目 次
スーパースター第二部 - 第4章 悩める青春
(1)

貴史はプロ野球界にはいって以来、女性関係が乱れていると誤解され勝ちだった。それはたぶんに、週刊誌やスポーツ紙などの興味本位の報道によるものだったが、貴史本人にも責任があった。
彼は友見のいない寂しさを紛らわすために、女性の多いクラブに行って、バカ騒ぎすることがあった。また、テレビ出演や何かの催しでは、人気の女性タレントたちと同席することが多かった。それを勝手にマスコミが、花形スポーツ選手と女性タレントの間で生じたロマンスと匂わせたのだ。
しかし貴史とて生身の人間であり、精力も人一倍強かった。ときに若い性欲が先走って、思わぬ男女関係に発展することもあった。
あるとき貴史は、いま売り出し中のアイドル歌手と初対面でテレビ出演し、その日のうちにその女とベッドインした。
そのタレントは意外にも、それまで初老の作曲家としか経験がなかった。

その夜、明け方まで歌手とホテルで過ごした貴史は、それでおわりだと思っていた。
しかし、そのアイドル歌手にとっては、そうではなかった。彼女はすっかり貴史の恋人気取りになっていた。
しばらくの間、二人の関係が続いた。たしかにその女は、貴史の性欲を満たしてくれたが、友見とくらべると、肉体的にも精神的にも見劣りがした。
貴史は、そろそろ終わりにしよう、と彼女にはっきり告げた。
しかし女性のほうは、簡単に割り切れる心境ではなかった。とうとう彼女は、大量の睡眠薬を飲んで自殺をはかった。
さいわい深刻な事態にはならなかったが、芸能雑誌やスポーツ新聞は、こぞってそのスキャンダルをとりあげた。
おまけにある晩、彼女を女にした当の作曲家と、ぐうぜん店で出くわして、貴史はさんざん毒づかれた。
「あれは百人にひとりいるかどうかという、名器の持ち主だったんだぞ。それをおまえがさんざん突っこみ回して、あれを使い物にならなくしたんだ」
泥酔して正体をなくした初老の作曲家は、くどくどと女への未練をくりかえし言った。
そのときばかりは、さすがの貴史も、女とのつきあいにこりごりした。それだけではない。人のプライバシーを食い物にするマスコミ、そして世の中全体がいやになった。

――◇――

白一色の雪景色を灰色ににじませていた空は、じょじょに濃さを増し、それとともに、人間の存在を思い起こさせる、民家の黄色い灯があちこちでまたたき始めた。
貴史は、去年の秋に痛めた右膝の故障が完治せず、そのリハビリのために有馬温泉にきていた。アイドル歌手とのスキャンダルを追い求めるマスコミの目を気にして、同行するのは年配の村松博士とカメラマンの伴だった。
毎朝6時に起床して、懐中電灯を持って軽い散歩。それからじょじょに各種のトレーニングをおりまぜて、夕方6時に素振りの練習でしめくくる。あとは入浴後の村松によるマッサージだけになる。

「貴史、なんて言ったかな――あの自殺未遂の歌手とは、話がついたのかね?」
村松が、ふと思い出したように尋ねた。
夕食後のひととき、二人は部屋の縁側でソファーに腰掛け、暮れゆく外の景色を眺めていた。
「ああ。いい迷惑だったけどね」
貴史はさらりと言った。
「迷惑?だけどきみは、彼女が好きでつきあっていたのだろう?」
「好きだの愛だの、そんな感情はもともとありませんよ。彼女とは最初から、割り切った男女の関係だったんだから」
「割り切った男女の関係?――だって、彼女はきみが好きで、自殺するほど思いつめていたんだろう?」
「あんなことをするとは、思いもしませんでした。その点は反省しています」
貴史は、その件はもうおわりというように、つとめて明るく言った。

村松は考え込むように、外の景色を見ていた。いつもは温厚な顔が、きびしく引き締まっていた。
「わたしはきみが学生のときから、ずっと付き合ってきた。それは、きみと初対面のときに受けた強烈な印象――きみには、ほかの若者たちにない何かがある。――単にスポーツにたいする才能だけを言っているんじゃないんだ。なんて言うか、きみの内面からにじみでてくる人間性に魅かれたんだ」
彼は窓からふりかえると、貴史の顔をきびしい目で見た。
「たしかにわたしの見込みどおり、きみはプロ野球でかずかずの記録を塗りかえ、いまやひとつの頂点をきわめたと言える。それも、わずか3年の間にね。しかし、わたしはきみに失望した」
「――」
貴史は黙っていた。
(この年寄りはなにが言いたいんだ?)
村松は話をつづけた。
「今回の女性が自殺未遂した事件――きみは軽く考えているが、その女性にとっては深刻な問題だった。それをきみは、相手の心を踏みにじったんだ」
そこで村松はフッとため息をついた。「もっとも、わたしに男女の愛を語る資格はないな。わたしは男色家だから――」

