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■ カンパニー(第2章 メディア21) - (4)
(4)

つぎの週の月曜日、一平と小宮山は、榊原課長に同行して喜多商事を訪問した。先方には事前に連絡を入れていなかった。
「やあ、会長、いつ見ても若々しい」
榊原は喜多会長の部屋に入ると、にこやかな笑顔で老人に声をかけた。小宮山と一平は神妙な顔をして、その後ろについていた。
会長は苦々しげに眉をひそめた。それでも口振りはのんびりとしていた。
「なんや、アポなしで来よるから、どこの偉いさんかと思ったわ。それにしても、相変わらず心にもないことを言いおる」
「何をおっしゃいます、会長。私の性格をよくご存じのくせに。私はいつも、心に思ったことを、正直に話しているじゃないですか」
「アホぬかせ。あんたが正直もんなら、わしは聖人君子や」
「それでいいじゃないですか。会長は聖人君子だからこそ、取引先の信望も厚く、喜多商事をここまで大きくしてきたんでしょうが」
「ケッ、ますます心にもないことを言いおって――で、今日はなんだ?」
「ま、立ったままじゃなんですから、座って話しましょう」
榊原は親しげに会長の肩に手を回して、ソファーのほうに導いた。
「なんや、あんたとおると、この部屋の持ち主が誰か、わからんようになってくるわ」
会長はブツクサ言いながらも、デスクの上のインターホンをとりあげた。
「お茶を持ってきてくれ。並みでいいぞ」
一平は榊原課長のやり方を、感心して見ていた。とうてい太刀打ちできないと思えた海千山千の喜多会長と、まったく引けをとらずにやりとりしているのだ。
それに会長のほうは、口ではあれこれと言っているが、あながち榊原のことを嫌っているようにも見えなかった。

榊原は腰を落ち着けると、単刀直入に切り出した。
「小宮山に聞きましたが、お店では今後、うちの製品と東京フィルムのものを、折半で販売されるそうですね?」
「ああ、そうしようと思うてる。店のイメージチェンジを図りたいからな。さしあたっては、来月オープンする横浜店からだ」
「店のイメージチェンジはいいことです。私もこれまで、及ばずながら、いろいろとアドバイスさせていただきましたからね」
「そんなことあったかなあ――」
「あれっ、記憶にございません、と――なんだか、国会の証人喚問のようですね」
「そう言えば、かすかに記憶があるな。ま、あまりインパクトがなかったんで、覚えていないんやろ」
「ハハハ、面白い」
榊原は、わざとらしく笑った。「じゃあ、私が提案していた、店のカラースキームと従業員のユニフォームのデザインを統一したら、という案は取りやめですか。あるいは、客に親しみやすいほうがいいと、『町の写真屋さん』といった新しい店舗名を提案しましたが、あれも取りやめですか」
「ああ、あのことな――。あまり気乗りせんかったが、せっかくのあんたの提案や。採用することにした」
「それだけ?いや、べつに私は、恩着せがましく言ってるんじゃないですよ。確かに、カラーデザインの提案では、それなりのトップデザイナーに企画させて、金はかかりましたが、あれはうちの無償のサービスでしたからね」
「無償のサービス?だったら、いいじゃないか」
会長は、シレッとして言った。
「私はいいですけど、ここにいる小宮山は必死なんですよ。なにせ、御社へのフィルムの納入量が、半分に減るんですからね」
榊原の言葉に、小宮山がかしこまってうなずいた。
会長がふんぞり返って言った。
「だったら心配するな。新しい店舗展開では、これまでの売り上げを倍増させるつもりだ」
「それは心強いお言葉です」
榊原はサラリと言うと、話をつづけた。「でも、小宮山のために、うちの納入量を倍にするっていう、お考えはないのですか?」
「そりゃあわしも、小宮山さんのためにそうしたいけど、わしらも商売してるからな。どうも、一社独占ってのは、市場の論理に反している気がしてな」
二人に自分の名前を引き合いに出されて、当の小宮山は小さく固まっていた。

ふいに榊原が、指をパチンと鳴らした。
「逆ですよ。市場の論理にはまったく反しません」
そこで彼は、膝を乗り出して、喜多会長の顔をのぞき込んだ。「どうです、会長。いっそのこと、『町の写真屋さん』のオリジナルフィルムを作りませんか?」
一平には、榊原の持っていこうとしている、話の先が見えなかった。前にいる会長のほうも、けげんそうな表情をしている。
「店のデザインに合わせた装丁で、フィルムを作るんですよ。もっとも中身は、メディア21のものですがね」
やっと一平は、課長の言わんとしていることが読めてきた。喜多商事のオリジナルフィルムとして、メディア21の工場で作るのだ。フィルムそのものは変わらないので、装丁だけを変えるのは、さほど多額の投資をともなわないだろう。
喜多会長は、榊原の提案を吟味しているようすだった。
「しかし、今から間に合うか?」
会長がつぶやいた。それに対して、榊原はあっさりと言った。
「もちろん、5月5日には間に合いません。新製品の出荷まで、あと1カ月はかかるでしょう。いま会長がやることは、東京フィルムに断わりの電話を入れることです。早いほうがいい。先方だって、間際で断られたら困るでしょうが」
「ちょっと待て」
会長があわてて遮った。「そんなこと勝手に決めるな。まったく、ずうずうしい男だな」
「で、どうなんです?」
榊原は、しつこく老人を追求した。
一平は、横で聞いていて、榊原の強引さにハラハラした。と同時に、榊原の才気煥発な発想に驚いてもいた。まったく次から次に、相手を押しまくるやり口は、聞きしに勝る凄腕だった。

