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聖なる杖 - 始まりの章(1)神谷清児
始まりの章



人それぞれの道がある。
ひたすら自分の道を歩き、ときに脇道に迷い込み、自分だけの物語を紡ぎだしていく。
その長い旅路のなかで、目にし、手に触れ、感じたもの。心を揺さぶる感動や経験。運命的な人との出会い――。
それらが幾重にも重なり合って、人生に深みが増す。
この先進むのは、希望の道なのか。はたまた苦悩の道なのか。

(1)神谷清児

神谷清児は敬虔なクリスチャンのもとで育てられた。礼儀作法や奉仕活動、そして学校での授業――朝起きたときから夜ベッドに入るまで、彼の生活の大半は、信心深い父親によって決められていた。母親が清児の生活に入り込む余地は、極めて少なかった。
少年期の清児は、父親の望む通り、いつも学年トップの成績をあげていた。しかし体格のほうは、クラスで一番小さかった。
それは、彼が思春期を向かえた頃になっても変わらなかった。友人たちは背が伸びて男らしい骨格になり、髭も生えだしたのに、彼の体は150センチそこそこで成長がとまり、あいかわらず脆弱で、体毛といえば申し訳程度に生えた恥毛だけだった。

親元を離れて大学に進学した清児は、初めて父親の干渉なしの生活を送ることになった。
両親から解放された若者の多くが同じ道を辿るように、彼も悪友に連れられて、風俗店に行った。そして思いがけずも、彼の小さな体の下で、娼婦は息もたえだえに悶え、半狂乱になって悦んだ。
それを境に、清児の生活は一変することとなった。
彼はそのとき知ったのだ。体こそ小さいが、自分には偉大な力があるということを――。外見上は稚児好きの男たちに狙われそうな可愛らしい風貌だが、身体の一部分だけは違った。銭湯で垣間見る男たちの持ち物は、どんなに大きな体つきの男でも、彼の大きさほどではなかった。
そして清児の女遊びが始まった。
商売女や有閑マダム、会社勤めのОL。彼は多くの女性と肉体交渉をもった。回数がかさむにつれ、彼の性技もますます磨きがかかった。
頼りない体つきをしたもの静かな青年が、ベッドの上では、したたかで、逞しい男に変貌するのだ。彼の偉大な性器に魅せられた女たちは、数えきれないほどだった。

夏のある晩、彼は下宿の近くに住む17才の小娘と関係をもった。
その娘はもともと、清児に気のあるそぶりをしていた。清児は体こそ小さいが、澄んだ瞳の整った顔立ちをして、どことなく母性本能をくすぐる魅力があった。
その日、娘は、清児を町の盆踊りに誘おうと、彼の部屋に入ってきた。浴衣姿の彼女は、すがすがしくて、朝顔のように輝いていた。
そのあまりにも初々しい姿に、強烈な欲望を覚えた清児は、思わず彼女を抱きしめ、性行為に及ぼうとした。
好意こそ抱いていたが、まさか男女の関係を迫られるとは思っていなかった娘は、激しく抵抗した。しかし、すっかり逆上した清児は、娘を床に押し倒し、拒む娘の処女を強引に奪ったのだ。

娘には屈強な体格をした、ふたりの兄がいた。翌日、娘の兄たちが清児を襲った。彼は倉庫に連れ込まれ、気絶するまで殴られた。
男たちはそれだけで満足せず、彼を裸に剥くと、背後から犯しだした。清児は、もうろうとした意識のなかで、固い性器が直腸に刺しこまれ、そこを切り開きながら激しく行き来し、おびただしい量の精液を注ぎ込むのを覚えていた。
しかし、清児にくだされた天罰はそれだけではなかった。その後起こった出来事は、肛門の裂傷などふっとんでしまうほど、彼を驚愕させた。
彼に犯されたことを気に病んで、娘が自殺を図ったのだ。
さいわい娘は一命を取り留め、事件は父親同士の話し合いで、なんとか和解に持ち込まれた。
しかし、清児の心に刻まれた傷は深かった。

