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スーパースター第三部 - (6)
(6)

貴史は休む間もなく、毎日の多忙なスケジュールを、機械的にこなしていた。しかし今の彼にとって、忙しいということは、逆に有り難かった。
一人で考える時間が出来ると、妙に落着かなくて焦燥感にとらわれるのだ。
もやもやとした何かが、彼に何かをしろと急き立てていた。それでいて、何をしていても、すっきりとしない気分だった。
昨年まで、どんなに忙しくても、シーズンオフに続けていたトレーニングも、最近は滞りがちだった。
(ぼくは、どうなっちまったんだろう?大川さんが監督をやめたからか。それともまだ、友見の死の後遺症がつづいているのか?)
貴史は毎日を無感動に送りながら、自問自答していた。

「ハイ、お待たせしました。今晩は史上初の4割バッターとなりました、高山選手の登場です。高山さん、打率4割8厘の達成、おめでとうございます」
貴史は東京に出向いて、夜のテレビ番組に出ていた。
ニュースキャスターはおなじみの川井アナウンサー、それに新たに加わった、若くて生きのいい伊藤千津アナウンサーだった。
「ありがとうございます。これも川井さんのおかげです」
「――あの、なんでわたしのおかげなんです?わたしは高山さんのコーチじゃないし、なにかやりましたかね?」
「川井さんのプロ野球ニュースを見るのが励みで、ここまで頑張ってこれました」
「ほう、プロ野球ニュースを見るのが励みと――で、どうして励みになったのです?」
「毎晩ぼくのことを、川井さんがどう言うかと楽しみでした。とにかく川井さんに誉めてもらおうと、それだけが生きがいで、ハッスルしてきました」
「――」
「川井さんは、ぼくのあこがれの人ですからね」

横から伊藤千津が、からかった。
「あら、川井さん。お顔が上気していますわ」
川井はグッときたが、どうにか持ち直した。彼はしらけた顔で、女性アナウンサーに言った。
「ありがとう千津ちゃん、先輩をからかってくれて。でもその表現は適切じゃないね。それを言うなら、血色がいいって言うんだよ。ところで高山さん、相変わらずお達者ですね」
「うわー、また川井さんに褒めて頂いた。ますます川井さんが好きになっちゃう――」
貴史の言葉をさえぎるように、川井が言った。
「ハイ、お話が冗長になったところで、本題に入ります。伊藤アナウンサーが本来の仕事を思い出して、高山選手にいくつかの質問をいたします」

伊藤女史があわてて言った。
「あ、ごめんなさい――では高山さんに、質問をさせていただきます。高山さんは現在、意中の方がおられますか?」
「いきなりドキリとする質問だな――もちろんいます。男性なら川井アナ。そして女性は伊藤アナ」
「あら、ずるい。それじゃ答えになっていないわ。なんだか、からかわれているみたい」
すかさず横から、川井がしらっとして言った。
「もちろん、からかわれているんだよ、千津ちゃん。次の質問をして」
「あっ――えっと、高山さんの好きな色は何色ですか?」
「そうだなあ――洗い晒しのブルージーンズの青。乙女の恥じらいを見せる、ソメイヨシノの淡いピンク。清流に映える紅葉の赤。あ、それから、男色、女色、どちらも好きです」
「――せっかく詩的な気分になっていたのに。最後のほうは、聞かなければよかった」
伊藤女史が言って、質問をつづけた。「野球界で、高山さんがライバルだと思われている選手を、挙げてください」
「現役の野球選手全員」
「――では選手の目で見て、中山監督と大川前監督では、どんな違いがありますか?」
「次々に、落とし穴が待ち受けているような質問だな。知性の中山、情熱の大川――そんなところですか」
「うまくはぐらかしましたね。高山さんは今シーズン、4割8厘の打率を達成されましたが、チームは3位にとどまりました。原因は何だと思われますか?」
「勝負は時の運。それにタイガースは、ちょっと理論に走りすぎた嫌いがある。あるいは、選手の気持ちを奮い立たせるなにかが欠けていたかな」
「と言うことは、中山監督の采配に問題があったと――」
「あの――千津ちゃん、誘導尋問がうまいね。もちろん監督の責任じゃないよ。優勝できなかったのは、ぼくたち全員に責任があるし、幸運の女神がよそ見をしていたのかもしれない」
そこで川井アナが、ビーバーのような歯を見せて、初めてニコリとした。彼は、話をしめくくるように言った。
「ハイ、高山選手が伊藤アナを、千津ちゃんと呼んだところで質問コーナーを終わります。はたしてこれで、世紀の大恋愛が始まるのでしょうか?興味は尽きぬところでありますが、高山選手のインタビューを終わります」

