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■ あけぼの町物語(前編) - 第6章 偏屈のりべー(3)
(3)

則平は3日間、仕事を休んだ。と言うよりも、謹慎させられたと言った方が、当たっているだろう。
その間毎日、夕方になると飲みに出かけた。
4日目の朝、中野センター長から電話があって、市の福祉部長に会ってくれと言う。
則平は重苦しい気分で市役所に出向いた。勝手知った建物だが、今はよそよそしい感じがする。
通された部屋で待っていると、福祉部長がやってきた。背が低く小太りで、前に中野の部下だった男だ。
部長は値踏みするように則平を見たあと、てきぱきとした口調で言った。
「あなたのセクハラ容疑は晴れました。どうやら、あなたは罠にはめられたようです」
寝耳に水だった。どうして?と訝っていると、部長は話を続けた。
「事件のすぐ翌朝、地元紙に記事が載っていたことを考えると、計画的にやられたようです。今のところ、女性職員がどうしてそんなことをやったのか不明ですが、いずれ解決するでしょう。今、中野さんと警察の方で調査を続けていますから」
「あ、それから」部長は思わせぶりな口調で言った。「警察には、あなたの性癖について言っていませんから、安心してください」
(おれの性癖?何を安心するんだ?)
則平が何か言うまえに、部長は、「じゃあ」と言って、せかせかと部屋を出て行った。
なぜだか、則平を避けているようにも見えた。

「ええっ!じゃあ、私がホモだってことを、福祉部長に言ったのですか?」
則平は老人介護支援センターに戻って、センター長の部屋にいた。
中野はこともなげに言った。
「だって、この際、仕方がないじゃないか。きみが女にまったく興味が無い、ということを立証するのがまず先決だ」
則平はぐぐっときたが、気を取り直して中野に訊いた。
「で、福祉部長は、それを信じたわけですね?」
中野はのんびりと答えた。
「いいや、最初の内は信じなかった。きみは3回も結婚しているから、女好きだと思われているんだ。で、きみの素行調査をしたらどうかと提案した。ほら、きみはちょくちょく、ホモバーの雅に行ってるだろ」
中野の話を聞いていて、則平はふと思い当った。この3日間、誰かに見られているような気がしたが、あれはこのことだったんだな。
追い打ちをかけるように、中野が言った。
「それに、きみはもう62歳だ。市役所も定年退職したあとだし、ホモだとばれても大した影響はないだろう」
則平はこのとき初めて、中野に対して強いサディスティックな気持ちになった。
(こんど抱いたときは、徹底的に痛めつけてやる)
彼が難しい顔をして黙り込むと、中野が能天気に言った。
「ひょっとしてきみ、怒ってるのかい?まあ、機嫌を直せよ。今夜はたっぷりサービスしてあげるから。それから――」
中野はデスクから白い封筒を持ってきて、則平に渡した。「もらい物だけど、きみにあげるよ。たまには娘さんと外食でもしたら」
開けて見ると、ホテルの食事券だった。こんなもので怒りを相殺するつもりはないが、取りあえずくれるものは頂くことにした。
その夜、則平は久しぶりに中野とベッドを共にした。そして、いつになく燃えた。
中野の太った身体を折り曲げて、一直線に肉杭を打ち込んだ。その激しさは、折檻しているのか愛の行為をしているのか、区別のつかないものだった。

翌朝、木原覚が家にやってきた。覚が中野と打ち合わせをする予定で、一緒にセンターに行くことになっていた。濃紺のスーツに白シャツ、赤と紺、シルバー3色のストライブのネクタイをしている。
いつもラフな格好を見慣れているので、覚のスーツ姿は新鮮に見える。
「あら、覚さんって、案外おしゃれね」
千佳子がお世辞を言い、覚は嬉しそうに顔をほころばせた。
その横で、則平がぼそっと言う。
「みにくい内面を隠すために、外見をとりつくろっているとも言うな」
「お父さん!」と言って、千佳子がにらみつけた。

センターに行く道すがら、則平は覚に訊いた。
「お前、千佳子のことをどう思っているんだ」
「どう思っているって?」
「いくら幼馴染と言ったって、お前たちはちょっと近すぎやしないか?」
「そんなことはないと思うけど――」
いつもはずけずけと言う覚が、急に口が重くなった。それに、どことなくおどおどしている風にも見えた。則平はおやっと思った。
「千佳子が好きなのか?」
則平は、ずばり訊いた。
覚は少し間をおいて、小声で言った。
「――ええ」
「千佳子が結婚する前に、意思表示したのか?」
「いえ――気後れしてしまって。――でも、千佳子さんが結婚したとき、何かとても大切なものを失った気がしました」
則平は聞いていてあきれた。物怖じしない30歳の男が、こと男女の話になると、初心な青年のように引いているのだ。
則平は内ポケットから、昨日、中野に貰った食事券を取り出すと、覚に渡した。そして、ぶっきらぼうに言った。
「たまには千佳子を、食事に連れて行け」

