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スーパースター第三部 - (4)
(4)

赤ん坊は、天使のようにかわいらしかった。ピンク色のつやつやとしたほっぺたと丸っこいおでこ。つぶらな瞳が知恵子そっくりだ。
貴史は感動していた。腕につたわる赤ん坊のやわらかい感触――。小さな生命を宿した無垢で純粋ないきもの――。彼女は貴史に抱かれても、泣きもせず、機嫌よくなにごとか言っていた。手を近づけると、柔らかい小さな唇が、貴史の指を乳首と勘違いして、チュウチュウと吸った。
「きみにそっくりだな」
「あら、目鼻立ちはあなたにそっくりよ」
「そうかい?ところでまだ、この子の名前を聞いていなかったな」
「明日香。奈良にある祖父の郷里の名前をつけたの。もちろん、あなたに別の考えがあるのなら、変えてもいいわよ」
「とんでもない。――明日香か、日本的でいい名前だ」
貴史は赤ん坊のやわらかいほっぺたに、キスをした。
「おい、明日香ちゃん。きみはママに似て、美人だな」

赤ん坊がむずかりだした。
「おやおや、嫌われたらしいな。知恵子、きみは最高の女性だよ。こんなかわいらしい赤ちゃんを、ぼくにプレゼントしてくれるなんて」
貴史は慎重な手つきで、赤ん坊を知恵子に渡した。「でもどうして、赤ん坊のことをぼくに黙っていたのだい?」
「あなたに迷惑がかかると思ったから――」
知恵子は後ろめたそうに、小声で言った。
貴史はちょっと驚いたが、厳しい口調で言った。
「いいかい、知恵子、約束してくれ。これからはどんなことでも、ぼくに隠し事をせずに、正直に話してくれよ。ぼくたちはこの先ずっと、一緒に暮らすんだから」
知恵子は子供を抱いたまま、生真面目な顔つきでうなずいた。

貴史は知恵子と子供の入籍手続きをした。結婚式は貴史が退院してからの予定だった。
二人が結婚すると聞いて、知恵子の父親は複雑な心境のようすだった。彼はまだ、貴史の人格に疑問を抱いていたのだ。
しかし少なくとも、孫の父親がはっきりしたことは確かだった。彼はしぶしぶながらも、貴史と娘の結婚を認めた。
次の日から、知恵子は赤ん坊を連れて病院に来るようになった。貴史にとって、赤ん坊の愛くるしい顔を見ているひとときは、脚のことを忘れていられるひとときでもあった。
貴史の家族水入らずの生活は、病室から始まった。

「知恵子、ちょっとこちらにおいで」
やっと寝ついた赤ん坊を見ていた知恵子は、夫の目が熱っぽく輝いているのを見た。
「いやよ。あなた今、いやらしいこと考えているんでしょう?」
「まさに、そのいやらしいことをやりたいんだよ。健康体の男が何ヶ月もやっていないんだぜ」
「ここじゃいやよ。看護婦さんが来るわ」
「ドアに鍵をかければいい。やろうよ」
貴史は、知恵子のほうへ手を伸ばした。
ベッドの上で彼に寄り添う彼女の体は、みずみずしく、そして温かかった。久しぶりの女体の感触に、彼は急速に昂ぶってきた。
彼らは口づけをした。最初はやさしく、そっと、唇を触れあうだけ。それから、つよく、情熱的に。
二人はベッドの中で愛し合った。貴史は左足にギブスをつけていたので、愛の営みはぎこちなかった。それでも、甘美な肉体の接触が、二人を忘我の境地に導いた。彼らは息を弾ませ、同時に頂上にのぼりつめた。
そのとき、揺り籠のなかで赤ん坊がむずかりだした。まさに絶妙のタイミングだった。二人は火照った顔を見合わせて、ほほえんだ。知恵子は貴史の体から離れると、衣服を整え、赤ん坊のほうに近づいた。

