■ 海路の日和U - (4)
(4)
スタートホールに行くと、ちょうど向陽不動産の大貫会長の組がティーショットを終えたところだった。大貫はこちらをチラリと見たが、素知らぬ顔をしてフェアウェーに歩き出した。
(会長、なかなかの役者ですね)桂樹は内心ニヤリとした。
横目で見ると、山上常務が大貫会長に気づいて、オヤッという表情をしていた。
プレーが始まって、3人のゴルフの技量はすぐに分かった。白取と澤木はゴルフ慣れした様子だが、あまり欲がないのか、可もなく不可もなくといったところだった。
山上常務は頭ひとつ抜きん出ていた。飛距離はさほどでもないが、フェアウェーを外さず、とくに小技は抜群にうまかった。それに勝負に対する執着心が強く、慎重かつ集中力を持って、一打たりとおろそかにしない。
彼はその日、とくに調子が良くて、5ホール終わってワンオーバーで回っていた。そのせいか、これまでのところは上機嫌で、白取や桂樹に対しても、鷹揚な接し方をしていた。
白取がお愛想を言った。
「常務、きょうは絶好調ですね。30台で回るのは間違いない」
「なあに、これから何があるか分からん。あがってなんぼだよ」
山上は慎重に言ったが、その表情はまんざらでもなさそうだった。
一方、桂樹も、めずらしく調子が良かった。三田村社長や大貫会長がいない所為だろうか、それとも子供ができて、安心したせいだろうか――。自分でも不思議に思うほど絶好調だった。
6番ホールは、美しい池越えの長いショートホールで、このゴルフ場の名物ホールだった。
前のホールでラッキーなバーディーをとった桂樹が、オナーだった。
桂樹がティーグランドに立つと、向こうのグリーン奥で大貫たちの組がこちらを見ていた。彼らはホールアウトせずに、後の組がティーショットをするのを待っているのだ。
桂樹は6番アイアンを持つと、軽く素振りをし、ゆったりとショットを放った。打った瞬間、手に伝わる感触から、ナイスショットだというのが分かった。白球が素晴らしいスピードで大空に突き刺さるように伸び、それから緩やかな円弧を描いて、グリーンのほうに飛んでいった。
桂樹が見守る中、ボールがグリーンに落ち、ピンの手前で弾むのが見えた。
(ピンがらみだ!)桂樹は確信した。
そのとき、向こうで待つ前の組から喚声が上がった。ボールはグリーン上から消えていた。
(――ということは!)桂樹は愕然とした。
白取が驚き声で言った。
「おい、ホールインワンだ!」
「まさか――」
桂樹は、息苦しさを押さえてつぶやいた。
山上がグランドにティーを刺しながら、冷静な口調で言った。
「いや、確かにホールインワンだろ。前の組があれだけ騒いでいるんだ」
桂樹はとたんに膝が震えてきた。そして頭の中では、さまざまな想念が渦巻きだした。記念植樹をして、お祝いパーティーを開いて、関係者に記念品を贈呈して――。
このときばかりは、三田村社長に感謝した。以前、社長に言われて、むりやりゴルフ保険に入らされていたのだ。
(でも保険金で、足りるのだろうか?)
