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悠久の彼方へ - (5)アマテラスの天石屋戸隠れ
(5)アマテラスの天石屋戸隠れ

日向への旅は、当面予定が立たなくなった。
ホンジに官の仕事の大役が割り振られたからだ。
天武12年(683年)12月、天武天皇より勅命が下って、伊勢王を筆頭に特別の部隊が編成された。全国を巡り、諸国の境界を定める事業だった。ホンジはその管理者の一人に指名されていた。
西の薩摩・日向から東の陸奥・越後まで行って境界を定めるのである。いくら判官・録史・工匠といった大勢の部下を引き連れているとしても、大事業である。一行は三つの部隊に分けて、作業の効率化を図った。
境界の策定作業は翌年の後半まで持ち越された。そして事業を終えた11月、ホンジは新たに朝臣の姓を帝から賜った。多朝臣品治(オオノアソンホンジ)である。

天武14年(685年)の3月に入ってから、ホンジとアレはようやく旅に出た。
今度は西に向かって、山陽道、西海道を通って日向を目指すのだ。
前の旅と同じく、朝廷から二頭の馬を借りていた。畿内から九州に向かう道は大路だったので、道幅も広くよく整備されていた。
この頃にはアレも乗馬に慣れていたので、旅は以前よりはるかに楽なものだった。しかし距離的には前の倍以上あった。しばらく畿内に戻って来れないのは、最初から覚悟していた。

都を出て、山陽道沿いの長い旅だった。二人は郡家で宿泊と食事をしつつ、その土地その土地の景色と風習を味わいながら、旅をつづけた。
そして山陽道から西海道に入って、豊前の国府で久しぶりに合体転移の術を行った。

【ウケヒによって潔白を宣言したスサノヲは、高天原に居座って、田を荒らし、神殿に糞をまき散らすなど、やりたい放題の振舞いようでした。それに対してアマテラスは、何ひとつ咎めようとせず、全てをいいように受け取っていました。
あるときスサノヲは、神聖な機織り小屋の屋根に穴を開け、逆剥ぎにした斑毛の馬の皮を投げ入れました。機織り女のひとりが驚いたあまり、誤って尖った道具で自分の陰部を突き刺し、死んでしまいました。
これを見たアマテラスは恐ろしさに打ち震え、天石屋戸(アマノイハヤト)に身を隠してしまいました。すると高天原から葦原中つ国まで、たちまち闇に包まれました。そして再び、魑魅魍魎たちが暗躍しだしたのです】

合体転移の術を解いたとき、ホンジはすっきりしない表情をしていた。そんなことはいつものことなので、また最後までやろうと言い出すだろう、とアレは思っていた。
ところがホンジは、いつもの要求をせず考え込んでいる。
「ホンジさま、気になることでもおありですか?」
アレが聞くと、ホンジは浮かぬ顔で言った。
「ああ、スサノヲがやりたい放題なのに、なぜアマテラスは怒らなかったのだろう、と考えていたのだ」
「それはアマテラスが女の神様だからでしょう。姉と弟なんて、そんなものですよ。これが男の兄弟だったら、違う展開になっていたでしょうが」
「しかし、女の神だといっても、アマテラスは天の最高神だぞ。天石屋戸に身を隠すのではなく、もっと毅然とした態度で、スサノヲを懲らしめるべきだと思う」
「でも、神話の世界はホンジさまの奥さまとは違います」
「ちょっと待て!いま聞き捨てならぬことを言ったな」
このあたりから、本筋を外れてきた。ホンジは人差し指をアレの胸に突き付けた。「わしの女房がなんだって言うんだ」
「とくに他意はございません」
アレはシレッと言った。そして小声で付け加えた。「ホンジさまは恐妻家だから」
「なんだとお!」
ホンジが大声を上げた。