番組の終わったあと、貴史は川井と連れたって、放送局の近くにあるスナックで酒を飲んだ。若い伊藤千津は先に帰していた。
川井は、貴史に負けず劣らず酒が強かった。そして、自分の縄張りという安心感があるのか、すっかりリラックスしていた。
会話は尽きぬほど弾んだ。貴史はいつになく陽気になっていた。二人はグラスを傾け、深夜の12時すぎまでスナックにいた。
先にダウンしたのは川井だった。
タクシーを呼んで川井を車に乗せるとき、貴史はそっと聞いた。
「どうする、川井さん?――ぼくの部屋に泊まるか?」
貴史は冗談めかして言ったが、内心は期待も込めていた。川井は50歳に近いが今もって独身で、それにどことなく、貴史の欲望をかきたてる何かがあった。
驚いたことに、川井はそっとうなずいた。

貴史の泊まるホテルに到着したころ、川井の酔いも醒めて、自分を取り戻したようだ。彼は深夜のベッドルームで、貴史と二人きりでいることを後悔しているようにも見えた。
ベッドの脇にあるソファーに並んで腰かけたとき、二人の間に、ちょっと気まずい空気が流れた。
貴史はうずうずとした欲望を抑えて、川井の体に触れずにそっと囁いた。
「ありがとう、今夜は付き合ってくれて。川井さんのお陰で、ウツの気分が晴れたような気がする。最近のぼくは、ちょっとおかしかったんだ」
川井は、妙におとなしかった。彼は前かがみになって、膝の間で揉み手をしていた。
「どうしてぼくの誘いを受けて、ここまで来たの?だって、これまでの川井さんは、ぼくを敬遠していたように思うけど」
川井は小さな声で答えた。
「正直言うと、ずっと心の片隅には、高山さんがいた。でも――自分の本心を知られるのが怖くて、あえて離れた態度をとりました。それに、今日の高山さんは寂しそうに見えたから」
「それがくどきの常套手段ですよ。前に川井さんが言ってたように、ぼくは穴があれば何でもってタイプだから――たとえ相手が川井さんであろうと、今夜ぼくが何をやらかすか知らないよ」
川井は下のほうから、貴史を窺うように見た。その表情を見て、貴史は瞬時に悟った。
(この中年アナウンサーは、ぼくを求めている――)
その思いは圧倒的だった。すぐにでもなめらかな肌をした肉体が欲しくなった。
「じゃあ、シャワーを浴びてすっきりしますか」
貴史はひとこと言って、立ち上がった。

服を脱いだ川井の体は、予想以上にふくよかで、柔らかい弾力に富んでいた。しかも肌がきれいだった。女のように白くて、吸いつくようにしっとりとしている。
二人は交互にシャワーを使って、相手の体を洗ってやった。
肌と肌が触れあい、たちまち二人は興奮の熱気に包まれ、しっかりと抱き合っていた。川井の手がおずおずと伸びて、貴史の屹立したイチモツを愛撫した。
川井が男同士でこんなことをするのは、初めてでないのは明白だった。それどころか、彼はどうすれば男が悦ぶのか熟知していた。

二人の行為はバスルームからベッドルームに移った。貴史は目くるめく興奮に包まれていた。ただ川井のなすまま、刺激的な快感に身を委ねていた。
川井は、唇と舌と口腔、そして柔らかい指を総動員して、貴史の官能を高めていった。
やがて、川井がまたがって、ゆっくりと尻を下ろしてきた。
湿った柔らかい温もり――ひとつになった時、貴史は深い充足感を覚えた。川井は大きさに苦しみながらも、ゆるやかに腰をうねらせた。
今度は貴史が体を入れ替えて、能動的に腰をうねらせた。
川井が女のように身もだえして、悩ましい声を上げだした。そして、自ら淫らな体位になって、貴史をより深い結合へと導き入れた。
動きがじょじょに滑らかに――もはや止めようのない熱情が、二人の全身を押し包んだ。貴史は中年男のふくよかな肉体に向けて、リズミカルに腰をうごめかせた。
川井が何かを訴えるような、悩ましい目で貴史を見ている。
包み込んで、弾んで、締めつけて――大きな潮が迫り、太古の轟きが体の奥底から湧き上がってくる。歓喜の中で募りくる不安――そして落下した。
すっかり終わったとき、貴史はこれまでの村松や伴との交合が、いかに稚拙な行為であったかに気付いた。
[18/03/28 05:37 神亀]
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