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■ カンパニー(最終章 対 決) - (6)
(6)

榊原剛は、藤沢覚と山中湖に来ていた。
事前に調べた住宅地図で、目的の山荘はすぐに分かった。通りからすこし奥まった敷地にあり、二階建ての大きな建物だった。
彼らはそのまま屋敷の前を通りすぎて、少し離れた坂の中腹で駐車した。そこからだと、山荘の全景がよく見えた。敷地内の車寄せには、車が一台もなかった。
もうすぐ夕方4時半になろうとしていた。
「おかしいな。誰もいないようだけど」
「車が無いだけで、家の中に人がいるんじゃないか?」と藤沢。
日が落ちて、ひんやりとした冷気が二人を押し包んだ。剛はもう一度腕時計を見て、藤沢に言った。
「藤沢さん。車の中に入っててください。私はちょっと様子を見てきます」

剛は歩いて坂を下った。門のところに近寄ると、内部の様子をうかがった。明かりの点いている窓はひとつもなく、人気はまったくないようだ。
そのとき、気付いた。鉄の門扉には鍵がかかっていない。そっと門扉を押してみた。
扉がかすかにきしみ音をたてて、内部に開いた。
表札はどこにも見当たらなかった。彼は周囲に気を配りながら、玄関のポーチに歩み寄った。驚いたことに、玄関のドアも鍵がかかっていなかった。
そっとドアを引くと、なんなく開いた。ドアを細目に開けたまま、なにか起きないかと身構えた。
何も起きなかった。
剛は薄闇の内部をのぞき見た。吹き抜けになった板張りのホールだった。部屋の中央に円テーブルがあった。右手に煉瓦造りの暖炉が見えた。その前に皮張りのソファーセットがある。部屋の奥には階段があり、手すりのついた二階の廊下が見えた。
人の気配はまったく無い。
(クソッ、円堂さんは帰ったあとか)
剛は悪態をつくと、藤沢のもとに引き返した。

車まで戻ると、剛は藤沢に報告した。
「まったく人気なしです。家の中はもぬけの殻だ」
「でも家に鍵がかかっていないとは――おかしいな」
藤沢は寒そうに腕を擦り合せて、つぶやいた。
「確かにおかしいと思うけど――寒くなりましたね。よし、もう一度、山荘に行ってみましょう。暖炉があったから、体を暖めるには好都合だ」
剛の言葉に、藤沢が驚いて目を丸めた。
「だってきみ、彼らが戻ってきたらどうするんだ」
「そのときは、直接対決するだけです」

剛は山荘の敷地内に車を乗り入れた。もしも榎本たちが戻ってくれば、車に気づくのは分かっていたが、今日は彼らが戻って来ない気がした。
建物の中に入ると、二人は手分けして部屋中を見て回った。
異変は二階の寝室で見つかった。
全裸の男がベッドの上で、うつ伏せに倒れていた。議員秘書の円堂だった。彼が息をしていないのは、明白だった。
剛は遺体に触れないようにして、状況を観察した。円堂の右のこめかみに、赤黒い穴が開いていた。死体の伸ばした右手の先の床に、拳銃が転がっている。
横にいた藤沢が、くぐもったうめき声をあげた。
「どうしました、藤沢さん?」
剛が声をかけると、藤沢は口元を押さえて、部屋の外に走り去った。どうやら死体の生々しさに、吐き気を催してトイレに行ったようだ。

ひとりになると、剛はあらためて遺体を見直した。何かが引っかかった。ふと思いついて、むき出しの臀部に手をかけて押し開いた。肛門から精液がにじみ出ていた。
「手を触れたらだめだ」
戻ってきた藤沢がしわがれ声で言った。彼の顔は血の気を失って、白っぽかった。
剛はポケットからハンカチを取り出して屈みこみ、床に落ちた拳銃を拾い上げた。
藤沢がもう一度声をかけた。
「榊原くん、何をやっているんだ。警察が来るまで、何も触っちゃあだめだよ」
藤沢の言葉を無視して、拳銃を調べた。剛は若い頃、拳銃に興味を持ったことがあるので、いっぱしの知識はあった。
『ミリタリー&ポリス』と呼ばれるリボルバーで、引き金を引くだけのダブルアクション方式だ。今や古いタイプになるが、かつては世界中の軍隊や警察で使われていた。回転式の弾倉には、弾がまだ残っていた。

