目 次
■ カンパニー(最終章 対 決) - (3)
(3)

3人は会社に戻っていた。
剛の顎は、赤く腫れ上がっていた。早紀がタオルを濡らして持ってきた。それを受け取り、顎に押し当てながら剛が言った。
「それにしても強烈なパンチだったぜ。顎が吹っ飛んだかと思ったぞ」
「すみません――」
一平は恐縮して、小声で言った。
ベンツを運転して会社に戻る途中、一平は事情を聞いていた。
(大変な勘違いだった。早紀さんを救ってくれた人を殴るなんて――)
彼は自分のしでかした過ちの恥ずかしさに、消え入らんばかりだった。
「気にするな。これでおまえが、どれだけ早紀を愛しているか、よく分かった」
榊原の言葉に、早紀が恥ずかしそうに頬を染めた。

そのとき、藤田会長が部屋に入ってきた。
「ああ、無事だったか。よかった――」
彼は心配そうに、早紀のほうを見た。
剛が声をかけた。
「あれ、会長。まだ会社に残っていたのですか?」
「それはそうだよ。戻ってみると、早紀さんの姿が見えない。それに運転手は、きみが車を運転していったと言うし――」
「それで――警察には連絡したんでしょうね?」
剛の質問に、藤田はちょっと躊躇した。
「いや、連絡していない。――事情がよく分からなかったからね」

剛は、会長の顔を観察するようにじっと見た。それから立ち上がった。
「会長、ちょっとお話があります」
彼は会長の肩に腕を回すと、ほかの二人を残して、部屋の隅のほうに歩いていった。藤田は従順についてきた。
「さっき男たちが、早紀を誘拐しました」
剛は、早紀と一平のほうに背を向けたまま、会長にささやいた。肩に回した彼の手が、首筋にいき、ぐっとつかんだ。その苦痛に、藤田が息を詰めた。
「誰の指図だ?」
剛は低い声で言った。
「きみ、何のことを言ってるんだ?」と藤田会長。
「とぼけるな。早紀は男たちに犯されかかったんだぞ。ビデオカメラの前でな」
「――!?」
「早紀を家まで送ると誘っておきながら、都合よく忘れ物をしたなんて、おれはだまされんぞ。誰に頼まれた?」
藤田はもがいて、剛の顔を見上げた。小さな目がしばたいて、口元が震えていた。
「きみは何を言ってるんだ!」
「じゃあ分からせてやる」
剛は会長の襟元をつかむと、その小柄な体を引き上げた。

「榊原さん、何をするんですか!」
それまで不審そうに様子を見ていた一平が、叫んだ。
「ちょっと会長の物忘れを治してやってんだ」
剛は振り返りもせずに言うと、会長にむかって顔をぐっと近づけた。
「質問はふたつだ。それに答えなければ、おれはすぐ警察に電話をする」
会長の充血した顔が恐怖にゆがんだ。涙の滲んだ小さな目が、逃げ場を失ったネズミのようにしばたいた。
剛は老人の体を床に降ろすと、質問した。
「ひとつ。今回の会長の役割は、誰が指示した?貝山か、榎本か?ふたつ。やつらが握っている会長の弱みは何だ?」
「どうしてきみは彼らの名前を――」
そこで剛ににらまれて、藤田は力なく言った。「どうしょうもなかったんだ。それに、私は知らなかった。彼女に何をやろうとしたのか――」
「そんなことはいい。質問に答えろ」
「――榎本だ」
「二つ目の返事は?」
会長の顔が泣き出しそうになった。
「それは勘弁してくれ。どうしても言えない」
「そうか」
剛は、会長の襟元から手を離した。「それを調べるのは、おれよりも警察のほうが得意なはずだ」
彼は会長から離れようとした。
「待ってくれ!」
藤田会長はあえぐように言った。「私の甥のことだ」
剛はゆっくりと振り返った。「甥がどうした?」
「甥は――男色者だ。榎本は、甥が猥褻な行為をしている写真を持ってきて――」
ついに藤田は話しだした。剛に聞かれるままに、知っていることをすべて話すと、急にぐったりとした。
「私は――どうすればいいんだ――」
藤田は、誰に言うともなくつぶやいた。
剛は突き放すように言った。
「会長を辞めることです。会社へのあなたの影響力がなくなれば、やつらも近づいてこない。ただし、会社を辞める前に、やるべきことをきっちりとやってもらいますよ」

3人は近くのコンビニで食料を買い込むと、剛のマンションに行った。それから遅い夕食をとった。
剛は一息ついたところで、一平と早紀に、メディア21やアスカビルで渦巻く陰謀の話をした。死んだ兄に聞いた話や手紙、これまで彼が調べたこと、兄の死についての疑問。彼は知っていることをすべて話した。
当然のことに、二人は動揺した。しかし、早紀が狙われたこと自体が、剛の話が事実だということの証明にもなっていた。
しばらく呆然としていた一平が、ようやく口を開いた。
「榊原さん、警察に届け出ましょうよ。ぼくたちじゃ、とても手に負えない」
剛はのんびりと言った。
「ああ――確かにな。しかし、榎本たちをどんな罪で訴えるんだ?」
一平は驚いた。
「だって、さっき榊原さんは、彼らの陰謀の話をしたじゃないですか?それだけで充分ですよ」
「そうかな?やつらが犯罪をやったという、明白な証拠があるか?」
「だって――」
一平は憤慨して言った。「早紀さんは誘拐されたんですよ。それに、神山さんという方も殺されたんじゃないかと――」
すかさず剛が言った。
「榎本がやったという証拠があるのか?」
その言葉に、一平は口を閉ざした。
剛は、仲良くソファーに腰掛けた二人の顔を交互に見ながら、噛んで含めるように話しだした。
「いいか。確かに、警察に行って、彼らの悪事の話をすることはできる。ただし、それはおれたちの憶測でしかない。しかし警察は、事実関係だけを求めるはずだ。ましてや一味の中に国会議員がいるとなると、滅多なことでは動き出さないぞ。逆に、へたに動けば、榎本たちに察知され闇の中で処分されるぞ」
「じゃあ、どうすればいいんです?このままだと、早紀さんはまた狙われる可能性がありますよ」
一平が苛立ったように言った。その横で、早紀が心配そうに彼のほうを見ている。

