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カンパニー(第4章 陰 謀) - (2)
(2)

榊原剛は憮然たる面持ちで、XIPたちに同行していた。電車の中では飲み物を配り、旅館に着くと部屋割りや宴会の段取りをつける。
(これじゃあ、おれは小間使いじゃないか)
剛はムスッとして働いていた。
そんな剛を見て、彼の性格を聞いていた藤田会長は、そっとささやいた。
「榊原くん、きみにこんなことをさせてすまんな。でもこれは隠密旅行なんだ。会社の社員たちには知られたくない。だから、我慢してくれ」
「気にしないでください。でも、私も会社員ですよ。なんで私なんですか?」
「それは――社長のご指名だ。きみは社長の娘婿であるアスカビル社長の神山さんと、縁続きだろう?だからだと思うよ」
会長の説明はすっきりしなかったが、剛はそれ以上、追求しなかった。それに、兄に聞いていた貝山博にも興味があった。どんな人物なのか、直に見ることのできる絶好のチャンスだった。
しかし、剛はすぐに国会議員の世話をすることにうんざりした。要するに貝山は、権力を笠に着て威張り散らす、鼻持ちならない人物だったのだ。おまけにその秘書の円堂という男は、会社の小宮山や近藤と同じタイプの気の小さい人間だった。
剛はそんな気持ちを隠していた。せいぜい二日間の辛抱だ。剛は感情を抑えて、ビップたちのお世話をつづけた。

その温泉は、ガラス張りの巨大なドーム天井に覆われ、さながらジャングルの中にいるようだった。鬱蒼とした熱帯樹木の合間を縫って透明の湯水が流れ、淡い湯煙がたゆたっている。
円堂昌輔は湯の中を中腰になって、ゆっくりと進んだ。小太り気味の体は、色白、肌理の細かい肌をして、緑の中でよく映えた。
すぐ先では、若い男たちが、ふざけてお互いに湯をかけあっている。ほっそりとした若い肢体が、水しぶきとともに跳ねあがり、うねった。昌輔は胸をときめかせて、彼らのはじけるような裸体をまぶしげに眺めた。
(貝山先生に同行して、熱海まで来たかいがあった)
思いがけず、若い男たちの裸体を鑑賞することが出来て、彼はすっかり幸福感に包まれていた。
前に進もうとしたとき、右足のふくらはぎに鋭い痛みを覚えた。彼は湯の中に倒れこみ、反動でしこたま湯を飲んだ。ふくらはぎの痛みは息も止まるほど激しかったが、今は溺れる恐怖を感じていた。彼は喘ぎ、空気を求めて口をぱくぱくさせた。
そのとき誰かが、昌輔を抱えあげた。
激痛の中で、彼は軽々と運ばれていくのを覚えた。洗い場の床に降ろされた時、相手の男を見た。今回の旅行の世話役をしている、榊原という男だった。年の頃30代半ば、男らしいハンサムな顔をしている。
榊原は昌輔の右足を触って、独り言のようにつぶやいた。
「こむら返りを起こしたんだな。少し痛いけど我慢してください」
彼は昌輔の右足を伸ばし、親指をゆっくりと反り返らせた。ふくらはぎの筋肉が引き伸ばされ、その痛みに、昌輔は低くうめき声を漏らした。しかし、激痛は魔法をかけたように弱まっていた。
「どうですか。だいぶ楽になったでしょう?」
榊原は足指を反り返らせながら、もう一方の手で足首からふくらはぎにかけて、手際よくマッサージした。

痛みが急速に消えていった。男の手の動きは力強く、それでいて愛撫するように繊細だった。昌輔は男の手の感触にうっとりとしていた。
余裕の出てきた彼は、相手を観察した。男の体は贅肉ひとつなく、引き締まっていた。その顔は、なんとなく見覚えがあるような気がした。彫りが深く、血統のよさをうかがわせる整った顔立ち――。
男の股間に重々しくぶら下がる性器を見たとたん、胸の鼓動が速くなった。
彼はふいに、自分も裸なのに気づき、恥ずかしさを覚えた。相手の肉体に比べれば、自分の体など幼児のようだった。しかし男は、彼の心の動揺など気づかずに、マッサージを終えると、おだやかに言った。
「さあ、これで大丈夫ですよ。立てますか?」
榊原は昌輔の背中に手を沿え、彼を立ち上がらせた。それから、昌輔がひとりで歩けるのを確認すると、さっさと歩き去った。
昌輔は恋人を見るような目つきで、その後ろ姿を見送った。男に触られた興奮の余韻で、彼の体はかすかに震えていた。そのとき、最初に会ったときから気になっていたこと、榊原が誰に似ているかに思い当たった。アスカビルの神山社長に似ていたのだ。

