目 次
老春の街(前) -  (4)
(4)

和服店に行くと、店の主の横に八百屋の親父さんがいた。子供の頃から顔なじみのふたりの小父さんだった。
樋口の小父さんが、用意した法被と半股引、それに角帯を持ってきた。
「さっそく丈合わせをしよう。正ちゃん、裸になって」
正一はためらった。ふたりの小父さんたちの前で、裸になるのが恥ずかしかった。
「あのう、ここで裸になるんですか?」
「そうだよ。祭りのときは、みんな素っ裸になって着替えるんだ」
正一はおずおずと服を脱ぎだした。それをふたりの年配者が、じっとりとした目つきで見ている。裸になると、樋口の小父さんの指導を受けて、半ダコを履き、それから法被を着て帯で締めた。
「正ちゃん、イナセだねえ。これで立派なあけぼの町の若い衆だ」
ふたりの小父さんの見え透いたお世辞を聞きながら、正一は照れ臭そうに笑った。

そこで遠山の小父さんが言った。
「丈合わせはこれでおしまい。あとは大人の仲間入りの儀式だな」
正一は、何のことか分からないまま、店の奥にあるバスルームに連れていかれた。そこでシャワーと液体石鹸を使って全身を洗われた。
正一はただ茫然として、ふたりの年配者のなすままにしていたが、尻穴の内部まで洗われだして、さすがに抗議した。
しかし、そこはふたりとも、海千山千の大人である。「お祭りは神聖な儀式だから、身体の中まできれいにしなくちゃあ」などともっともらしいことを言って、作業を続ける。

可哀そうなのは正一である。バスルームで身体の内外をいやになるほど洗われて、そのあとベッドルームに連れていかれた。
ふたりの年配者は、初心な若者に教えるのは大人の義務である、と言わんばかりに正一の身体にとりついて、手取り足取り男の世界を教え込んだ。
その夜、正一は、こんなことは生まれて初めてなのに、口づけから尺八、そして肛門性交までフルコースを教わったのである。

――*――

樋口四朗は、店主に散髪してもらいながら、横の椅子で客の頭を洗っている若い店員の姿を盗み見た。あのときは八ちゃんとふたりして、手籠め同然に尻を犯したのに、正ちゃんは何の恨みがましいことも言わなかった。今日顔を合わせても、何事もなかったような顔をしている。(ということは正ちゃんも、満更でもなかったということか)などと、手前勝手な憶測をする。
「先だっては、うちの正一がお世話になりました」
ふいに店主が言って、四朗はドキッとした。まさか正ちゃんが、あのときのことを大将に言いつけた?――。
「その上、法被と半ダコまで頂いたようで、ありがとうございます」
ホッとした。どうやら大将が言ってるのは、祭りの衣装のことのようだ。

いっぽう悦男のほうは、和服店主の頭を散髪しながら、肌が泡立つような気分だった。
この前、思わず堀田のオトコを口に含んでから、生来の男好きが再燃した。
あの世に旅立ったターさんの記憶は、時の経過とともに薄れてきた。ターさんには申し訳ないが、今は生身の男が欲しかった。
椅子に座っているヒーさんの噂は聞いている。なで肩のいかにも頼りなさそうな小男だが、ことヘソから下に関しては超絶倫親父だと。
先ほどヒーさんが椅子に座るとき、ズボンの膨らみがチラリと見えた。内側から布地を押し上げる、たくましい膨らみだった。それに、頭髪の薄い頭とナスのように大きな鼻をしたとぼけ面も、どことなく精力絶倫を思わせる。

四朗は、鋏と櫛を使って散髪する店主の身体が、必要以上に押しつけられるのを感じた。ふと前を見ると、鏡の中で大将と目が合った。そこに込められた思いに気づいて、四朗は内心ニヤリとした。
(そういえば大将は、長年相方だったターさんを昨年亡くしたのだった)
彼は横の椅子で働く正ちゃんの様子を窺って、そしてのうのうと言った。
「八百屋の八ちゃんが、お祭り時期に合わせて浴衣を作りたいと言っていますが、大将も作りませんか?八ちゃんと合わせて二着なら、お安くしておきます」
そこで彼はそっと手を伸ばして、店主の尻を触った。「きっと大将だったら、よく似合うと思いますよ」

