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あけぼの町物語(前編) - 第4章 異音(2)
(2)

昼過ぎに、合気道仲間の河合清司が遊びに来た。今日はいつも一緒の、岡本千秋の姿が見えない。
河合と岡本は同年輩の60代半ば、穏やかな丸顔も、背の低い小太りの体型も、兄弟とまちがえるほど良く似ている。二人はよほど仲が良いのか、いつも一緒だった。
「チーちゃんはどうしたの?」
修一郎が訊くと、清司は不満そうに顔をしかめた。
「札幌からお客さんが来るんだって。いい年をして、朝からルンルン気分だったよ」
「へーえ、昔の恋人でも来るのかねえ」
「さあ、どうだか。娘婿の父親って言ってたけど」
そのとき修一郎は、清司の顔に嫉妬らしき感情がよぎるのを、見逃さなかった。
(おいおい、お前たちも男色関係にあるのか?)
修一郎は内心思ったが、その疑問を口には出さなかった。

二人は離れから続く道場に入った。修一郎が合気道に熱を入れていた時期に建て増したもので、12畳ほどだが、少人数には充分の広さだった。
道場は閉め切っていたので、最初にすべての窓を開け放った。たちまち初秋の爽やかな風が入ってくる。外を見ると、庭に植えたハナカンナの鮮やかな緋色が目に染みる。
道着に着替えた二人は、部屋の中央で対峙した。大柄な修一郎と小柄な清司、二人の身長差は15センチほどある。
まず丹田に意識を集中する。さすが二人とも、長年、合気道をやっているだけあって、部屋の空気がピンと張り詰める。
そのあと組手をやった。普通、組手は取りと受けを交互にやるのだが、清司はよほど受けが好きなのか、この日も受けに徹した。

30分後、二人の体は汗でしっとりと濡れていた。
そこで稽古を止め、母屋の浴室でシャワーを使って汗を流した。
これまでも稽古のあと、裸になって一緒に汗を流したが、お互いの体を意識したことは無かった。ところが、男色の世界を垣間見たあとは、清司の裸が妙に気になった。――目の前にある色の白いぽっちゃりとした尻。
(あの尻を押し開いて、男の逸物が――)
清司の後ろを見ていると、つい、あらぬ妄想を掻き立てる。
それに、清司の目つきも気になった。まるでこちらの股座に絡みつくような、ねっとりとした視線――。修一郎は、体の芯が疼くのを覚えたが、急に気まずくなって、早々に浴室から出ていった。

修一郎は、朝の散歩を再開した。
いつもの老人たちの姿が散見されたが、カメラを構えている姿は無い。おそらく金治郎が、肌を露出した夏の格好から、秋の服装に変えたからであろう。
(――ふむ、これで風紀も乱れなくて済む)
修一郎は何となくホッとした。
公衆トイレに入ったときは、少し胸が騒いだ。金治郎と昌三のいつかのことがあるからだ。幸いブースは、誰も利用していないようだ。
彼は小便器の前に立つと、ズボンの前を開いて、目を閉じた。最近、尿の出が悪くなっていた。チロチロとした流れから、本流になるまでに時間がかかった。目を閉じて静かに待つのは、いつしか身についた習性となっていた。
そのとき、誰かが横に立つ気配がした。目を開けると、金治郎の大きな笑顔があった。
「小父さん、お早うございます」
幅広の顔の中で、小さな目が少年のような輝きを見せている。
ほどなく水の迸る音が聞こえてきた。
あまりに勢いのある音だったので、思わず顔を向けると、ギョッとするような逸物が目に入った。包皮が完全にめくれた亀頭部は、雁首がふてぶてしいほど発達している。その先端から、小便が健康的な勢いで迸り出ている。
(こんな大きなモノを、昌三は口に入れていたのか)
心臓が早鐘を打ちだした。修一郎は、目にする陽物が臨戦態勢になったときの形状を想像して、異様な興奮を覚えた。目を逸らせようとしても、吸いつけられるように、視線が釘付けになって動かない。
それを十分意識したように、金治郎は放尿を終えるや悠々と打ち振って、その全容をたっぷりと見せつけた。そして、のんびりと言った。
「小父さん、こんど合気道を教えてください。以前から興味があったんです」

