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(一)

私が会社をリタイアした頃、義父は長年連れ添った妻に先立たれ、精神的な張合いを無くしていました。
その当時、義父は一戸建てからマンションに住み替えて、ひとりで生活をしていましたが、マンションの管理人から、義父がステテコ姿で通りを歩いている、と通報が入って、初めて義父の認知症に気づいたのです。
実の娘である私の女房は、当然のことに大変心配しました。彼女は私より5つ年下で、娘たちが独立した頃から始めた仕事が、面白いと思い始めた頃でした。
仕事を辞めるべきか悩む彼女に対して、私はあっさりと言いました。
「おれがお父さんの面倒を見るよ。ちょうどリタイアした後だし、退屈していたところだ」
「でも、あなた、家事なんてやったこと無いじゃない」
「心配するな。おれだって、やろうと思えばできるさ」
女房は心配そうな表情を作っていましたが、自ずと口元が緩んでいます。おそらく彼女にとって、その時の私は、救世主に思えたことでしょう。

実は私に下心があったのです。女房と結婚した当初から、彼女の父親にほのかな恋心を抱いていたのです。
79歳の義父は、中背やや太めの体型をして、きれいな白髪と穏やかな顔をしています。性格的にも温厚で、おっとりとした物言いをします。
しかし義父は一流大学出の秀才で、現役の時は高級官僚でした。これまで、義父の高度な知能や肩書きが、私の欲望の抑止効果になっていましたが、認知症が始まったのなら付け入るスキがあるかも知れない――そんな、よこしまな考えを持っていました。
女房は私の心の内など露知らず、それこそ涙を流さんばかりに感謝しています。

さっそく、義父の面倒を見る生活が始まりました。
私は毎日、義父の家に行って、食事を作ったり、洗濯をしたり、家の中の掃除をしたり、生まれて初めて家事をやりました。
料理の本や洗濯機の取り扱い説明書を読み漁ったり、はては職場の女房に電話して教えてもらったり、家事がこんなに難しいものか、とやってみて初めて気付きました。
義父は表情も乏しく、多少正気を失っていましたが、私が分からないほどでもありません。
ただ、同じことを繰り返し言ったり、ときに私が他人に見えるのか、バカ丁寧な言葉遣いになったりします。

私が義父に対して最初にしたのは、人間ドックに連れて行って、徹底的に心身の状態をチェックしたことでした。
その結果分かったのは、高血圧と前立腺肥大症。もっともこの二つは、既に主治医の処方で薬事治療をしていましたので、後は私の管理のもと、きっちりと薬を飲ませ、食事に気を配ることでした。
そして新たに指摘されたのは、やはり軽度の認知症だということでした。
以上3つを除けば、高齢者にしてはすこぶる健康体だ、と病院の医師からお墨付きをもらいました。

私は義父の認知症対策として、できるだけ出歩くことにしました。毎朝、公園を散歩したり、半日で行ける名所旧跡に連れていったりしました。
義父は口数の少ない人でしたが、おしゃべりは認知症予防に役立つと聞いて、老人たちの集まるシニアクラブなどにも連れていきました。
また、義父の体重や血圧、脈拍などを朝晩計測して、毎日欠かさず記録をつけました。
私は最初のうち、通いで義父の家に行っていましたが、自宅との行き来が面倒くさくなって、その内、義父の家で寝泊まりするようになりました。
自宅に帰るのは、娘たちが孫を連れてくるか、何か行事がある時に限られました。それに、女房との夜の関係は全く途絶えていましたから、私が家を離れることに何の精神的支障もありません。