正一は客の顔を剃りながら、横の椅子にいる和服店の主人を意識していた。この前、樋口の小父さんたちに受けた落花狼藉――。
あのときは苦痛ばかりが先行したが、日が経つにつれ別の何かが生まれていた。なんとも表現しようのない感情だった。自分の知らない世界に連れていかれた憤り?いや、憤りとも違う。なにかときめきにも似た、男の世界の魅力である。
はっきりしているのは、これまで床屋のお爺ちゃんに抱いていた憧れが、現実の肉の交わりによる愛欲に変わったと言うことだ。
自分を無理やり犯したふたりの年配者に対して、恨む気持ちはなかった。特に横の小父さんは、大人の魅力があった。のんびりとした顔、大きな鼻、リスのような輝く瞳――。
またいつかこの小父さんと――。そう思うと、にわかに鼓動が高まった。
彼はあわてて店主の顔をうかがった。子供のときから憧れだったお爺ちゃんは、和やかな笑顔を浮かべて、樋口の小父さんとおしゃべりしている。

――*――

堀田邦昭は疲れ切って、早朝の通勤電車に乗っていた。人が働きに出るときに、自分は自宅に戻る。日曜から月曜の早朝にかけての夜勤は、62歳の堀田にとってきつかった。
しかし独身者は少ないので、役割が回ってくるのは仕方がなかった。
彼は押し寄せる人並みを受け止めながら、じっと我慢していた。いつもながらにうんざりするひとときだ。
しかし、その朝は違った。堀田の前にひとりの若者が密着していた。背の低い小柄な体格――その若者が床屋の正ちゃんだと気づいたとき、俄かに気持ちが昂った。
(でもなんで正ちゃんが、こんな時間に――)
ズボンの前に押しつけられた若者の身体は、ほっそりとして、女のように柔らかい感触だった。とくに臀部は、妙に吸引力があった。ズボンの前を軟らかく受け止め、包み込むような感触――。彼は居ても立ってもおられないほどのざわめきを覚えた。股間のモノが隆起してズボンの布地を膨らませた。
柔らかい肉の誘惑は抗しがたいほど圧倒的だった。弾むような双丘、その狭間の吸いつくような軟らかさ――。彼はそのすべてを知覚した。まるで衣服を脱ぎ捨てて、直に接触しているようだった。
そっと若者をうかがうと、髭のない滑らかな頬がピンク色に染まっている。気がついているのだ。

昨夜は高校のクラス会があって、新宿で遅くまで付き合った。お陰で終電に間に合わず、カプセルホテルに泊まる羽目になった。
そして朝の電車に乗ったとき、うしろに押し付けられた男の肉体――偶然その男が、同じアパートに住む堀田と気づいたとき、正一は息苦しいほどの興奮を覚えた。
尻の狭間に押しつけられた圧迫感――それは信じられないほどのボリューム感に満ちて、そして逞しかった。年配者のふくらんだ腹が、彼の腰をやわらかく圧迫していた。男の付ける化粧品だろうか、かすかに麝香の香りがした。
以前は堀田を怖いと思っていたが、今はさほど感じない。樋口の小父さんたちと男色を経験したからだ。そして彼が12歳のとき垣間見た、男に犯される床屋のお爺ちゃんの気持ちが理解できた。
彼は心持ち強く、尻を後ろに押しつけた。尻の谷間に当たる膨らみが、もぐり込むような力を増した。

その夜堀田は、同じアパートに住む正一の部屋を訪れた。
そして正一は、このことを半ば予期していた。
堀田は何も言わずに、正一の身体を抱きしめた。途端、ふたりの思いが燃え上がった。
めくるめく一夜だった。
固太りの浅黒い肉体と骨細のしっとりとした肉体が、絡み合い、うねり、歓喜にひらめいた。ふたりとも男色経験は浅かったが、行為そのものは、刺激的で淫らなものだった。
最初のうち、正一は素朴で幼く、かすかに震えていた。
年配者の邦昭が先導した。
先っぽの縮れた包皮がめくれかけて、ピンクの坊やが顔を覗かせた童貞の肉根――それを指でそっと挟み、ゆっくりと皮をめくる。ピンク色の小さなふくらみが命を蘇らせて、みるみる膨らんでくる。
口に含むと、熟れたマシュマロのような滑らかな感触。とろりとしたジュースが滲み出して、舌を潤す。舌を絡ませて、チュウチュウと吸っていると、若者が歓喜のあえぎ声を上げ、腰をうねらせた。
今度は邦昭の楽しむ番だった。
彼の促すままに、若者の小さな指がためらいつつ、まさぐりはじめた。幼く不器用な指のうごきに、脱皮した幼虫の鮮やかな不安が全身にひろがる。正一はすっかり羞恥を忘れ、自分の気持ちに素直になって、太い男の根を舐めだした。