10月初旬の日曜日、下の孫の運動会で、息子家族が全員出かけているときだった。
山田金治郎がひょっこりと訪れた。まるで、修一郎が独りになるのを、見計らっていたようだ。
「小父さん、今日は合気道の稽古をつけてもらいに来ました」
金治郎は言うと、持ってきた風呂敷包みを開いた。洗い晒しの柔道着があった。
「きみは合気道をやっていたのか」
修一郎が訊くと、金治郎は首を振った。
「いえ、柔道です。と言っても、やってたのは高校生のときでしたから、ずいぶん長い間やっていません」
金治郎のいつになく生真面目な態度に、修一郎は戸惑った。何で今頃になって、合気道を習いたくなったのか。

二人は道着に着替えて、場所を道場に移した。
姿勢や呼吸法、丹田の意識など、ひととおり合気道の基本を説明した。その後、実技に入った。最初は形の稽古。それから、組手の稽古をやる。
ところが金治郎はすぐに、合気道に興味を失ったようだ。
「ねえ、小父さん。合気道って、決まった形ばかりなの?柔道のような乱取りは無いの?」
「無いことは無いけど、普段はやらないんだ」
「ふうん、何だか面白くないなあ。だったら、合気道と柔道の試合をやりましょうよ」
「合気道に他流試合は無いんだ」
「いいじゃないですか。ぼくは小父さんよりずっと若いし、体力もある。だから、加減しますよ」
金治郎の相手を見下したような物言いに、修一郎は内心、ムッときた。金治郎の柔道の腕前がどのくらいか知らないが、修一郎とて師範の資格を持つ腕前だ。いくら年齢や体力面で劣るといっても、そう簡単に引けを取るとは思えない。
そのとき、金治郎が、修一郎の怒りに油を注ぐようなことを言った。
「なんだったら、ぼくは右手一本でお相手しましょうか?」
金治郎の挑発に、修一郎は胸を反らせた。そして、昂然と言い放った。
「そこまで言うのなら、合気道の本義に反するが、君のお相手をしよう。それから、両手で結構。手加減も無用だ」
金治郎が待ってましたとばかり、舌なめずりして言った。
「じゃあ、ぼくも、本気でやらせていただきます」

試合が開始された。
大柄な修一郎に比べ、金治郎は背が低いが、体重は10キロほど重い。
金治郎は強引に、修一郎の襟を掴もうとした。
途端、金治郎の大きな体が宙に浮いて、床に叩きつけられた。修一郎の返し技が決まったのだ。
――まだまだっ!
すかさず起き上がった金治郎が、修一郎めがけて突進した。それをふわりと避けて、足払いをかける。再び巨漢がもんどり打つ。
金治郎は、相当の負けず嫌いだった。いくら投げられても、ムキになって何度も挑みかかってくる。

ついには姑息な手段に出た。
床に座り込み、ハアハア息をして、へばった振りを装う。そして修一郎の隙を突いて、足払いを掛ける。
さすがの修一郎も、床に倒れ込んだ。
――もらった!
すかさず金治郎が飛びついて、横四方固めに入ろうとする。
――おのれ、卑怯な!
修一郎は、相手の重い体重から逃れようと、もがいた。
足を取ろうとする金治郎の手が、修一郎の股間を無遠慮にまさぐる。
――なにをするっ!おのれ!おのれ!
修一郎は必死に抵抗した。
と、そのとき、修一郎のまったく予期せぬことが起こった。
揉み合う二人の体の中ほどから、異音が聞こえたのだ。それも豪快なものではなく、何とも可愛らしい音だった。

