■ スーパースター第二部 - (4)
(4)
本来はゆっくりできるはずのシーズンオフは、貴史にとって多忙をきわめた。サイン会やテレビ出演、官公庁や民間の催し――貴史はスケジュールの許す限り、それらに出席した。
テレビでは、シリーズ優勝したオリックスのシロー選手と同席することが多かった。2年連続のMVPに輝いた二人は、なにかにつけて対比されていた。芸術的なバッティング技術のシローと、鋭い感性の貴史。
しかしバッティングを除けば、二人は共通した技能をもっていた。ともにピッチャー出身で、足が早く、驚異的な遠投力があり、外野守備でも天性の技術をもっている。
性格的には、共通点と相違点が相半ばした。
似ている点は、二人ともその若さにかかわらず、物怖じせず淡々として、ウイットに富んだ会話ができることだった。
相違点は、シローが私生活においても品行方正で、芸能ニュースのスキャンダルめいた記事が無いのに対し、貴史のほうは――マスコミの憶測が先走ってるとはいえ――女性との噂が絶えなかった。
いずれにしろ、二人は今の球界で、もっとも注目される選手だった。
その夜のプロ野球ニュースに出席したのは、貴史と大川監督だった。
司会はおなじみの川井キャスター。番組がはじまると、川井が軽快な語り口で二人を紹介した。
「今晩のゲストは皆さまお待ちかね、今年惜しくも優勝を逃しましたが、プロ野球を大いに盛り上げてくれました、阪神タイガースの大親分、大川監督と、球界の貴公子、高山選手です。
ところで高山さん、今日はいつもとちがって神妙な面持ちですが、さすがの高山さんでも、監督がおられると意識しますか?」
貴史はまじめな顔で、横の大川をチラリと見て答えた。
「いえ、そんなことは――もともと、根が緊張性なものですから」
「おっと、いきなりジョークが飛び出しました。ところで大川監督、あのヤクルト最終戦の9回、高山選手をピッチャーにしましたが、あれは前から決めていたのですか?」
「ああ、あれなあ。あれはタカのアドバイスによる、破れかぶれの苦肉の策だ。なにせ、他のピッチャーも出しつくしていたからな」
「破れかぶれですか。それにしても高山さん、二人のバッターを連続三振にしとめるとは驚きましたね」
「ぼくの投げるボールがおそすぎて、バッターもとまどったんでしょう」
「あの――高山さん、今日はお加減でも悪いんですか?」
不審そうに川井が言った。
「とんでもない。ただちょっと――」
貴史は、川井を熱っぽい目で見た。「有名な川井さんに再会できて、胸がドキドキしているんですわ。なにせ、マスコミ界の貴公子と呼ばれる川井さんと同席できるなんて、滅多にあることじゃないですから――」
貴史をさえぎって、川井が言った。
「はい、やっと本来の調子がもどってきました。大川監督、高山選手はいつもこうなんですか?」
大川が鼻でせせら笑った。
「ああ、タカが野球そっちのけで、お笑いタレントのまねごとばかりしていなければ、おれも苦労していないよ」
「と言うことは、高山選手は監督の頭痛の種と?」
横から貴史が口出しした。
「あの――川井さん。あなた、可愛らしい顔をして、言うことはけっこう毒を含んでいますね。今日は、ぼくをいじめる番組ですか?」
川井はしれっとして、司会をつづけた。
「とんでもない。では話題をもとに戻しましょう。高山さん、ヤクルト戦の8回、スクイズバントをしましたね。あれもサインどおりなんですか?」
「もちろん、そうですよ。でもあのときは緊張しました。もしもサインを見落としたらと――。実はバッターボックスにはいる前に、監督に脅されていたんです。サインを見落としたら、ぼくのタマを引っこ抜くって」
「ああっ!一部、放送に不適切な表現がありましたことをおわびいたします。でもホームランバッターとして、バントをやることに抵抗はなかったんですか?」
貴史はすばやく返事をした。
「まったくありません。選手は、監督の指示どおりに動くだけですから」
「ハイ、とても優等生的なお答えでした。監督、どうですか?」
「フン、こいつの心の中は、おれがタカのバッティングを信用していないからだ、といまもって根に持ってるんだよ」
「すばらしい師弟愛ですね!」
アナウンサーは、妙にはしゃいで言った。「ところで高山さん、いまや最も注目されている選手の一人になりましたが、成功の秘訣はなんですか?」
「最も注目されてるかどうかは知りませんが――うーん、そうですねえ、ま、控えめな性格というか、自分に自信がないから、絶えず努力してきた結果ですかねえ」
一瞬の間があって、アナウンサーは大川のほうを見た。
「監督は、これまで数多くの野球選手を育ててこられたと思いますが、監督の目から見て、高山さんはどんなタイプの選手なんですか?」