「ウジ虫を燻り出して、警察が動き出せるようなきっかけを作るんだ」
剛は言って、不審な表情をした二人に向かって、ニヤリとした。
「まず証人だ。今のところ、メディア21では藤田会長と堀部長だ。アスカビル関係では藤沢常務が協力してくれるが、彼は証人になるほど犯罪に直面していない。となるとアスカビルの若井会長が第一候補だな。あるいは奥村社長だ」
一平はおずおずと聞いた。
「あのう――よくは理解できませんが――その人たちは協力してくれるんでしょうか?」
「メディア21のほうは大丈夫だ。二人とも、協力せざるを得ない理由がある。それに、今井社長はそのときになれば、どういうことがあったか、はっきり証言すると思うよ」
そのとき早紀が始めて発言した。
「あのう――私も証言します。私の身に起こったことを」
剛が彼女に向かって、頭を下げた。
「そのときは頼むよ。アスカビルの会長と社長も、脅迫されている可能性があるな。それさえ分かれば、彼らにプレッシャーをかけて協力させられるだろう」
一平が質問した。
「でも、どうやって、それを調べるんですか」
剛はあいまいに言った。
「おれに考えがあるんだ。そのために種をまいている。とにかくきみたちは、しばらく雲隠れしていろ。たしかに早紀は、これからも狙われるかも知れん。一平、おまえは一週間ほど休暇をとれ。早紀をつれてどっかに行けよ」

一平がびっくりして、早紀と顔を見合わせた。
「でも――そんなことできませんよ。大石部長がなんと言うか」
剛は鼻で笑った。
「ふん、内心は嬉しいくせに。サンシャインにはおれから言っておく。ただし二人とも、行き先はおれ以外の誰にも言うんじゃないぞ」
彼は早紀のほうを見た。
「早紀。家に連絡しても行先は言うな。出張中の社長にはおれから伝える。それから、今夜はここに泊まれ。おれはちょっと用事があるから、今夜は戻らん」
そこで彼は、意味ありげに二人を見た。「あまりはでにやるな。ベッドを壊すなよ」
二人は同時に叫んだ。
「私たち、そんな関係じゃありません!」

榊原剛は円堂の家に行った。眠っていたところを起こされた円堂は、目をしょぼつかせて彼を出迎えた。
剛は時間を無駄にしなかった。ものも言わずにパジャマ姿の円堂を抱きすくめて、唇を合わせた。思いがけない親愛の表現に、円堂は剛の腕の中でうっとりとしていた。
それから数分後、二人は居間のソファーでひっそりと寄り添って、ウイスキーを飲んでいた。剛は水割りを飲みながら、どう切り出そうかと考えていた。直接攻めるか、それとも、じわじわと攻めていくか。円堂の様子をうかがうと、いかにも幸せそうに目を細めている。彼は直接攻めることにした。
そっと片腕を年配者の腰にまわした。円堂の体がびくっとして、ついで安心したように弛緩した。相手の体を引き寄せると、円堂があえぐように息を吐き出した。その肉体は、シルクのクッションのように柔らかい。
剛は円堂の耳元でささやいた。
「円堂さん、ひとつ聞きたいことがあるんだ。貝山先生と私のどちらかを選べと言われたらどうしますか?」
円堂がすかさず返事をした。
「もちろん、榊原さんです」
「よく考えて返事をしてください。私が言ってるのは、秘書の仕事を辞めなければならないかも知れないんですよ」
円堂はためらいもなく言った。
「榊原さんが辞めろと言えば、いつでも辞めます。それに働かなくても、生活費は充分あります」
「そう――でもその前に、すべて話しておく必要があります。隠し事はしたくないから。円堂さんは、私が死んだ神山薫の弟だということを知っていましたか?」
円堂がハッとして体を強ばらせた。
「私たちは腹違いの兄弟です。ところで私は、兄が死ぬ前に書いた手紙を受け取りました。それにはとても現実離れした内容が書かれていましたよ。貝山博や榎本辰男のたくらみ。アスカビルやメディア21の乗っ取り。兄は、自分が殺されるかも知れない、とも書いていました」
剛は話しながら、円堂の腰にまわした手を、そっと下のほうへとずらせた。円堂がかすかに顎をのけぞらせて、剛の胸に頭をあずけてきた。
剛はささやきかけた。
「兄は傲慢な男でしたが、私にとってはたったひとりの兄弟なんです。だから真実だけは知っておきたい。――円堂さんは、貝山と榎本、あるいは平和銀行の若井会長との会合の場に立ち会われたんでしょう?彼らが何をやろうとしているのか、私に教えてください」
円堂は言い渋った。貝山が恐かったのだ。
剛はぐっと抱き寄せて、年配者の情欲を高めてやった。円堂が喘ぎ声を洩らした。剛はパジャマのボタンを外して手を滑り込ませた。そのまま乳首に刺激を与えながら、相手の耳元でささやいた。
「さあ――教えてください。彼らが恐ければ、私と二人でどこか遠くに行きましょう。そして、二人で暮らすんです」
それを聞いて、ついに円堂は話し出した。


[19/02/13 08:17 神亀]
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