今井京子は貝山議員の部屋にいた。
「やっとあんたと二人きりになれたな。これでわしの長年の夢がかなった」
貝山はソファーの上で体をすりよせ、京子の腰に腕を巻きつけた。興奮から息を荒げていた。
「よしてくださいよ、先生。こんなお婆ちゃんを捕まえて」
京子は議員の手からすり抜けようとした。
「あんたはお婆ちゃんじゃない。魅力的な女性だよ。淑女のように毅然として、娼婦のように妖艶で。わしはずっと前から、あんたを抱いてみたいと思っていたんだ」
貝山はなおも強く、彼女の体を抱きしめた。「さあ、わしの思いを遂げさせてくれ。今井さんはもうこの世にいない。あの人に義理立てすることもないだろう」
京子は体をよじらせて、議員の体を押しのけようとした。
「いやですわ、先生。内密のお話があるとおっしゃったので、この部屋に来たのですよ。こんなことなら、わたし、帰ります」
「初なことを言うなよ。話はあとだ。さあ、まずは大人の付き合いをしよう」
貝山は強引に彼女の体を抱きすくめると、敷かれた布団のほうに引きずった。
布団の上に押し倒されたかと思うと、太った体がのしかかり、彼女の体を押し包んだ。
「やめてっ!いやっ!」
京子は男の下でもがき、逃れようとした。嫌悪感に頭の中がボーッとした。しかし男の力にはかなわなかった。帯を解かれ、着物を引き剥がされ、彼女は裸にされた。
尻の狭間に貝山が顔を押しつけてきた。分厚い舌のヌメッとした感触――。
「いやっ!」
京子は悲鳴をあげたが、なおも男の舌が執拗に舐めてくる。



「思ったとおりだ。あんたはすごく具合が良さそうだ」
貝山は彼女のむきだしの裸体をじっと見ながら、みずからも浴衣を脱ぎ捨てた。
彼女が逃げ出そうとすると、貝山が背後から抱きすくめた。うつ伏せのまま布団に押さえつけられ、彼女は抗いつづけた。
ぬめるような女の柔肌に接し、貝山は歓喜のうめき声をあげた。膨らんだ腹が、欲情で大きく揺れ動いた。彼はあえぎながら、女の脚をむりやり開き、その間に割り込んだ。
男が背後から侵入した途端、京子は悲鳴をあげ、激しくもがいた。
貝山は両手を彼女の背中に置き、ずんぐりした腹で彼女を押さえつけていた。
「ううっ――いい」
貝山は、快感と充足感にうめき声をあげた。そして大きな腹で彼女の尻を包み込み、なおも奥に入りこんだ。深く完全に入り込むと、うなりながら前に突き上げた。
京子はいまや抵抗をやめて、じっとしていた。汗ばんだ議員の重い体に押しつぶされて、激しい息遣いを耳にした。そのうち頭の中の嫌悪感とは裏腹に、彼女の体が性交の快感に反応しだした。彼女は自分からすすんで、議員の動きに合わせた。
貝山は、思わぬ彼女の動きに、狂喜し、もっとじっくりと楽しもうとして、動きをゆるめた。しかし、もはや我慢できる峠を越えていた。
彼は哀れっぽいうめき声をあげ、のぼりつめた。

