■ 風の新之輔第一部 - 第一部豊の国(四)
(四)
お城医師の小壺芳美は、ふたたび羽室山の円想寺を訪れていた。
城でお上とご家老が話していたことは、とても黙って見過ごせるものではなかった。
しかし相談する相手がいない。そこで思い余って、首藤宗定のもとにやってきたのだ。
芳美の話を聞き終わった宗定は、しばし考えたあと、口を開いた。
「このことは他言していないな」
「はっ」
「ならば忘れろ」
「――」
ご前のあまりの言葉に、芳美はあっけにとられた。
宗定が、噛んで含めるように言った。
「われらは、政(まつりごと)に口出しすべきではない。頼宗の若さは、家老の長尾将左衛門が補ってくれる。長尾に任せておけ」
そこまではっきりと言われると、芳美は何も返せない。そこで、前から疑問に思っていたことをご前に聞いた。
「風間新之輔さまが犯した罪とは、どんなことでございましょう」
宗定は腕を組んで、しばらく目を閉じていた。
それから、おもむろに話しだした。
「一昨年、頼宗の正室孝子は、父親の葬儀に出るため、江戸から京にのぼった。孝子は公家の出だ。そのお供の中に、新之輔と江戸詰めの小姓菊千代が加わっていた。葬儀は無事終わって江戸へ戻る途中だった。孝子と新之輔、それに菊千代の三人が四日間、姿をくらませたのだ」
一息ついて茶を飲むと、宗定はつづけた。
「あとで分かったことだが、孝子の一行は、箱根の関所を通り過ぎたあと、山賊に襲われた。多勢に無勢でお付きの者たちが殺されていく中、新之輔は、孝子と菊千代を助けながら逃げのび、無人の番小屋に身を潜めた。幸い新之輔は、山で生きる術(すべ)を身につけていた。川魚や山菜を採って食いつなぎ、助けがくるまで番小屋で過ごした」
そこで、しばし間を置いて、
「新之輔の罪は、そのとき孝子と不義を働いたという疑いだ」
「――」
芳美が黙っていると、宗定は付け加えた。
「それについて、新之輔はいっさい抗弁しなかった」
「ということは、不義は実際あったのですね」
ご前は微妙な表情をした。
「そうではない。余は新之輔が女を抱けぬことを知っている。あれが九歳のとき、目の前で母と姉が暴徒どもに犯され、なぶり殺しにされている。だから女を抱こうとしても、そのときの情景がどうしても目に浮かんでしまうようだ」
「ならば新之輔さまは、無実ではないですか」
芳美が言うと、ご前は皮肉な笑みを浮かべた。
「江戸詰めの小姓、菊千代だ」
「えっ」
芳美は訳がわからなかった。
ご前が説明した。
「頼宗は、孝子との不義を口にしつつ、その裏では、菊千代と新之輔の仲を疑ったのだ」
「――」
予想外の話に、芳美は言葉が出なかった。
「頼宗は菊千代を寵愛していた。わしが耳に入れた話によると、菊千代が孝子のお供をしたのは、一度京を見てみたいと言う菊千代の願いを、頼宗がかなえてやったそうだ」
「――」
「その菊千代は無実を訴えて、自害して果てた」
芳美はご前の言葉を反芻して考え、思ったことを口にした。
「ご前は、新之輔さまと菊千代が、本当に不義を働いたと思われますか」
「それはない」
宗定はあっさりと否定した。
「新之輔が親を失ったとき、わしのもとにいた昌造という男を、世話役に付けた。その後、成長した新之輔が心の傷を負って、女を抱けないと知ったとき、昌造に女代わりをさせた。その結果、老爺の身体に馴染み過ぎたか、新之輔は若衆にまったく興味を示さない。だから、ふたりの仲が疑われたのは、おそらく菊千代の片思いが原因だろう」
「ならば――」
芳美が意気込んで言おうとすると、ご前が手で制した。
「海滑藩主は頼宗だ。余が政に口出しすれば、藩はどうなると思う。求心力を失って分裂してしまうだろう」
釈然としないものを感じながら、芳美は、ご前の冷徹な横顔を見守るばかりだった。
――**――
城から使いが来て、閉門を解く、と言われたとき、風間新之輔は心底驚いた。いずれは切腹の上意もあるかと思っていたからだ。
使者は告げた。
「来る三月の十六日に出仕して戴きたい。それまでに、住まいは用意しておきます」
海滑藩は毎月一日と十五日を休みにしている。したがって、月の中日の休み明けを、出仕日にしたのであろう。その日まであと五日の猶予がある。
使者が帰ると、新之輔はいつもと変わらず庭に出て、諸肌脱ぎになって真剣を振った。半刻ほど鍛錬して、縁側で汗を拭いた。
「閉門が解けた」
新之輔がひとこと言うと、背中を拭いていた昌造が応えた。
「それはおめでとうございます」
「今月十六日から城に出仕する」
