(3)
昼下がりの町の銭湯は、たいがい空いている。この時間帯の入浴客は、せいぜい暇を持て余した爺さんたちだけだ。
しかし月曜日のその日は違っていた。若いのから年寄りまで、年代層に幅があった。
銭湯の常連客、椙田良徳は、気の置けない昔馴染みの相方と、のんびり湯につかっていた。家に風呂はあったが、こうして町の銭湯で町内の人たちと裸の付き合いをするのが、彼の日課になっていた。
特にここの銭湯は気に入っていた。昔ながらの良いところを残して、入浴客同士にある種の親密感を抱かせる、適度の広さと多少妖しげな薄暗さがあった。
良徳は87歳、身体は小さいが亡羊とした大陸風の雰囲気のある男である。鼻筋の通った立派な顔立ちから、町の人たちに殿さまと呼ばれている。
性格はいたって温厚で、高齢者にしては茶目っ気があり、それが彼を若く見せていたし、周りの人たちに親しまれる要因になっていた。
良徳の長年の相方、藤井一成は7つ年下の80歳、医者の不養生で、でっぷりと肥っている。開業医を娘婿に継いだあと、悠悠自適の余生を過ごしている。態度はでかいが根っからのウケ指向で、良徳が健在な頃は、彼の身体の下で、ひいひい善がり泣いていた。一成は人間の営み――とくに性風俗には、人一倍の関心をもっていた。水墨画を長年の趣味として、その腕前は、玄人はだしだった。
「しかし、ろくなものがないな」
洗い場のほうを見ながら、一成がつぶやいた。彼はよく、銭湯に来る男たちの持ち物を批評することがある。
「それは、先生のお道具にくらべれば、みんな子供だ」(オトコの機能は別にしてネ)
良徳はのんびりと返して、あとの言葉は呑み込んだ。
「それにしてもなさけない。よくあれで子作りができるな」
一成がぼやいた。たしかに見渡したところ、あまり見栄えのいいモノがない。
ちんちくりんのタマネギだったり、生白い変種のピーマンだったり、干からびたシイタケだったり――。
「先生、別に大きくなくても子作りはできるよ。要は、勃起力と精子製造能力の問題だ」
良徳の言葉に、一成がなにか言いかけて、驚いた顔をした。
「おや、まあ、お稚児さんの登場だ」
若い男が浴場に入ってきたところだった。正ちゃんと呼ばれている、床屋の店員だ。
女にしてもいいようなエレガントな顔つき、ほっそりとして小柄な肉体は、目を見張るほど色が白かった。きめ細やかな肌は、ウブっぽい童顔とあいまって、なにやら妖しげな雰囲気がある。
脆弱な肉体にしては、けっこう長大な性器をぶらさげていた。しかしすっぽりと皮を被って、先端はしぼんだ朝顔のようにふやけている。
「鍛えれば、もっとましになりそうだ」
元医師の観察眼で一成は言った。
次に入ってきたのは、50代半ばのふたりである。八百屋の親父と和服店の主人。
「お、悪ガキが、ふたり揃ってやってきたな」
87歳の良徳にかかれば、50代の男も悪ガキである。八百屋と和服店の親父は同級生で、子供の頃から勉強よりも悪遊びを優先する仲だった。
それに一成が付け加えた。
「男の道具は、マシなほうだな」
八百屋の親父は遠山大八、もっぱら八ちゃんと呼ばれている。中背やや太め、とぼけた憎めない性格をしている。露出狂の気があって、宴会になると、きまって股座からフランクフルトソーセージのような半皮の肉根を見せびらかす。
一方、和服店の主人は樋口四朗、ヒーさんである。背は八ちゃんと同じくらいだが、筋肉質で身が締まっている。ナスの様な大きな鼻をして、飄々とした味がある。ヘソから下の人格がない見本のような男で、ずる剥けの逸物の突っ込み所をいつも狙っている。
そのふたりが、椅子に座って体を洗う床屋の若い衆を、目ざとく見つけた。ふたりは目配せして近づくと、若者を挟んで腰かけた。
良徳と一成が見ていると、ふたりの親父たちは若者に向かってなにやら話しかけながら、身体を洗い出した。
ふたりに挟まれた若者の後ろ姿は小さくて、女のように儚げだった。
それを眺めながら、良徳がふっと言った。
「可哀そうに。床屋の若いの、悪い小父さんたちの棍棒を突っ込まれそうだぞ」
それに応えて一成が言った。
「なあに、あれが思春期というものさ」
「50半ばの男たちが思春期だって?」と良徳。
一成はのんびりと言った。「ああ、生暖かく見守ってやれよ」
身体を洗い終わった若者が、浴槽のほうに近づいてきた。彼は町の長老ふたりに気づき、そっとおじぎをした。それから湯に入ると、隅っこのほうに行って、つつましやかにしゃがみ込んだ。
その様子を見て、良徳はつぶやいた。
「どうも気になる。未来ある青年が毒牙にかからなければいいが――」
「なに、何のことだ?」
一成が訊くと、良徳はそれに答えず立ち上がって、湯の中を若者に近づいていった。
「正ちゃん、銭湯でこんな時刻に会うなんてはめずらしいな。仕事は休みかい?」
良徳は若者の前に立って、声をかけた。
正一は驚いて長老を見あげた。すぐ目の前にカリの張った老根がぶら下がっていた。彼はあわてて目を伏せた。
「今日は月曜日ですから」
「あ、そうだった」
床屋は月曜日が休みということに気づいて、良徳は納得した。
