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■ 悠久の彼方へ - (4)アマテラスとスサノヲ
(4)アマテラスとスサノヲ

出雲国から都に戻ってきた二人は、旅の疲れを癒すように、しばらく編纂作業から遠ざかっていた。
文化・技術の中心地である飛鳥寺や、飛鳥池にある鍛冶工房などに行ってのんびりと過ごした。ときに飛鳥川や近くの森で、自然の中を散策した。
ある日、二人は少し足を伸ばして香具山に登り、森のはずれの切り株に腰掛けて、飛鳥地方の夏の遠景を眺めていた。
遠くに飛鳥寺の五重塔が見え、その先に彼らの住まう飛鳥浄御原京が横たわっている。
また目を転じれば、西方の広大な平野には、格子状の道が所どころ形を現している。天武5年(676年)から開始された、倭京(ヤマトノミヤコ)の土地造成である。これが出来上がれば、日本初の条坊制を布いた、本格的な唐風都城となる。

「ホンジさま、出雲国に行って、これまでご覧になったことで、何かお気づきのことはございますか?」
アレがふと思いついたように質問した。
「ああ、合体転移で見た景色と現実に見たものの違いがよく分かった。やはり神話や伝承は、人が作った話でしか有り得ない」とホンジが答えた。
「そうですね。でもその裏に、人に対する教えがあるのは確かです」
「どういう教えだ」
「例えば、神生みであらゆる分野の神々が誕生した話には、万物に神が宿っているという教えがあるように思います。それに、黄泉国から逃れたときの、イザナキとイザナミの最後の会話。人が死亡する数より生まれる数のほうが多い話。これは、人の繁栄が永遠であることを表していると思います」
ホンジはアレの深読みに感心した。

「ほかにも気づいたことがあります」
とアレは言った。「イザナキとイザナミによる国生みの話は、大和の国が多くの島々で成り立っている、と古代の人たちも認識していたからです。
でも、私たちは今度の旅で出雲国に行くだけで、すごく遠く感じました。それが伝承では、まるで大和の島々を上空から眺め渡しながら語るような、広い視野が感じられるのです。
それに山なるもの、川なるものを感受する知恵も、天から見ないと思いつかないようなものを感じました」
ホンジはアレの表情を見て、言わんとすることに気づいた。
「つまり、合体転移の幻視だな。わしたちの他に、誰かがその術を使って、その情景を後世に言い伝えたのかも知れないな」
アレは黙ってうなずいた。そしてホンジに持ちかけた。
「ホンジさま、英気を養ったら、今度は日向国(ヒムカ)に行ってみませんか。次は、アマテラスとスサノヲのお話になります。日向の地は縁深い所です」
ホンジは呆気にとられた。出雲までの遠い旅を終えたばかりなのに、アレはもう次の旅のことを考えているのだ。一体この小さな身体のどこに、そんな精力が蓄えられているのだろう、と思う。
ホンジはアレの小柄な身体を抱き寄せると、くぐもった声で言った。
「休養を十分取ったら考える。それよりアレ――やるか」
「何をやるんですか」
「分かっておるだろうが。外でやるのもいいもんだぞ」
以前は渋々ながら合体していたホンジも、今やすっかり男色に染まっていた。

【やっとの思いで葦原中国(アシハラノナカツクニ)に戻ったイザナキは、日向の阿波岐原(アハキハラ)に赴き、黄泉国の穢れが沁みついた身体を清める禊(ミソギ)を行いました。
杖・帯・小物入れ・上着・袴・冠・腕輪などを投げ捨てると、合わせて十二柱の神々が生まれました。
次に川の水に身を浸しますと、災いをもたらす二柱の神、邪悪なものを正す三柱の神が生まれました。さらに水底から浅瀬まで禊をしていますと、ワタツミ(綿津見)三神、ツツノヲ(筒之男)三神が生まれました。
最後に顔を洗っていますと、左目から太陽神アマテラス(天照大御神)、右目から月の神ツクヨミ(月読命)、鼻から嵐の神スサノヲ(建速須佐之男命)が誕生しました。
貴い三柱の神々の誕生に、イザナキはたいそう喜びます。すぐさま首飾りをアマテラスに渡して高天原を治めるよう言い、次いでツクヨミには夜の国を、スサノヲには海原を治めるように命じました】

立ち木にしがみついて尻を後ろに突き出した格好のアレに、身をぴっちりと重ねて、ホンジは心地良さそうに腰をうねらせた。うっそうとした立木が強い日差しを遮って、森を吹き抜ける微風が肌に心地よかった。どこやらか、のどかな蝉の声が聞こえてくる。
「ねえ、ホンジさま。せっかくですから合体転移の術をやりませんか?」
(せっかくいい気持でいたのに――無粋な奴だ)とホンジは思ったが、ここで断ると、またアレが帝のことを持ち出しそうだったので、おとなしく動きを止めた。
いつもは床に伏せての行為だったが、立ってやるのは初めてだった。それでも意識を合わせていると、緑の森の風景が阿波岐原の情景に変わっていった。

