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老春の街(前) -  (2)
(2)

すっかり落葉した木々のすき間から、晩秋の日差しがさんさんと降り注いでいた。地面に散り敷かれた枯れ葉が、歩くにつれカサコソと音を立てた。
今日は珍しく晴れ渡った青空だ。風が無いので初秋のように暖かい。
堀田邦昭は公園の中を歩きながら、大きく伸びをした。170センチ78キロ、太目だが初老男として、理想的な体格をしている。彼は61歳にして結婚歴はなく、生涯独身と決めていた。
彼に性的欠陥があるわけではなかった。いやむしろ、人並み以上に性欲は強いほうだった。その彼がずっと独身を通してきたのは、女よりも男が好きだったからである。
父親は警察官だったが、ある凶暴な犯罪事件で殉職した。邦昭が12歳の時だった。癇の強かった母親は、いつも苛立ったそぶりを見せていたが、夫亡きあと、辛抱強く二人の息子を育て上げた。兄のほうは文武に優れた男で、警察官になってから高校出としては異例の出世を遂げて、現在は退職後、大手企業の役員をしている。
邦昭もその優秀な兄に倣って、小学生時代から柔道をつづけ、高校を出ると警察官になった。彼も警察内部でそこそこの出世をしたが、部下の不祥事の責任を取って、警察を辞めた。彼が50歳の時だった。それ以来、警察上司だった人物の引き合いを受けて、警備会社に勤めて現在に至っている。

邦昭が初めて男と性的関係を持ったのは、高校生のときである。小学生の時から通っていた町道場には、子供から大人までさまざまな年齢の弟子たちが来ていた。
その中で、60歳前後と思われる男が、どういうわけか堀田をいたく気に入って、いつも組手の相手をしてくれた。すでに大人の体格になった邦昭から見れば、その男は小さく、風貌も子供のように可愛らしかった。それでも申し込まれるたびに相手をした。
男は投げ飛ばされても、「まだまだ」と言って、何度も挑みかかってきた。その様は、まるで虐められることを喜んでいるようにも見えた。
邦昭は口数も少なく、争いごとを好まぬ温和な性格をしていたが、この小さな初老男の相手をしていると、荒々しい男の猛りを覚えることがあって、心の内に沸いた思わぬ感情に驚くことがあった。
あるとき、その男を寝技に持ち込んでいると、ふとした拍子に男の手が邦昭の急所に触れた。小さな指が意志を持って、まさぐり動いた。邦昭は、偶然ではないことに気づいて慌てたが、一方で熱い力が股間に沸き立つのを覚えていた。

その日、邦昭は誘われるまま男のアパートに行き、初めて男同士の快楽を知った。
男は邦昭のズボンを脱がせ、パンツをずり下げた。バネ仕掛けの人形のように飛び出た若い陰茎を見て、男は大げさに目を丸くした。
「おやおや、すごく元気の良い坊やだ」
そして、まだ完全には大人の形状になっていない陰茎を握って、ゆっくりと皮をめくった。真っ赤に膨れ上がった亀頭が露になった。男の小さめの唇が開かれ、敏感な先端を吸い込んだ。
「あ――ううっ」
思わずあえぎ声を洩らした。
花弁のようにピンク色をした唇が、あんぐりと呑み込んで、舌を巻きつけてくる。亀頭の縁をぐるりと舐め、裏筋を舐めあげた。
今度は口にくわえ、ゆっくりとピストン運動を始めた。すっかり膨れ上がった肉根に添って、引き伸ばされたピンクの唇が前後に滑った。
その様子を目にしたとき、身体の奥深くでうねり動くものが急激に膨れ上がった。ついで宙に弾き飛ばされたような絶頂が襲った。
「うおっ!――おお」
邦昭は呻き声とともに身体を痙攣させ、男の口中に白い液体を弾き飛ばした。

それ以来、初老男との密かな痴戯は繰り返された。やがてそれは、男の尻に入れる行為へと発展していった。しかし堀田は、どことなく醒めていた。たしかに男との行為は、息詰まる興奮と快感があったが、どこか違うなと感じていた。
彼がずっと思っていたのは、小学校時代からの同級生、小壺だった。小壺も柔道をやっていたが、背が低く、女のように優しい顔をしていた。
それは中学2年生の時の出来事だった。
放課後の部活のとき、大きな体をした3年生が、ふざけて小壺を裸に剥こうとした。小壺は必死に抵抗したが、力の差は歴然だった。とうとう小壺は柔道着を脱がされ、下穿きをずり下げられた。そこで他の3年生が、もう止めとけ、と言って落花狼藉は終わったが、見ていた邦昭は強い興奮を覚えた。小壺のむき出しにされた小さな尻が、いつまでも脳裏に残っていた。その夜、邦昭は夢精した。

床屋で正ちゃんと呼ばれる若い従業員を見たとき、即座に同級生の小壺を思い浮かべた。顔は似ていなかったが、雰囲気が似ていた。清楚で、初心っぽくて、どことなく頼りなげだった。
その正ちゃんに髭を剃ってもらっているとき、身内でなにか蠢くものを感じた。ほっそりとした指が、ズボンの合わせ目にもぐり、自分の分身に絡みつく――想像するだけで、狂おしいほどの渇望を覚えた。
独り住まいのアパートに戻ると、堀田は、床屋の若い店員の顔を思い浮かべて、自ら慰めるのだった。



