■ カンパニー(第3章 女相続人) - (9)
(9)
二日後、一平は提案書を持って、東横テレビ局に来ていた。その日は珍しく、榊原が同行していた。
「なんや、榊原さん。生きとったのか」
「なんだか会長のお言葉を聞いていると、私が生きているのが不満そうですね」
「それは、いじけた見方だ。わしは素直にあんたとの再会を喜んでいるんだ」
「ありがとうございます。そんな有り難いお気持ちを、無愛想に言っていただいて」
「どうせわしの顔は無愛想だ。しかし、あんたが陰で糸を引いてるだけあって、この若い人も、なかなかしたたかな男になってきたな」
「会長、おっしゃってる意味がよく分かりません」
「またタヌキが始まったな。とぼけタヌキが」
のっけから小山会長と榊原の、丁々発止のやりとりが始まった。
一平は内心驚いていた。会長がこんなにおしゃべりな人だとは、思ってもいなかった。それが榊原を相手にすると、次から次と言葉が飛び出すのだ。
「で、今日は何の用だ?」
会長の質問に、榊原が目で一平に合図を送った。一平はすかさず、用意した提案書をカバンから取り出した。
「スタジオ設備の提案書です。よろしくご検討ください」
佐伯が書類を手にとって、中身をあらためだした。それを横目に、会長が言った。
「提案書だって?もう期限切れだぞ」
「ええっ!でも提出期限は、今週いっぱいだと聞いておりましたが」
一平はあわてて言ったが、急に不安になってきた。
「きみの勘違いだろう。各社の提案書は、もう役員会のメンバーに回っているぞ」
会長が突き放すように言った。
一平はめまいがしてきた。
(まさか、そんな――)彼はあわてて榊原のほうを見た。
意外なことに、榊原はちっとも慌てていなかった。
そのとき、書類を見ながら、佐伯がのんびりとした口調で言った。
「大丈夫ですよ、会長。まだ書類は回っていません。来週の役員会で配りますから」
小山会長はグッと詰まって、佐伯のほうをにらみつけた。
「――ああ、そうだったか。しかし、どこになるか、今回はえらい激戦になりそうやな。今のところ、前からお付き合いしている会社が最有力やけど、どうなるか分からん。まるでルーレットゲームや」
榊原がのんびりと言った。
「でも会長のお力で、うちの会社にして頂けることを、私は信じています」
会長がオヤという顔で、榊原を見た。
「なんでそう信じるんだ。その自信がよく分からんな」
「なんとなくそう思っているだけです。うちの製品は性能、価格とも、どこの会社にくらべても引けを取りません。それに、これまでずいぶん会長や佐伯さんとは、麻雀やゴルフのお付き合いをさせて頂きました。あ、いや、あれは個人的なお付き合いですから、気になさらなくてもいいんですよ」
「それで――?」
「徳永だって、ずいぶん会長や佐伯さんに鍛えられて――きょうはその御恩返しに、お土産を持ってきました」
「なんや、御恩返しのキスなんて無しだぞ」
「違いますよ――でも会長がキスをお望みなら」
「よせっ、それでなんだ?」
榊原はスーツのポケットから品物を取り出した。なにやら古めかしいカードの束が、輪ゴムで束ねられている。それを受け取ったとたん、会長が目を輝かした。
「おい、これは大リーガーのカードじゃないか。すごい!ジョー・ディマジオだ。
お、ベーブ・ルースもある。――これはミッキー・マントルじゃないか。わしが欲しかった時代のものばかりだ」
「実家の蔵にあったものです。死んだじいさんが、趣味で集めていましてね」
榊原が、罠にかかった獲物を見る目つきで、会長を見ながら言った。
聞いてる一平は、福岡での斎田社長のことを思い出した。このぶんだと榊原課長の実家には、よほど沢山の宝物があるようだ。
会長は、慎重にカードを繰りながら言った。
「ふーん、そうか。しかしこれは貴重なものだぞ。本当にこれをわしにくれるのか?」
「そのために持ってきたのですよ。で、会長、来週の役員会はよろしくお願いします」
会長は、カードを調べることに夢中だった。彼は上の空で言った。
「ああ、約束はできんけどな」
途端、榊原は会長の手からカードを取り戻した。
「あ、そうですか。じゃあ役員会の結果を、楽しみにお待ちしています」
カードを取られた会長は、おもちゃを取り上げられた子供のような表情を浮かべた。
「ちょっと待て!そのカードは、わしにくれるんじゃなかったのか?」
「ええ、今日は会長のお気に入るかどうか、ご披露目ということで。こんど来るときは、もっとたくさん持ってきますよ」
「まだあるのか。きっとだろうな?」
榊原はカードをポケットに入れると、立ち上がりながら言った。
「ええ、役員会がうまくいきましたらね」
――◇――
メディア21は、東横テレビで使う映像機器類を納入することに決まった。
その納入契約が無事とりかわされた日の夜、榊原剛は腹違いの兄、神山薫と会っていた。
