■ スーパースター第三部 - (2)
(2)
術後の経過は順調だった。しばらくすると、貴史の病室に、村松博士や大川元監督、球団の関係者、友人たちが見舞いに来るようになった。貴史の気分がほぐれるひとときだった。
見舞い客たちは、花や果物、雑誌をもってくると、貴史の体を気遣って、短い会話をして帰っていった。彼らは、貴史の脚の話題を意識して避けていた。
(村松博士)
「ドクター、迷惑かけたね」
「迷惑だなんて、とんでもない。とにかく、きみが助かってホッとしたよ」
「ドクター――」
「なんだい?」
「退院したらドクターの療養所でリハビリをするよ。きっとドクターなら元通りに治してくれるだろう?」
「ああ――そのときを楽しみにしているよ」
「ドクター――」
「なんだい?」
「ぼくの脚――ほんとに治るかなあ――」
「なに弱気なことを言ってるんだ。わたしが治して見せる――きっとだ」
(大川元監督)
「監督、今はなにをやってるんだい?」
「女房と隠居暮らしさ。たまにテレビ局から、出演のお誘いがある。のんびりしていいもんだぜ」
「ぼくは、監督ともっと野球をやりたかった。本物のプロになるのは技術じゃない、ハートなんだ、と監督に怒鳴られながらね。そうすれば、ぼくも、もうちょっとまともな野球選手になれたのに」
「おめえは立派にその夢を果たしたよ。おれは幸せ者だ。そんな偉大な選手といっしょに野球ができたんだからな」
「監督――ぼくはときどき思うんだ。監督がいなくなってから、ぼくのツキも無くなったんじゃないかってね」
「なにを言うんだ。おれがいなくても、おめえは打率4割という、とてつもない記録を打ち立てたじゃないか」
「でも、優勝できなかった。監督がいたときは出来たのに――それに今回の事故だ」
「――バカ言え。おめえはまた復活するよ。おめえには持って生まれた、大きな運勢があるんだ」
「そうかなあ。ぼくの幸運の玉は、監督だって思ってるんだ」
「よせやい。おめえだって立派な玉を、二つも持ってるじゃねえか」
(ゲイル一塁手)
「ハイ、タカシ!」
「ハイ、ポール。クリスマス・パーティーをいっしょにできなくて残念だ」
「仕方がないさ。またいつかやればいいよ」
「ああ――足が治ったら、いつだってぼくのマンションに来いよ」
二人は含むところのある目つきでお互いを見た。今回の事故がなければ、親密な関係に発展している思いだった。
「ところでポール、また太ったんじゃないか?腹が出てきたぜ。ランニングは続けているのか?」
「ああ、タカシ。もちろんやっているよ。毎朝、3キロ走っている」
「じゃあ、これからは5キロにしろよ」
「ああ、そうする」
「それから――今年はちょっと大振りが目立つな」
「――そうかい」
「ああ、大きいのを狙いすぎだ。もっとコンパクトにスイングしろよ。ポールの持ち味は、球種に逆らわない広角打法だ。自分の持ち味を忘れるなよ」
「ああ、わかった。でもタカがいないと、ミーの力も充分に発揮できないな。早くグラウンドに戻って来いよ」
「ああ、待ってろ。ぼくはフェニックスのように蘇るさ」
(八馬オーナー)
「あれ、オーナー。今日はまた、どういう風の吹きまわしで?」
「たまには、きみの減らず口が聞きたくなってな。小津くんも一緒に来る予定だったが、仕事が入ったんだ。よろしくと言ってたぞ」
「オーナーはいつ見てもお元気そうですね――小津さんをこき使って」
「ふん、口だけは相変わらずだな。しかし、きみのしょぼくれた顔をみていると寂しいよ」
「ぼくって、そんなにしょぼくれた顔をしていますか?」
「――そんなでもないか。でもきみの顔は、ユニフォームが一番似合うぞ」
「この足じゃあ、しばらく野球ができそうにないですね。せっかく日本一の年俸を、オーナーからぶんどってやろうと思っていたのに」
「金のことは心配するな。わしができるだけのことはする。とにかく今は、ゆっくりと足を直すことだ」
(多岐先生)
「高山さん、たいへんやったな」
「高山さんだなんて、先生、なんだか尻がむずがゆくなってきますわ。いつもの、にいちゃんでいいですわ」
「にいちゃん――尻がかゆいんなら、わしが掻いてやろか?」
「遠慮しときます。それより退院祝いはセンセの尻を貸してください。そのぽっちゃりとした可愛らしいお尻を――」
「ああ、わしの尻でよければ、いつでも貸してやるわ。しかし心配やな。にいちゃんのしものバットは、無事だったんでっか?」
「大丈夫、ピンピンしていますよ。なんだったら、触ってみますか」
「ほな、そうさしてもらうわ」
多岐はすかさず手を伸ばすと、貴史の股間を無遠慮に揉みもみした。
貴史はびっくりした。冗談で言ったのに、まさかセンセが本当に触るなんて――。
「おっ、でかいやないか!やっぱ噂通りや」
多岐は嬉しそうな声をあげた。「にいちゃんが身動きできないときが、にぎにぎ出来るチャンスやからな。今日は見舞いに来た甲斐があったわ。――それはそうと、賀来さんからも見舞いの言葉をもらってるわ」
「賀来さんか――あの人は、ほんま紳士やね」
「にいちゃん、それはわしに対するあてつけか?」
「とんでもない。センセは、ほんまのゼニトルマンですわ。一緒に酒を飲みに行っても、一銭も払わんと――」
「にいちゃん、あんたが病人でなければ、どついてるとこや。はよ脚を治して、野球で稼ぎや。その金をわしが使うたるさかい」
宇野知恵子が見舞いにきた。彼女はおずおずとベッドに近寄ると、持ってきた花束をわきのテーブルの上にそっと置いた。
「よう、おチビさん」
「知恵子です――約束したでしょう」
2年ほどの間に、知恵子はますます美しくなっていた。まるで内面から輝きを発しているみたいだった。
「きみは――変わったな」
「どこが――?」
「落ち着きがでてきたよ。それに――きれいになった」
「先輩がわたしを誉めるなんて、はじめてよ。ときどきここに来ていい?」
「ああ、きみなら大歓迎さ――おいたをしなければね。あ、それから」
貴史はウインクした。「きみも約束しただろう、名前で呼ぶって」
知恵子は部屋に入ってから、はじめて微笑んだ。
「ええ、忘れていないわ――貴史――さん」
「それでいい。で、学校の先生は続けているんだろう?」
「ええ――」
知恵子はちょっと言いにくそうだった。「でも、事情があって、しばらく休職しているの」
「そう――」
貴史はそれ以上聞かなかった。二人は言葉少なに、お互いの顔を見つめ合っていた。
しばらくして、知恵子がそっと聞いた。
「足は――痛くないの?」
「ああ、大丈夫だ。痛いって感じることは、少なくとも神経が健全だってことだよ」
彼女は微笑んだ。
「貴史さんらしいわ――前向き思考で。これで安心したわ」
「おいおい、変なことで安心しないでくれよ。でも、きみと話していると、鬱陶しい気分がほぐれてくるよ」
「うれしいわ、わたしでもお役に立てるのなら」
そのとき看護婦が部屋に入ってきて、面会時間が終わった。彼女が部屋を出ていく姿を見て、貴史は急に寂しさを覚えた。彼は思わず声をかけた。
「知恵子――明日も来て――」
彼女は振り返ると、嬉しそうに微笑みながらうなずいた。