拳銃をもとの位置に戻して、剛は立ち上がると、あきれ顔の藤沢に言った。
「警察に電話しましょう」
二人は一階に降りて、階段の脇にあった電話で警察に連絡した。すぐに男の声がした。剛は状況と山荘の所番地を簡潔に話した。しばらくして、先方がためらいがちに言った。
「あいにく、もよりの派出署には警官がひとりしかいませんので、そこに行くのは少し時間がかかります」
「おい、ちょっと待てよ。人が死んでるんだぞ」
「それは分かっています。でもこちらの事情もありますから」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「申し訳ありませんが、そのままお待ちください。できるだけ早く行かせますから」
「分かった。じゃあこちらで待ってるから、早く寄越してください」
剛は電話を切って、藤沢のほうに振り返った。
「お聞きのとおりです。警察が来るまで少し時間がかかりそうです」

剛は暖炉のところに行って、火を熾そうとした。横のほうにドアがあり、開けると倉庫になっていた。隅に積み上げられた薪を見つけ、ひと抱えほど運び出した。
薪はよく乾燥していたので、心地よい音を立てて燃え上がった。キッチンに行っていた藤沢が、湯気の立つカップをトレーにのせて戻ってきた。
「コーヒーがあったよ。これで一息つける」
二人は暖炉のそばにソファーを運び、横並びに腰掛けて熱いコーヒーを飲んだ。
落ち着いたところで、剛は藤沢に話しかけた。
「思わぬ展開になりましたね。まさか円堂さんが殺されていたとは」
「殺された?自殺ってことも考えられるのじゃないの」
藤沢が言ったが、自殺でないと思っているのは、顔の表情からわかった。
「いや、彼は殺されたんですよ。でもなぜ、あんなややこしいことを、犯人らがやったかです」
「ややこしいことって?」
「円堂さんの肛門に、精液の痕跡がありました。ベッドの状況から見れば、誰かに凌辱された円堂さんが、ピストルを使って自殺した。変だと思いません?」
藤沢が不思議そうに、剛の顔を見た。
「きみはそんなこと――ずいぶん詳しいようだけど」
「問題は、なぜ犯人たちがあんなことをやったかです。あんな状況を作らず、死体をどこかに隠せばすむことを――」
考え込む剛に、藤沢は言った。
「それは警察に考えさせればいいよ。とにかくこんな恐ろしいことには、関わらないほうがいい」
剛は何か言おうとしたが、年配者の疲れきった表情を見て、口を閉ざした。

二人はソファーに座って、警官の到着するのを待った。
考える時間ができると、剛は円堂に対する憐憫の念と後ろめたさに囚われた。貝山たちの情報を得るため円堂に近づき、彼の男好きを利用してスパイをやらせようとしたのだ。そのために円堂は殺された。彼が哀れでならなかった。
円堂への思いを断ち切って、そっと藤沢のほうを窺った。常務は暖炉の火を見ながら、物思いに沈んでいた。剛は不思議に思った。兄と同じ会社で働いていたというだけで、ここまで協力しようとするだろうか?それとも、社長と重役という関係以上のものが、ふたりの間にあったのだろうか?
初老男の色気をにじませた顔を見ていると、ひょっとしたら兄と親密な関係だったのではないか、と思えてくる。
二人の身体の接触部分から、お互いの温もりが感じられた。剛は無意識に腕を伸ばして、年配者の身体をそっと抱き寄せた。
藤沢は抵抗を見せず、抱かれたまま身を任せていた。
時がゆっくりと過ぎていった。二人は身を寄せ合って、お互いの温もりを感じていた。
藤沢が腕時計を見た。もう18時になるところだ。
「遅いな、警察は」
剛も時計を見た。
「たしかにね。もう一度、電話してみましょう」

剛は立ち上がると、電話器のほうに向かった。
電話は通じなかった。というよりも、断線したように何の通信音もしなかった。彼が受話器をガチャガチャさせていると、藤沢がやってきた。
「どうしたんだね?」
「電話が断線しています」
剛は急に胸騒ぎを覚えた。(ひょっとしたら――)
彼は藤沢に向かって性急に言った。
「藤沢さん、これは罠かも知れない。私は車を見てきます。何かあったら逃げるんですよ」
剛は玄関ドアのほうに走った。
外は暗かった。外灯のひとつもない。いや、点けられていなかった。
彼は慎重に様子をうかがいながら、車のほうに近寄った。前のバンパーがこじ開けられていた。車が使えないのは一目瞭然だった。キャブタイヤが抜き取られ、コード類が断ち切られている。
(クソッ、罠だったんだ!)

