■ スーパースター第二部 - (2)
(2)
「小津くん、さすがあんたの眼力はたいしたもんや。あの高山という男、どえらい選手になりおったな。いまや球界でも大選手の仲間入りだ」
「いや、オーナーのおかげですよ。彼がうちに入団したのは、彼をドラフトで1位に指名したこと、それに大川さんを監督に迎えたからです。それはみな、オーナーが決断したおかげですよ」
「わしは専門的なことは、ようわからん。ただ、あの若いのはどこか変わってる――おもろい男やと思うただけや」
「それですよ。彼には不思議なカリスマ性がある。初対面の時、わたしもそれを感じていたんです」
「カリスマ性か――宇野さんはどう思いますか?」
声をかけられた宇野製薬の社長は、おっとりと答えた。
「わたしも同感です。高山くんはハンサムだし、スタイルもいい。しかし、それだけじゃない。なにか、とてつもないことをやりそうな、そんなスケールの大きさを感じます」
宇野知恵子は、父親の横の席で、年配の男たちのやりとりを聞いていた。彼女は、球団から招待をうけた父親につれられて、貴賓席にいたのだ。
他の人たちが、高山先輩のことを褒めているのを聞くのは、いい気分だった。しかし彼女は、こんな貴賓席にいるよりも、応援団でにぎやかなアルプス・スタンドにいたかった。タイガースの野球帽をかぶって、メガホン片手に先輩を応援したかったのだ。
宇野一郎は一人娘の視線に気づいて、内心ほほえんだ。
(どうやら知恵子にとっての特等席は、こんなところよりも外野のスタンドらしいな)
宇野は、娘が高山選手のことを英雄視しているのを知っていた。高山選手のポスターを手に入れたときの、娘のはしゃいだ喜びよう。娘の部屋には、高山選手の写真――大学時代のものやタイガースに入ってからのもの――が壁面いっぱいに貼られていた。
娘が歓声をあげた。
グラウンドに目を転じると、いつのまにか試合が始まっていて、高山がレフトフライを軽くさばいて、キャッチャーにダイレクトで返球したところだった。遠投にもかかわらず、球はキャッチャーミットに小気味よくおさまった。ランナーはいなかったが、彼一流のパフォーマンスである。
観衆の大歓声と知恵子のはしゃぎ声につられたように、小津社長が手をたたいた。
オーナーの八馬も上機嫌だった。
「あの若いの、なかなか見せてくれるな」
宇野も娘に話しかけた。
「知恵子、あれを見ただけで、きょうは来た甲斐があったな」
「あら、お父さん。これからよ、先輩が見せてくれるのは」
たしかに、その日の高山選手は、まるで知恵子の応援がとどいたかのように大活躍した。第1打席でいきなりホームランを打つと、つぎの打席で2塁打を打ち、すかさず3塁への盗塁に成功した。それを次のゲイルが、センターフライでゆうゆうと帰す。しかも守っては、長打コースの当たりを、ダイビングキャッチで捕るファインプレーも見せた。
「ほら、お父さん、わたしの言った通りでしょう」
「ああ、知恵子は、高山選手にたいして、特別の思い入れがあるようだな」
知恵子がほほを染めた。
「あら、大学の先輩だからよ。それに同じバンド仲間だったし」
試合はタイガースの圧勝ムードで進んでいた。7回の裏、打ち上げ風船がまだ上空に残っているうちに、タイガースの攻撃が始まった。
甲子園球場は応援で沸き立った。
そして高山貴史がバッターボックスに立ったとき、球場内の歓声は最高潮に達した。タカシ・コールがあちこちで沸き上がった。
ハンカチをにぎりしめて見守る娘の姿を横目に見て、宇野自身も、何かぞくぞくと身内が沸き立つような興奮を覚えていた。
バッターボックスでは、若きヒーローがゆうゆうと素振りをして構えた。
一瞬の静寂――ピッチャーが第1球を投じた。
異変が起きたのはそのときだった。
ボールはまっすぐに、バッターの頭部にむかって飛んでいった。しかもシュート回転が加わっていた。後ろにのけぞるバッターの頭部に、ボールはもろにぶつかった。その衝撃のすさまじさを物語って、ヘルメットが真っ二つに割れた。バッターはスローモーションのように倒れ、ぴくりとも動かなくなった。
知恵子が悲鳴をあげた。
「きゃあっ!いやっ!」
彼女は蒼白な顔をして、グラウンドによこたわる貴史の姿を凝視しつづけた。
宇野は冷水をあびたように慄然とした。それは、選手のデッドボールよりも、娘の尋常でない様子からだった。
グラウンドでは担架が持ち込まれ、選手が運びだされるところだった。
「大変だ」
小津球団社長が、蒼い顔をして立ち上がった。
しばらくして試合は続行されたが、貴賓席の彼らにとって、試合どころではなくなっていた。