貴史はいらいらして言った。
「それで、ドクター。ぼくになにが言いたいんです」
村松は、きゅうに悲しげな表情をした。
「きみは、ことスポーツに関しては、ほかの人間より優秀だけど――性愛では盛りの付いた犬猫と同じだと言いたいんだよ」
貴史はそこまで言われるとは思っていなかった。彼の顔がじょじょに赤く染まってきた。
「どうしょうもないんだ、性欲が強くて。1週間も抜かないと、気が狂いそうになってしまう。もっとも、こんな気持ちは、ドクターのような年寄りには、理解できないことかも知れないけど」
「わたしだって若いときはあったさ。きみは、特定の人を好きになれないのかね?」
「好きな女性はいますよ、ニューヨークにね。あと2年。そうしたら彼女が戻ってきて、ぼくたちは結婚するんだ」
「じゃあ、その女性のためにも、犬猫のような真似はやめるんだな」
「彼女だってニューヨークで、男とつきあっていますよ」
「きみたちは一体――」
村松はあっけにとられて、あとの言葉が続かなかった。
「世代感覚のちがいですよ。今は、生理的欲求を満たすためのセックスと、本当の愛とは違うんです。割り切っているんですよ」
村松は険しい顔をして言った。
「そんなのは、へ理屈だ。わたしは納得がいかない。割り切っていると言ったって、現にきみのせいで、自殺しようとした女性がいたじゃないか」
貴史はムッとした。
「じゃあ、どうすればいいんです!」
「そのニューヨークにいる恋人が戻ってくるまで――どうにも堪えられなくなったら、自分で処理するんだね」
貴史はカッとして言った。
「そんなのみじめったらしくて出来るか!女とやるなって言うんなら、かわりにドクターが女になってくれよ」
こんどは村松が興奮して言い返した。
「ああ、いつでも相手をしてやる!そのかわり、今後いっさい女とはやりません、もしやったらナニをチョン切ります、と約束しろ!」
そのとき、風呂から上がった伴が、部屋に入ってきた。伴は、二人の間に漂う険悪な雰囲気を感じ取り、口の中でなにやらモゴモゴ言うと、Uターンして部屋を出ていった。

温泉宿にきて10日間がすぎようとしていた。
膝の調子はずっと良くなっていたが、時間が経つにつれ、貴史には別の問題が生じていた。こんなに長い間、精を抜いていないのは、彼にとって拷問のような責め苦だった。
村松と伴――二人の年配男性の、脂肪がついて柔らかくなった腰まわりを見ても、うずうずとした欲望を覚えるほどだった。
しかし彼は、いまのところその劣情に耐えていた。村松と喧嘩したとき、はずみで約束したのだ。もう女とはやらないと。
しかし、そろそろ後悔しはじめていた。

なみなみと湯で満たされた浴槽に首までつかり、貴史はのびやかに四肢を伸ばした。しびれるような湯の熱さが体の芯まで染みとおり、トレーニングの疲れが、心地よく毛穴からにじみ出るようだった。
浴室のすみでは、村松と伴が仲良く並んで、体を洗っていた。二人とも年相応にすっかり柔らかい体つきをしていた。ぜい肉のついたわき腹につづく腰まわり、臀部はぽってりとしてまるっこく、女のように色白で、どことなく頼りなげだった。
独り身の年配者二人が男色関係にあるのは、貴史も知っていた。
二人の老人の後ろ姿を見ていると、そのときの姿態が目に浮かんで、艶めいた気分になって来る。その想いは、相手が男であろうと、なりふりかまっておれないほどだった。

その夜、貴史は、村松博士の寝る布団にもぐりこんだ。
村松は何も言わず、黙って貴史を受け入れた。そして、どうやればいいか、男色経験者として若者を導いた。
きれぎれの吐息に、深い悦楽のあえぎ声――老若二人の肉体が絡まり、うねり、溶け合った。やがて、安息の闇に包み込まれた。
[18/03/17 06:47 神亀]
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