古代ギリシャを語るとき、男性同性愛や少年愛といった言葉を耳にする。有名なソクラテスやプラトンも少年愛者だったと言う。また、真偽のほどは定かでないが、ギリシャでは息子の性教育を父親が自らの身体を使って行うそうだ。
それが例え臆測であったにせよ、男好きの私は嬉しい気分になる。
さて、私の友人に、Hさんというフケがいる。彼の家は、祖父の代から続く鉄道員で、彼自身も同じ職業をやってきた。
これから語るのは、そのHさんから聞いた話である。
Hさんは物心ついたときから、同じ屋根の下に住む父親と祖父の間で揺れ動いていた。というのも、ふたりの仲が悪かったからだ。
Hさんは父も祖父も大好きだったが、どちらかに傾けば、もう一方を傷つけることになるのを、子供心に心配していた。
大柄な祖父にくらべ、父は背が低く丸っこい体つきをしている。そしてHさん本人は、隔世遺伝そのままに、祖父似の大きな体つきだ。
どうやら、ふたりの不仲の原因は、Hさんの出生に関わることのようだった。
Hさんの生まれた日時から逆算して、種付けの時期に、Hさんの父親は長期出張で家に居なかったらしい。
では、Hさんの真の父親は誰なのか?Hさんの成長と共に、顔の造りが似てきた祖父なのか?それともほかに男がいるのか?DNA鑑定でもすればすぐ分かりそうなものだが、今もって疑問形にしているそうだ。
ふたりの反目が決定的になったのは、ある出来事が起こってからだ。
Hさんの家では、男子が18歳になると、成人の儀式を行う。
その儀式は、いっぷう変わっていて、父親が自らの体を使って、息子に性教育を施す習わしなのだ。
それを祖父が、父親に代わってやった。
Hさんは18歳になった夜、お祖父ちゃんのぽっちゃりしたお尻によって、童貞喪失の儀式を無事完了した。そのときの、不抜2連射の感激は、今もって忘れられないと言う。
息子を横取りされた父親は激怒した。その怒り様は、まるで恋人を横取りされた女のようだったそうだ。
しかし、祖父は開き直っていた――息子の誕生日に居なかったのが悪い、と。
にわかには信じ難い話を聞いたあと、私は真意を図りかねて、ただ呆然とHさんの顔を見ているばかりだった。育ちの良さそうな穏やかな顔――どことなくタヌキを思わせる、とぼけたところもある。
ふと、彼にも息子がいるのを思い出して、私はおずおずと訊いてみた。
「で、Hさんご自身は、息子さんの成人の儀式をやってあげたの?」
Hさんは、ねっとりとした笑みを浮かべるばかりで、私の質問に答えてくれようとはしなかった。