■ 悠久の彼方へ - (7)稲羽の素兎と八十神の怒り
(7)稲羽の素兎と八十神の怒り
ホンジとアレは、稲羽(因幡)国へと向かっていた。昨日、案内役を務めてくれた作治が、引き続き付き合ってくれていた。
馬を引いて歩きながら、ホンジがアレに話しかけた。
「アレ、昨夜は何の夢を見ていたのだ。悲鳴をあげたり、ああーいいっ、なんて気色悪い声を出したりしていたが」
「ええっ、そんなことありました?私はぐっすり眠っていて、覚えがありませんが」
アレはとぼけたが、昨夜のことは夢だったのか、半ば疑問に思っていた。と言うのも、朝起きたとき尻の谷間がぬめっていた。それは男の精のようなぬめりだった。そのとき横を見ると、幸せそうな作治の寝顔があったのだ。
(ひょっとして、寝てる間に作治が――)アレが疑問を抱いたのも当然だった。
それとなく作治の様子を窺うと、少し遅れて付いて来ているが、アレを見る目つきが、どことなく親密そうに見える。
一行は風光明媚な気多岬(白兎海岸)にやってきた。
白い砂浜が遠くまで続き、風が無いので波がおだやかに押し寄せていた。遠く沖合に青い島影が見えた。
「あれが隠岐の島です。普段は見ることが出来ませんが、たまにこうして見える日があるんです。今日は幸運でした」
作治がのんびりと説明した。「それから、オホクニヌシさまがお助けになった素兎のやって来たのは、あの島からと言われています」
3人は裸足になって、波打ち際まで歩いた。小さな波が足を洗い、足裏で沈み込む砂の感触が心地よかった。
「せっかく海に来たのですから、皆さん、水浴びしませんか」
作治が言って、松の根元で服を脱ぎだした。よほど裸になるのが好きなのだろう、作治はすっぽんぽんの裸になって、海に入っていった。ぽっちゃりとした肉体、弾力のある大きな尻が、歩くにつれ弾むように揺れ動いた。
そんな様子を見ていたホンジとアレは、顔を見合わせ、どちらからともなく服を脱ぎだした。
アレは裸の作治を見ていると、今朝抱いた疑問がまたぶり返してきた。大きな丸っこいフグリと細身のヘノコ――昨夜、後華に覚えたなめらかな感触?
考え込むアレの顔に水がかかった。ホンジが水をかけたのだ。
「あっ、ホンジさま!」
アレもすかさずお返しして、水をかけた。
海の中で水と戯れる3人の姿は、ワニに全身の皮を剥がされた白兎に、似ていなくもなかった。
【スサノヲの六世代あとの子孫、オホアナムジ(大穴牟遅神)には、八十神(ヤソガミ)と総称される腹違いの兄弟神がたくさんいました。兄たちは皆、稲羽(因幡)のヤカミヒメ(八上比売)に求婚するため、連れたって稲羽の国へ出かけました。
オホアナムジは袋を背負わされ、従者として連れて行かれました。
途中、気多の岬を通りかかると、皮を剥がされた丸裸の兎が倒れ伏していました。
これを見た八十神がからかって、「海水を浴びて、風通しの良い高い山の尾根に伏せるのが良い」と教え、兎は言われた通りにやってみると、見る見るうちに塩が乾いて、身体中にひび割れが走りました。
兎があまりの痛さにもがき苦しんでいるところに、遅れてやって来たオホアナムジが通りかかります。
兎が言うには、淤岐島(オキノシマ)からこちら側に渡るとき、鰐(ワニ、サメのこと)を騙して島から気多の岬まで一列に並ばせ、その背中を踏んでいった。ところが、もう少しで陸地というところでうっかり口を滑らせたため、一番端にいた鰐に捕まって、皮を全部剥がされた。それから、八十神たちにも騙された――とのことでした。
オホアナムヂは「真水でよく身体を洗い、蒲黄(ホオウ、ガマの花粉のこと)を取って、それを敷きつめた上に寝て転がれば、よくなる」と教えました。
教えられたとおりにやって傷の癒えた素兎は、「あなたがヤカミヒメを娶るでしょう」と告げました】
ホンジたち3人は、海に流れ込む川で身体についた塩水を流し、さっぱりしたところで服を身につけた。