桂樹があれこれと思い悩んでいるうちに、山上がティーショットを放った。力みが入ったのか、ダフってボールは高く舞い上がり、無情にもポチャンと音を立てて池に落ちた。
山上は憮然としてボールの落下点を見ていたが、振り返ると文句があるなら言えといわんばかりに、桂樹たちをにらみつけた。
とたんに3人は、あらぬ方角を眺めた。
それを境に、山上の不平が始まった。彼は、桂樹にあれこれと嫌味を言い出した。
「きみ、野球をやってるんだって?どうりでよく飛ばすはずだ。でも、パワーはあっても知性がなあ――」
「へーえ、ホールインワンをやったばかりなのに、次のホールはパーか。たいがいの人は崩れるんだけど――。きみんちの社長と同じだな。度胸が据わっていると言うか、無神経と言うか――」
「なに、わたしのボールがグリーンに乗らなかったのは、風のせいだって?ありがとう、慰めてくれて。それにしても、きみは自然現象のせいだとたびたび強調してるけど、何が言いたいんだね。分かった、この前の漏水事故も、自然現象だと言いたいんだな?」
桂樹は反発もせず、おとなしく山上の言うことを聞いていた。
見かねて澤木部長が、そっと桂樹にささやいた。
「高山さん、気にすることはない。常務は口で言ってるほど、悪く思っているんじゃないから」
「大丈夫です。確かにわたしは神経が鈍いほうですから」
白取も桂樹のところに来て、ささやいた。
「おい、ちょっとは手加減してくれよ。山上さんは負けず嫌いだから、三田村社長の二の舞いになるぞ」
「でも手加減したと分かれば、常務はますます怒りますよ」
「だったら、分からないようにやってくれ」
「わたしはそんなに器用じゃありません」
前半のハーフが終わって、山上常務はすっかり無口になっていた。彼は上がり2ホールを大叩きして、30台どころか45で回っていた。それにくらべ、桂樹はパープレーの36だった。もちろん彼のベストスコアだ。
食事中は気まずい沈黙が流れた。場をとりなすように、もっぱら澤木が話しかけ、それに白取と桂樹が言葉少なに受け答えする。その間、山上常務はむっつりとして、黙々と食事をしていた。
「さすが高山さん、お若いだけに、波に乗るとお強いですね」
「たまたまですよ。パープレーで回れたなんて、自分でも信じられません」
「それにしても、ホールインワンとは恐れ入りました。わたしは、自分の目で直に見たのは初めてです」
「――」
「あのホールは、白取さんもナイスショットでしたね。ピンそば2メートルでしたか。
ホールインワンが出たので色褪せましたが、それでもたいしたものですよ」
「いえ、たまたまで――」
白取はつぶやいて、そっと山上常務のほうをうかがった。山上は3人の会話も耳に入らぬように、黙々とハシを動かしていた。
そのとき、食事を終えて午後のスタートホールに向かう大貫会長がやってきた。
「お、高山くんじゃないか」
彼は初めて桂樹に気づいたように、声をかけた。すこし演技過剰だなと思いつつ、桂樹も驚いた表情を作って言った。
「あ、大貫会長――会長も来られていたのですか?」
「ああ、奇遇だな」
大貫は、テーブルにいるほかの3人を無視して、話をつづけた。「さっき6番で見たような顔だと思っていたが、あれはきみだったのか?」
「と思いますけど――」
桂樹は、山上がこちらを見ているのを意識しながら、返事をした。
「じゃあ、きみだな。ホールインワンを出したのは」
「まぐれですよ」
「当たり前だ。やろうとしてできるもんじゃない。しかしきみは、おめでた続きだな。この前は子供が生まれたし」
「おかげさまで――」
「なに言ってるんだ。子供を作るのをわしが手伝ったわけじゃないぞ」
「――?」
「よし、今度、ホールインワンの祝賀パーティーをやろうじゃないか」
「あのう、会長――どなたがやってくださるんですか?」
「なに言ってるんだ、きみは」
大貫は、桂樹の背中を親しげに、ドスンと叩いた。「もちろん、主催者は、やった本人だよ」
それから彼は、せかせかと歩き去った。
大貫が去ったあと、山上がおずおずと桂樹に聞いた。
「今の方は――向陽不動産の大貫会長じゃないのかね?」
「そうですけど――」
桂樹は、なにくわぬ表情をするのに苦労した。
「きみは、あの方とお知り合いなの?」
「はい、何度かゴルフをご一緒させていただきました。それ以来、親しくお付き合いさせていただくようになりました」
山上は、うかがうように桂樹の顔を見ていたが、慎重な口振りで言った。
「こんどわたしを、大貫会長に紹介してくれないか?」
「いいですよ」
桂樹はあっさりと言った。そこで少しいたずら心が湧いた。「でも、常務がお気を悪くされるかも知れませんよ」
「どうしてだい?」
「大貫さんは、ちょっと変わった方でして。そのう――ぶっきらぼうで、偏屈で、タヌキのようで。なにしろ相手をいじめることに、無上の喜びを覚えるようなところがありますから」
「高山くん――」
横から白取部長がたしなめた。
桂樹は白取を無視して、山上に言った。
「それでもよろしければ、ご紹介しますけど」
山上がうなずいた。
「ああ――ぜひとも頼むよ」
「あ、それから――」
桂樹は言い足した。「大貫さんが常務にご無礼なことをされたら、わたしに言ってください。わたしから意見しておきますから」
その言葉に、山上はまぶしそうな目つきで、桂樹の顔を見つめた。