しかし、それだけではなかった。なおも逡巡する会長に対して、駄目押しのように、榊原は次の手を繰り出した。
「ところで、この前、会長の奥さまにお会いしましてね」
それを聞いて、会長が不安そうに榊原のほうを見た。
「そのとき、奥さまに言われたんですよ。うちの主人は写真に縁のある仕事をしているのに、大の写真嫌いで、家には主人の写真が一枚もない。そんなわけで、私のほうで、会長のお元気そうな写真を撮っていたら、こんど持ってきてくれ、と頼まれましてね」
榊原はおもむろに、内ポケットから封筒を取り出した。彼は中身を取り出しながら、会長に言った。
「どの写真をお渡ししたらいいでしょうか?」
一平のほうからも、写真の内容がかいま見えた。喜多会長が大股開きに座り、両サイドの若い美人たちの肩に腕を回して、満足そうに笑っている姿が写っていた。女たちは会長にしなだれかかり、その手が会長の股座の微妙なところに触れている。あきらかに、どこかのクラブで撮ったものだ。ほかにはゴルフをやっている、健全な写真もあった。
喜多会長は、写真をじっくりと見ていたが、まったく動じたようすも見せずに、榊原に聞いた。
「いい写真やな。で、どれをわしの女房に渡すつもりだ?」
「それを会長にお聞きしようと思っているんです」
「だったら、これにしてくれ」
会長は、一枚の写真を投げてよこした。ゴルフ着姿の写真だった。
榊原はその写真を手に取ると、うなずいた。
「分かりました。でも万が一、違う写真が紛れ込んでいても、勘弁してくださいよ」
会長が、キッとして榊原をにらみつつ、のんびりとした調子で言った。
「あんちゃん、わしを脅迫しとんのか?」
「なんのことです?」
榊原は写真を封筒に戻しながら言った。「会長が素っ裸の写真じゃないでしょう。どの写真だってかまわんでしょうが。あ、その写真も返してください」
とたんに会長が、手元に残した写真を、ビリビリと引き裂いた。
榊原は、女性と一緒に写った会長の写真を破られても、まったく意に介さずに立ち上がった。
「とにかく、会長、私の提案をよく検討してください。いいお返事をお待ちしていますよ」
彼は部屋を出るとき、聞こえよがしに、小宮山に向かって話しかけた。
「破られてしまったけど、ネガはあるんだ。プーさん、焼き増しを頼む。特大サイズにしてくれ。全部送るって約束したんだからな」

「榊原さん、あの写真のことですけど、ほんとに会長の奥さまに頼まれたのですか?」
喜多商事を出て、会社に戻る途中、小宮山が榊原に聞いた。
それに応えて、榊原はあっさりと言った。
「いいや。頼まれていない」
「頼まれていないって――ばれたらどうするのですか?」
「ばれないさ」
「でも万一ってことが――」
「万一もクソもないんだ。おれは会長の性格をよく知ってるからな。あのジジイ、写真のことは絶対、女房に聞かないさ」
「――」
「スケベジジイやけど、女房にはまったく頭が上がらないんだ。ま、あれだけ脅しておけば、絶対こっちの条件を呑むさ」
それまで黙って聞いていた一平が、恐る恐る口出しした。
「あのう――そんな恐喝まがいのことをやってもいいんですか?なんだかモラルに反すると思うのですが」
榊原は立ち止まると、オヤという顔をして、一平の顔をまじまじと見た。
「へーえ、きみって、けっこう道徳家なんだ。うちの会社で学生運動でもやりそうだな」
その一言に、一平は顔を赤らめて黙り込んだ。

次の日の朝、小宮山が嬉しそうな顔をして、榊原課長に報告していた。
「――さっき、喜多会長からお電話がありました。昨日の榊原さんのお話ですが、条件や内容について具体的に聞きたいそうです」
榊原はその朗報を聞いても、特別うれしそうな顔をしなかった。彼は当たり前だという顔つきで、小宮山に指示を出した。
「じゃあ、あとは小宮山さんに任せた。開発事業部の堀部長に連絡しておいたから、彼と詳細を詰めてください。とにかく今回の話は、超特急で動くことだ」
それからちょっと考えて、彼は補足した。「いい機会だ。徳永を喜多商事の営業担当にして、仕事を教えてやってください」
[19/01/17 08:37 神亀]
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