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カンパニー(第3章 女相続人) - (6)
(6)

「ポンちゃん、どうだい、昨日は?無事にすんだか?」
翌朝の月曜日、榊原が機嫌よく声をかけてきた。
「はあ、それが――」
近藤が恐る恐る、昨日のことを報告した。
聞き終わると、榊原の顔がくもった。
「なんだ、また勝ったのか。徳永がいるので、今度こそ爺さんに、いい思いをさせてやろうと思っていたのに」
彼はゆっくりと立ち上がった。
「それにしても、じいさん、105で回ったのか。じゃあ、ご機嫌斜めだな。ちょっとご機嫌伺いに行ってくるか」

夕方、会社に戻ってきた榊原は、朝とは打って変わって、憮然とした表情をしていた。
「近藤さん、ちょっと来てくれ。徳永、おまえもだ」
いつもはニックネームで呼ばれている近藤の顔が、スッと白くなった。悪い前兆だ。部屋はどこも空いていなかったので、3人はたまたま空室だった今井常務の部屋に入った。
榊原は、かしこまって並ぶ二人の顔を、鋭い目で見た。氷のように冷たい視線だった。
一平は何が起きたのだろう、と体を固くして待ち構えた。
榊原は抑えた口調で話しだした。
「勝負事に勝つのはいい。手抜きをするのは、かえって相手に失礼になる」
そこで彼は一平に話しかけた。「徳永、お前はもうちょっとゴルフのマナーを勉強しろ」
「はい、そのことは骨身に沁みて分かりました」
一平はかしこまって返事をした。
榊原はうなずいた。
「しかし、103とは、初めてにしてはいいスコアじゃないか」
「はい、近藤さんにずっとつきっきりで、教えてもらったおかげです」
「そうか」
そこで榊原は、こんどは近藤のほうを見ながら、冷静な声で言った。「教え方がうまいんだな。それで、近藤さんはいくつで回ったんだい?」
「86でした」
近藤は控え目に言った。
「ほう、それはすごい」
榊原は大げさに驚いた表情をした。
その場の雰囲気が、すこし和んできた。近藤も目に見えてリラックスしてきたようだ。
彼は丸っこい肩をすくめて、榊原に言った。
「榊原さんがいなかったので、そのぶん頑張らなくちゃあと思いまして。でも、佐伯部長と同スコアなんて、出来過ぎでした」
「そんなことはない。もともと実力があるのだから」
榊原が人を誉めるのは、滅多にないことだった。近藤は嬉しそうに照れ笑いを浮かべていたが、一平はなにか違和感を覚えていた。

そのとき、榊原が聞いた。
「ところで、土産は栗饅頭だったらしいな」
近藤が、おぼつかなげにこちらを見たので、一平は返事をした。
「はい、そうです」
榊原が一平に向き直って尋ねた。
「お前が買ったのか?」
「はい。クラブハウスで買いました」
「クラブハウスで買った?」
榊原がいぶかしげな表情をした。
近藤が早口で説明した。
「徳永が用意していなかったんです。私が確認していなかったら、あぶないところでした。それで急遽、クラブハウスの売店で買わせました」
榊原はチラッと近藤の顔を見て、一平のほうに向き直った。
「小山会長が、甘いもの嫌いだということを知っていたのか?」
一平はギョッとした。あのときは気が急いていたので、ろくに考えもせず、見栄えのよい菓子を選んだのだ。
「知りませんでした。すみません!」
彼は頭をさげた。勢い余って、テーブルの端におでこをぶつけた。
「おれは今日、東横テレビに行って、じいさんにさんざん嫌みを言われたぞ。たかが土産のことであれこれ言いたくないが、それにしてもお粗末な接待だったなって」
一平は返す言葉がなかった。
「それで、近藤さん。あんたはそのことを、どう思っているんだ?」
近藤は手を揉みだした。彼にはどうやら、小宮山の癖が移っているらしい。
「それは――そのう――徳永がてっきり知っていると」

