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■ 悠久の彼方へ - (12)天皇の誕生
(12)天皇の誕生

【ウカヤフキアエズとタマヨリビメ(玉依毘売)の間に生まれたイハレビコ(神倭伊波礼毘古命)は、長兄のイツセ(五瀬命)に「天下を治めるためには東を目指すべき」と進言しました。
イツセは了承して、兄弟で東に向けて旅立ちました。
一行は日向国の高千穂を立つと、海路を進み、豊国の宇沙を経て筑紫の岡田宮で1年滞在しました。その後、阿岐国の多祁理宮で7年間、吉備国の高島宮で8年間滞在しました。さらに東に進み、白肩の津に船を着けたところで、豪族、ナガスネビコ(登美能那賀須泥毘古)が、軍を率いて待ち受けていました。
この戦いでイツセは腕に矢を受けて負傷しました。苦しむイツセは「太陽の神の子孫であるにも関わらず、太陽に向かって戦ったのが失敗だった。今度は太陽を背にして戦おう」と提案します。一行は海岸沿いに南に進みます。
イツセの受けた傷は深く、海水で血を洗いながら旅を続けますが、ついに木国に入ったところで、雄叫びをあげながら力尽きました。そのあとは末弟のイハレビコが軍を率いて、東征を続けました】

二人は史書にあるイハレビコの東征の跡を追って、東へと戻っていったが、裏付ける痕跡はなにも見いだせなかった。
「それは、神武東征が事実ではないからでしょう。あくまで九州に伝わる天孫降臨神話と、大和政権を結びつけるお話ですよ」
「だったら、お前とわしが合体転移して見た情景は何なのだ?あれだけ鮮明な情景は、作り事とはとうてい思えぬ」
「だから幻視ですって。マロさまと私が共に知った、史書の夢を見ているのです」
「事実と夢か。いったいどちらを書けばいいんだ」
「それは夢でいいんです。要は、天皇家による日本列島の支配は、神代からのものである、という夢を国の民に知らしめればいいんです」
「そう言ってもなあ――」
二人は旅の途中で、編纂事業のありかたについて、たびたび議論した。

【イハレビコの一行が熊野に上陸すると、巨大な熊が現れて、その荒ぶる神の邪気を浴び、一行は気を失ってしまいました。そこへタカクラジ(高倉下)という者がひとふりの太刀を持って現れ、イハレビコにそれを献上します。イハレビコは太刀を受け取るやいなや、熊の姿をした荒ぶる神を瞬時に斬り殺しました。
タカクラジに太刀を入手した経緯を聞きますと、夢にアマテラスとカムムスヒとタケミカヅチノオが現れ、お前の倉に太刀を下ろすので、それを天つ神の御子のもとに持って行って献上しろ、とお告げがあったと言いました。
その後、一行はカムムスヒが遣わした八咫烏の案内に従い、旅を続けました。道中、宇陀でエウカシ(兄宇迦斯)に、忍坂では尾の生えた土雲ヤソタケル(八十建)に襲われますが、これを退けました。
イハレビコは次いで登美毘古を、さらには兄師木と弟師木の兄弟も撃ち滅ぼします。
さらに、大和を支配していたニギハヤヒ(邇芸速日命)が、神の御子が地上に降り立ったことを聞き付けて、天の宝物を差し出し、イハレビコに帰順しました。
こうして各地の荒ぶる神々を平定したイハレビコは、畝火(ウネビ)の白橿原宮(カシハラノミヤ)で神武天皇として即位したのでした】

ホンジとアレは飛鳥浄御原宮に戻ってきた。
二人が九州へと旅立ってから、11ヶ月が経っていた。梅の花は盛りを過ぎ、代わって桜や菜の花がより明るい色彩を見せ始めていた。飛鳥川の水もぬるみ、飛鳥浄御原は、すっかり春らしくなっていた。

いつもの生活に戻った頃、ホンジは持統天皇に呼ばれた。
先の天武天皇の時代から進められていた倭京(ヤマトノミヤコ)は、造成工事が完了して、碁盤の目状に張り巡らされた道路が部分的に大区画の宅地に変えられ、主要な施設の位置が固まっていた。
ホンジが女帝から命じられたのは、中心部分となる藤原宮造営の監督だった。
「承知致しました。ところで現在進めています古事記の編纂については、どういたしましょうか?」
ホンジの問いに、女帝は少し考えて言った。
「古事記は中止だ。別途進められている日本書紀に絞ることとする。朝臣の息子、太安万侶も編纂事業に参加させている。朝臣は安万呂と別居しているようだが、そう若くはない。これからは親子一緒に住まうがよい」