「どんなタイプって言われてもなあ――まあ、神様は人間を平等に作られたと言うことかな」
「平等――もうちょっと、分かり易くおっしゃっていただけませんか」
「どう言えばいいかな。天は二物を与えずと言うか、まあ、どんな人間にもなにかひとつは取り柄があるもんだ」
「取り柄がひとつきりですか――もうひとつ、よく分かりませんけど」
「要は、タカは野球向きの性格をしてるってことだ。大体、並みの人間なら、いくら才能があっても、自信のほうがもうひとつだ。その点、タカの場合は、技術的に未熟なところがあっても、心臓が強い。ま、自信満々なところが、いい結果につながってるんじゃないか」
「と言うことは、高山選手は、何事も自信で押しまくっていると――あれっ、さっき高山さんは、控えめな性格とか、自信がないとか、おっしゃっていましたが」
たまりかねて、貴史が会話に加わった。
「川井さん、うちの監督に合わせてチクチクと言っていただいて、おおきに。でも川井さんは、ぼくの本質を知らないんですよ。今夜じっくりと付き合ってください。もっとお互い親密になったら、ぼくのデリケートな部分も分かってきますから」
川井アナはどぎまぎした。そして、あわてて大川に向かって質問した。
「監督にお聞きしますが、野球を離れたときの高山選手って、どうなんですか?」
「さあ、おれはよく知らんよ。そのへんのところは、おれよりマスコミのほうが詳しいんじゃないか」
「そうですか。では直接ご本人にお伺いしましょう。高山さん、野球を離れたときは、どんな生活をされているのですか?」
「どうってきかれても、ぼくの頭には野球のことしかないし――強いて言えば、部屋の掃除と洗濯、それから衣類の繕いものなんかをときどき。――それはそうと、この前、川井さんによく似たニュースキャスターのかたが、ぼくのことを、球界の種馬って表現していましたけど――あれはどういう意味なんでしょうねえ?」
川井はあわてた。
「話題を変えましょう。監督、来年の抱負についてひとこと――」
大晦日の晩、貴史は紅白歌合戦のゲスト出演の依頼をことわって、ある民放の企画した特別番組に出た。
その番組は『仲間たち』というタイトルの、貴史を中心にした構成だった。貴史がふたつ返事で出演を引き受けたのは、出演料を払ってニューヨークの朝丘友見も、呼び寄せるということだったからだ。
放送のはじまる1週間前に、友見は帰国した。昔のバンド仲間たち――宇高や今岡、それに宇野知恵子も駆けつけて、ロックの練習が始まった。彼らは番組で、演奏することになっていたのだ。
「チーちゃん、しばらく見ぬまに色っぽくなったわ」
「いやだ、友見先輩。先輩こそ磨きがかかって、ブロードウエーのスターのようですよ」
「ありがとう。実力のほうもスターに近づけるわ」
「友見ならできるよ。ところでドクトル、ずいぶんお医者さんらしくなってきたな。すこしヤブっぽいけど」
「まだ医者じゃないよ。お前と違ってまだ学校に残っているから、毎日が、勉強、勉強だよ」
「あ、そう、ご愁傷さま――あれ、プーさん。貫禄がついたな。妊娠5ヶ月ってとこかな」
「なんで分かった?この前、ちょっとした弾みで間違いを起こして――」
「へー、プーさんにそんな趣味があったのか。じゃあ今度、ぼくがお相手をするか」
「そう言うタカシ、ニューヨークでもあなたのニュースはよく見るわ。たいてい、きれいなお姉ちゃんといっしょの場面だけど」
「友見、惑わされちゃだめだ。あれはマスコミの陰謀。うわさばかりが独り歩きしてるんだよ」
「あら、火のないところに煙は立たないって言うわよ」
と友見がすまし顔で言った。
このときばかりは、貴史も学生時代にもどって、仲間たちと大いにしゃべり、大いに笑った。
テレビ番組の実況放送が終わった夜、貴史と友見は仲間たちと別れると、ホテルに泊まった。二人は最後の夜を惜しむように、愛し合った。
愛の交歓がおわると、貴史はベッドに横たわり、友見の素晴らしい肢体を眺めながら言った。
「友見、日本に戻ってこいよ。ぼくと一緒に暮らそう」
友見はおどろいて、まじまじと貴史の顔を見た。
「あなた、それ――わたしにたいするプロポーズ?」
「ああ。やっぱりぼくにはきみが必要だ。野球漬けの毎日だけど、ふっと息を抜くと、いつもきみの思い出に戻ってしまう。生活費にも困らなくなった。日本に戻ってこいよ」
「だめ――タカシは好きよ。でもいま戻ると、わたしは一生後悔することになるわ。ブロードウエーの舞台に立つ長年の夢を、放棄することになるんだもん。あと3年待って。そのとき、あなたにまだいい人ができていないなら、わたしたち一緒になりましょう」
「オーケイ。それまでにがっぽり金を貯めて、待ってるぜ。それはそうと、友見――もういちどやろうよ」