場所は銀座の小さなスナック。彼らは店の一番奥の席にいた。
店のママは二人に遠慮して、遠ざかっていた。彼ら二人がいっしょにいると、傍目にも兄弟だということが歴然としていた。それほど二人はよく似ていた。
「しばらく会っていなかったが、元気そうだな」
「ああ、兄貴こそ――。でも、ちょっと疲れているみたいだな。忙しいのか?」
「そんなでもない。ところでおまえ、この前、親父の家に行ったそうだな?」
「ああ、ちょっと、くだらん物を貰いにね」
「野球カードだろ?その前は、陶器の骨董品だ」
薫はニヤリとした。「どうせ、仕事で使ったんだろうが。おれと同じ手を使いおって――親父はお見通しだぞ」
「そりゃそうだ。兄貴が教えてくれた手口だからな」
薫と剛は顔を見合わせて、ニヤリと笑った。
ふたりは別々の家庭で育ったが、おたがいの関係を知ったのは、剛がオリンピックの陸上競技で金メダルを取ったときだった。神山一郎はその嬉しさを隠しきれず、薫に打ち明けたのだ。それ以来、ふたりは親よりも兄弟の仲を優先させていた。五つ年上の薫は、よきにつけ悪しきにつけ、剛の人生のお手本になっていた。
剛は真顔に戻って、兄に聞いた。
「兄貴はまだ、一人住まいを続けているのか?」
「ああ――尚子とふたりの子供は、鎌倉の義母の家に移った。義父が死んだからな」
「兄貴は――いっしょに暮らさないのか?」
「他人の心配をするなら、自分のことを考えろよ。再婚は考えていないのか?」
「もう、こりごりだよ。おれは独りのほうが性に合ってる」
「だったら親父の家で生活しろ。親父も年だ。おれのかわりに親孝行してくれ」
「そんなのずるいぞ。いいか、兄貴、おれは親父が二号に産ませた子供だぞ」
「おふくろが死んで、おやじも遠慮する必要がなくなった。そんなこと気にするな」
「親父が気にしてるんだよ!」
剛は声を荒げた。そこで我に返って、小さな声で言った。「とにかくおれは、親父とうまくやっていけない。会えばいつも喧嘩別れだ」
「ああ、親父の言うように、おれとおまえの性格は似てるからな。まったく腹違いなのにどうしてこうも似たのかな」
薫はフッとため息をつくと、話題を変えた。
「ところで最近、メディア21で何か変わったことはないか?」
「どういう意味だい?」
「経営陣の動きだ。今井京子が社長になってからの」
「そんなこと、おれには分からないよ。おれは一介の社員だからな」
「そうか――おれの会社は、胡散臭い動きが出てきた」
剛は兄の顔を見て、ハッとした。兄が本題に入ろうとしているのに気づいた。
薫は店のママのほうをそっと見ると、声をひそめて話しだした。
「おれの会社は非上場だが、最近、筆頭株主が変わった」
「――」
「ET興産という不動産会社だ。小さなビルをひとつ持ってるだけの名ばかりの会社で、総会屋の榎本辰男が社長だ」
「頭文字だな。それでET興産か。でもなんで、そんなちっぽけな会社が、筆頭株主になれるんだよ」
「いいとこ突いてるぞ。そこのところ、おれはちょっと調べてみた」
薫はテーブルに身を乗り出した。「調べるにつれ、複雑に絡み合った、蛆虫どもの存在に気づいた」
「――」
「榎本辰男は、企業を脅して食い物にする総会屋で、その方面では絶大な権力を握っている。当然のことに右翼ともつながりがある。そのやり口は、狙った企業の大口株主になって、株主総会でプレッシャーをかけるんだ。たいがいの企業は、それだけで弱気になる。あとは榎本の思うままに、甘い汁を吸わせる」
「でも、大口株主になるには、それなりの資金がいるだろう。それも、莫大な資金が」
剛の質問に、薫はニヤリとした。
「ああ、その資金源が平和銀行だ。おれが調べただけでも、十数億の金が銀行からET興産に貸し出されている。不正融資でな」
「それで、アスカビルの株を手に入れたのか?」
「ああ――それにメディア21の株もな」
「――」
「おれは蛆虫どもと言ったろう。榎本の背後には、国会議員の貝山博がいる」
「貝山か――いかにもうなずけるな。あいつは大臣のときも、なにかと灰色のニュースが多かった」
「おまえもニュースだけは見ているようだな。おれは、今井の親父が死ぬ間際に、直接聞いたんだ」
薫は、病床の今井良尚に会ったときの模様を、弟に話した。
剛は少し考えて、兄に聞いた。
「だったらなぜ、警察に届け出ないんだよ?」
「ものごとはそんなに単純なことじゃない。警察が動き出すには、それなりのきっかけが必要だ」
「きっかけ?」
「ああ、きっかけだ。犯罪の証拠が必要だ。そのために、おれは貝山にアプローチをかけている。虎穴に入らずんば虎児を得ずってな」
「兄貴、気をつけろよ。おれもなにか手伝うことがあるか?」
剛は真剣な口調で言った。
薫は弟の顔を見て、ふっと微笑んだ。
「おまえは見掛けによらず心配性だな。大丈夫だ。手助けが要るときは、真っ先におまえに連絡するよ」