目 次
カンパニー(第4章 陰 謀) - (1)
(1)

長谷千佳子は堀部長の体の下で、絶頂を迎えようとしていた。彼女のあえぎ声が絶え間なく、そして甲高いものに変わっていった。部長が腰をぐいと押しつけると、彼女はひときわ大きくあえぎ、その体が弓なりに反り返った。
「ああーっ!あっ――」
強烈なエクスタシーに、彼女の肉体がぶるぶると震えた。少し遅れて堀も到達した。男の分身がグッと膨らみ、弾けるように震える。最高に感じる瞬間だった。彼女は部長の体にしがみ付いたまま、体内で脈打つオトコを味わっていた。

息が治まったあとも、二人は長年連れ添った夫婦のように、ひっそりと抱き合っていた。
千佳子は部長に抱かれながら、ふと榊原剛を思った。彼と別れて二年になる。原因は彼のほうにあった。榊原は根っからの浮気者で、彼女に飽いたのだ。
それでも彼女は、今もって彼のことが忘れられなかった。ひとひねりもふたひねりもある会話。思い出すだけで顔の赤くなるような、ベッドの中での行為。
榊原は、彼女の右太腿の内側にある赤い痣が、男を興奮させるのだと言っていた。
彼といっしょにいる時は、いつも刺激と興奮が伴った。どことなく屈折した大人の心と、妙に母性本能をかきたてる子供の心――それがまた榊原に惹かれるところだった。

それに比べ、堀幸男は大いなる父性で、彼女を暖かく包み込んでくれる。考え方もオーソドックスなら、男女の行為もオーソドックスだった。彼女は堀といっしょにいると、安心感と充足感を強く覚えた。頑丈な船に乗って、ゆったりと波に漂うようなやすらぎだった。それに彼女の見込み通り、堀は立派なオスの機能をもっていた。そのお道具で、彼女の体の隅々まで満たしてくれる。それでも彼女は、榊原と比較して、心の片隅に物足りなさを覚えていた。
もともと彼女は、榊原を忘れるために堀と寝たのだ。新任の上司が女性に飢えているということは、目つきで分かった。朴訥で生真面目な欲求不満の初老男を、自分の部屋に誘い込むのは簡単だった。
朝早く部長の事務机の上を拭いたり、給茶のサービスをしたり、控え目に部長に気のあるそぶりをする。そして機が熟すと、さりげなく言う。
「部長、お寿司が好きだそうですね。私、安くておいしい店を知っています。よろしければ、ご一緒しませんか」
そして寿司屋まで行けば、あとは彼女の意のままだった。アルコールが入って普段の鎧を脱ぎ去った堀は、ほんのひと触れで、男の本能をよみがえらせたのだ。

「私はそろそろ帰るよ」
堀がベッドサイドの時計を見ながら言った。
(奥さまが恐いのね)千佳子は思ったが、黙って男の体から離れた。
(私のことを奥さまに知られたら、部長はどうするのかしら?)
彼女は服を着て、部長を見送りながら、ぼんやりと思った。
そのときの彼女は、まさか自分の部屋に隠しカメラが仕組まれていようとは、夢にも思っていなかった。

――◇――

円堂昌輔は、週末のゴルフ旅行で貝山先生のお供をした。相手は平和銀行の若井頭取と、その子会社であるアスカビルの神山社長だった。彼は、神山の若さに驚くとともに、その整った顔立ちに、密かに抑えていた男好きの血が騒ぎだした。
それにしても、若社長の傍若無人ともいえる言動にはとまどいを覚えた。高名な貝山先生を、屁とも思っていない様子だ。
ゴルフ場の風呂場で神山の裸体を目にしたときは、息が止まるほどの興奮を覚えた。筋肉質のすんなりとした上半身、クリッと締まった尻。そして、ふてぶてしいほど発達した男の道具――。