【異常な事態を受けて、八百万の神々は天の安河原に集まり、対策を協議しました。
その結果、タカミムスヒ(高御産巣日神)の子であるオモヒカネ(思金神)の案が実行されることになりました。
まず常世の長鳴き鳥を集めて鳴かせ、神に供える八咫鏡(ヤタノカガミ)と八尺勾玉(ヤサカノマガタマ)を作らせて御幣にし、神々を天石屋戸の前に集めました。アメノタヂカラヲ(天手力男神)が戸の側に身を潜めます。
戸の前に逆さに置かれた桶の上で、アメノウズメ(天宇受売命)が踊り始めました。
激しい踊りのため、たちまちに衣装が乱れ、両の乳房が露わとなり、下は腰の帯が女陰のあたりまでずり下がります。これを見た神々は大笑いし、喝采を送ります。
その声を聞いたアマテラスが戸を少し開け、騒ぎの理由を尋ねると、アメノウズメは「あなた様より立派な神がおいでになりました」と答えます。そこで八咫鏡を顔の前に差し出すと、アマテラスが身を乗り出しました。
その瞬間、アメノタヂカラヲがアマテラスの手を取って外に引き出しました。同時に、フトダマ(布刀玉命)がアマテラスの背後に注連縄(シメナワ)を張り、「これより内には戻れません」と言いました。
アマテラスが外へ出るとともに、高天原と葦原中つ国には再び太陽が昇り、もとの明るさを取り戻したのでした】

二人は日向から五ヶ瀬川沿いに山間へと入り込み、高千穂の峡谷に行った。
ここは高さ100メートルほどの断崖が五ヶ瀬川に沿って続き、その下には、深い緑に覆われて、豊かな水量が静かに流れている。上流には、オノコ池を水源とする真名井の滝が川に流れ落ちていた。
「神話によれば、アメノムラクモが天孫降臨の際、この池に水が無かったので水種を移した、とされています」
アレが説明した。
ホンジは、この世とも思われない、峡谷の幻想的な雰囲気に魅了されていた。
「確かにこの地は、神話が生まれてもおかしくない雰囲気がある。ここにいると、神代の時代に紛れ込んだような気がする」

そのあと二人はもとの道を戻り、途中、五ヶ瀬川に合流している岩戸川を遡った。その先に行けば、天の岩屋戸の伝承地と天の安河原と呼ばれる地がある。
天の岩屋戸とされる地には、茅葺屋根の社が建っていた。そこにいた初老の神主に聞くと、ニニギの神(天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命)が建立したと伝えられている。神社のご神体は岩屋戸、祭神はアマテラスである、と言う。
ニニギは高天原から地上に降臨した神である。もちろん神話の世界の人物であるから、実際には土地の豪族が神社を建てたのであろう。
天の岩屋戸とされる洞窟には、中に入れないように木の柵があった。その前の広場に、土地の人間らしい男女が数人集まって、洞窟の前にお供え物を並べたり、広場の外周にかがり火を設置したりしていた。
聞くと、今日は夜祭があるらしい。天の岩屋戸からアマテラスを連れ出す神話にちなんで、舞いが催されると言う。

夜祭まで時間があったので、二人は岩戸川の上流にある天の安河原と呼ばれるところに行ってみることにした。
本来の舞台は天上界なのだが、高千穂には岩戸という地名が残り、八百万の神々が集ったとされる天の安河原もある。その地は洞窟になっていて、ところどころ小石が積み上げられている。どうやら土地の人々が祈願した標しのようだ。

暗くなりかけた道を辿って神社に戻ると、すでに祭りが始まっていた。
広場の周囲にかがり火が焚かれ、土地の人々が車座になって肉を食べ、酒を飲んでいる。中央には一組の男女が対になって、舞いを舞っていた。どうやら、男はアマテラスを外に引き出したアメノタヂカラヲ、女は天の岩屋戸の前で踊ったアメノウズメに扮しているようだ。
それにしても、二人の動きは舞いというよりも、男女の秘め事を連想させた。卑猥に腰をうねらせ、お互いを挑発するように手足をくねらせている。赤いかがり火に照らされて、舞いを見る人々の顔にも欲情が表れていた。娯楽の無い地の人たちにとって、男女の交合は素朴な悦びであるのだろう。
男女の舞いを見ながら、アレが説明した。
「ああやって天の岩屋戸の前で活躍した神々は、のちにニニギの天孫降臨に伴って、地上に降り、宮殿の祭祀を担う一族の祖となったと言われています」
しかしホンジは聞いていなかった。今、手の届きそうな目の前で踊る女の豊満な肢体、乳房の揺れや尻の動きがはっきりと見て取れる。太鼓の音が、彼の野生の本能を呼び覚ます。女体とは遠ざかっていたが、下腹部にうごめくものを感じた。
そのとき、踊る女と目が合った。女が嫣然と微笑みかけてきた。

