目 次
老春の街(後) -  (2)
(2)

目覚めたとき、一瞬自分がどこにいるか分からなかった。すぐ横に寝るティムに気づいて思い出した。昨夜は同級生のティムの部屋に、泊めてもらったのだ。
ぐっすりと寝たので、時差ボケは感じなかった。逆にものすごい充実感を覚えた。昨日は帰国してすぐに風俗店で抜いてきたというのに、男の根が勃起している。
(おいおい、朝っぱらから何だよ)
そのとき身動きを感じて、ティムが目を覚ました。彼は同じベッドで寝ていることから、少し恥ずかしそうに「お早う」とつぶやいた。
健一はいたずら心を起こして、ティムの小柄な身体を引き寄せると、「触ってみろよ」と言って、友の手を股間に導いた。
そのときのティムの反応が面白かった。
手に触れたものの状態に気づいて、エッという表情、それから「いやらしい」と言いながらも、手はパンツの膨らみを握り続けている。
その様が可愛らしくて、健一はティムをグッと抱き寄せてブチュッと口づけした。
ティムはもがいて身体を離すと、あわててベッドから抜け出た。
「ケンさん、勘違いするなよ。ぼくはそんな気はないんだから」
ティムの顔が赤らんでいる。「それより、ケンさんがぼくの部屋に泊まったことが知れるとサトルが怒り狂うよ」

サトルというのは、老け専ゲイバーを経営している小山悟のことである。彼は太腿の付け根に『健さん命』と入れ墨するほどの、ケンさんファンである。
健一、ティム、サトルは、地元の中学、高校時代の同級生だった。現在54歳にして3人とも独身である。唯一、健一だけは、一度ある政治家の娘と結婚して2児まで設けたが、10年ほどして離婚している。
共に男好きという共通点はあったが、奇妙な仲の3人組だった。
ティムとサトルが162センチと背が低い部類に入るのに、健一は175センチと偉丈夫である。必然的に健一を中心に物事は動いたが、本人がどうこうしようと主体的に動いたわけではなかった。ただ健一がちょっとした小旅行に出かけようとすると、あとのふたりが付いて来たりするのだ。3人は仲間内で呼び合う場合「ケンさん」「ティム」「サトル」である。健一だけさん付けしているところに、3人の位置関係が窺える。

速水健一は自由奔放の人間だった。なにかに束縛されるのが大嫌いである。それに正義感が強く権力に反発する傾向にあることから、組織に馴染めなかった。彼が離婚したのは、女房が自分の父と同じ政治家の道を、しつこく彼に勧めたからだ。
結局彼はフリーのカメラマンとなり、日本だけでなく、世界中を飛び回った。1年の半分以上が海外だった。そして日本に帰ると、ティムやサトルたち同級生と、ひとときの交流を持っていた。

ティムはイタリア系のアメリカ人だった。キリスト教の伝道師だった父に連れられて日本に来て、そのまま居残ってIT関連企業で働いている。彼は欧米人にしては背が低く、体毛も極端に薄かった。そのことで、これまで嫌な目にあったこともある。
外国人のよく集まるバーに、ティムが行ったときのことである。同国人のよしみですっかり気を許した彼は、アメリカ人の二人連れの男たちの泊っているホテルに行った。そこで手籠め同然に犯されたのだ。大きな身体と大きな性器――ティムの小さな体はなすすべもなく、男たちに翻弄されるだけだった。
それ以来、ティムは大きな体つきの男に恐怖心を抱いていた。――ただひとり、同級生のケンさんを除いて。
ケンさんには特別の思いを抱いていたが、自分の胸の内だけに秘めていた。その思いは、中学1年生のとき、外人であることから3年生たちに虐められていたのを、ケンさんに助けられてからずっとだ。あのときケンさんは、体格の大きい3年生たちにボッコボコにされながらも、ひるまず立ち向かっていた。そのときからケンさんは、ティムにとって特別の人となっていた。