貝山のお爺ちゃんと初めて会ったのは、犬に吠えられた拍子に転んでひざを擦りむいて、泣きながらアパートに帰っている途中だった。お爺ちゃんは優しく声をかけて、擦り傷の手当てをしてくれた。翌朝、母親に連れられてお礼に行ったとき、お爺ちゃんはニコニコしながら言った、いつでも遊びにおいで、と。
母子家庭で育った正一は、いつもひとりぼっちだった。母は朝から晩まで働いていた。
その母が唯一自慢するのは、樺山という姓は、鹿児島では名家だったのよ、と。
でも幼い正一には、そんなことどうでも良かった。
正一は小学校から帰る途中、貝山のお爺ちゃんの家に寄ることが多くなった。お爺ちゃんは独り者で、床屋をやっていた。
お爺ちゃんが仕事をしている間、正一は奥の部屋で宿題をやったり、お爺ちゃんが働いている床屋の隅で、店にある雑誌を見たりして過ごした。
そして仕事の合間に見せる、お爺ちゃんの優しい笑顔。お爺ちゃんの身体からは、いつもベビーパウダーのような匂いがした。そして別れ際にギュッと抱きしめてくれたときの、やわらかい身体の感触。正一はお爺ちゃんが大好きだった。

そのお爺ちゃんの秘密を知ったのは、正一が12歳のときだった。
学校帰りに床屋に行くと、いつもクルクル回っている3色ポールが止まっていた。ガラス窓にもカーテンが引かれている。
(あれ、今日はお休みかなあ)
そう思いつつドアに手をやると、開いている。いつものように奥の部屋に向かうと、なにやら様子がおかしい。
仕切りの襖をそっと横にずらして、目に入った光景に仰天した。なんとお爺ちゃんの身体の上に、別の大きいお爺ちゃんが圧し掛かっていたのだ。
(お爺ちゃんが虐められてる!)
思わず部屋に飛び込もうとした正一は、思いとどまった。(なんか様子が違う)
ふたりともシャツは着たまま、ズボンとパンツを脱いでいた。お爺ちゃんは仰向けに寝て両膝立てに足を開いている。その足の間に割り込んで、大きいお爺ちゃんがしきりにお尻を動かしていた。
正一のほうからは、横に膨らんだ大きなお尻が、下になったお爺ちゃんに向けて、もくもくと動いているのが見えた。身体がぶつかり合う暗がりから、ピチャッ、ブチュッと濡れた音が聞こえてきた。
心臓がドキドキしてきた。
そのとき大きなお爺ちゃんが身体の位置をずらして、その肩先から貝山のお爺ちゃんの顔が見えた。目を閉じ、口を開けて、泣いているような笑っているような顔――。
正一は半べそをかいて、床屋を飛び出した。

しばらくの間、お爺ちゃんの部屋で見た光景が、頭から離れなかった。
思い返してみると、相手のお爺ちゃんは、貝山のお爺ちゃんがターさんと呼んでいた、床屋のお客さんだ。頭の禿げた優しい感じのお爺ちゃんだった。
それにしても、大好きなお爺ちゃんに裏切られた気がした。お爺ちゃんは自分だけのものだと思っていたのに――。
男女の性交についてはすでに知っていたが、男同士でも出来るということは、小さな心にとって衝撃だった。そしてまた新たな期待が生まれた。
(だったらぼくだって、お爺ちゃんと)

正一が17歳のとき、母がクモ膜下出血で急逝した。
母の葬儀のあと、貝山のお爺ちゃんがやってきた。そして、後見人になってあげるから、一緒に暮らそうと持ち掛けた。
思いがけない話だった。大好きなお爺ちゃんと一緒に暮らせる。でも、ふと思った。お爺ちゃんの恋人、あの禿げのお爺ちゃんの顔が目に浮かんだ。(ぼくがお爺ちゃんと一緒になれば、ふたりの仲を邪魔してしまう)
正一は優しい性根の持ち主だった。お爺ちゃんがターさんと呼んでいる、禿げのお爺ちゃんはライバルだったが、無理やりふたりの間に割り込むのは気が引けた。
結局、住まいは別にすることにした。これまで母と暮らしていた2DKのアパートから、ワンルームのアパートに移った。母が残した預金と母の死亡保険金がおりたので、贅沢をしない限り、学費や生活費は賄えた。それに正一は、家事に慣れていた。

高校3年生は進路を決める時期だった。貝山のお爺ちゃんは大学進学を勧めたが、正一の心は決まっていた。理容学校に行って、そのあとお爺ちゃんの床屋の仕事を手伝うのだ。
貝山のお爺ちゃんは反対した。大学に行って、大きな会社に就職したほうが、正一の為になる。床屋なんて厳しいだけで、儲からない商売だ、と。
しかし正一の意志は固かった。
(お爺ちゃんとずっと一緒にいたい。そしてお爺ちゃんの面倒を見るんだ)
そんな思いはひとことも口に出さず、彼は自分の決めた道をひたむきに進んだ。
[19/08/13 07:39 神亀]
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