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悠久の彼方へ - (9)高天原の使者と国譲り
(9)高天原の使者と国譲り

翌朝、ホンジとアレは、この国を治める国司に会いに行った。
国司は50がらみの男で、中央から赴任しているだけに、品の良い顔をしていた。彼はホンジとアレが帝から勅命を受けて活動していることを知っていたので、二人に対する態度は丁寧だった。
ホンジが作治の件を訪ねると、さっそく衛士長を呼んで説明させた。
「牢に捉えられている作治のことですか?3日前の夜、自分の女房を殺して逃げていたのです」
衛士長の説明によれば、見回りの衛兵二人が女の悲鳴を聞いて駆けつけたところ、家から飛び出して逃げ去る作治の姿を見た。不審に思って家の中を覗いたところ、女が胸を刺されて死んでいた。
「でも、3日前の夜、作治は私たちと一緒に、須我社の近くの群家に泊まっていましたよ。ご存知のように、作治はあなたの命令で案内役をしていましたから、ずっとわたしたちと行動を共にしていました」
ホンジは国司に向かって言った。「ですから、衛兵たちの見間違えでしょう」
それを受けて、衛士長が冷静な声で言った。
「その衛兵二人は、作治と顔見知りでしたから、間違えるはずがないと思います。それにあなた方と一緒にいたとしても、夜中に抜け出すことは出来ます」
(それはない。眠っている私の後華に、ヘノコを入れていたのだから)
アレは思ったが、口に出さなかった。そのアレの顔をちらりと見て、ホンジは衛士長に言った。
「私たちが作治と話をすることは出来ますか?」
衛士長は国司の顔をうかがって、了解した。

牢に入れられた作治は、見る影もなくやつれていた。
「私がやったのではありません!」
必死に訴える作治に対して、ホンジは優しく言った。
「それは分かっている。お前はわしたちと一緒にいたからな」
作治に対するホンジの優しい態度に、アレがへそを曲げて冷たく言った。
「でも、夜中にそっと抜け出したとも考えられるな。それに衛兵たちは、お前の顔を見たと言ってるし」
「アレ――」
ホンジがアレを非難するように見た。それに構わずアレは続けた。
「妻殺しはおそらく死刑――絞首刑か斬首刑だな。大丈夫、痛いと思う間もなく、死んでるから」
作治が目に見えて震えだした。
「私はやってません――」とうとう泣き出した。

「アレ、いい加減にしろ!」
ホンジはアレを怒って、作治に言った。
「作治――気を静めろ。問題は、衛兵たちがお前を見たと言ってることだ。お前、衛兵たちに、恨まれるようなことはないのか」
作治はしゃくりあげながら言った。
「それはありません――これまで顔を合わせたときに――よく冗談などを言いましたが――相手を怒らせるようなことは、ありませんでした」
「殺された女房との仲は良かったのか?」
「正直申しまして――あまり良いとは言えません――女房は自分の見栄えばかり気にして、よく化粧屋を呼んでいました」
その一言が、アレの気を引いた。
「化粧屋って、化粧をしてくれる人?」
「そうです。行商人のような男で、女に化粧をして回ってるそうです」
アレはひとこと言った。
「その男って、作治さんに似てません?」
ホンジがアレの顔を見た。彼にも、アレが言わんとすることに、気づいたようだ。
「体つきは似てるけど、顔は似てるとは言えません」
作治が思い出すように言った。
別れ際にホンジが言った。
「作治、少し辛抱してくれ。わしたちがお前の無罪を明かしてやるから」

そのあと二人は、事件の夜、作治を見たと言う衛兵二人に会って、話を聞いた。
「作治を見たのは夜のことだろう?よく作治の顔が見えたな」
ホンジの質問に、衛兵二人はちょっとたじろいだ。
「夜と言うより、暗くなりかけた夕方のことでした。ですから逃げたのは、作治だと分かりました」
痩せてひょろりと背の高いほうが答えた。
「作治の顔は、よく見えたのか?」
ホンジの問いに、衛兵二人は顔を見合わせた。今度はがっちりした体格の方が答えた。
「はっきり見えたわけじゃありません。でも顔の輪郭、丸っこい体つき、あれは作治に間違いございませんでした」
「そうか――女房はどんな殺され方をしたんだ?」
「胸を一突きでした。作治は逃げるとき、銛を手にしていました」
ホンジとアレは顔を見合わせた。そしてホンジが二人の兵士に言った。
「二人とも、わしたちに付き合ってくれ。中海まで行く」

タラシは漁師小屋にいた。
ホンジは衛兵たちに命令して、タラシを後ろ手に縛りつけた。それから、小屋の中を調べだした。
壁に鉄製の銛が掛けられていた。隅の棚には、朱色や黄色、茶色の顔料を入れた容器があった。どうやら化粧を施す道具のようだ。
銛と顔料の容器を証拠品として、二人は小屋を出た。
小屋の外で、後ろ手に縛られたタラシを跪かせて、アレが容器を手に近づいた。彼は顔料を指の腹ですくい、タラシの顔に塗りつけ出した。
「な、何をする!」
タラシが顔をねじって、アレの手から逃げようとした。
「大人しくしてよ、お化粧してやるんだから。衛兵さん、この男が抵抗するようだったら、構わないからぶんなぐって気絶させて。そのほうがやりやすいから」
その一言で、タラシは大人しくなった。
アレは器用な手つきで作業をつづけた。タラシの目がいくぶん大きく見え、太い眉と分厚い唇が目立たなくなった。
「はい、これでおしまい。衛兵さん、あなたたちが見たのは、こんな顔じゃないの?」
そこには作治そっくりの男の顔があった。

