| 戻る / 目次 / 次へ |
大江戸男色模様(2) |
|
(二)
江戸時代における、男色のハウツー本を紹介しよう。 当時の男たちがどのような技法で男同士の愛の行為をするのか、いずれの本も挿絵と説明書きで表されている。 まずは衆道における契りである。 衆道では、年長者を念者、年下を若衆といい、念者が元服前の若衆を庇護するという関係にあった。 『男色十寸鏡』(なんしょくますかがみ)は、男色の啓蒙書と言われている。 その下巻に「若衆床入りのこと」という一節がある。これは若衆(受け手)の心得を説いたものである。 以下、要約する。 まず―― しっくりと語らいをして、心の交流を大切にすべきである。男のはやる気持ちを抑え、香などを枕元に焚き、ゆるゆるとした心情になったら、自分からすすんで帯を解く。 そして、水も漏らさじとばかりに、肌と肌を合わせ、固くきっちりと抱き合い、相手の男に口を吸わせる。男は感激して、その嬉しさは例えようもないほどである。 次に―― 男が兆して勃起したら、それを握ったりして触ってはいけない。 巨根として歴史上有名な弓削道鏡ならいざ知らず、どれくらい大きくともたかが知れている。また、たとえ巨大であっても、奥まで入れさせぬ技法もある。決して相手の男根を触ってはならない。 そして、当方はおもむろに後ろ向きになり、下側の足首を男の方に踏み伸ばし、もう一方の足は前方に踏み出すようにする。つまり互い違いの足位置にする。 こうすれば、男は挿入し易くなり、当方にとっても一気に奥まで入らないので、好都合ということになる。 受ける方が後ろ向きになり、足を互い違いにするのは、尻の谷が深くなって、相手の男根を挟む具合になるので、あまり深く肛門内に入ることもなく、さらに男の興奮を促すことになる。 そして―― 男根が入ったら、すぼめることなく開くようにするがよい。もともと菊座の襞は四十二(四十八では?)重なりであると、昔から言い伝えられている。 うまく挿入できないのは、肛門の襞が強く締まっているためであり、入れる方の男がかえって迷惑である。 そういう時は、何度も湯で局所を洗い柔らげて、練り木の汁や蜂蜜などの潤滑剤を塗って行うと、難なく入るものである。 男根が肛門に入ろうとする時には、内側からいきむように張りかけ、少し肛門が開くように気を張るのがよい。そうすれば容易に入るものである。 心意気が第一のこの道であるから、男根が入る前から発汗したり、鼻息をことさら荒くしたり、入るにつれて逃げの姿勢で前へ出たり、伸び上がったり、頭をしきりに動かして顔をゆがめ、畳にへばりつくなどするのは、若道として誠に嘆かわしく卑怯である――。 以上、受ける側の技法が述べられているが、多分に精神的なものが強調されている。受け手として許すのであるから、少しくらいの苦痛には耐えなさい、という説諭のようである。 ところでこの時代の男色書画を見るに、肛交の体位はほとんど後背位で、受け手がうつ伏せで膝を付けた四つん這いである。 水馬と見える 男色の 影法師 馬に乗って水に入るときは、手綱をゆるく持って、揺れ動く馬の背中で拍子をとり、腰を押すようにしながら前へ進める。 後背位で肛交している姿態を、障子越しの影法師で見ると、まさに水馬のように見えるのである。 次は男娼についてのハウツー本である。 『女大楽宝開』(おんなたいらくたからべき)は、女体の図解から房中術にいたる、男女の性愛に係わるあらゆることが書かれた色事本であるが、このなかの「若衆仕立様の事」には、15枚の画とともに、陰間の訓練のようすが描かれている。 以下、要約して記述する。 先ず、女子のように顔形を器量よくすることから始める。その第一は、顔や手足を色白く、きれいに、きめ細かい肌にかえて美しく育てて行く。それには、次のような化粧水を作って常日頃使わせる。 ざくろの皮を生のあいだにはがし、水に一晩つけておく。このようにして三日間さらしておき、その後はずっと長い間乾し上げ、これを細くくだいて粉にする。この粉を袋に入れ、これで洗えばきめ細かくなり、不思議に手足がきれいになっていく。 ――中略―― 一分のりといって、ふのりをよく煮込み、絹のみずこしで濾し、こうぞから作ったすぎ原の紙にながし出し、よくほして乾かし、これを一寸位の幅に切ったものを、印寵に入れておく。 必要のときこれを取り出して、口の中に入れてよく解き、男の子を横に寝させて後門の穴の所にぬってやり、その晩は少しだけ一物を挿入し、これでおしまいにする。 二日目も同じように少しだけ入れてやり、三日目は半分位入れ、四日目より五日間は毎日三、四回全部入れてやる。 但しこの間は、仕立専門の者が気分を出して気負い込んではよくない。このようにゆっくり仕立てて行くと、後門がうるおってよくなってくる。 