清児は大学を休学し、親から預かっていた学資金を持って、ヨーロッパに旅立った。
あてのない放浪の旅だった。イタリアからスタートし、南仏経由でスペインに向かった。バックパックを背負って、ヒッチハイクで移動した。当時の為替は1ドル360円の固定相場だったので、海外の物価は高かった。それで極力、金を節約するようにした。
旅は苦労の連続だったが、むしろそれを歓迎した。自分を懲らしめることで、罪の意識から逃れようとしたのだ。
旅を続けていると、思わぬ人の好意に巡り合うことがある。
回り道をしてまで車に乗せてくれたり、暖かい食事をご馳走してくれたり、あるいは一夜の宿を提供してくれたりする人がいた。
しかし、何事にも代償が付きまとうものだ。人の良さそうな小父さんが、乗せた車の中でフェラチオを要求したり、宿を提供した穏やかな紳士が、夜中にベッドにもぐり込んできたりした。
そのとき清児は悟った。彼のように小さな体ときれいな肌をした東洋人は、男色者に狙われやすいということを。

もっともひどい目にあったのは、イギリスに渡ったときだった。
ロンドン郊外をヒッチハイクしていると、コロコロと肥った陽気な初老男が、ワゴン車を停めてくれた。
男はジムと名乗った。清児を助手席に乗せ、車を運転しながら、ジムは陽気に話しかけてきた。そして提案した。
「これから行くパブは、店の奥にベッド付きの部屋がある。店主は気の良い男だから、私が頼めば泊めてくれるだろう。飯は私がおごってあげよう。それでどうだい」
清児は即座にうなずいた。頭の中では、この小父さんも自分の体を求めてくるのだろうかと思っていた。すでに何回かその種の要求に応えてきた彼は、その時はそれで仕方がないと割り切っていた。

そのパブは地元の客でにぎわっていた。白髪あるいは頭の薄くなった年配の男たちばかりだが、いかにも活気に溢れている。
ジムはその店で顔馴染みらしく、客たちと親しそうに挨拶を交わし、でっぷりと太った店の主に話しかけた。サンタクロースのような赤ら顔をした店主は、ジムの話を聞き、清児のほうを見て大きくうなずいた。
すぐその場で、清児は晩飯を振る舞われた。
そのあと彼のために宛がわれた部屋で休んでいると、予想した通りジムがやってきて、彼の体を求めた。ジムの性器はギョッとするほど大きかった。とても体の中に収めきれず、口と手を使ってこの好色な初老男を満足させてやった。
それで終わりではなかった。
ジムの相手をしたあとぐったりしていると、店にいた年配者たちが交互にやってきて、彼らから見れば子供以上に年の離れた清児の体を抱いた。中には逆に、清児に抱かれることを望む老人もいた。
彼らは歳を取っているだけに、すぐには到達せず、時がいたずらに過ぎた。
暗黙の了解があるのか、彼らは清児の体で性欲を鎮めると、隅に置かれたガラスの器にいくばくかの金を入れて立ち去った。部屋の中は、男たちが発散した精液や汗の匂いでむせ返るほどだった。

店を閉めたあと主人がやってきて、清児にシャワーを勧めてくれた。
これは有り難かった。シャワーの熱い湯を浴びて体を清めると、生き返った気がした。
その夜、最後に店主が部屋に来て、「きみは立派な杖を持ってるそうじゃないか」と言って、関係を迫った。コロコロと太って陽気な男が、まるで娼婦のような媚びをみせて体を開いた。清児は、巨大な尻の狭間に腰を打ちつけながら、早く終わって眠りにつくことだけを考えていた。

翌朝、別れるとき、店主が旅行の資金を渡してくれた。清児の体で欲望を遂げた男たちがカンパした金だった。
清児は金を受け取ったが、自分がみじめに思えた。これでは男娼と同じではないか。
(こんな旅を続けて、どんな意味があるのだろう?)
彼は道を歩きながら、自問自答した。
そのとき、赤い煉瓦造りの小さな教会が目に留まった。彼はとくに目的もなく、ふらふらと建物の中に入って行った。
年老いた小柄な神父が対応してくれた。神父は清児の思い悩む様子に、「まずは、懺悔しなさい」と言った。
告解室に入った清児は、拙い英語でひとりごとを言うように、自分の悩みや罪を告白した。その間、格子窓の向こうでは、老神父が終始おだやかに聞いてくれた。
神父と話していると、気持ちが安らかになってきた。深い二重瞼の澄んだ瞳がじっとこちらを見て、清児が言葉に詰まると、励ますように微笑みかけてくる。そんな老神父に接しているだけで、自分の魂が浄化されていくような気持ちになった。
彼が聖職の道に入ろうと思ったのは、このときである。
[21/08/04 20:48 神亀]
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