客たちに、もっぱらマスターと呼ばれている小山悟は、根っからの男好きだった。自分が男好きということを、隠しもしなかった。彼は身長162センチとティムと同じ背丈だがぽっちゃりとして愛嬌のある体型をしていた。
彼の体型は、その方面の好みを持つ男たちの目を惹き易い。悟は高校生のとき、すでに複数の熟年男性たちと関係を持っていた。
でも、彼が心底、心を惹かれていたのは、同級生のケンさんだった。そのころのケンさんは、足が長くてスポーツ万能、女子生徒たちの憧れの的だった。悟にとっては到底近づくことのできない、高嶺の花だったのだ。
ケンさんとティムは大学に進み、悟は浅草にあるゲイバーで働きだした。最初から彼は、これが自分の本職と考えていたのだ。
悟が30代半ばの頃、ケンさんがひょっこり店に顔を出した。ティムが一緒だった。おそらく前からの常連客だったティムが、連れてきたのだろう。
地に足が付かないようだった。数年ぶりに見た憧れの人は、男の完成度が増して、奮いつきたくなるほどの魅力があった。その頃ケンさんが離婚したなんて、悟にとって思いもよらないことだった。そしてケンさんが、今夜、悟の部屋に泊めてくれ、と言ったとき、悟の心は天高く舞い上がっていた。

ふたりは成熟した男子である。ただ泊って寝る、ということだけでは済まされない。
その夜、ケンさんは悟を愛してくれた。すっかり男に慣れ切ったつもりの悟が、恐ろしくなるほどの逸物だった。悟は震える指でつかみ、舌でなぶり、口に含んだ。それはますます容積と硬度を増して、パンパンに膨れ上がった。
ケンさんが挿入の体勢に入ったとき、悟の震えは最高潮に達した。
思わず泣きが入るほどの苦痛――そのあと無上の歓びが待っていた。体内いっぱいに感じるケンさんの息吹。隅々まで押し入られた充実。それは、命の脈動だった。
やがてケンさんが動き出した。動きはじょじょに速く、力強く――。悟は身体の内側から激しく揺さぶられた。ズンズン未知の領域に押し上げられていった。
歓喜の悲鳴があがった。悟は、それが自分の声だとも気づかなかった。
次の日、ケンさんは去って行った。しばらく海外に行ってくると言って。
悟は刺青師のところに行って、太腿の付け根内側に、『健さん命』と入れた。ケンさんに愛された感激を忘れたくなかった。いくら多くの男たちに抱かれようと、彼の心の中にはただひとり、ケンさんしかいなかった。

――*――

クニさんが客に善がり狂うほど可愛がられた、という噂は店の従業員の間で広まった。密室での出来事とは言え、あれだけ大きな声をあげたのだ。たまたま部屋の外にいた従業員には筒抜けだった。
そしてその噂は、店のオーナー、野村の耳にも届いた。
店の性格からして、従業員は全員男好きである。だから、店の信用に関わる性病の管理だけは厳重にやってきたが、従業員が外で男と遊んでいるのは黙認してきた。
しかし、店内でも稼ぎ頭のクニが、客に善がり狂わされたとは、よほどのことがあったのだろう。店の仕事に影響がなければいいが。野村は机上の電話機に手を伸ばした。

野村は陸上自衛隊の幹部にまでなった男だが、50歳のとき退官して、現在の風俗店を始めた。精力旺盛な男で、結婚して3人の子供ができた後も、ほかの女たちと関係した。
自衛隊員のときは、日本各地の基地を異動したが、女房子供は生地の千葉に残した。もともと男も好きだった野村は、自慢の逸物を隊内の目を付けた男にも使った。上官の地位を傘に、部下を手籠め同然にモノにするのだ。犯された隊員は、親分肌の野村に面と向かって抗議することもできず、いつの間にやら野村の習癖に同調してしまう。
彼が男を愛するやりかたは一風変わっていた。尻を折檻するように叩いたり、乳首を強くつねったりして、相手をいたぶることで自ら興奮してくるのだ。しかもその間、相手の耳元でネチネチと言葉による虐めもするのだ。
その彼も今は65歳、自慢の精力もむかしのように旺盛とは言い難い。自衛隊時代は中肉中背だった体型も80キロを超えてきて、少々太りすぎだ。それでも気持ちだけは、昔と大きく変わってはいなかった。