意識をとりもどした貴史は、まだデッドボールの衝撃にふらついていた。左側頭部には大きなたんこぶができている。貴史は大丈夫だというように、つとめて快活にふるまっていたが、医師は慎重に彼のようすを見守った。それから精密検査が始まった。
さいわい検査の結果は、脳にも頭蓋骨にも異状はなかった。医師は、しばらく安静が必要だと言って、貴史に鎮静剤を注射した。
つぎに目を覚ましたとき、貴史は病室にいた。看護婦が体温と脈拍をはかった。しばらくして、驚いたことに、宇野知恵子が部屋に入ってきた。
「よう、おチビさん。どうしたんだ?」
貴史がほほえみかけると、知恵子の強ばった顔が、いくぶんやわらいだ。
「大丈夫なんですね?わたし、あのう――」
そのとき、オーナーの八馬会長と球団社長の小津、それに知恵子の父親、宇野一郎が病室にはいってきた。
「これはこれは――お歴々がそろって。なにも用意していませんけど、病院の匂いだけはたっぷりと嗅いでください」
貴史が軽口をたたくと、八馬が鼻を鳴らした。
「ふん、そんな減らず口をたたけるようじゃあ、大丈夫ってことなんだな」
「不死身のタカでならしていますからね」
「わしはてっきり、お前さんは、心臓に毛が生えているだけかと思っていたが、頭蓋骨のほうも石でできていたんだな」
「あの――オーナーは、か弱い病人をいじめるのが楽しみで、ここにきたんですか?」
「か弱い?だれが?」
八馬はとぼけた。それからブスッとして言った。「とにかく、しばらくは大事をとって、ゆっくり静養するんだ」
「ありがとうございます――愛想よく言っていただいて。でも大丈夫ですよ、明日からまたガンガン打ちますからね」
小津社長があわてて言った。
「おいおい、そんなに無理をしなくてもいいんだ。しばらく様子を見なさい。だいじな頭にデッドボールを受けたんだから」
「そんなことをしたら、監督にぶっ殺されちまいますよ。いまはタイガースにとって、大事なときですからね。まあ、今夜はじっくり休ませてもらいます。ところできょうの試合は?」
「ああ――8対2でうちの勝ちだ」
しばらく雑談がつづき、年配の男たちは、若い二人に遠慮して部屋を出ていった。
「おチビさん、あいかわらず日焼けして、元気そうだな」
「ええ、テニスを続けていますから。この前、関西大会の個人戦でベストフォーまでいったのよ」
年配者たちがいなくなると、二人はみるみるうちとけて、いつしかなごやかな学生時代にもどっていた。
「バンドのほうはやめたのかい?」
「ええ――だって先輩たちは卒業したし、バンドを組もうたって仲間がいません」
「そうか――」
知恵子はちょっと躊躇して、おもむろに聞いた。
「友見さんから連絡はあります?」
「ああ、去年、神戸で会ったよ。すぐニューヨークに戻ったけどね。元気にやってるみたいだ」
「わたし、友見先輩って尊敬しちゃうな。だれも知り合いのいない外国に単身で乗り込んで、自分の目的に向かって突き進んでいくって」
「人それぞれさ。それでおチビさんは、大学を卒業したらどうするんだい?」
「小学校の先生になろうと思うの。子供が好きだから。でも――わたし、ひとりっ子で育って世間知らずだから、勤まるかしら?」
「大丈夫だよ、知恵子なら」
「あら、やっと名前で呼んでくれたわ」
「どうして?学生のときも、そう呼んでたじゃないか。そんなにうれしいのなら何度でも言ってやるぜ。知恵子、知恵子、知恵子――」
頭部にデッドボールを受けたのちも、貴史は休まず試合に出場した。
翌日の試合開始前に、大川が貴史を呼び止めた。
「おい、タカ。おめえ、ほんとに大丈夫なんだろうな?具合がわるければ無理をするなよ」
「大丈夫ですよ、監督。それに、ぼく、デッドボール対策を考え出したんだから」
「なんだ、その対策ってえのは?」
それに答えず、貴史はニヤリとしてグラウンドに出ていった。
その日、貴史は二打席連続のフォアボールだった。きのうの出来事があって、あきらかに相手ピッチャーはびびっていた。しかし、貴史の3打席目は、そうはいかなかった。ワンアウト1、2塁で、ここでフォアボールを出せば、満塁になる。ピッチャーは腹を決めて、貴史と勝負することにした。外角のあと2球目に、胸元すれすれの球を投げてきた。
とたんに、観客からブーイングの声が沸き起こった。
貴史はなにごともなかったかのように、ゆうゆうと素振りをすると、つぎの球を弾いた。打球は痛烈な勢いで、ピッチャーの顔面にむかって飛んでいった。ピッチャーは本能的に顔をのけぞらした。
センター前ヒット!
貴史は1塁ベースに達すると、涼しい顔でピッチャーのほうを見ていた。
ダッグアウトでは大川がほくそえんでいた。
(このことか。タカのやつ、やるじゃないか)
その日の試合で、貴史はピッチャー強襲ヒットを2本放った。