やがて潮が引き、京子は議員の体から離れた。彼女は手早く衣服を整えると、裸の議員を見やった。彼女の顔は上気して赤かったが、冷静な口調で話しかけた。
「さあ、先生。お話をうかがいますわ」
「ちょっと待て」
貝山は情事の余韻で息を弾ませていた。気だるそうに起き上がると、太った体を屈めて、フンドシ、つぎに浴衣を身に着けた。
そんな不恰好な姿を、京子は醒めた目で見ていた。
「あんたの会社の株を10万株ほど買いたい」
貝山は身繕いを整えると、単刀直入に言った。その顔は、房事の興奮から醒めきれていなかった。
「あら、先生のお話って、そんなことでしたの。だったら私よりも、証券会社のかたにお話したほうが、よろしいんじゃありませんの?」
彼女はそう言うと、嫣然と微笑んだ。
「わしは、あんたの持っている株を売ってもらいたいと言ってるんだ」
「それは無理ですわ。私はメディア21の、創業者一族の人間ですよ」
「それは承知の上だ。そこをあえて頼んでいるんだ」
「私は主人が亡くなる前に約束しました。会社の株は、一株たりと手放さないって」
京子はきっぱりと言った。そして微笑みながら貝山を見た。「どうして先生は、株式市場でお求めにならないんですの?」
貝山は少し詰まった。そして早口で言った。
「いろいろと事情があるんだ。それに、わしは政治家だから、世間のいらぬ耳目を集めたくない」
そこで彼はぐっと声を落とした。「どうしても、わしに売ってくれないのか?」
議員の脅しは、ちっとも京子に伝わらなかった。彼女は笑みを浮かべて、甘ったるい声で言った。
「あら、先生、そんなおこわい顔をして、いやですわ。先生のお強さは、さっき充分見させてもらいました。ですから私のような、か弱い女をいじめても仕方がありませんわ」
京子は立ち上がった。「でも、か弱い女でも約束は守れます。主人との約束もですよ」
彼女は丁寧に頭を下げると、何事もなかったかのように、議員の部屋から出ていった。

――◇――

今井早紀とのデートは、すべてが夢を見ているようだった。二人はコンサートに出かけて、演奏が終了すると、近くのイタリア料理店で遅い夕食をとった。一平は、その間、何度も自分に問いかけて、これは現実のことなんだと確認した。
「徳永さんは、いつもお忙しそうですね」
「どうして、そう思われるんですか?」
一平の質問に、早紀は恥ずかしそうに微笑んだ。
「営業本部に行ったとき、あなたの姿をお見掛けしないから」
一平はびっくりした。
(じゃあ彼女は、ぼくを意識してるんだ。いや、そんなことが――)
一平は、あれこれと思いを巡らせながらも、彼女に聞いた。
「ときどき営業部に来られるんですか?」
彼女は、ちょっと恥ずかしそうな素振りを見せた。
「そんなに度々ではありませんわ」
「そう――ぼくは営業マンだから、お客さまのところに行くことが多くて」
「営業のお仕事は面白いですか?」
彼女はそう言った後、あわてて謝った。「あっ、ごめんなさい。私、変な質問をして」
「いいんですよ。この頃、ようやく仕事が面白くなったところです。やっと商談をまとめることが出来て――と言っても、うちの課長がいなければ、できなかったことですが」
「榊原課長でしょう?」
彼女は驚く一平を見ながら微笑んだ。「榊原さんは、姉のご主人の弟さんです。ですから、あのかたを存じておりますの」
「でもお姉さんはたしか、神山という姓でしょう」
「ええ、姉の主人は神山と申します。榊原さんは、そのう、腹違いの弟さんだそうです」
彼女は言いにくそうに口ごもった。

一平は彼女の表情を見て、複雑な事情を悟った。彼はあわてて話題を変えた。
「今井相談役は、家庭ではどんな方だったのですか?」
(しまった!ぼくは何て質問を)一平は自分をなじった。「ごめんなさい。無神経なことを聞きました」
「いいんです。もう気持ちの整理はついておりますから」
彼女は微笑んだ。「父は仕事が忙しくて、あまり家にはいませんでしたが、とても優しい人でした。もっとも人の噂では、会社の方たちにとって、とても恐い存在だったとお聞きしています」
彼女の笑いに誘われて、一平も微笑んだ。彼女の笑顔はすばらしかった。愛らしい唇のすきまから、小粒の白い歯が眩しいほどだ。
「でも父は、私にとっては、おじいさまのような存在でしたわ。だって私は、父が50歳のときに生まれた子供ですから」
「そう――ぼくの父は、去年50歳になったばかりです」
「あら、うらやましいですわ。今度は徳永さんのご家族の話を聞かせてください」
「いいですよ。その前に、あの――ぼくのことは、一平と呼んでください。みんなにそう呼ばれ慣れてるんで、徳永と呼ばれるとなんだか妙に感じて」
「いいですわ。じゃあ、私のことも、早紀と呼んでください」
そう言うと、彼女はにっこりと微笑んだ。
[19/02/03 07:13 神亀]
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