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スーパースター第四部 - (3)
(3)

貴史は、アメリカのプロゴルファーのテストに挑戦した。スケジュールはハードだったが、彼は最後まで残っていた。さすがに最終日ともなると、酷使した左膝が痛みだしたが、歯を食いしばってプレーした。
これまでの彼は、ゴルフを遊びの対象と考えていたが、今は違う。プロゴルファーの卵たちと競い合って勝ち残れるか、それを試しているのだ。
途端にゴルフは、楽しいゲームではなくなっていた。
彼は一打一打に全神経を投入して、真剣にプレーをしたが、心の片隅では、何かが欠けていると思っていた。野球の試合に出ている頃の、全身に満ち溢れる充実感がないのだ。
それに、テストを受ける他の選手たちのほとんどは、彼よりもずっと若く、生き生きとしてタフだった。彼らといっしょにプレーをしていて、貴史は、自分が老人のように感じていた。

そして、プロの世界は厳しかった。
貴史は2打差及ばず、プロテストに失敗した。痛む左足をひきずりながらマイアミの家に戻ると、子供たちが飛びついて出迎えた。明るくおだやかな家族に接して、連戦の疲れがいちどきに消え去っていくようだった。
知恵子は暖かい笑顔で彼をむかえたが、なにも言わなかった。彼女はトムに聞いて、夫の不合格をすでに知っていたのだ。

その夜、子供たちが眠りについたあと、二人は居間でくつろいでいた。
「知恵子――そろそろ、ぼくのわがままも終わりだ。日本に帰ろう。建築の仕事に戻るよ」
「どうして?」
「どうしてって――これまでのぼくを見ろよ。たまたま野球で名を成したからといって、障害者になりながら、まだ野球の夢にしがみついていた。あげくの果てはプロゴルファーの夢だ。子供たちも大きくなったし、そろそろぼくも現実にもどって働く時だよ」
「いざとなれば、わたしが働くわ。あなたはゴルフを続けなさい。トムに聞いたけど、あなたはプロゴルファーで十分やっていける実力があるって。あなたはゴルフが好きなんでしょう?」
「ああ――ぼくはひとつのことより、色々のことをやりたいほうだからな。ゴルフも好きだよ。しかし好きなだけでは食っていけない。現にプロテストに失敗したじゃないか」
「あと一歩のところよ。また挑戦すればいいじゃない」
「おいおい、簡単に言うなよ。きみたちだって、慣れないアメリカで大変だろう」
「その点はだいじょうぶ。明日香も啓太も、同じ年頃のお友達がたくさんできたし、わたしもここでの生活には不自由してないわ。これでもわたしは、学校の教師の資格をもっているのよ。子供たちの教育は、わたしに任せておいて」

貴史は考え込むように言った。
「ぼくは――ぼくより若い選手たちとプレーをしていて、自信をなくしたんだ。彼らは、タフで、ハングリーで、精神力もある」
それを聞いて、知恵子が、貴史の顔を正面から見すえて言った。
「確かにあなたは柔になっているわ。――わたしの知っている高山貴史は、決してそんな弱音をはかなかった。ここぞと言うときには、闘志をむきだしにして向かっていく。あのガッツはどうしたの?あなたは、野球に復帰しようとして、ゴルフに二股かけた後ろめたさが、まだ心の隅にあるんじゃないかしら?だから、プロテストでも、そのわだかまりがどこかに残っていたんじゃないの?
この際、はっきり言わせてもらうわ。あなたが現実的になろうとするのなら、手固い仕事を選ぶのじゃなくて、はっきりと野球に見切りをつけて、ゴルフ一筋に生きるべきよ。
だってあなたは、スポーツをやっているときが、一番輝いて見えるもの」
知恵子の目が潤んできた。彼女はささやくように言った。
「ねえ、あなた――中途半端のまま日本に戻ったら、一生後悔することになるわ。不完全燃焼で、あなた自身がみじめになるだけ。アメリカで一流のプロゴルファーになって、復活したあなたを、日本のファンの方たちに見せてあげなさい」
知恵子は貴史の胸に顔をうずめた。
貴史は、妻の背中を撫でながらつぶやいた。
「ありがとう、知恵子。今までぼくは、たくさんの過ちを犯してきた。だけどぼくはついていた――きみを襲って、妊娠させたことが。その間違いで、きみといっしょになることができたんだから」
そこで彼は熱っぽくキスをした。「知恵子――3人目に挑戦するかい?」