義父と同棲するようになって、私の最大の楽しみになったのは、一緒に風呂に入って、義父の身体を洗ってやることでした。
義父の身体はさすがに緩んでいますが、色白のきれいな肌の名残はあります。横に張ったお尻もずいぶん肉が落ちていますが、まだまだ私を惹きつける魅力があります。
そして、仮性包茎の性器は、もっぱら排尿の役目しかありませんが、けっこうのボリューム感があります。
私は手の平に液体石鹸をつけて、義父の全身を直に洗ってやります。とくに陰部は、丁寧に洗いました。下の世話はまだ自分でできていた義父は、多少迷惑そうな素振りを見せていましたが、そのうち慣れてきて、私に身を委ねるようになりました。
回を重ねるにつれ、私の行為も大胆になりました。
陰部を洗うとき、包皮を剥いて恥垢の掃除をしたり、浴槽の縁に両手をつかせて、背後から肛門に指を入れて洗ったりもします。
そんなとき、義父は嫌な素振りも見せず、気持ち良さそうにしています。それに私が勃起しているのも目にしている筈ですが、義父は何の反応も見せません。

もうひとつのお楽しみは、寝る前に義父の体をマッサージしてやることでした。浴衣姿の義父をベッドに横たえ、首筋から肩、背中から腰、お尻へと、手の平で老いた肉体を、味わうように揉みほぐします。
私は義父の声が聞きたくて、マッサージしながらよく話しかけます。と言うのも義父の声は、私が大好きだった俳優の松村達雄の声に似ているのです。どことなく郷愁を誘う、なつかしい声質です。
手の平に伝わる柔らかい感触や、義父がときおりあげる気持ち良さそうなため息――義父だけでなく、私にとっても、就寝前のマッサージはうっとりとするひとときでした。

数か月が経った頃、義父の体調も目に見えて良くなり、顔の表情も生きいきとしてきたように感じられました。
私はこんなに長い間、義父と一緒に過ごしたのは初めてですが、知れば知るほど、義父に対する愛情を深めていました。
義父はもともと天真爛漫な子供心があったのが、お爺ちゃんになって、ますます顕著になってきたようです。
テレビを見ているとき、海外で日本選手が活躍したりすると、無邪気に手を叩いて喜びます。また、義父の体調が良い時など、お酒を1合ほど食事につけると、それこそ目を細めていかにも嬉しそうに杯を口にします。
ときに、私が何かの用事でいないとき、ひとりで徘徊することもありました。私が厳しく叱ると、それこそ子供のようにしょげかえっています。
そんな可愛らしい義父の姿を見るにつけ、私の男を求める欲望は際限なく募っていました。しかし、まだ私には、自制心が残っていました。

その頃、義父は、紙おむつが必要と言うほどでもありませんが、ときどきパンツに染みが付いています。
私は通販で洗腸用のエネマポンプを買って、使う前に義父に言い含めました。
「お父さん、ときどきパンツが汚れていますよ。これからは、出かける前と寝る前に、直腸をきれいにしておきましょうね。それから、前立腺肥大の治療にもなりますから、直腸のマッサージをしますよ」

さっそくその日、風呂に入ったときから、ぬるま湯を使って義父の直腸の洗浄を始めました。そのあと指にオイルを付けて直腸に挿入し、前立腺をやさしく刺激したり、ゆっくりと抽送したりします。
その行為は、回を重ねるにつれ、指を2本にして、じんわりと肛門括約筋の拡張作業をするまでになりました。
いっぽう、着脱しやすいように、義父のパンツを越中フンドシに変えました。義父の年代は若いころ着用していたので、特に抵抗はないようです。
また、寝る前のマッサージの時に、門トレと称して、義父の肛門に指を挿入して、義父に指を締めつけさせます。
「お父さん、肛門のトレーニングですよ。これを続けていれば、失禁も無くなります。さあ、私の指を締め付けて――」

今思えば、赤面の至りです。義父が認知症気味なのを良いことに、私の思うままにいやらしいことをしていたのです。
治療に名を借りた破廉恥な行為でしたが、義父は抵抗の素振りも見せず、おとなしく私の言うことをきいていました。
そんな義父のようすを見るにつけ、無邪気な老人を冒とくしているようで、自分自身が恥ずかしくなります。
それでも男好きという、自分の性癖は直しようがありません。

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18/06/18 22:33 神亀

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