剛は家に向かって走った。玄関ドアを開けると、見知らぬ男が藤沢を背後から押さえていた。背の高さは剛と同じくらい、目つきが鋭かった。
(プロの殺し屋だ)瞬時に悟った。
剛は内心の動揺を押さえて、ゆっくりと前に進み出た。
そのとき背後で物音がした。振り向くと、いつのまにか二人の黒人がいた。筋骨隆々として、プロレスラーのように逞しい。彼らは逃げ道を塞ぐように、玄関ドアの前で両腕を組んで突っ立った。
剛は男のほうに振り返って、押し殺した声で言った。
「藤沢さんを放せ」
男は冷静な口調で応えた。
「ああ、放してやるさ。お前ひとりで来ると思ったが、余計な爺さんを連れてきたな」
「どういうことだ?」
「お前が二階にいる男のオカマを掘る筋書だったが、それが狂っちまった」
その言葉で、剛は理解した。
(円堂さんを脅して電話させ、おれを誘い出す罠だったんだ)
「それじゃあ、爺さんを放してやるぜ」
男はのんびりとした口調で言った。それからふいに、藤沢の頭と顎に両手をかけると、グイと捩じった。
藤沢の体がゆっくりとくず折れ、床にあたって弾んだ。
「きさま!」
剛は男に詰め寄ろうとした。

そのとき背後から片腕を掴まれた。ものすごい力だった。剛は振り向きざま、空いた手で黒人の腹に拳を叩き込んだ。黒人が腹を押さえてうめいた。
もうひとりの黒人が後ろから体当たりしてきて、剛は壁に激突した。すかさず背中を殴られた。肺の空気がいっきょに吐き出され、目の前で火花が散った。
黒人は剛を向き直らせると、腰に両手を回し、はずみをつけて抱えあげた。背骨を襲った激痛に、息が詰まった。剛はもがいて、黒人の腕を外そうとした。その腕は鋼鉄の束をよじったように強靭だった。
黒人がグイと力を込めた。
腰骨が悲鳴を上げるようにきしんだ。剛は背中を反らせて、苦痛に喘いだ。このままではふたつに折られてしまう。
剛は黒人の顔をつかみ、その両目に親指を突き入れた。
たまらず黒人が手を離し、顔をかきむしった。剛はその股間を思い切り蹴り上げた。黒人が声もなく床にかがみ込んだ。
振り返ると、腹を殴られた黒人が立ち直って、剛にジリジリと詰め寄っていた。目つきの鋭い男は、玄関ドアのほうに移動して、余裕のある表情でこちらを見ていた。
(クソッ、このままじゃやられてしまう)
剛は黒人のほうにフェイントをかけると、その脇をすり抜けて二階に走った。黒人がすかさず追いかけてきた。
円堂の死体がある寝室に飛び込むと、床に転がる拳銃を拾った。あとに続いて部屋に入ってきた黒人が、剛の持つ拳銃を見て立ちすくんだ。

「後ろに下がれ」
剛は拳銃をかまえて命令した。
どうやら日本語が分かるらしい。黒人は後ずさりして廊下に出た。
そのまま二人はにらみ合って、階段のほうに進んだ。そのとき、目つきの鋭い男が階下から声をかけた。
「おいおい、大事な証拠の品に、おまえの指紋がついちまったぜ。そいつの使い方を知ってるのか?」
剛は黒人から目を離さずに、返事をしなかった。知識はあるが、実際に拳銃を使ったことなどなかった。額に汗が滲んでくるのを覚えた。
黒人は隙をうかがって、じっと見ている。
「第一、そのピストルには弾が入っていないぜ」
階下から男が平然と言った。それを聞いて、すかさず黒人が詰め寄ってきた。
剛は反射的に引き金を絞った。
轟音がして、拳銃の筒から炎が伸びた。
黒人が弾かれたようにのけぞり、階段を転げ落ちた。
「弾は入っていたぜ」
剛は階下の男に向かって言った。
「チッ」
男は舌打ちしてドアに走ると、外に飛び出した。もうひとりの黒人がびっこを引きながら、その後を追った。
剛は大きく息をつくと、ゆっくりと階段をおりた。床に横たわる黒人は、腹を押さえて低くうめき声をあげていた。
それを無視して、藤沢のもとに駆け寄った。老人は床に横たわってピクリとも動かなかったが、かすかに息をしていた。
[19/02/16 07:27 神亀]
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