祭りが終わったあと、社の近くにある神主の家に泊めてくれることになった。
地酒をたっぷりと飲まされたホンジは、寝る前に広場の暗がりで、溜まった小水を放出した。そのとき気づいた。暗がりのあちこちから、明らかに男女の睦事と思える物音が聞こえてくる。
卑猥な物音に反応して、雫を切ろうと打ち振るヘノコが力を増してくる。そこでふと人の気配に気づいた。振り返ると、舞いを舞っていた女がすぐそばにいた。
ホンジは慌てて手にしたヘノコを衣に隠した。
女は恥ずかしがりもせずホンジの手元を見ていたが、悩ましい声で言った。
「あなたさまは都から参られたと聞きました。今宵は私の家で、都の話などお聞かせいただけませぬか」
ホンジは募る欲望から、くぐもった呻き声をあげて了承した。

翌朝、女の家から出たホンジは、疲れきった腰をほぐすように身体をねじった。足元がふわふわして力が入らない。それでも股間はすっきりしていた。
神主の家に戻ると、アレが待ち受けていた。
「ホンジさま、昨夜は合体転移をやろうと思っていましたのに、いったいどこに行ってらしたのですか?」
「いや、どうやら酒を飲みすぎたようだ。そこの暗がりで休憩していたら、いつの間にやら眠り込んでしまった」
ホンジの言い訳を冷めた表情で聞いていて、アレはすっと身を寄せた。
「なら、これから合体転移をやりますか?」
「ま、待て!わしは疲れている」
「なにか疲れるようなことをされたのですか?」
言うとアレは、ホンジの股間をぎゅっと握った。
「痛いっ!アレ、何をする!」
「おや、ずいぶん柔らかいですね。まさか寝入っている間に、山の神にでも精を抜き取られたのではないでしょうね」
「いたたっ!おい、アレ、手を放せ」
そのとき初老の神主が、呆気にとられたように見ているのに気づいて、二人はあわてて離れた。

――*――

まだ暑さの残っている8月、二人はこんがりと日焼けして、九州から戻ってきた。
飛鳥浄御原京は、いつもと変わらぬ風景で二人を迎え、包み込んでくれた。
その翌月、天武天皇は大安殿に御して、王卿らを呼んで行った博戯で,御衣,袴,獣皮などを下賜した。ホンジもその席に呼ばれ、衣と袴を戴いた。
宮殿から戻ってきたホンジは、浮かぬ顔をしていた。それにアレが気づいた。
「ホンジさま、宮殿で何かあったのですか?」
「いや、帝のことだ。帝は努めて明るい振る舞いをされていたが、ちとお顔色が優れぬように見受けた。お身体が大事至らなければよいが」

ホンジの心配した通り、帝は病気がちになって政治の表に立たなくなった。代わって、鵜野讃良(ウノノササラ)皇后と皇太子の草壁皇子が、共同で政務を執り、ほかの皇族がそれを補助する役割を担った。
草壁皇子にはひとつ年下の大津皇子という腹違いの弟がいた。大津皇子は、深い学識を持ち、武芸にも秀でていて、帝のお気に入りだった。実際、帝が健在なときから、政治の主導権を握っていたのは大津皇子だった。
あからさまには言われてないが、宮廷内では、大津皇子の能力のほうが上だとみられていた。対する草壁皇子は皇后の後ろ盾はあったが、評判は良くなかった。
ホンジは大津皇子の能力を買っていたが、宮城内ではそんな思いを慎重に隠していた。そして心配していた。両雄並び立たずというように、兄弟で諍いが起きなければいいがと。とくに、草壁皇子を贔屓する皇后の動きが不気味だった。
[19/05/15 08:46 神亀]
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