昌輔がその神山の部屋を訪れたのは、夜の10時ごろだった。貝山先生が昌輔のマッサージ技術を話題に出して、それに神山が乗ったのだ。
「おっ、来ましたか。お待ちしていましたよ」
神山は昌輔の見ている前で、浴衣を脱いだ。彼がパンツ一枚の姿になったとき、昌輔はどぎまぎした。
神山はベッドの上でうつ伏せに寝そべった。昌輔はおずおずとベッドに上がり込み、神山の体に覆い被さるようにして、手を這わせた。夜中に若い男性とふたりきりでいる事を、彼は強く意識した。
「じょうずじゃないですか。とてもいい気持ちだ」
神山が心地良さそうに言った。
昌輔は相手の肌に直に触れ、鼓動の高まりを覚えていた。彼がときどきマッサージをする先生の太った体とは大違いだった。神山の体は贅肉ひとつなく、筋肉が発達してしなやかだった。彼は両手の親指で、逞しい背骨伝いに押していった。目の前には、締まったウエスト、そして薄い布に覆われたヒップの膨らみがあった。彼は興奮から、喉がからからになった。
「よし、もういいですよ」
神山はうめくように言うと、仰向けになった。そしてふいに、昌輔の手首をつかんだ。
「さあ、こんどはこの柔らかい手で、別の凝ったところを揉んでほしいな」
こちらを向いた神山の股間では、テントを張ったようにパンツが盛り上がっていた。
半ば期待していたこととはいえ、それが現実のこととなると、昌輔は恥ずかしさと恐怖にすくみあがった。



それから一時間後、昌輔は足を引き摺りながら、薄暗い廊下をふらついていた。彼の顔は苦痛の涙で濡れていた。ともすれば喉から嗚咽がもれ出てくる。
まだ夢を見ているようだった。しかし、身体の奥深いところに残る耐え難い鈍痛は、それが現実のことだと訴えかけていた。経験の浅い彼の菊座に対し、神山のオトコはあまりにも大きくてふてぶてしいほどだった。
心臓の鼓動に合わせて、ズキンズキンと痛みが押し寄せてくる。ふたたび涙が、彼の頬を濡らした。

次の日、国会議員の部屋に行った昌輔は、先生の顔がまともに見れなかった。うつむいている彼の耳に、先生の声が聞こえた。
「どうした円堂。神山社長に何かされたのか?」
昌輔はびくっとしたが、顔をうつむけたまま黙っていた。そのうち彼の丸っこい顎が震えだした。彼はうつむいたまま、小さな声で言った。
「仕方がなかったんです。マッサージをするため神山社長の部屋に行ったとき――そこで無理矢理――」
「犯されたのか?」
先生の直截な表現に、昌輔はびくりとした。彼は小さくうなずいた。
ところが案に相違して、先生はからっと笑った。
「神山さんもひどい人だな。穴があればなんでもって男だとは聞いていたが、まさかお前にまで手を付けるとはな」
先生はさほど気にしていない様子だった。昌輔はキツネにつままれたような気がして、先生の顔をそっと盗み見た。

一平は天にも昇る思いだった。昼間、偶然のことに今井早紀と出会って、昼食を一緒にしたのだ。
それだけではない。そのとき彼女のほうから、コンサートのチケットを二枚もらったけど今度の日曜日に行かないか、と誘われたのだ。彼女はそのことを恥ずかしそうに言ったが控えめな彼女にしては思いがけない申し出だった。
一平は、なんの躊躇もなく誘いを受けた。彼女が、この前のお礼のつもりで、彼を誘ってくれたのは分かっていた。それに何といっても、社長の令嬢だ。彼にとっては高嶺の花の存在だった。それでも一平は、その日の午後は地に足がつかない思いだった。
そんなとき榊原課長に愕然とすることを言われた。

「一平、今度の休みは熱海行きだ。おまえも付き合え」
「熱海――」
「ああ、今井常務――おっと副社長になったんだな、その副社長に言われた。社長と藤田会長が国会議員をご招待するらしい。そうそうたる顔ぶれだ。まったく、なんでおれが呼ばれたのか分からんが」
「あのう――」
「なんだ?」
一平はおずおずと言った。
「旅行に呼ばれたのは、榊原さんなのでしょう?」
それを聞いて、榊原の目がすっと細まった。
「おや?おまえは、おれと一緒に行くのがいやだって言ってるのか?」
榊原ににらまれて、一平はすくみ上がった。それでも彼は、勇気を奮って言った。
「都合が悪いんです」
「何の都合だ?」
「あのう――日曜日は、一緒にコンサートに行く約束があります」
「誰とだ?」
一平は、今井早紀の名前を言えなかった。彼はくちごもった。
「名前は言えません。そのう――女の人です」彼の声は尻すぼみになった。
途端、榊原があっけらかんと笑った。
「なんだよ、そんなことなら早く言え。へーえ、おまえもやっと色気づいてきたか。おれは心配していたんだぞ、おまえは女に興味がないんじゃないのかってな。で、もうモノにしたのか?」
一平は顔を赤らめて、憤慨したように言った。
「ぼくたちは、そんな関係じゃありません!」
[19/02/02 07:25 神亀]
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