このようにして仕立てて行くが、初めからひどく乱暴に扱うと、直腸の裏膜をあらして痛がることが多くなる。 これが13、4歳から上の年頃になると、痛がっても後門の所ばかりで、内部に入ることはない。 その理由は、この年頃になってくると男の子も段々と色ごとを覚えてくるので、客とやる時、自分の一物が固くなって自然に後門の方もしまってくる。 客の方は気持がよくなって、荒く腰を使って抜きさし操作を繰返すと、後門のふちを擦ってすじを切ることがある。このときは、すっぼんの頭を黒焼きにしたものを髪油でとき、これをつけてやるとよく効く。 また棒薬を使って仕込む方法もある。 先ず仕込み専門の者が男の子に一物を入れ、射精しないようにして毎晩幾日も続けて、ゆるやかに抜きさしができるようにするが、抜いた後に、二寸五分位に切った木の棒に綿を巻きつけ、太さを一物位の大きさにして、胆ばんをごま油でといたものをこの棒に塗りつけ、寝しなに腰湯に入れて温めてやった後、この棒を肛門に差し込んで寝させる。 ――中略―― さて、陰間が客をとって遅く帰ってくる時などは、その子の寝床に誰かが寝ておき、子供が帰ってきたとき寝床から出て、人肌にぬくもった後に直ぐ寝さすようにしてやる。 このようにして育てていけば病気になることがない。 とかく冷えることの多い仕事だが、冬などこたつを与えるのはよくない。 ――中略―― 初めは後背位で挿入し、少し潤いが出てきた頃に抜去し、双方ともよく清拭して、それから若衆を仰向けにして入れると、ぐっと奥まで入る。 最初から仰向けにして肛交すると、男根が上や下に滑ってとまどうので、心急いて唾を付けながら行うため、時間ばかりが経過して、肛門がふやけて傷つくことが多い。 だから一度で奥まで嵌入しようとしてはいけない。 事前に便所に行く若衆もいるが、排便してすぐに挿入すれば容易に入るが、潤いに乏しい。少し待ってから行うが良い。一儀が終わってから便所に行くのが基本である。 客の方は、射精後も肛門内に男根を留めて、よく萎えてから抜くのがよく、若衆の後始末も、し易い―― 以上、抜粋して紹介したが、事細かく説かれているのが分かるだろう。 ここで『天の浮橋』という艶本を紹介しよう。 僧侶が、芳町の陰間茶屋に登楼したときの模様が描かれているが、当時の陰間買いの様子がうかがえる本である。 以下、その抜粋である。なお、「長」は僧侶、「菊」は陰間を示す。 ――酒肴を食べ拳などで遊んでいると、頃合を見計らって茶屋の女どもが床を敷き、枕を二つ並べる。 ――長老は帯を解き、一人寝枕にいまや遅しと待っている。 子どもは、かの通和散を唾にて溶き、肛門の内へ塗り、手を洗い、しづしづと屏風の内へ入り、布団の上に座り、そっと寄り掛かり、 菊「おふきによいました」 長「はやく寝なよ」と手を取れば、ころりと横になり抱きつき、 菊「女郎と陰間では、どっちが良ふありますへ」 長「ソリャ、陰間がよいのさ。ずっと入るとしっかと締めるあんばい、あなばちでもおよばぬ」 菊「また嘘おつき。女郎はなじみになると、請け出して一生夫婦になる。陰間は年とると、おちんこも大きくなり、毛がはえて、尻が痛くなる。わずか四五年のあいだ、年あけてさむらいにでもならう――」 ――もはやたまりかね、上に乗り両足を割り込めば、手に唾を付け、一物の雁さきへくるりと塗り廻し、ぐっと尻を持ち上げ、肛門の口にも唾付けて、一物を握りあてがい、あおごしにうちかけ、締めつけるゆへ、ぐひと押し込めば、しょろりと雁さき入ると、そろそろ腰を遣へば、しわりしわりと締める心地よさ、すかりすかりと遣へば、根までぐっと入る。 下から持ちゃげるあんばいに、中々女のしろものより、格別締まっていい心もち、あなばちよりもよい事は、口許が締まるゆへ、じきに気がいきそうになるを休み、口を吸う。 長「アア、かわいい」と抱き締める。 長「モヲ、いきそうだよ」と又抱き締める。 菊「わたしもいいこころもちだ」 長「ソレソレ、もういくよ。いくよ」と、気を遣ってしまって、はっと息をつき、抱きついてしばらくいる―― ![]() 古川柳にある。 いい和尚 おねばを釜へ 出すばかり 「おねば」は、煮え立った釜から溢れる米の粘汁のことで、女言葉である。もちろんここは精液のことで、釜は肛門の意。 「いい和尚」とは、女色ではなく後庭華(肛門つまり男色のこと)にのみ射精していれば、世間体も悪くない、ということを詠っているのである。 つまりこの時代では、お坊さんが女を抱くのは白い目で見られ、陰間を抱くのは容認されていた、というのが伺える。 さてさて、このエッセイを読まれた皆さんは、ご自身のセックスライフを顧みて、江戸のハウツー本は参考になったであろうか。 |
|
17/01/30 08:43 神亀
|