目 次
老春の街(前) - 2.乗り換えた男
あけぼの町で一、二を争う艶福家といえば、酔玄亭小玉師匠か浜やんであろう。
ふたりとも身長160センチ少々と小柄なほうだが、女との浮いた話はよく耳にする。よほどナニが良いのか、それとも商売柄そうなったのか。
小玉師匠は弟子を持つ幇間であるが、年老いた今もお座敷に出ている。幇間は、昔の花柳界では多かったが、今や東京の花街で数えるくらいになっている。御年66歳になるが、すでに曾孫がいる。ざっと計算すれば、小玉だけでなく子や孫も、20歳そこそこで子供を作ったことになる。やはり好き者の血は争えないようだ。
いっぽう50代の浜やんは、浅草6区に小さな演芸場を持つ旦那である。と言っても、商売のほうは女房がすべて切り盛りしており、当の本人は若い頃から遊び惚けている。女房との間に子供はできず、それがますます彼の女遊びに拍車をかけたようだ。

さてこの物語は、無類の女好きであった浜やんが、同性愛に宗旨替えした話である。

(1)

浜やんは、代々続く演芸場を親から引き継いだとき、そこで働いていた女性従業員(すでに浜やんのお手付きであった)を女房として入籍した。何のことはない、商売上手の女房に仕事を任せて、自分は遊び惚けるつもりだったのだ。
以来、さんざん女遊びをやってきたが、いつも女房にばれて、こっぴどく叱られた。姉御肌で気性のさっぱりした女房は、浜やんのほっぺたを2、3発ひっぱたいて、それで気が済んだとばかりに尾を引かなかった。
その当時の浜やんは、やりたい盛りで、懲りることを知らなかった。女房は怖いが、それ以上にセックスが好きだった。
なにしろ自分の身体の下であられもなく身もだえし、ついには半狂乱の体で泣く女の風情を見るのが快感だった。何一つ誇れるもののない彼が、唯一、自慢にできることだった。
見かけは決して男性的とは言えないが、浜やんは女によくもてた。
背は低くて、なで肩、ひ弱な体型、どちらかというと女形にしてもいいような、優しい顔をしている。しかし、この優男が裸になると、そこにはグロテスクなほどカリの発達した、なんとも見栄えのする男の道具がぶら下がっているのだ。

さて、浮気の最悪のケースは、浜やんが48歳のときだった。ある後家との浮気がばれて女房に離婚宣言をされてしまったのだ。
これまで同様のことは何度もあったので、タカをくくっていたところ、どうやら今回は、心底本気の様子だった。すったもんだの挙句、同業の長老の口利きで離婚は免れたが、罪滅ぼしに女房を北欧へ連れて行くことになった。
スウェーデンの観光地で、シャガールの絵にある夢見る乙女もかくやと思われる、妙齢の美女を見かけた。金髪にまどろむような青い瞳、薄い布地を突き上げて、むちむち、ぼいん、とした豊満なバストは、見ているほうが恥ずかしくなるほどだった。
浜やんは、女房と一緒だったこともあり、彼の視線は彷徨いつつ、どうしても元の個所に戻ってしまう。
女房の冷たい視線を感じながら、美女をそれとなく見ていると、こちらに向かって妖艶なウインクをしたような気がした。
――春の胎動、子孫繁栄、人類万歳!――
とりとめもない想念が舞い上がり、浜やんはうっとりとして、歩み去るスカンジナビア女性の豊満な後ろ姿を見送っていた。
「ずいぶん綺麗な女ね」
背後から女房の声が聞こえてきた。
浜やんは、努めて冷静な口調で返した。
「そうかなあ、この国ではよくある顔だ」
ク、ク、ク――女房の不自然な笑い声を耳にしながら、浜やんは促した。
「さて、そろそろホテルに戻ろうか」

美女との遭遇は、それで終わりのはずだった。ところが――ところがである。なんとホテルでその美女に再会したのだ。――しかも女房のいないときに。
浜やんは、さっそく女にアプローチした。片言の英語で、ビューティフルとかなんとか言ってると、女のほうはもっとストレートだった。万国共通の、親指をこぶしの中から突き出す仕草で、彼に向かってウインクしたのだ。
据え膳食わぬはなんとやら、数分後には女の部屋のベッドで、しっぽりと濡れていた。
あちらの女性の激しさと賑やかさに、浜やんは度肝を抜かれたが、ずいぶんいい思い出になったのは確かである。その代償に、いくばくかの金は消費したが、受けたサービスに比べれば些細な問題だった。

