目 次
男の隠れ家 - (3)
(3)

その夜、椙田運転手は俊郎のマンションに泊まった。
ベッドの上で添い寝をしながら、俊郎は疑問に思っていることを老人に訊いた――スギさんはどうして肛門性交を経験したのか、と。
椙田は聞かれるままに、自分の体験したことを淡々と話し出した。

(スギさんの告白)
私が50代半ばのとき、息子が危ない筋から金を借りました。その肩代わりに、私の体を売る羽目になりました。金を持った好き者連中を集めて、その前で男たちの相手をさせられたのです。
貫禄があるので社長役をやれと言われまして、スーツ姿の私を、中年の社員が二人がかりで、あれこれとなぶるという筋書きでした。
「社長さん、おれたちをこき使うだけやなく、たまには社長さんがサービスしてんか」
「そや、この太ったおいしそうな体で、おれたちを優しゅう慰めてくれよ」
「ひゃあ、さすが社長さんや。でっかいチンポをしてる」
男たちはあれこれ言いながら、私の服をはぎ取り、じんわりと卑猥なことを始めます。そして最後は素っ裸にされて、いいように弄ばれるのです。

口や肛門に男根を突っ込まれて、犯されるだけならまだましなほうでした。
金持ちの見物客たちは、この手の見世物を見慣れているのか、少々のことでは満足しません。必然的にSMまがいのプレーが増えてきました。
私は荒縄でがんじがらめに縛り付けられ、ロウソクの熱い雫を体中に垂らされたり、極太の張り形を肛門に突き入れられたり、果ては尿道にカテーテルを通されたり、と卑猥きわまりないことをやられました。
太った私が、苦痛に呻き声をあげ、脂汗を浮かべて身悶えする姿を、客たちは興奮した面持ちで見物していました。
しかし実際は、見た目ほど痛くはなかったのです。私を弄ぶ男たちは、サオ師と呼ばれるプロで、限界ぎりぎりに抑えるコツを知っています。
乱暴に尻穴や尿道をこじ開けられましたが、傷を受けたことは一度もございません。しかも慣れてきますと、お恥ずかしながら、私自身も快感を覚えるようになっていました。

ショーの最後は、サオ師が口上を述べるのです。
「さあ、どなたか、このメス豚に種付けをしてやってください。種付け料は1万円」
決まって何人かの興奮した客が、手を挙げました。彼らは金を払い、私の口や後ろを使って、欲望を遂げるのです。
どうやら、男たちにいたぶられて悶える私の姿が、評判になったのでしょう。見物客は日増しに増えて、なじみの客も何人かできました。
そんなショーが週に一回行われ、半年ほど続いた頃です、初めて来たというお方が、男たちの折檻を受ける私を可哀想と思われたのでしょう。そのお方はショーの終わったあと、主催者側と交渉して、私を身請けしてくださったのです。
それでやっと私は、もとの運転手の仕事に戻ることができました。

椙田の告白が終わったあと、俊郎はしばらく声が出なかった。
老人の体験談はあまりにも非現実的だった。しかも人前でひどい辱めを受けたにもかかわらず、椙田の態度は穏やかそのものである。
俊郎は、気を取り直して訊いた。
「ふーん、じゃあその助けてくれたお方っていうのが、スギさんが言っていた、情を交わしたって人ですね?」
「ええ――」
椙田は律儀にも、そのお方のご名誉にも関わることですから、とそれ以上のことは語ろうとしなかった。

――*――

椙田と関係を結んで以来、俊郎は、ときどきこの老運転手をマンションに誘い込んで、ひとときの快楽に浸るようになった。
老人のほうも、俊郎の呼吸法を取り入れた性技に、すっかり魅了されたようだ。背後を貫かれて、自ら尻をうねらせ、明白な善がり声をあげるまでになっていた。
その上、肉体的な交わりが良い方に作用したのか、老人の体調は目に見えて良くなった。顔のむくみがとれ、肌もつやつやとしてきたのだ。