持統天皇のもとから退くと、ホンジはアレと息子の安万呂を引き合わせた。アレ39歳、安万呂34歳のときである。
安万呂は唐から無事戻ってきたとき、太の姓を持統天皇から戴いて、父親の多の姓とは違う姓を名乗っていた。
ホンジは女帝から勅命が下ったことを二人に話し、これからは3人一緒に自宅で住まうと告げた。それから細々としたことを取り決め、自分は新京建設現場の仮住まいに引っ越して行った。

アレと安万呂の奇妙な共同生活が始まった。安万呂は、自分の父親とアレが、古事記の編纂で行動を共にしてきたことを知っていた。それどころか、ふたりの男色関係も知っているようだった。
ホンジが家を出て行った次の夜、安万呂はアレの寝屋にやってきた。
「安万呂さま、何か――?」
アレが最後まで言う暇もなかった。安万呂がふいにアレの身体を抱きすくめた。
「あっ、何をされるのです、安万呂さま!」
「フフフ、お前の好きなことよ。おれの親父とやってるんだろう」
安万呂は、父親と同じように大きな身体をしていた。力では、アレがとても太刀打ちできるものではない。
安万呂の一方的な行為による、落花狼藉がおこなわれた。
アレは背後から貫かれて、まるで昔に戻って若いホンジと交わっているような錯覚を覚えた。力感あふれるへのこが、遠慮会釈なく侵入してきて、内部から揺さぶり、悦楽の渦を大きくする。久しぶりに味わう、気の遠くなるような交合だった。
すっかり終わったとき、ぐったりとしたアレの裸体を弄びながら、安万呂が言った。
「どうだ、良かったか?わしが唐で覚えた、男を悦ばせる技だ。これからもちょくちょく抱いてやる」
息も絶え絶えとみえたアレが、顔を上げた。
「だったらこれからは、あなたのことをマロさまと呼ばせていただきます」
「それは――少々軽すぎるんじゃないか?」
「それでいいんです。そのほうが親しみも情もずっと深まります」
あの堅い親にして、この子あり。アレは答えながら、いつだったかホンジとも同じようなやりとりをしたことを思い出した。

持統8年(694年)、日本で最初の本格的都城となる、新益京(アラマシキョウ)が完成した。(※中世以降、藤原京と呼ばれるようになった)
都の中心部にある藤原宮は、約1キロメートル四方の敷地を、高さ5メートルの塀で囲み、中央に荘厳な大極殿が設置されている。
宮城の周囲も碁盤の目のように道路が敷かれ、敷地に官舎や民家が軒を連ねつつある。そして三方は、大和三山と呼ばれる畝傍・耳成・香具山の山々に囲まれ、緑あふれる美しい都を形作っていた。
その年の12月、寒い中での遷都が行われた。しかし当初は、宮城と役所のみが使われていた。

ホンジは、持統天皇の命令を思うと後ろめたい気持ちはあったが、自宅の奥の部屋で、アレと秘密裏に古事記の編纂作業をつづけていた。
50歳を過ぎた頃から、肉が落ちて脂肪の層が増え、丸みを帯びたやわらかい身体になっていたが、それでもホンジは壮健そうに見えた。宮城への行き来もしっかりした足取りだったし、家に戻ってからも疲れを見せずにアレの口述を筆録していた。
それでも老いの影は確実に忍び寄っていた。50半ばを越えた頃から、もはや合体転移の術も、ままならぬ日が多くなった。ホンジはアレの口を使って無理やり奮い立たせようとしたが、アレがそれを拒んだ。
「ホンジさま、無理をするのは駄目です。自然な形でお元気になられたとき――そのときまで待ちましょう」
あるときは、役所に出仕する前に、アレの身体を求めた。年寄りは朝の方が元気だ、と言って。
それでも不首尾に終わったとき、ホンジの悄気返った顔を見るのが、アレは辛かった。その一方で、密かに続けられているマロとの関係を、うしろめたく思っていた。