「小父さん、今のは、ぼくじゃないですよ」
黙って見過ごせばいいのに、金治郎は言わずもがなのことを言った。
「言うなっ!」
修一郎は恥ずかしさで一杯だった。つい下腹に力を込めた瞬間、油断したのだ。
普段は平然と屁をしても、まさかこんな場面で、しかも最もやりたくない男の前で洩らすとは。――それも女のようなか細い屁を。
修一郎は、死んでも死にきれないほどの恥と思った。
ところが、傷口に塩を塗りこむようなことを、金治郎が言った。
「いいじゃないですか。年を取ってくると括約筋が緩むのは、仕方のないことです」
「黙れっ!それ以上、言うな!」
「だって、人間臭くていいじゃないですか。――あ、屁だから本当に臭いか。ねえ、小父さん、これは二人だけの秘密にしましょうよ。決して他の人には言わないから」
その一言で、逆に修一郎は、暗澹たる気持ちになった。金治郎が年寄りどもに、面白おかしく吹聴している姿が、目に浮かぶ。
(この前さあ、北井の小父さんと合気道の練習をしていたら――)

修一郎の抵抗が弱まると、金治郎は老人の感じるところをまさぐりだした。股間から尻の狭間へ、太い指がいやらしく這い回る。
なんとも狡猾、かつ厚かましいやり口である。
潔癖な修一郎の性格を逆手にとって、二人だけの秘密にしましょうと持ちかけ、暗に脅しているのだ。自分の言うことを聞かなければ、他人に言い触らしますよ――と。
そして修一郎は、何の反撃もできず、無抵抗に弄ばれていた。



胸元をはだけられ、分厚い唇が、乳首に吸い付いてくる。
――あっ!
体の奥深いところが疼き出した。
放心状態の修一郎の耳に、金治郎の声が遠くから聞こえてくる。
「小父さんだって、もう男の世界を知ってるでしょう。本に載っていたこと――これからやってあげますからね」
修一郎は瞬時に悟った。
(――誰が公園のベンチに淫らな本を置いたのか)
しかし、それを知ったところで、もはや後戻りできないところにいた。
帯が解かれ、上衣を剥がされ、下穿きを引き脱がされていく。
修一郎は、離れの部屋で裸になる快感を覚えたが、今や他人の手によって裸にされ、男のじっとりとした視線に晒されている。
「小父さん、きれいだ。きれいな体です」
金治郎の興奮した声――。
ついで、陽物の先端が湿った温もりに覆われた。その温もりがじんわりと、根元のほうに押し下がる。
意思に反して、久しぶりに充実した力が湧いてくる。
今度はうつ伏せにされ、尻を開かれた。菊座にヌメっとした舌が貼り付く。
ついで舌先が、皺のひとつひとつを舐めほぐすように蠢く。
(ああっ!なんてことを――もう、どうとでもしてくれ)
修一郎の中の、女の部分が騒ぎだした。
金治郎は、柔らかい菊の紋章を舌で舐めほぐしながら、修一郎の右手を自分の股間に誘導した。
「ささ、小父さん、これを――」
指の先が、原爆雲のように張り詰めた逸物に触れ、おずおずと握りしめる。熱くて太くて、ドクンドクンと脈動している。
(――逞しい。生きている)
修一郎は新鮮な驚異を覚えた。それはあたかも新妻が、夫の怒張した逸物を初めて握りしめたときのような、恥ずかしいやら、恐ろしいやら、嬉しいやら、いろんな感情が錯綜する気持ちだった。
そして、男の舌によって、自分の体が開かれていく感覚は、いつしか、受け入れてみたいという思いに変わっていた。心の中で、どんでん返しが起こったのだ。
修一郎は、手にしたものを愛おしそうにまさぐりながら、これまで経験したことのない、異質の世界に身をゆだねていった。
[17/02/10 08:23 神亀]
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