ふたりは69の形になって、お互いの性器を慰めあった。
邦昭は下になって吸茎しながら、脚を開いた正一の尻を観察した。淡いピンク色に染まった谷間があらわに見えている。その全容を眺望していると、なぜか親密ななつかしさがこみあげてきた。
小皺を集めてひっそりと閉じた菊座の、どことなくとぼけて親しそうな顔つき。丸く縮こまった紅色の睾丸。薄墨で刷いたような産毛でふちどられた蟻の門渡りのさざめき――。すべてが彼の好色を誘うようだった。
彼は引き寄せると、楚々とした狭間のなかに顔を埋め、舌先でくすぐったり、こじ開けたり、初々しい柔肌を吸いつづけた。
正一の白い太ももがふるえ、マシュマロのような尻がふるえた。
シーツが炉さながらに白熱した。もはや戯れている段階は通りこした。

邦昭は起きなおると、若者を四つん這いにし、じんわりと押し込んでいった。
正一は歯をくいしばって、苦痛に耐えていた。
固く締まった若い肉の関門を切り開いて、突き入れていく感触。皮が根元にひきめくられるような緊縛。邦昭は必死になって、正一の腰を抱きしめ、強く引き寄せ、ぐいぐいと奥まで突き進んだ。
ついに根元まで完入した。
信じられないほどの快感が、下腹部で渦巻いた。
全長をぴっちりと覆い包む、肉襞の蠕動――濡れた滑脱――潮の轟き――。
邦昭は息を詰まらせて、めくるめく狂乱の世界に入り込んだ。そして感動した。
正一とはまさにぴったりの相性があった。根元まで包み込まれた一体感を強く感じた。
熱気の中で、ふいに稲妻が尻から脳天まで突きぬけた。
息詰まる痛切な鳴動のなかへ弾け、脈動し、錘のように沈んでいった。やがて――太鼓のとどろきが遠ざかった。
邦昭は放心したように、正一の身体から抜け出た。



月曜日の銭湯は、週初めとあって、いつも空いている。特に昼下がりは、数人の老人たちが暇をつぶしているだけ。
その中で、若い正一の姿は目立った。彼は夜勤明けの堀田と一緒に来ていた。
この日も、殿さまと呼ばれている町の長老、椙田良徳と、リタイアした元医師の藤井一成は、浴槽の縁に腰かけて、湯で火照った身体を冷ましていた。
ふたりが見ていると、床屋の若い従業員と初老の警備員が洗い場に腰掛け、仲良く並んで身体を洗いだした。薄明かりの中で、色白の子供っぽい身体と、浅黒い肉太の身体が、対照的に揺れ動いた。
「お、とうとうあいつら、できたようだな」
浴槽の縁に腰かけて、湯の中で足をブラブラしていた殿さまが、古くからの相方に向けて言った。彼の視線の先には、椅子に腰かけて身体を洗う、若者の白い尻と、初老男の肉付きの良い尻があった。
「ああ、あの尻の開き具合からすると、相当嵌めてるな。毎晩、太い杭を打ち込んで、せっせと耕されたんだろう」
自分の突き出た腹を撫でながら、元医師が殿さまに合わせた。
ひっそりと身体を洗うふたりの姿は、確かに艶かしかった。初老の男と若い男の秘めやかな関係――年配のほうは、固太りのがっちりした体つきをして、肉付きのよい尻が腰掛けから大きくはみ出ている。その図太い腰回りには、満々と精力が貯えられて、しぶとい力が漲っていそうだ。それにくらべ横の若者は、少年のようなほっそりとして傷つきやすい身体をしている。左右に広がった可愛らしい尻は、か細い体つきにしては、むっちりとして、ぬめるような艶があった。
思いついたように、殿さまが訊いた。
「床屋の親父はどうした?だいぶあのガードマンに、ご執心と聞いたが」
「悦男か。あれはあれで、和服店の四朗や八百屋の大八に、可愛がってもらっているようだぞ」と元医師。
「ふーん」
殿さまは感心したようだ。そして御年88歳になる彼は言った。「みんな青春してるんだな。私たちも、もうちょっと頑張ってみるか」
[19/08/15 05:31 神亀]
前のページへ
次のページへ