗せられて、話が弾んだ。 「私は仕事の傍ら、シロウト小説を書いています」とバーテンダーが言った。 「へえ、どんな小説だ」と千秋が訊いた。 「まだ人にお見せできるレベルじゃございませんが、ミステリーものです」 「ほう、興味があるな。で、どんな筋書きなの」と昇。 「舞台は、現代の東山温泉郷ですが、白虎隊の怨霊を登場させて、密室のミステリー風に仕上げています」 「密室のミステリーか。面白そうだな」と昇がニヤリとした。 「白虎隊は16歳から17歳の若者で編成された、いわば予備軍ですが、会津戦争の時に駆り出されました。戦的には未熟な若者たちですから、当然の如く玉砕してしまいました。その悲劇を背景に、浮かばれない怨念を題材にしました」 「少し怖くなってきたな」と千秋。 「もちろん臨場感を出すために、表現も工夫しました。例えば、ひとり風呂に入っているとき、静まり返った湯表に水滴がポトリ、ポトリと落ちる様や、何かが廊下を歩いてくる、ヒタヒタと迫りくる音など――」 「あ、もういい!そこでストップ!」 千秋が声を上げた。 昇が寝ようとしていると、ドアをノックする音がした。こんな夜更けになんだよ、と思ってドアを開けると、千秋が立っていた。 「ひとりでいると怖いんだ。ちょっと話し相手になってくれ」 「だって、夜中だよ。もう寝ようと思っていたところだ」 「そんな冷たいこと言うなよ。どうもバーテンの話を思い出して、眠れないんだ。少し付き合ってくれ」 結局二人は、ひとつベッドに並んでテレビを見ていた。千秋はぴったりと昇の体に身を寄せていた。 「そんなにくっつくと、私も本気になっちゃうぞ」と昇が言った。 「わしの尻に入れると言うのか。それでもいい。さあ、わしを抱いてくれ」 千秋は言ったあと少し考えて、「やっぱり、手を握るくらいにしてくれ」 テレビの深夜放送では、昔のホームドラマ『おやじのヒゲ』をやっていた。昭和後半から平成初期にかけて放送されていた番組で、主人公は森繁久彌、その息子役で竹脇無我が出演していた。 ![]() 「昔、私の結婚式のとき、友人のスピーチで、私が竹脇無我に似ている、なんて言われたことがある」と昇が言った。 「あんな甘ったれた顔じゃない。お前のほうがずっと男前だ」と千秋。 「お褒めの言葉と受け止めましょう。ところで竹脇無我は後年、ひどいうつ病に悩まされたそうです」 「あの俳優は知的な顔をしていたからな。考え過ぎからきたんだろう。その点、お前は大丈夫だ」 「叔父さんの言葉を聞いてると、何か微妙だな。いかにも私が能天気であるように聞こえる」 「お前の勘違いだろ」 「はいはい、私の勘違いです。竹脇無我は長いうつ病が治ったとき、オヤジと慕う森繁久彌に完治報告をした。それに対する森繁久彌の手紙が泣かせる」 「どんな内容だ」 「『待てば海路の日和と言うけど、無我が治って、長い間待った甲斐があった』みたいなことから始まって、『ユダヤの格言の中に、人間は泣いてばかりでは生きられない、また笑ってばかりでも生きられない、というのがある。だから交互にやればいい。太陽にだってそれがある。ましてや人間にだって』といったような内容だった」 「森繁の演じていた舞台、屋根の上のヴァイオリン弾きだな。ユダヤの格言は、そのへんから仕入れたに違いない」と千秋。 「森繁久彌はすごい人物だったな」 「ああ、だけどスケベ爺だ。あいつの口癖は、女の膝に手を置いて、ねえ、一度だけ、どう、って誘うんだ。その手で、片っ端から女優どもと寝てたんじゃないか」 「えっ、叔父さん、森繁久彌と交流があったの」 「ああ、昔、銀座のママをめぐって張り合った仲だ」 「それではっきりした。やっぱり嘘だ」と昇が断定した。 |
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20/07/24 00:03 神亀
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