(2)愛欲地獄
問題の解決は、香月佳代のほうが早かった。それも悲劇的なものだった。
後藤の家が深夜、電気系統の故障で出火して、全焼し、あわれにも夫妻は焼死してしまったのだ。
つぎの日の夕方、神谷神父のもとに香月佳代がたずねてきた。さんざん泣いたのであろう、彼女のまぶたは赤く腫れあがっていた。彼女は、椅子に腰かける神父の膝につっぷして、ふたたびさめざめと泣きだした。
今は気がすむまで、泣かせておくしかなかった。神谷は佳代の背中をやさしくさすりながら、なぐさめの言葉をさがしていた。
急にこの女が哀れに思えてきた。この女は、性に対する道徳心は欠如していたが、それを除けば、子供そのものの無垢な心を持っているのだ。
そのとき、女のほっそりとした指が、神父のひざから太ももの内側をつたって、上のほうに這い進んでくるのを感じた。
神谷はとまどった。女は彼の左脚にしがみついて、しゃくりあげていた。女の手は無意識に動いているのだ。
指の先が、法衣の布地越しに性器に触れ、彼はおもわず体を緊張させた。すっかり忘れていた熱い疼きが、じわじわと腰に浸透してきた。
指の先の変化に気づいて、佳代が驚いたように顔をあげた。彼女は神父の顔を見上げ、それから手元を見た。涙でくしゃくしゃになった顔に、笑みがもどってきた。
彼女は大胆に、神父の膨らみをまさぐりながら、訴えた。
「神父さま、慰めて――わたしを慰めてください」
「ばかなことを!神罰がくだるぞ!さあ、帰りなさい」
神谷神父は珍しく声を荒げて言うと、女から身をふりほどいた。
その夜、神谷清児は、放蕩ざんまいの生活をしていたころの夢を見ていた。
相手の顔はぼやけて見えなかったが、彼は充実した力を感じていた。腰の中心部で蘇った力が、じんわりと全身に滲みわたり、往年の精力に満ち溢れていた。すっかり煩悩から解脱したはずの聖職者も、夢の中ではただの男であった。
そのとき、夢うつつのなかで、ひんやりとした冷気を感じた。彼は自分が勃起しているのを覚えた。先端が、湿った温かいものに包まれている。
――!?
清児は完全に目が覚めた。
「おお、神様!なんてことを――」
目に写った光景に、彼は驚愕した。
毛布がめくられ、下帯が外され、下半身をむきだしにされていた。彼の股間に、全裸の女性信者がうずくまっていた。膨張した性器が、女の口に咥えられている。
そのおぞましい光景に、清児はおもわず心のなかで十字を切った。
しかし、女の口のもたらす快楽は、断ち切りがたかった。彼はなすすべもなく、ベッドのうえで仰向けに横たわり、自分の弱さを恥じた。
やがて、女が中腰になり、彼の上にまたがった。こんども湿った温もりだったが、先ほどよりはるかに締まって刺激的な感触だった。
女が慎重に腰を落として、温もりが先端から根元へとひろがってきた。
神父の老根を呑み込んで、女がゆっくりと腰をうねらせた。熱くなめらかな粘膜に包みこまれ、老いた男性器は40数年間のブランクを克服して、すっかり蘇っていた。
(――主よ、おゆるしください!)
清児はつぶやいたが、女を拒もうとはしなかった。ほどなく、熱く滑らかな女体に埋没していった。
佳代は幸せそのものだった。
偉大な男を失ってすぐ、別の偉大な男を見つけたのだ。
しかも相手が聖職者であるだけに、いま自分の中にはいっているものは、聖なる杖なのだ。接触すればするほど汚れを清めてくれる。妊娠も、病気の心配もない。
彼女は夕方、偶然指先にふれた神父の大きさが忘れられなかった。それで夜中に、神父の部屋に忍びこんだのだ。
神父の前合わせを開いてお道具を見たとき、死んだ後藤慎二のときと同じように、わくわくする興奮を味わった。神父の小さな体は、生白く脆弱だったが、その一点だけは大人の図太さを持って、経験豊かな渋茶色にそまっていた。後藤慎二のより柔らかいが、彼女を満足させるだけの長さと太さがあった。
そして今、神父の魔法の杖は、体内の奥深くを満たしていた。それが逞しく脈打ちだし、力強く滑りだした。
「おおっ!――いいっ!――神父さま――神父さまもいいでしょう?」
佳代は前かがみになって、神父の小柄な身体にしがみついた。その間も、彼女の腰は大きな逸物を咥えこんだまま、ひとときも休まず、したたかにうねり、回転し、上下した。
「ああっ――おお――おおおっ!」
女の呻きごえが絶え間なく、切迫したものに変わってきた。
ふいに、その体が痙攣し、神父の杖をおしつつむ蜜壺が急に潤った。
それが収縮したのは、すぐあとだった。性器が締めつけられ、一瞬止まり、ふたたび掴む。そのあと先端部を、無数のミミズが覆いつくして、のたうつような蠕動が始まった。
神谷清児は、喜悦のあえぎ声を押し殺した。しかし、彼とて煩悩から完全に解脱した聖人ではなかった。微妙に蠢くなめらかな粘膜のなかで、男の貴重な液が吐き出された。
聖職者の聖なる種子が――。40数年ぶりの膣内射精だった。
女がすっかり満足しきって帰ったあとも、清児は放心したようにベッドの上で寝そべっていた。
神父のおだやかな顔は、情事の余韻でピンク色に染まり、なめらかな頬に、ひとすじ、ふたすじ、涙がこぼれ落ちていった。