――◇――

貴史から本格的にゴルフを教えてくれと頼まれたとき、トム・ギルフォードは黙ってうなずいた。いつにない貴史の真剣な表情に、なにかを感じたのだ。
さっそくその日から、トムの指導による猛特訓がはじまった。
50ヤード先のバケツの中にボールをいれるショットの練習、100ヤード先では芝生の上に1メートル直径の白線が描かれた。深いラフやバンカーからの練習も毎日つづいた。
ショットの練習がおわると、ワンラウンドのプレー。そのあとまたショットの練習。スイングチェックは常時おこなわれた。
そして夜は、違うトレーニングがつづいた。筋力増強トレーニングは、日本から村松博士が送ってきたメニューに従っていた。
彼がトレーニングをしていると、数人の親しくなった町の住人たちが声を掛けてくれた。彼らはトムに聞いて、貴史がプロゴルファーをめざしているのを知っていた。彼らの多くはリタイアした老人たちだが、日本人の貴史にたいして、自分の息子のように暖かい声援を送ってくれた。

あるとき、貴史が早朝のランニングを終え、マイアミビーチを歩いていると、見知らぬ老夫婦が近づいてきた。彼らは顔つきも服装も、リタイアした裕福そうな老人たちだった。
「ハイ、きみはミスター・タカヤマだろう?」
貴史がうなずくと、恰幅のよい体格をした主人のほうが、大きな笑みを浮かべて握手を求めてきた。
「ジム・スタンフォードだ。わたしたちは、きみのファンだよ」
貴史がけげんな顔をすると、婦人が上品に微笑みながら、訳を説明した。
「主人の仕事の関係で、わたしたち、何度か日本に行ったことがあるの。そのとき、阪神タイガースにいたあなたのファンになったの。あなたのスーパープレーは何度も見たわ。あ、ごめんなさい。わたし、ケイトよ」
「ミスター・タカヤマ、サインしてくれるかい?」
老人が、ポケットから手帳を取り出しながら言った。
貴史は気軽にサインしてやった。
「オーケイ。それからぼくのことは、タカシと呼んでください」
「サンキュー。わたしはジミーと呼んでくれ。わたしたちはこの町に住んでいるんだ。それで、日本人のきみのうわさを聞いてね。前からきみに会いたいと思っていたが、ここで会えるなんてラッキーだったよ」
「ぼくも阪神タイガースを知っている人たちに会えて、とても嬉しいです」
婦人が目を輝かせて聞いた。
「ねえ、タカシ、あなた今、プロゴルファーを目指しているんですって?」
貴史は驚いて、婦人の顔を見た。
「そんなことまで知ってるの?イエス、確かにぼくはプロゴルファーを目指しています」
「じゃあそのうち、またサインをもらいに来るわ。今度はプロゴルファーのサインよ」
「サンキュー。楽しみに待っていてください」
貴史はニッコリと微笑むと、老夫婦に別れを告げた。

毎日、血のにじむような猛練習がつづいたが、貴史は精神の高揚を感じていた。明確な目標ができたのだ。
彼は持ち前の負けん気と自信を取り戻していた。そして、阪神タイガースにいたころの充実感を思い出した。膝はときどき痛んだが、彼はその痛みをも自分の励みとした。
(今の自分には、ゴルフしかないんだ。この痛みがあるからこそ、自分はゴルフをやっているんだ)
彼はこれまでときどき見ていた、自分の野球選手時代の写真――老カメラマンの伴が出版した写真集を、机の引出しの奥深くにしまい込んだ。過去のことは過去のこと、今は未来を見つめて進むときだった。
彼が家族とくつろげるのは、ほんのひとときだったが、それだけに、凝縮された、心温まる交流ができるひとときだった。知恵子の温かい笑顔と子供たちの明るい笑い声――それが彼の疲労回復剤だった。

そんなある日、伴邦正がひょっこりと姿を見せた。
彼はすでに70歳を過ぎて、頭はすっかり禿げ上がっていたが、いたって健康そうな肌艶をしていた。
「なんだ、じっちゃん。隠居旅行か?」
「バカ言え。仕事で来たんだ」
「仕事?なんの仕事だよ?」
「村松のじじいに、おまえが復活の道を歩みだしたと聞いたんだ。で、おまえの写真を撮りに来た」
「なに?まだ性懲りもなく、ぼくに付きまとうってのか?なんでだよ?じっちゃんのライフワークは終わったんだろうが」
「バカ、わしはまだまだ、くたばる歳じゃない。これから次の写真集に向けてスタートだ」
「なんだって!ぼくの写真集で、がっぽり儲けただろう?それで充分じゃないか」
「おまえのじゃない、わしの写真集じゃ。おまえだって、わしの儲けをたっぷりとかじり取ったじゃないか」
「人聞きの悪いことを言うなよ。あれは両者納得の契約に基づく報酬だ」
「両者納得ってのは異論があるが――まあ、いい。これからちょくちょく来るからな。わしの部屋を用意しとけよ」
「じっちゃんの部屋?なんのことだ?」
「わしがアメリカに来たときの、寝泊まりする部屋だ。出来るだけ経費は抑えたいからな」
[18/04/05 07:47 神亀]
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