近藤がしどろもどろに答えだした途端、急に榊原が爆発した。
彼は拳でテーブルをガツンと叩くと、前に身を乗り出して、近藤の胸倉をつかんだ。
「バカ野郎!遊びじゃないんだぞ!」
榊原の一喝に、一平はすくみ上がった。
榊原は、近藤のシャツをネクタイもろとも掴むと、グイと引き寄せた。すさまじい力だった。近藤のずんぐりとした体が、テーブルの上をひきずられた。
榊原は、近藤の体をテーブル越しに引き寄せると、そのまま立ち上がった。こんどは近藤の丸っこい体が、引っ張り上げられた。
「いいか、管理職ならもっと神経を使え。徳永は初心者で何も知らないんだぞ。先輩なら、ちっとは後輩に教えたらどうだ。土産を用意していなかったのは、お前の責任だろうが!」
榊原は近藤の胸座を掴んだまま、怒鳴りつけた。
近藤は吊り上げられたまま、背中を反らせ、両手をまっすぐ下におろして、気をつけの姿勢を保っていた。
「おれたちは営業のプロだ。得意先のことなら、なんでも知っておくことが商売の鉄則だろうが。いいか、ケツの穴の皺が何本あるかまでだ。――分かったかっ!」
「わ、わかりました」
近藤が弱々しくつぶやいた。丸っこい顎が震えている。
「なにい、よく聞こえん!お前、金玉もってんのか!」
榊原は片手を下に伸ばすと、不意に相手の急所をわし掴みにした。
近藤がくぐもったうめき声をあげた。
一平は呆然として、二人を見ていた。40代の男がまるで若造のように、折檻を受けているのだ。
「どうやらあんたとは、じっくり話し合う必要があるな。今夜、付き合え」
そう言うと、榊原はようやく近藤を開放した。
そのとき背後から、おっとりとした声がした。
「きみたち、何をやっているのですか?」
部屋の入り口に、飄々とした表情の今井常務が立っていた。

翌朝、近藤は疲れきった表情をしていた。それに腰でも痛めたのか、少し足を引きずっている。その様は、いつかの小宮山のようだった。その小宮山は、なにやら書類を読んでいたが、ときどき顔をあげて、同情するように近藤の方を見ていた。
(いったい昨夜は何があったのだろう?榊原課長は近藤さんに何をしたのだろう?)
一平の頭の中で、疑問が飛び交った。榊原の方を見ると、彼のほうは、さわやかな顔をして書類を見ている。昨夜一緒にいた近藤の憔悴ぶりが、信じられぬほどだ。
「一平、この書類を総務部に持っていってくれ。堀部長に渡すんだ」
榊原の言葉に、一平はあわてて立ち上がった。

総務部に行くと、堀部長の席の前に女子社員が立っていた。一平はその社員が、かつて榊原と男女関係で騒動を起こした女性だということを聞いていた。いつだったか、小宮山がたまたま前を通りかかった彼女を見て、教えてくれたのだ。
その女性、長谷千佳子はたしかに美人だった。目鼻立ちのすっきりした顔と、肉感的なスタイルをしている。堀部長に受け答えする彼女の姿からは、そこはかとない色香が漂っていた。
「じゃあ、今日中にこれを仕上げておくれ。残業になるかも知れないよ」
堀部長は、女子社員に指示をあたえると、一平に視線を移した。「やあ、徳永くん、久しぶりだな」
「ご無沙汰しています」
「どうだ、仕事のほうは?」
一平から書類を受け取りながら、堀が聞いた。
「順調ですよ。堀部長も総務部に移られて、すっかり落ち着かれたようですね」
「ああ、開発事業部のときは、きみのところの課長にさんざんこき使われたからね。それがないだけ、ここはましだよ」
一平はちょっと驚いた。彼の知っている堀は、真面目そのもので、冗談を言う人間とは思えなかった。今の堀は、余裕があって、どことなく精力的だった。

そのとき、若い女性の声がした。
「あのう、お話し中すみません。堀部長に、社長からお電話です」
電話を取り継いだ女子社員のほうをみて、一平はハッとした。彼の知らない顔だった。年の頃は、彼と同じくらいか。やや小柄だが均整のとれた、しなやかなスタイルをしていた。それよりも彼の目を引いたのは、女性の楚々とした容貌だった。目鼻立ちの整った顔立ちだが、深い知性と静かな明るさがにじみ出ていた。それに、どことなく憂いを帯びた表情が、一平のハートをぐさりと貫いた。
彼は呆然として、歩き去る女子社員の後ろ姿を見ていた。
「今井早紀さんだ。社長のご令嬢だよ。ちょっかいを出すと、えらい目にあうよ」
電話を終えた堀が、ささやき声で一平に教えてくれた。