そのあと作治の案内で、近くの身干山の丘に登った。ここには、白兎を祀った小さな社(白兎神社)があり、同じ境内には、白兎が身体を洗ったとされる御身洗池もある。
この丘からは気多岬が一望でき、日本海の沖合に浮かぶ隠岐の島もよく見えた。
ホンジが境内の端に行って、眼下の景色を眺め渡しているとき、作治がアレのところに寄ってきて、そっと囁いた。
「アレさまは、本当におきれいな身体をされていますね」
「――」
アレは何とも答えようがなくて、黙っていた。
作治がなお小声で話しかけた。
「昨夜は失礼しました」
アレは作治に向き直った。
「失礼しましたって――何をやったのだ?」
「それは――そのう――」
作治は丸っこい身体を、恥ずかしそうにくねらせた。「アレさまが悪い夢を見ていたようなので、お慰めしようと後ろからお抱きしました」
半ば予期したことだったが、アレは先を促した。
「――それで?」
「アレさまのしなやかなお身体を抱いていますと、なんだかムズムズしてきまして――それで我慢できずに――入れました」
「何を入れたのだ?」
作治は丸い身体を縮めて、消え入りそうな声で言った。
「私のヘノコを、そのう――アレ様の後華に――」
「ほう、お前たちはそんな仲だったのか!」
突然、ホンジの声が聞こえてきた。
二人がぎょっとして振り返ると、ホンジが両腕を組んで、こちらを睨んでいた。
「ホンジさま、私たちは、そんなんじゃありません!」
アレが抗議した。
「だったら、作治がお前を手籠めにしたのか?」
「ええーっ、手籠めだなんて!」
今度は作治が、驚いた声をあげた。
ホンジはおもむろに、作治のほうに振り向いた。
「違うのか。しかしアレは、お前といい仲ではない、と言ってるぞ」
「それは――今のところ、そうですけど――」
作治がしどろもどろに応えるそばから、アレが断言した。
「今のところも、この後も無い!私たちがいい仲になることは、断じて無い!」
「ええっ、そんなあ――アレさまあ」
作治が情けない顔でアレを見たが、アレは冷たくそっぽを向いている。
「いいか、作治――わしたちは帝の命で、こちらに来ている。つまり国使だ。その国使を、お前は手籠めにした。それが重罪だということを知ってるな」
ホンジは威厳を込めて話しだした。作治は小さく震えている。
「稲羽の白兎のように、皮をひんめくられる軽い罰じゃない。ま、死罪は確実だ。それも一番重い刑――牛引きの刑だ」
「――?」
「手足を縄で縛り、4頭の牛にくくり付ける。それで牛たちを四方に歩かせる」
「――!」
「当然、手足は引き伸ばされる。そして、限界にきたところで、引きちぎられる」
「――!!」
「もちろん、猛烈に痛いと思う。でも、それだけじゃあ死なない。死ぬのは血が出尽くしてからだ」
ホンジはそこで口をつぐんだ――相手がその情景を充分理解するまで。
作治はがたがた震えていた。血色の良かった丸顔が、色を失っている。
(ホンジさま、ちょっといたぶり過ぎじゃないの)と思ったが、アレは知らぬ顔をして聞いていた。
たっぷり待ったあと、ホンジはおもむろに言った。
「しかし、わしたちは鬼じゃない。このことは黙っていよう。ただし、今夜わしがお前に仕置きをする。お前が二度と国使を手籠めにしないようにな」
そこでホンジはアレに問いかけた。「アレ、それでいいな?」
アレはよく理解できていなかったが、わずかに頷いた。
3人は、伯岐国の郡家に辿り着いた。今夜はそこに泊まる予定だ。
食事が終わったところで、ホンジはアレに言った。
「わしはもうちょっと作治と話をする。それから――今夜、作治の仕置きをする。だからお前は、他の家で寝てくれ。作治の悲鳴がうるさいかも知れんからの」
そこでホンジは付け足した。「あ、それから、香油は置いて行け」
ホンジの目の前には、まんまんと肉の詰まった尻が開かれていた。その狭間に潜む後華は、塗りこめられた香油で濡れ光り、菊の紋様風に皺をあつめている。