――◇――

5月5日、明日香の1歳の誕生日に、二人は結婚式を挙げた。
貴史はまだ車椅子の身だった。六甲山の教会で式を済ませると、神戸市街におりてきて、歴史のあるホテルで披露宴を開いた。
招待客は、親しいものだけが呼ばれていた。学校の旧友や恩師、タイガースの選手や球団関係者、貴史の後援会の人々――2百人ほどが集まった。
披露宴そのものは、著名人のものにしてはささやかであったが、心のあたたまる楽しい集いだった。
仲人はいなかった。学友の宇高と今岡が司会役で、二人のなりそめから今日までの経緯を、掛け合いでユーモラスに紹介した。
新郎新婦が席に着いたテーブル以外、壇上は片づけられていた。来客のだれもが気軽に話しにこれるようにとの配慮だった。そのために、お色直しもいっさいしなかった。モーニングと純白のドレスを着た新郎新婦の席の間には、小さな幼児の休むベビーベッドがしつらえられていた。
何人かの客が壇上にあがって挨拶をした。彼らは新郎新婦の前で記者会見をするようにハンドマイクをつかい、二人に話しかけながらスピーチをする。それにこたえて、二人が卓上のマイクで受け答えした。

(大川元監督)
「タカ、おめでとう。それにしてもおめえ、早いのは足だけかと思っていたが、女に手をつけるのも早かったんだな」
「監督の教え通りですよ」
「よせやい。おれが教えたのは、トイレから出るとき手を洗うことぐらいだぜ」
「それにしても監督、ちょっと太ったんじゃないですか」
「――そうかい?まあおめえと一緒のときは、いつも胃がきりきりと痛む毎日がつづいていたからな」
「監督、ぼくが復帰したら、もう一度甲子園に戻りませんか?ぼくが監督をスリムにしてやりますよ」
「――ああ、考えとく。それより、おめえの足を治すのが先決だ。おれに戻って欲しかったら、早く足を治せ」

(村松博士)
「お二人とも、おめでとう。知恵子さん、貴史くんの脚はわたしが直してあげますよ――彼が寄り道をしなければね。彼がよそみしないようにさせるのは、あなたの役目だよ」
「先生、ありがとうございます。夫が先生の言うことを聞かないときは、わたしにおっしゃってください」
「ああ、そうするよ。――貴史くん、ほんとうによかったな。こんなすばらしい奥さんをもらって。(そこで少し恥ずかしそうな表情をした)もうきみの寂しさをまぎらわす、わたしの役目はおわったようだね」
「ドクター、まだまだですよ。いずれにしろこれからも、ドクターのお世話になるんですから」

(八馬オーナー)
「よう、高山くん。これできみの減らず口もちっとは治まるかな?」
「大丈夫ですよ、オーナー。ぼくはオーナーの毒舌が健在なかぎり、対抗させてもらいますから。あっ、それから、結婚のお祝いに、甲子園球場をプレゼントするなんて言わないでくださいよ」
「きみはもう球場を手に入れてるじゃないか。きみのいない甲子園なんて、火の消えた聖火台のようなものだ。タイガースファンは待ちこがれているぞ、きみの戻ってくるのを」

(ゲイル一塁手)
「ハイ、タカシ。きみは野球では、かずかずのマジックプレーをやったけど、子供をつくるのもマジックをつかったのかい」
「ああ、ポール。来年1月には二人目が産まれるんだ」
「すっ、すごい!――とにかくおめでとう」

(多岐作家と賀来アナウンサー)
作家が口火を切った。
「兄ちゃん、やっぱりあんたのバットは健在やな。いつのまにか子供をつくってたなんて」
「センセ、公衆の面前で、そんな品のないこと言わんといて。この子はぼくたちの愛の結晶なんやから」と貴史。
「それはすんまへん。しかしお熱いこっちゃな。こんな可愛らしい奥さんをもらって」
「センセ、いい歳して、妬いてるんでっか。高山さん、気いつけなはれ。このセンセ、鼻の下を伸ばしてまっせ」とアナウンサーが横槍を入れた。
「ちょい待ち、おっちゃん。このわしを助平のように言いおって。あんたかて夜の店で、いつも鼻の下をデレーッと伸ばして、奇麗なネエちゃんを見てるやないか」と作家。
「二人ともちょい待ち。ここは神聖な披露宴の場だよ。漫談をやるんなら、テレビ局でやってほしいな」と貴史。

(知恵子の親友)
「チーちゃん、おめでとう。わたし心配してたの。だってプロ野球選手って動物的でしょう。でも近くで見ると、とってもやさしそうな旦那さまね」
「たしかに主人は優しいけど、寅年だから近くにいるときは気をつけてね。機嫌が悪いと、噛みつくかもしれないわ」
「おじょうさん、ご安心ください。ぼくは知恵子の言うように、けっして噛みついたりしません。それに、満月の夜に遠吠えなんかもしませんから」
[18/04/01 05:58 神亀]
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