「毎日、欠かさず鍛錬した甲斐がございましたね」
「ああ、自己流だが」
言って、新之輔はふっと笑った。
子供の頃、町の道場で剣術の稽古を見たことがある。みんな洗練されて強そうに見えた。屋敷に戻ってそのことを話すと、昌造は言った。「新之輔さまは新之輔さまですよ」と。つまり剣士は流派にとらわれず、おのれに合った剣法を生みだせ、と言ったのだ。
昼からふたりして羽室山に出かけた。そこには風間家代々の墓がある。
山道はまだところどころに雪が残っていた。新之輔は昌造の身を思って、できるだけゆっくりと歩いた。
子供の頃は、昌造とよく来た山だった。
(あの頃は、とても爺にかなわなかった)
新之輔は、後について来る昌造の皺の多い顔をちらりと見た。
九歳のとき親と姉を殺されて、新之輔は自分の無力を恥じた。その思いが、死に物狂いで剣の稽古に励むことに繋がった。
首藤宗定の命令で世話役となった昌造は、気の触れたように毎日木刀を振り回す新之輔を、海や山に誘った。
大自然に接して健康的な肉体と生き抜く力を身につけさせることが昌造の狙いだったが、新之輔にとっては、いい息抜きになった。
海に潜って素手で魚を獲ったり、山に入って弓矢で猪を射たりした。また食料となる茸や山草、毒となるものの見分け方も教わった。
そういう生活を続ける中で、新之輔は、町の子供たちにない逞しさを身につけていった。
円想寺を囲む野山に、白いコブシの花がいっせいに咲いていた。空気は冷たいが、そこここに春の息吹が感じられた。
石段の脇で珍しい沈丁花を見つけ、昌造が数本切り取って、墓前に供えることにした。花は薄い紅色で、根は薬用になる。
両親と姉の墓を水で清め、手を合わせた。そして、再び城に上がることを報告した。
墓参りがすむと昌造を伴って、円想寺のご前を訪れた。
首藤宗定は、新之輔の閉門が解かれたことを、すでに知っていた。
「また海滑藩のために奉公できるな」
新之輔に言ったあと、部屋の隅にかしこまる昌造に声をかけた。
「昌造、だいぶ髪が白くなったな」
新之輔は、いかにも和んだ様子で昌造を見るご前に、衆道の契りについてどんなお考えをお持ちであろうか、といぶかった。
父と慕うご前が、何人かの家臣たちと男同士の契りを結んでいたのは、知っていた。おそらくここにいる昌造、そして新之輔の亡父とも契りを結んでいたのであろう。
一般に衆道あるいは男道と呼ばれるのは、同心同体の関係であり、死生を共にする一体感からの結合である。
しかし、主君と臣下となると、その関係は異なる性質を帯びてくる。臣下は肉体の苦痛を耐え忍び、主君に奉仕することだけを念ずる。
そして肉の繋がりを持つことで、いざというときに、我が身を呈して主君の命を守ろうとする。
新之輔と昌造の契りもまた、一般と異なる衆道であった。
新之輔の場合は、老いた者への愛着であった。老いて円熟味を増した肉体に親しみを覚え、老いて熟成した精神から多くを学んだ。
「新之輔、裸を見せよ」
ご前の声が聞こえた。顔を上げると、もう一度ご前が言った。
「お前の裸が見たい。服を脱げ」
理由はわからないが、新之輔はためらうことなく服を脱いだ。羽織、はかまを脱ぎ、長衣を肩から落とし、下帯ひとつになった。
現われた肉体を見て、ご前が吐息をついた。
「ほう、見事な身体だ。よく鍛えている」
ご前は昌造のほうを見た。「昌造には、見慣れた裸だな」
「ご前、おたわむれを」
昌造が恥ずかしそうに下を向いた。
新之輔の裸には、いくつかの傷があった。すべては戦いの傷だった。一番古いのは十五のときだった。
隣接の藩が、幕府の意向によりお取り潰しとなった。そのとき、幕府の方針を不服とした隣藩が、何を思ったのか海滑藩に攻めてきた。
新之輔は、宗定に隠れて初陣した。若いだけに無鉄砲だった。我が身を省みず敵の中に突き進み、ついには首級を上げることが出来た。
新之輔自身、傷を何カ所か負ったが、さいわい深刻になるような傷はなかった。彼は気づいていなかったが、危ない場面は、昌造が密かに助けていたのだ。
無断で戦に出た新之輔を、宗定は激しく叱りつけた。
しかし新之輔は気にもしなかった。命を懸けて戦う緊迫感は、忘れがたいものだった。彼は前にも増して、武術の鍛錬に励むようになった。
羽室山から戻った夜、新之輔は昌造と同衾した。
いつになく激しかった。
「ああ、旦那さま――もそっと優しく」
「うん、まだ足りぬか――どうじゃ、どうじゃ」
「いえっ、そうではなくて――ひええっ、あわわわ」