そこで気になる話題に移った。
「ところでさっき、八百屋と和服店の親父たちと話していたけど、何だったの?」
一瞬、何でそんなことを訊くの、という表情をしたが、素直に話し出した。
「そのう、来年の深川まつりのことです。ぼくにも参加してくれって」
深川まつりは江戸三大祭りのひとつである。8月の熱い時期に行うので、水かけ祭りと呼ばれている。
「ふうん、気の早い話だね。で、どうするの?」
「ぼくも参加するつもりです。町内でもお神輿を出しますから当然のことです。それで今度、樋口さんの店に行って、丈合わせをすることになりました」
(危ないな)と思ったが、良徳は何食わぬ顔でつづけた。
「それは感心だ。でも丈合わせって何の?」
「法被や半股引(半ダコ)です。ぼくは身体が小さいから」
正一は答えながら、目のやり場に困っていた。なにしろ87歳の長老とはいえ、灰色の陰毛から剥きだしにぶら下がったものは、ずる剥けで、生々しかった。
そのときもう一人の長老が横に来て、心臓がせりあがるような思いがした。
ぐわっと開いた物体――それはボリューム感たっぷりに、湯に濡れてテラテラと輝いていた。もはや男の機能を失って見せかけだけだなんて、正一が知る由もなかった。
洗い場では八百屋の親父が、和服店の主人の脇腹をつついて、話しかけた。
「おい、長老たち、股座のモノを見せびらかして、正ちゃんをナンパしてるぜ」
――*――
正月三ヶ日が過ぎて、おとそ気分が抜けたころ、あけぼの町にも少し生活の活気が見られるようになってきた。
夜の7時になって客がいなくなると、悦男は正一に言った。
「正ちゃん、今日はヒーさんの店に行くんだろう。そろそろ行ったほうがいいよ」
「でも、まだ時間が――」
正一は壁にかかった時計を見た。店の営業時間は7時半までだ。あと30分ほどある。
逡巡する正一に向かって、悦男は微笑んだ。
「なあに、お客さんがいないから構わんよ。後片付けはやっておくから」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
正一が帰ったあと、店じまいをしていると堀田が入ってきた。
「あ、もう閉店ですか。じゃあ後日――」
店を出ていこうとする堀田を、悦男は引き留めた。
「構いません。堀田さん、どうぞお掛けになって」
堀田を今日最後の客にした。後の客が入ってきたらまずいので、表のサインポールの電源を落とし、入り口のガラスドアの内側にカーテンを引いた。
散髪していると、いつもは寡黙な堀田のほうから口を開いた。
「今日は正ちゃん、早いですね」
「さっきまでいましたが、今日は樋口さんの店に行く約束があると聞いたもので、先に帰らせました」
「――」
「素直でよく働く子ですよ。私は助かっています」
「――」
「堀田さんはどう思います?」
「ああ――真面目でいい青年だと思う」
「そうでしょう。私は正ちゃんの後見人になっていましてね。真面目なだけに、癖の悪い人間にだまされて、変な方向に行かないかと心配なんです。」
「――」
もっぱら悦男が話しかけて、堀田が言葉少なに返事をする。ふたりの間のいつものパターンだった。そして相方を失った悦男は、堀田のような重厚な肉体をした初老男に、以前にも増して熱い思いを抱いていた。
(こんな逞しい男に抱かれたら、どんなに気持ちの良いことか)
男を受けなくなって、もう何年になるだろうか?寂しさを紛らわすために張り形を使ったが、血の通う肉根にはとうてい及ばない。
いま彼に必要なのは、本物に貫かれる快感だった。
椅子を倒して仰向けになった堀田の髭を剃っているとき、悦男は性的な思いに駆られた。太い腰を包むズボンの布地に、あきらかにそれとわかる男の象徴が浮き出ていた。平常時でもこうだから、ソノ気になった時はすごいんだろうな。
いかにも実直そうな堀田は、目を閉じていた。かすかにいびきが聞こえる。
淫らな思いが増殖した。今、この店にはふたりしかいない。その思いに、悦男はゴクリと唾を呑み込んだ。そして、思い切って手を伸ばした。
ズボンの前を開くと、白い越中ふんどしだった。布地をずらせて掴みだした。柔らかいが、醒めた茶色の松茸のようだった。
顔を寄せて匂いを嗅いだ。親密ななつかしい匂いがした。その匂いにうっとりとして、口に含んだ。(おいしい――)
そこで堀田が目を覚ました。自分の股間に顔を埋める店主に驚いたが、すぐに口淫される快感に身を委ねた。
口腔に含んだ男の硬さで、相手の昂ぶりが察しられるが、今や62歳と思えないほどギンギンに張り詰めていた。
(ああ、この生きの良さを求めていたんだ)
悦男は息苦しさを我慢して、付け根まで呑み込んだ。それから舌を巻きつけ、竿伝いに太く浮き出た裏筋をなぞった。ゆっくりと口から出すと、唾液に濡れて淫らな光沢を放つ肉根が、隆々とそびえ勃っている。
ふたたびむしゃぶりついた。熱い口腔に押し包まれた男根が、ビクンビクンと快感に揺れ動いた――。
静まり返った床屋に、ひめやかな湿った音と、男の太いため息が洩れた。