なにくわぬ顔で部屋に戻った浜やんは、女房には絶対ばれないだろう、とタカをくくっていた。
ところが!――今回もばれたのである。どうやら女房には、探偵の才があるようだ。
金色の縮れたオケケが一本、彼のパンツにくっついているのを発見されたのだ。そして、外国のホテルの一室で、さんざんの修羅場を潜り抜けたあと、浜やんは腫れた頬を冷やしながら誓約書を書かされた。「今後、女と寝たら、大事なところをちょん切られても文句は言いません」と。
かくして浜やんの女性専科は幕を閉じ、かわって町内の男性諸氏とのおつき合いが始まることとなったのである。



浜やんは現在、52歳になる。どういうきっかけで集まったか定かでないが、親しく付き合う4人仲間のひとりになっていた。
それがまた奇妙な組み合わせで、日本舞踊の師匠がいれば、老け専ゲイバーのマスターがいる。あとひとりは内科医院を娘婿に継いだあと、手慰みにエロ画を描いているのだが、これがまた玄人はだしである。

小春日和のある日、浜やんは、ゴルフバッグを積んだ愛車を駆って、藤井先生の家に迎えに行った。早くに奥さんを亡くした先生は、娘家族と同居していた。
家の主は、でっぷりと太った肉体をよれよれのパジャマで包み、玄関先に出てきて、股座を掻き掻き言う。「来るのが早すぎる。わしはまだ、ドレスアップもしとらん。しばらく待ってろ」と。
その態度の、傲慢さ、尊大さ――。体型と風貌も然り――165センチ、86キロ。白いものの目立つ短髪頭に、でんと胡坐をかいた大きな鼻。むすっと横に引き結んだ唇は、見ようによっては、こちらを軽蔑しているようにも思える。
どうやら先生には、浜やんの姿が、お抱えの運転手に見えるようだ。
しかし浜やんは、ボタンが弾け飛びそうなほど膨らんだ腹を見つつ、相手が81歳のご老体ということもあって、気弱に微笑んで、じっと耐えている。

書斎で待っていると、壁にかけられた先生ご自慢の墨絵が、目に入ってくる。
紙面いっぱいに、荒々しいタッチで墨が塗りたくられているだけだが、じっと見ていると、すさまじい勢いで抽送運動をくりかえす結合部があらわれてくる。濡れた音や、生臭い匂いまでも、伝わってきそうなほどの傑作だ。
いつだったかマスターや師匠と、その絵について議論したことがある。テラテラ黒光りするモノは男根であるのは明白だが、それをくわえた穴は、女の陰門なのか、はたまた男の肛門なのか――。
議論はつきず、結局、絵の作者に聞いてみようということになった。先生は、3人の質問を適当にはぐらかすばかりで、なにやら意味ありげに、ネットリと微笑む。真相はいまもって不明である。

ゴルフ場の練習グリーンにいくと、先に来ていた日本舞踊の師匠が、小腰を屈めて、ひとり黙々とパッティングをやっている。丁寧で几帳面な師の性格を反映して、パッティングも、一打一打、慎重にかまえて打ちだす。
真山喜一郎師匠はちょうど70歳になる。中肉中背、色白端正な顔立ちをして、どことなく中性的な雰囲気がそこはかとなく漂っている。
長い歴史のなかで掛け合わされてきた美形の資質――師の風貌には、内面からにじみ出る気品と、柔和、色香が、芸術品のように練りあわされている。適度に肉と脂肪のついた身体は、艶やかな潤いがあって、しなやかな粘り気がある。

「師匠、朝早くから精がでますね」
浜やんが声をかけると、師匠より11歳年上の先生が、横から憎まれ口をたたく。
「じいさん、朝からそんなに入れこんでちゃ、途中で行き倒れになるぞ。そうなっても、わしゃ、おぶってやらないよ」
そうこうするうちに、本日初参加のマスターが登場した。浜やんより二つ年上の54歳、肉付きの良い丸顔に口髭を生やしているが、目鼻立ちは小ぢんまりとして童顔だ。
背は浜やんと同じくらいだが、体重は20キロほど重そうだ。夜の商売をやっているだけに昼間は寝ていることが多く、日に当たってないように色白である。
本人は外でいつもサングラスをかけて、タフガイぶっている。しかし童顔と小太りの愛らしい風貌は、むしろ癒し効果がありそうだ。
それにしても、着古したズボンの布地が張りつめた様は、マスターが近ごろ急に太ってきていることを暗示する。後ろ姿は、むちっと肉が詰まった弾力を帯び、横に大きく開いて妙に肉感的な尻である。
マスターの店が老け専バーということを考えれば、何人の年寄りたちが、この豊満なお尻を愛用しているのだろうかと、つい、いやらしいことを考えてしまう。
[19/08/16 05:28 神亀]
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