その中心部に指をあてがうと、作治がヒッと息をつめ、皺がククッとすぼまった。
ホンジは構わず、指をズグズグと突き入れた。慣れ親しんだアレとも違う感触だった。
「ひっ、ひいいーっ!」
作治が尻をくねらせる。その尻をパチンと叩いて、「馬鹿、動かずにじっとしていろ」と叱った。
充分ほぐれると、膝立ちになって腰を前に推し進めた。黒い草叢から生い立ったホンジのヘノコは、久しぶりに力を漲らせていた。
(ほう、相手が変われば力も出るものだ)ホンジはにんまりした。
「いいか、入れるぞ」
一言断って、ぐっと腰を押し入れた。
夜の闇を裂いて、男の悲鳴が聞こえてきた。
床に横になろうとしていたアレは、ふと動きを止めた。
(ホンジさま、ちょっとやりすぎじゃないの。離れた家まで聞こえてくるなんて)
思いはしたが、止めに行く気はなかった。自分の身に起きてるわけじゃない。
アレは横になると、目を閉じた。ほどなく健康的な寝息がきこえてきた。
【素兎の予言通りヤカミヒメは八十神を前にして、「私はオホアナムヂと結婚します」と宣言しました。激怒した八十神は、オホアナムヂの殺害を計画します。
伯岐国の手間の山で、「上から赤い猪を追い落とすので、下で待ち受けて必ず捕えろ」と厳命して、火で焼いた大岩を転げ落とし、オホアナムヂは無残にも焼け死にました。
息子の事態を知った母神は、高天原のカムムスヒ(神産巣日神)に助けを求め、オホアナムヂは生き返ります。
それでも懲りない八十神は、オホアナムヂを再び山中へと誘い込み、大木の裂け目に挟んで殺してしまいます。またもや母神が現れオホアナムヂを蘇生させると、木国(紀伊国)のオホヤビコ(大屋毘古神)のもとに逃れさせました。
ところが執念深い八十神が木国まで追ってきたため、オホヤビコはオホアナムヂを根の堅洲国にいるスサノヲのもとへと逃がしたのです】
朝から小雨が降っていた。アレはうっとうしい気分で群家の戸を開けると、大きく伸びをした。別の郡家からホンジと作治が出てきた。
アレが見ていると、ホンジは作治の耳元でなにやら囁いて、別れ際に肉付きの良い尻を撫でた。それからこちらに歩いてきた。
「昨夜はずいぶん遅くまで、起きていたようですね」
アレは努めて何気ない口調で尋ねた。
「ああ、作治とこの地方にある言い伝えの話をしていたら、つい熱中してしまった」
熱中したのは他のことだろう、と思ったが何食わぬ顔で聞いた。「それで――お仕置きはどうでした」
「ああ、規律が大切だからな。心を鬼にしてやった」
(心を鬼にだって――楽しんでやったくせに)
つい残酷な気持ちになる。アレは、オホアナムジを二度殺した八十神たちの気持ちが、理解できた。しかし、(ここは我慢)と口の中で、呪詛の言葉をもごもご言った。
「アレ、何をもごもご言ってるのだ?」
「えっ――はい、自分に対する戒めです」
「戒め?なんだ、それは」
「私は帝とご一緒することが多かったので、ついそれに増長して、帝以外の方に対してぞんざいな態度を取っていたのではないかと思います。おそらく私の気づかない所で、相手に不快な思いをさせたことも多々あったでしょう」
「それを反省しているのか?」
「はい。ですから相手に何か文句を言おうとしたときは、ぐっと我慢して、戒めの言葉を口の中で言うんです」
「アレ――」
ホンジはアレの手を両手でひしと握った。「お前がそんな、謙虚な気持ちを持っていたとは、思いもしなかった。わしは感動したぞ」
「いや、それはあの――」
「わしは今、初めて良かったと思う――お前と一緒に編纂の仕事ができて」
(今、初めて思った――?いったい、この人は――)と思ったが、アレはあくまで真面目な顔をして言った。
「ではこれからもよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ、よろしくな」
ホンジの目に、涙が滲んでいた。