【国づくりが完了し、大いに繁栄する地上世界を見たアマテラスは、「地上はわが子が治めるべき」とアメノオシホミミ(正勝吾勝々速日天之忍穂耳命)を地上へ降らせようとしましたが、アメノオシホミミは地上の騒がしさに戻って来ました。
アマテラスは高天原の八百万の神々と相談し、オホクニヌシに国譲りを迫るべく、使者の派遣を決めました。
まずアメノホヒ(天之菩比神)を派遣しましたが、オホクニヌシに媚びへつらうばかりで、3年経っても何ひとつ報告をよこしません。
今度は、天のまかこ弓と天のはは矢を授けてアメノワカヒコ(天若日子)を送り込みますが、アメノワカヒコはオホクニヌシの娘シタテルヒメ(下照比売)を娶り、天から偵察に来た雉のナキメ(鳴女)を弓で射殺してしまいました。
ナキメの胸を貫通した矢は、天の安の川原にまで達しました。タカギ(高木神、タカミムスヒの別名)がそれを拾い、「もしアメノワカヒコに邪な心があるなら、この矢に当たって罰を受けよ」と言って投げ返すと、矢はアメノワカヒコの胸に突き刺さり、その命を奪ったのです。
最後に送り込まれたタケミカヅチノオ(武御雷之男神)とアメノトリフネ(天鳥船神)は、出雲の伊耶佐の小浜に降り立つと、オホクニヌシに国譲りを迫りますが、オホクニヌシはわが子、コトシロヌシ(事代主神)がお答えする、と言いました。
そこでアメノトリフネを遣わせてコトシロヌシに問うたところ、国譲りを認めました。
タケミカヅチノオがオホクニヌシに再度迫っているところに、オホクニヌシの子タケミナカタ(建御名方神)が現れ、力比べを挑みました。
タケミナカタがタケミカヅチノオの手に掴みかかったところ、タケミカヅチノオの手が氷柱に、次いで剣の刃へと変わっていきました。慌てて引っ込める手を掴んで、タケミカヅチノオは若葉のように握りつぶし、放り投げました。
力の差を思い知らされたタケミナカタは逃げ出して、科野国(信濃)の州羽の海(諏訪湖)に追い詰められたところで降参しました】

作治の無実が明かされて牢から助け出したあと、ホンジとアレ二人の古事記編纂作業が再開された。
オホクニヌシの国譲りの話で、タケミカヅチノオとタケミナカタの力比べが終わったところで、ホンジが感想を述べた。
「最後のところの、タケミナカタが科野国の州羽の海まで逃げて降参したという話は、前に大津皇子が引き合いに出されていた。皇子はこの神話をご存知だったんだな」
「ふうん、どういうこと?」
「いま飛鳥で着工している倭京だが、実は大津皇子の発案で、科野国も都候補に挙げられていたんだ。皇子は、科野が列島中部の中心地にあり、神が逃げ込んだ神聖な地であり、それに飛騨と直結しているから都に適している、と言われていた」
「なぜ、飛騨と直結していれば都に適しているの?」とアレ。
「それは飛騨工がいるからだ。彼らは大伽藍を建てるのに、秀でた技術を持っている。殿舎や寺院の造営に欠かせない存在だ」
「へーえ、大津皇子さまは博学なんですね」
「ああ、わしに似て博学だ」
途端、アレがあらぬ方向をむいた。

【タケミカヅチノオは出雲に戻ると、オホクニヌシに問いかけました。「そなたの子、コトシロヌシとタケミカヅチノオはアマテラスの御子の命令に背かないと誓った。そなたの考えはどうなのか」
するとオホクニヌシは「アマテラスの御子が住む宮殿と同じような、柱が太く、高々とそびえる立派な宮殿を建てて頂けたら、そこで静かに暮らします」と言って、多芸志の小浜に使者の神々を供応する宮殿を建て、さまざまな準備を整えた上で、改めて誓いの言葉を述べました。
これを受けてタケミカヅチノオは、高天原へ昇り、葦原の中つ国が平定されたことを報告したのでした】

二人は杵築大社まで来ていた。
牢から解放された作治が、二人に同行していた。女房殺しの嫌疑が晴れて、作治は明るさを取り戻していた。その艶やかな人好きのする顔を見て、ホンジの浮気心が騒いだ。
(別れる前に、もう一度味わってみるか)
そんな邪心も、杵築大社の壮大な本殿を見て吹っ飛んだ。
まるで天に向けたように、太くて長い柱によって支えられた橋が伸びていた。一番奥のほうは、高さが50メートルほどあった。その頂上部に本殿があった。宮司の話によれば、本殿の中には帝でさえ入れないと言う。
オホクニヌシが国譲りの条件として申し入れた宮殿が、あながち神話とも思えないような大社であった。
この大建築物は、斉明天皇の時代に国家的事業として建設された。もっともこの女帝は、しばしば工事を起こすことが好きで、その労役の重さから、人々に批判されたようだ。

作治をもう一度抱きたいというホンジの思いは、結局果たされぬまま、二人は出雲の地を離れ、都へと戻る旅路に出た。
別れ際に見せた作治の名残惜しそうな表情が、いつまでもホンジの心に残っていた。
[19/05/19 06:12 神亀]
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