暑さがようやくしのぎやすくなった頃、ホンジは床に臥せっていた。
部屋には彼の息子マロと、アレの二人が呼ばれていた。
「今の帝は、古事記の編纂を快く思われていない。わしを呼んで、正史である日本書紀だけでいいと言われた」
ホンジは二人に対し、前置きなしに話し始めた。その声はかすれていた。
「為にわしは、表向きは古事記の編纂事業をやめたことにした。しかしアレとは秘密裏に作業をつづけてきた」
そこで咳き込んで、アレがホンジの背中を支えて茶を飲ませた。
落ち着くと、ホンジは話をつづけた。
「わしは思う――いずれは古事記を世に出す時が来ると。その日のために、編纂事業は安万呂に引き継ぐ。アレと仲良くやってくれ。ただし、当面は人に隠れてやるんだ。それから――書にわしの名前は一切出すな」
そこまで話すと、ホンジは急にぐったりしたように目を閉じた。その身体を、アレがそっと横たえた。
ホンジは目を閉じたまま、アレに声をかけた。
「アレ、安万呂は合体転移の術ができそうか?」
「はっ、それはあのう――試してみないと」
「なにをとぼけておる。お前たちが睦み合うておるのは、とっくに知ってるぞ」
アレとマロは顔を見合わせて、首をすくめた。

その夜、ホンジは息を引き取った。ときに持統10年(696年)の8月、享年58歳であった。
ホンジの葬儀の後、壬申の乱のときの功績に対して、持統天皇より褒賞を賜った。

――*――

和銅3年(710年)3月の元明天皇の時代、平城京に都が遷された。
元明天皇は天武天皇の姪にあたり、亡き草壁皇子の后であった。息子である文武天皇が24歳の若さで崩御したあと、天皇に即位していた。
平城京は、都全体が見渡せないほど、巨大な都である。南北中央の朱雀大路で左京と右京に区切られ、南北を坊、東西を条として、碁盤状に道路が走っている。東にある若草山もずっと遠くに見えた。
そして遷都されたときは、内裏と大極殿、官舎等が整備されただけで、寺院や邸宅などは段階的に造営されることになっていた。
天武天皇の時代の飛鳥浄御原宮から新益京、そして今の平城京、と目まぐるしく都が変わった。マロは三つの都の中で、新益京が一番気に入っていた。大和三山に囲まれた緑あふれる都だったからだ。
マロ自身は相応の地位にまで出世して、平城京の東側に大きな敷地を与えられ、そこに屋敷を建てる予定だった。

翌年の9月、マロとアレは宮殿に召集された。
すでに自分の屋敷も完成して、引っ越しもすんでいたマロは、同居するアレを伴って、大極殿に出向いた。
元明天皇は、前にかしこまる二人に向かって、穏やかな声で話し始めた。
「先の天武天皇は、史書や伝承に誤りが多いことを憂われて、古事記と日本書紀の編纂事業を起こされた。この二書はおのずと性格が違う。つまり古事記は国内向けに、日本書紀は外の国に向けてのもの」
そこで女帝は息を吐いて、ふたたび言葉を繋いだ。
「しかし、天武天皇の崩御のあと、古事記の編纂事業は途切れました。――いや、途切れさせられた、と言うべきでしょう」
女帝は、しばしためらったあと、ぽつりと言った。「私の姉上によって――」
その姉上が先の持統天皇であるのは、二人も知っていた。
「姉はこの国の正史は日本書紀だけで良い、と考えていたようですが、私は違います。私は古事記も必要と考えています。かつては手ごわい敵だった地方の豪族も、いまや朝廷に従うようになりました。その今だからこそ、彼らの地に伝わる歴史にも配慮すべきなのです」
そこで女帝は姿勢を正した。
「太朝臣安万侶に命じます。稗田阿礼がこれまで誦習した帝紀や旧辞、そのほか暗記したものをまとめ、古事記として完成させなさい」
「ははあっ!」
二人は平伏したが、内心ニンマリしていた。ホンジが今わの際に残した、言葉通りになったからだ。
「して完成までどれほどの日時を要しますか?」
「ははっ、半年もあれば」
マロは涼しい顔で言った。その実、ほとんど出来ていた。あとは清書するだけだった。
[19/05/23 07:46 神亀]
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