ある日の夕方、外出先から会社に戻ると、長尾顧問が呼んでいると秘書が言う。
長尾は副社長のとき、俊郎の役員就任を強く推した人物だった。背は低いが小男というほどでもなく、やや小太りぎみの体型をしている。長尾が外部の人間なら、俊郎の好き心が騒ぎ出したかも知れないが、社内の重鎮だからとてもそんな気にはなれない。
(おれに何の用だろう?)
あれこれ憶測しながら顧問室に行くと、長尾が穏やかな笑みを浮かべて出迎えた。
「おお、外から戻ったのか。さあ、こちらに来なさい」
言われるままに、俊郎がおずおずとソファーに腰をおろすと、長尾は膝を接して横に座り、おっとりと話し出した。
「もう20年ほど前になるかな、私は君に助けてもらったことがあるんだよ」
怪訝そうな表情をする俊郎に向かって、長尾顧問は微笑んだ。心の底まで暖かくなるような、ほのぼのとした笑顔だった。
「東京駅――朝の通勤客でごったがえしていたな。私は階段で転倒した。足首をくじいて立ち上がれずにいると、通りがかりの君が助けてくれた」
ああ、あのことか――俊郎は思い出した。あのときは同じ会社の人物だとは気付かず、あとで長尾と知ったのだ。
俊郎が黙っていると、長尾は改まった口調で言った。
「あのときは世話になった。――ずいぶん経ったあとに、お礼を言うのもなんだが」
(顧問はこんなことを言うために、おれを呼んだのだろうか。それともほかに何かあるのだろうか――)
俊郎の頭の中はフル回転した。

「しかし、君は本当にいい顔をしている」
のんびりとした声に、俊郎は、はあ?という顔で長尾を見た。
「おそらく、君と付き合った人間は、皆、幸せになっているんじゃないかな」
「いえ、私はそんな――」
なんとも答えようが無くて、俊郎は言葉を濁らせた。
「君はいわゆる『あげマン』タイプだな。あ、君は男だから、『あげチン』タイプか」
言ったあと、長尾はほがらかに笑った。
俊郎は笑う気分ではなかった。長尾顧問は何が言いたいのだろう?年配者の真意を探ろうと、俊郎の頭脳はますますフル回転した。

唐突に、長尾が言った。
「君、今夜は空いてるかい?」
相手が外の人間だったら、俊郎は喜んで誘いに乗ったことだろう。そして隠れ家に連れ込んで、老人の可愛らしい肉体をいいように堪能する。それほど長尾は、元副社長という肩書きを外せば、ちょっと可愛がってやりたくなるようなタイプだった。
俊郎は儀礼的な態度を崩さず、予定があると嘘をつこうとしたが、長尾の何もかも見通すような目で見つめられて、考えを変えた。
「いえ、とくに予定はございませんが――」
「じゃあ、今夜は私と付き合ってくれ。うまい寿司屋を知っているんだ」
長尾の小さな手が俊郎の太ももに置かれ、無意識なのか、ゆっくりと撫でている。それに気づかない振りをして、俊郎は丁寧に言った。
「はあ、じゃあ有り難くお付き合いさせて頂きます」
「有難いのは私の方だ。顧問になって退屈していたところだ」

話が終わって、俊郎が顧問室を退出しようとしたとき、長尾が何気なく言った。
「ところで君は、素敵なセカンドハウスを持っているらしいね。今夜はそこに、私を泊めてくれないか」
俊郎は一瞬、固まった。
(――なんで顧問が知っているんだ?)
追い打ちをかけるように、長尾が言った。
「最近、椙田くんの顔艶がとてもいい。君と付き合って、なにか秘訣でもあるのかな」
その一言で、即座に理解した。長尾顧問と椙田運転手の関係――椙田が言っていた『情を交わした人』だ。
俊郎は、思わず返答していた。
「はあ――要は、呼吸法の応用で――」
「――?」
長尾顧問は一瞬、怪訝そうな表情をしたが、明るい声で言った。「じゃあ、今夜7時。椙田くんの車で出かけるぞ」
                              木内俊郎、53歳の春
[18/05/26 06:10 神亀]
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