これまで何度も見た、数々の神々が誕生する光景が見られた。
(そろそろ戻るぞ)切りの良いところまで進むと、ホンジがアレに思念を送ってきた。
術の中でホンジが指示を出すのは珍しかったが、何のことはない、早く現実世界に戻って、お楽しみの続きをやりたかったのだ。
景色が香具山の森に戻ったとき、枯れ木を踏む音が聞こえた。
ハッとしてそちらを見ると、人の良さそうな顔をした年配の男が、木の陰からこちらを見ている。服装からすると猟師かなにかのようだ。
二人の視線に気づいて、男はあわてた様子で姿を消した。

都に戻って7日後に、ホンジは中務省に出仕した。彼は天武天皇の詔による律令事業に携わっていた。もっともホンジの場合は、古事記編纂が最優先とされていたので、律令の仕事は補助的なことをすればよかった。
仲間たちに出仕の挨拶をしたあと、旅の間の遅れを取り戻そうとして、集中して仕事をやった。
昼の休憩時間の時だった、なにやら仲間たちが笑い声をあげて騒いでいる。話の輪に加わると、会話の内容が分かった。

「おい、この間、香具山の森で漁師が面白いものを見たらしいぞ」
「なんだ。何を見たって言うんだ」
「なんでも立ち木にしがみついた白兎を、鹿がうしろから犯していたらしい」
「馬鹿、そんなことあるか」
「その漁師は嘘を吐くような奴じゃない。生え立った鹿のヘノコまではっきり見えたそうだが、人間のものにそっくりだったらしい」
ホンジは顔が赤らむのを覚えた。それを気づかれないように、彼はそっと職場に戻った。

【嵐の神スサノヲは、イザナキに命じられた海の統治を放棄し、ひたすら泣きわめいていました。その泣き声で山が枯れ、海が干上がり、地上に災いが続きました。
イザナキが理由を問いただしても、「母神のいる根の堅州国へ行きたい」と言ってききません。怒り心頭に発したイザナキは、スサノヲを葦原中国から追放しました。
地上世界を追われたスサノヲは、姉に別れを告げようと高天原へと昇ります。すると山や川が大きな音を立てながら、激しく揺れ動きました。
弟が高天原を奪いに来たと勘違いしたアマテラスは、武装して待ち受け、スサノヲを問い詰めました。
スサノヲは邪心の無いことを告げますが、姉に信用されません。
そこでウケヒ(誓約)を結び、子を生むことを提案します。
アマテラスがスサノヲの十挙剣(トツカノツルギ)を噛み砕いて、三柱の女神を生むと、スサノヲはアマテラスの勾玉を同じようにして、アメノオシホミミ(正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命)ら五柱の男神を生みました。
アマテラスは、持ち物の主が親だとして、三柱の女神は十挙剣の持ち主であるスサノヲの子だと認めました。スサノヲは「私の身が潔白だから、女神が生まれた。当然、私の勝ちだ」と一方的に宣言します】

合体転移の術を解いて、現世に戻ったところだった。
「さすが嵐の神ですね。スサノヲはいかにも乱暴者らしい顔つきをしている。それに身体も大きいけど、声も大きい。大人になり切れない、駄駄っ児って感じですね」
「ああ、そうだな。それより、交合の続きを――」
「あ、それに、アマテラスの勾玉から生まれた男神の中で、アメノオシホミミって神様がいたでしょう」
「――」
「この神様は、天皇家の始祖となる御柱なんです。だから重要なのは、誓約の勝敗ではなく、最高神のアマテラスの子孫となることで、天皇家による支配の正当性を示していることです」
とくとくと話すアレの身体に、火照ったヘノコを押しつけながら、ホンジは大人しく聞いていた。若者の話は造詣の深い内容だったが、今のホンジは、早く続きの交合をやりたくてうずうずしていた。
しかし、ホンジの思いもむなしく、アレはふっと立ち上がった。
「おい、どこに行くんだ?」
「井戸で身を清めてきます。すっかり汗をかきました」
「じゃあ、もうちょっと汗をかいてから、身体を清めたら――」
ホンジが言うそばから、アレはさっさと裏庭に向かっていた。

欲求不満の下半身をかかえて、ホンジはふと女房のことを想った。
(今頃はどうしているだろう?)
女房が年を取って、夜の睦事はなくなったが、ホンジにとっては癒される存在だった。いつも穏やかな笑みを浮かべて、ホンジが若い女中を抱いても泰然としている。
唐に渡っている安万呂が、まもなく戻ってくる予定だ。息子が家に戻れば、女房もずいぶん寂しさを紛らわせることができるだろう。
しかし遣唐使船のことを考えると、またぞろ心配の種が尽きない。この船は安芸国で建造されていたが、4隻編成になっていたため四の船(ヨツノフネ)と呼ばれていた。
平底である船の構造からして、高波を受けると脆い。いくら朝鮮半島の海岸渡りで戻るといっても、大きな危険が伴う。現にこれまでも、半数以上が海の藻屑と消えている。
まさに遣唐使は命がけの事業だった。
それでも息子は親の反対を振り切って、唐に渡った。律令国家の建設のため、お役に立てる人間になりたい、と言って。
あとは運を天に任せて、息子が無事戻ってくるのを待つしかない。
ホンジはフウッとため息を吐くと、寝衣を身につけ始めた。
[19/05/14 06:19 神亀]
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