クニさんは社長の前に出ると、条件反射的に敬礼するような気分になる。
彼が自衛隊員だった頃、この10歳年上の上官に徹底的にしごかれた。その上、クニさんに女房役までやらせようとした。
彼の人好きのする丸顔やピンク色の艶やかな唇、そして横に大きく広がった肉付きのよい尻は、男だけの世界では肉欲の対象となり易い。
しかしクニさんは、恐怖に震えながらも、その役割だけは断った。
とうとう業を煮やした上官は、強引な手段に出た。クニさんをだまして自分の部屋に連れ込み、縛り上げてなぶり責めにかけた。鞭で打たれ、ロウソクの熱い雫を垂らされ、処女だった尻穴を何度も犯された。2時間余り、身も心もドロドロに蕩けるほどに弄ばれて、クニさんは思考能力を失った。
人間の身体は同じことを繰り返されると、条件反射的に反応する。そしてクニさんは野村上官の奴隷となり、上官の求めに応じて尻を向けるようになっていた。そして彼が50歳になって退官したとき、野村の始めた風俗店で働きだしたのだ。

「お前が善がり声をあげるほど良かったとは、その男、よっぽどでかいモノを持ってたようだな。ふてえ野郎だ。一度可愛がってやるか」
野村社長の言葉に、クニさんはギョッとした。社長はしつこいタイプで、一度言ったことは忘れないし、やると言えば必ず実行に移してきた。隊時代からそんな野村の気質を熟知しているクニさんだった。でもここでケンさんを庇うようなことを言えば、かえって逆効果になりかねない。
(どうしよう――)思い悩むクニさんの耳に、社長の声が聞こえた。
「見せてみろ」
(ハイッ?)という顔で社長を見ると、再度言われた。
「お前の商売道具だ。どれだけ弛んでいるか見てやる」

クニさんは下腹部をむき出しにして、ソファーの上で仰向けになって両足を抱えていた。彼の秘部を社長が、観察者の目つきで冷静に見ている。
「ふむ、傷付いてはいないようだな」
太い指で、ぷっくりとした皺のひとつひとつを押し揉むようにして、「弛みも気になるほどではないか」
社長は指を押し当てたまま、クニさんの顔を見上げた。
「昔はお前のここに嵌めまくったものだな」
そこで指を、クッと突き入れた。
「ヒッ!」
思わずクニさんが、秘孔を引き締めた。
「感度もまあまあだな。よし、もういいぞ」
社長は腕時計をチラリと見て言った。
クニさんは起き上がってズボンを引き上げながら、少し安心した。
(どうやらケンさんのことは、無事に済みそうだ)

30分後、野村社長は六尺フンドシ姿で、彼だけが使っている秘密の部屋にいた。
床には70歳前後の恰幅の良い男が、がんじがらめに縛られて、転がっている。身に着けているのは、白い絹のTバッグだけ。前の部分が性器の形状そのままに、もっこりと膨らんでいる。
野村は生贄を見下ろしながら、今夜はどんなお仕置きをしてやろうか、と考えていた。
社長業以外に、趣味と実益を兼ねた彼独自の商売だった。SMごっこ――。世の中には、いじめられて性的快感を得る人間が、結構いる。野村はゲイ世界で顔が利くので、そういった人間を慎重に見定め、そして自分の客にしてきた。
彼は特殊な好みを持つ客のために、ビルの一画に小さなオフィスを借りていた。表向きはガラス張りのどこにでもあるオフィス。でも奥に入れば、そこは完全に外界から遮断された秘密の花園、いや拷問部屋である。
客は50歳以上に限定した。演芸場の旦那やゲイバーのマスター、ごく真面目顔の警備員等々――そしていま目の前にいる、老舗和菓子店の主人もそのひとりだ。

野村は男の横に膝をついて、Tバッグに浮き出た膨らみをモミモミしながら声をかけた。
「うん、今日はどうして欲しい?」
「お願い、痛くしないで――」
普段は堂々としている菓子屋の主人が、甘ったれた声で懇願した。
「甘えるんじゃない!奴隷が気の利いた口を叩くな!」
手にした膨らみを、ギュッと握りしめた。
「ヒイイッ!」
密室で男の悲鳴が沸き起こった。


[19/08/26 07:20 神亀]
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