しばらくして、清児はゆっくりと起きあがると、バスルームに向かった。彼はシャワーの下で、たんねんに全身を洗った。そのあと法衣に着替えると、一晩中、礼拝堂で祈りつづけた。
――*――
「わたしが小さいとき、父は病気で死にました。そして、母と大好きだった祖父は、わたしが高校生のときに事故で死にました。なんだか、わたしの家系には、不運がつきまとっているような気がします」
高山秀樹は、相部屋の年配者に身の上話をしていた。午前中の教会の行事が終わって、ひと休みしているときだった。
下村芳実は、穏やかな表情で聞いていた。
「そのあと、どうされたのですか?」
「伯父さんに引き取られました。中学校の校長先生でしたが――彼はわたしに男色を教え込みました」
「――」
「おかげで、わたしは人生を踏み外しました。どうも、神はわたしに対して意地悪だと思います」
「失礼ですが、あなたは神に甘えているのではないでしょうか」
下村はやんわりと反論した。「天は自ら助くるものを助く、ということわざがあります。あなたの人生は、あなたの努力によってしか変えられません」
秀樹は生真面目に訊いた。
「では、わたしが悩んでいる同性愛は、わたしにしか解決できないことなのですか?」
このとき、年配の助手はにっこりと笑った。
「そうです。でも、わたしも友人のひとりとして、あなたの手助けはできると思います」
――その夜。
熱い炎が、下村芳実の老体を包み込んでいた。
それは腰のくぼみから燃えあがり、尻へひろがり、さらに下へ――太腿の付け根から股間全体に燃え広がっていった。
四肢の先まで心地よく疼いていた。
一種の弱電流が全身をめぐっているようだった。これがなにを意味するものか、男色については未経験の彼にも分かっていた。
しかし、今やそんなことは問題ではなかった。
誘ったのは高山秀樹だった。共同生活をする下村はすでに60歳を過ぎているが、初恋の相手、福井課長を想起させる存在だった。小太りで穏やかな性格をして、そして、どことなく過去がありそうだった。
秀樹は、自分の同性愛嗜好を神父に告白したが、その悩みはちっとも解決していない。
いやむしろ、下村と同じ部屋にいることで、ますます年配の男性を求める気持ちが強くなっていた。
秀樹は、相部屋の年長者にむかって、自分の気持ちを素直に訴えた――わたしの悩みを共有してください――と。
下村は、いとも簡単に了解し、彼のためにベッドの横を空けてくれたのだ。
そして今、秀樹は年配者にぴったりと寄り添って、ふくよかな裸体をやさしく愛撫していた。その肌は、60歳をすぎて、なおみずみずしい張りがあった。
指の先が、背中のくぼみつたいに這い下りて、横に張りつめた臀部のふくらみをまさぐり、合わせ目の柔らかい皮膚にすべり込む。
いっぽう芳実は、それまで秀樹に触っていなかった。そうするのが少し怖かった。潜在意識の一部が、罪悪感を覚えていたのだ。
相手の唇が、芳実のなめらかな頬に触れ、横にずれて唇をさぐる。
ふたりは、唇を合わせた。
――おだやかな口づけだった。
秀樹が舌先を唇のあいだに差し入れ、芳実は内心、びっくりした。
したたかな中年男の手が、やや性急に動きだした。乳首を愛撫していた長い指が、半円球の腹に達し、つかのまそこで掌を拡げて、初老男の筋肉の震えを感じていた。
やがて、その手がふたたび動きだし、急ぐことなく、だが熱っぽく這いおりて、縮れた茂み――陰茎の根元を隠している、草むらのふっくらとした三角地帯にやってきた。
指はやさしく茂みをかきわけて、期待にうちふるえる陽根をかすりながら通過し、なめらかな太腿を這い、膝頭の上あたりを愛撫し始めた。
少し落胆する自分の気持ちに、芳実は軽い驚きを覚えた。
しかし、こんどは太腿のとても敏感な内側ぞいに、指が這いあがってきて、ふたたび疼くような興奮の渦にのみこまれていった。
巧妙な焦らしだとわかっていた。でも芳実はなんの反発もできなかった。ただ相手の成すままに、快楽に身を委ねていた。
やがて秀樹は身を起こし、しばし初老男のやわらかく息づく白い肢体をみつめた。それから覆いかぶさった。
器用な舌先が、固くなった乳首を含み、ふくよかな腹へと細いぬれた糸を引きながら這い下り、ヘソのくぼみで止まった。さらに下、唇が張り詰めた肉根と出会うと、突然、温もりのある洞穴に呑みこまれた。
行為に慣れた唇が、ゆっくりした着実な動きで円柱のつけ根へと這いおり、また引き返していく。濡れてなめらかな舌はたえず動いて、歯はほとんど触れなかった。
芳実は快感に呑み込まれ、声をあげて善がった。身内に湧きあがってきた激情に身も心もゆだねて、男と一体になりたい――いや、傷つけられてもいいと熱望した。
秀樹は息苦しさを我慢して、ボリュームたっぷりの張り詰めた感触を味わった。初老男の肉根は、ゆで卵のように滑らかで丸っこかった。貴重なものを味わうように、じっくりと舐め、吸い付き、呑みこんだ。
不意に戦慄が芳実の全身をつきぬけ、ずんぐりむっくりした白い体が、おこりにかかったように震えだした。
射精の疼きを感じとった秀樹は、口による抽送の動きを速めた。そのとき、待ちこがれたあの懐かしい感触――ふくよかな体がピクリ、ピクリと痙攣し、甘美なエッセンスが口中にひろがった。
芳実は、生まれて始めて、男の口によって射精した。