弾けるような若々しい女体に包まれて、堀幸男は、思わず低くうめき声をあげた。
彼より30歳近くも年下の肉体は、妻からは決して味わえない、蜜のように甘くて新鮮な感触だった。
今年56歳になる堀は、往年の力を取り戻して、もくもくと腰を打ち込みだした。今の彼には、不可能という言葉はなかった。したたかな腰のうねりに、女が体をよじらせ、息も絶え絶えにか細い声をあげ続ける。
その声に勇気づけられて、堀はますます奮い立った。やがて至高の一瞬がおとずれた。彼は深い吐息とともに、女の上に沈み込んだ。

堀幸男は、結婚して以来始めて、妻以外の女性と同衾した。
彼の野武士のような風貌――腰骨の太いがっしりした体格、太い鼻梁と重厚な口元、生真面目そうな黒い瞳は、とても女性との浮いた話は想像できなかった。社内で上司と女子社員の不倫はよくある話だが、こと堀に関しては、そんなことは無縁に思われた。実際、会社での彼は、朴訥で口数のすくない真面目人間で通っていた。
ところがそんな彼を、同じ職場の長谷千佳子が誘ったのだ。真面目といっても、堀とて朴念仁ではない。二人はホテルの一室で、密やかなひとときを過ごした。
ことが終わったあとも、堀は不思議に思っていた。こんな美人が、なぜ自分のような、なんの取り柄もない初老男に身を任せたのだろうか。彼女には、同じ社内に恋人がいたことは知っていた。榊原剛は、若くて背が高くて男前で、しかも仕事のできる男だった。そんな男と自分とでは、月とスッポンだ。それなのになぜ?
堀は素直に自分の疑問を口にした。それに対して、千佳子は何も言わずに、彼の胸に顔を埋め、やさしく手を這わせた。ほっそりとした指が、逞しい腰から太股へとなぞった。
その感触に、堀は腰周りがうずうずとした熱い靄に包まれてくるのを覚えた。彼はふたたび彼女の肉体が欲しくなった。
もう一回楽しむ時間はあるだろうか?彼は上半身を起こして、サイドボードの時計を見やった。無情にも、時計の針は9時を回ったところだった。
(大変だ!)彼は家で待つ妻の顔を思い浮かべた。途端に、頭をもたげかけた彼の一物がグンニャリと萎んでしまった。

大慌てで自宅に戻ると、妻の敏子がムスッとした顔で待っていた。彼女はとっくに40歳を過ぎていたが、金を湯水のように使って美容サロンに通っているだけあって、10歳は若く見えた。
彼女はニコリともせずに言った。
「遅かったじゃない。さあ、こっちにいらっしゃい」
妻に引き立てられるようにして寝室に行く堀は、生きた心地がしなかった。
(ひょっとしたら、おれの浮気に感づいたのだろうか?でもどうして?)
堀の頭の中で、さまざまな思いが目まぐるしく揺れ動いた。
寝室に入ると、敏子が服を脱ぎはじめた。エアロビクスで鍛えた彼女の肉体は、筋肉を撚り合わせた鞭のようだった。
「だ、だめだよ。今日は仕事で疲れているんだ」
堀は哀願するように言った。
「そう――」
敏子の目が細くすぼまった。「だったら元気にしてあげるわ」
彼女は、ベッドの脇のサイドボードに歩み寄った。
戻ってきた妻の手に握られた張り形を見て、堀は喘いだ。
「よしてくれ!それは――ほんとに駄目なんだよ」
(なんで今夜に限って求めてくるんだ。どこかの若い男と、やっていればいいのに――)
堀は心の底でつぶやいた。そして職場の女子社員と関係して、彼の恐怖は深刻なものとなっていた。もしもそのことが妻に知れたなら、なにをされるか分からない。

「アアッ!痛い!お願いだ、抜いておくれ!」
肛門に張り形をねじ込まれて、堀は妻に懇願した。
敏子は実験者の手つきで、手にしたものをなおも夫の体内に捩じ込みながら、つぶやいた。
「あら、意外に入るものね。――どう、あなた、元気が出てきた?」
堀は腹ばいになって、苦痛に歯をくいしばっていた。異物が体内を行き来して、新たな苦痛が襲いかかった。
「はああっ!痛い!もう止めて。出来そうだから抜いておくれ!」
堀はひと晩に二人の女性を相手にするという、彼にとって初めての体験をした。
[19/01/29 06:50 神亀]
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