中野と則平を前に、覚はこの3日間で調査したことを話した。どうやら彼は、則平の家で話を聞いてから、すぐに非公式の調査を始めていたようだ。
その報告は、驚くべき内容だった。
まず、介護ヘルパーの内村由香と暴力事件で実刑判決を受けた高居謙太は、男女の交際をしていた。謙太は現在、刑務所から出所して、保護観察下にある。
覚が内村由香に話を聞きに行ったとき、さほど時をかけずに、彼女はすべてを白状した。まさか警察から、謙太のことを訊かれるとは思っていなかったので、仰天したようだ。
「――高居謙太は、一昨年のことを根に持っていた。それで嫌がらせの積りで、内村由香にあんなことをやらせたようです」
「でも、槌谷くんは、一昨年の件にあまり関わっていないだろう。あのときは、支援センターに来たばかりだし」
中野の問いに、覚は軽くうなずいた。
「内村由香の話によれば、センターから来た人間なら、誰だって良かったそうです。それに槌谷さんは、そのう――女好きと見られていたようで」
則平のほうを見ないようにして、覚は言った。中野のほうは、いたずらっぽい視線を送ってきた。
則平はコホンと咳払いして言った。
「しかしあの女、迫真の演技だったな」
「彼女は高校生の時、演劇部にいたそうです」
すかさず覚が言った。
則平は内心、感心した。覚はわずか3日の間に、全てをあっさりと調べていたのだ。
(おつむの弱い体育会系の人間だと思っていたが、少し見方を変えるか)
「それで、警察のほうではどうするつもりですか?」
センター長の質問に、覚は考えながら言った。
「警官の私が言うのもなんですが――できれば警察沙汰にしたくないと思っています。内村由香は反省していますし――」
彼は則平がうなずくのを見て、話を続けた。「今度は高居謙太に会って、話を聞きます。まあ、二人をどうするかは、その結果次第ですね」
「じゃあ、私も行く」すかさず則平が言った。
「駄目です。危険かもしれない。ここは私に任せてください」
「いいや、私も行く。高居の顔は覚えているから」
駄目と言われれば意地でもやる――則平は頑固に言い張った。覚は困った顔をしていたが、半ばあきらめてもいた。
そして中野は、まだ若いな、という顔で、同情するように覚を眺めていた。

則平と覚は市民センターに来ていた。高居謙太は、そこの多目的ホールの仮設ステージを設営するアルバイトをしていると聞いていた。
場内では若者たちが、椅子や放送機器を運んだり、セットしたりしていた。
二人はその合間を縫って、高居を探した。
先に見つけたのは、則平のほうだった。
「高居謙太さんですね」
声をかけると、高居は返事をせずにこちらをにらんだ。則平より頭ひとつ背が高い。
則平はごくりと唾を呑み込むと、目の端で覚の姿を探しながら、男に言った。
「私は老人介護センターの槌谷と言うものです。今日は、あけぼのホームの内村由香さんの件で――」
最後まで言えなかった。高居が怒鳴り声をあげた。
「なんだ、お前は!発掘したての骨董品のような顔をしやがって!」
そして、いきなり殴りかかってきた。
とっさのことで、則平の体は無意識に動いた。身をよじらせて避けると、男の右腕を抱えて体を沈み込ませた。
男の体が宙を飛び、派手な音をたてて椅子を押しつぶした。
小さな年寄りに投げ飛ばされた高居は驚いただろうが、投げた当人のほうが、なお驚いていた。技がこんな見事に決まったのは、合気道をやって以来、初めてのことである。
駆け寄った覚が、驚いたように則平を見ていた。その表情には、多少、称賛の思いが込められている――と言えなくもない。

「じゃあ、小父さん。ぼくはこれで――」
「ああ――今日はごくろうさん。お蔭でおれの無実も証明できた」
「じゃあ、明日からすっきりした気分で仕事ができますね」
「いや、おれはセンターを辞める」
「はい?」
「別の働き口があるんだ」
駆け付けた警察官に、高居謙太を引き渡したあとだった。二人は則平の家の前で少し会話して、そして別れた。

覚の姿が見えなくなったところで、買い物かごを持った千佳子が帰ってきた。
「あらっ、覚さんは?」
覚がいないのを見て、千佳子が訊いた。
「ああ、今、別れたところだ。署に戻るんだろう」
「まだお仕事なの。今日は、夕食に呼ぼうかと思っていたのに」
則平は肩をすくめた。それから何気ない口調で言った。
「あいつは、お前を食事に誘いたかったようだ。なんでも、ホテルの食事券が手に入ったとか言って――」
最後まで言い終わらないうちに、千佳子は走り出していた。
あっけに取られて娘の後姿を見ていると、道の端を見知った顔が通り過ぎた。
大柄、昔の殿さまのように立派な顔――。北井修一郎という造り酒屋のご隠居だ。合気道の縁で、彼の私設道場に行ったことがある。
北井は中野センター長と昵懇の仲らしい。だったらタチだろうが、尻の開き具合からすると、男も咥えこんでいそうだ。
肉付きの良い大きな尻が、歩くにつれモクモクと動いている。
(いつか可愛がってやるか)
則平は、ご隠居の姿が通りの向こうに消えていくまで見守った。
そのうち彼の意識は、白昼夢の世界に入り込んでいた――。

春の野原で、学習塾の教師、畑を押さえつけ、裸に剥いていた。ふくよかな白い肌がしっとりと汗ばんで、まばゆい陽光のもとで輝いている。
その豊満な体を開けるだけ開かせて、
「さあ、先生、もっと股を広げてみろ」
「うう――あはあ」
先生が太った身をよじらせ、甘ったるい喘ぎ声をあげる。
「ふふふ、いい眺めだ――これからたっぷりとハメてやる」
後ろからピンク色の乳首をもてあそびながら、柔らかい耳元に唇を押しつけてささやく。香ばしい体臭が漂ってくる。
「ああ――もう――許して」
「許さん――さあ、尻をこっちに向けろ」



――春うらら。
路上に突っ立って、宙に向けて白痴のような笑みを浮かべた親父を避けて、若いカップルが足早に通り過ぎて行った。

                        あけぼの町物語(後編)につづく
[17/02/15 07:34 神亀]
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