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スーパースター第一部 - (5)
(5)

貴史はオールスター後も、快調に打ち続けた。打撃だけでなく、盗塁数もリーグトップを走っていた。レフトの守備にも慣れ、ミスもほとんどなくなった。とくに遠投力がものをいった。何度か大切な場面で、レフトからの好返球で走者が本塁を突くのを刺した。
パリーグではオリックスのシロー選手が、初の4割バッターになるのではないか、と話題を独占していた。彼は貴史よりふたつ年下の弱冠20歳で、今年からシローの呼び名で選手登録をしていた。
貴史の活躍にのせられて、タイガースも好調だった。セリーグの優勝争いは、終盤戦までもつれこんだ。トップを独走していたジャイアンツがもたつく間、ドラゴンズとタイガースが急接近していた。

ついに残すところジャイアンツとタイガース戦の1試合となったとき、上位3チームのゲーム差は僅差で、ジャイアンツが3位のタイガース戦に勝てば、そのまま優勝、負ければすでに最終戦のすんでいるドラゴンズと同率になる。
その大事な最終戦を控えて、タイガースの選手たちは緊張していた。今日勝っても優勝できないことは分かっていたが、自分たちが原因でジャイアンツに優勝させたくなかった。
選手たちは気合いを入れて練習していたが、その動きはすこし固かった。
大川は腕組みをして、自軍の選手たちの練習を見ていた。彼の目にも、選手たちの動きのぎこちなさが映っていた。練習が終わると、彼は選手たちを集めて簡単なミーティングを行った。
「いいか、みんな。おれたちの目の前で胴上げなんか見たくないだろう。頑張れ!と言いたいところだが――」
彼は言葉を区切った。そして元気よく言った。「そんなこたあ、どうだっていいんだ。とにかくおれたちは春先から129試合、戦ってきた。この数年間、下位でくすぶっていたタイガースが、いいところまでこれたんだ。
いいか、今日はその総仕上の試合だ。勝ち負けなんかどうでもいい。だけどな、あとで悔いの残らぬよう、力一杯あばれるんだ。失敗なんて恐れるな。わかったな!」
大川が話し終えると、選手たちの表情に余裕が出てきた。その変化を読み取って、大川はミーティングを切り上げた。

大川監督は満足そうに、部屋を出て行こうとした。そのとき気がついた。
ルーキーの高山が、姿見鏡の前で半身になって立ち、右手を上げてVサインを出したり、左手の拳を突き上げたりしている。
「タカ、おめえ、何やってんだ?」
大川は、高山に尋ねた。貴史が難しそうな顔をして言った。
「あ、監督。ぼく、迷ってるんです」
「何を迷ってるんだ?」
「そのう――今日は、ジャイアンツが優勝するかどうかという試合でしょう。テレビ中継はあるし、全国のファンが見てる。さっき球場の人に聞いたんだけど、5万人以上は来るって――」
「だから、どうしたってんだ?」
「ぼくがホームランを打ったとき、どんなパフォーマンスをやればいいかって、研究してたんです」
「おめえなあ――」
大川はしばし言葉が続かなかった。それから、かろうじて声を出した。「おれにぶっ飛ばされたくなかったら、さっさとグラウンドに行くんだ!」

後楽園のドーム球場で、今年のセリーグ最終戦が始まった。
阪神タイガースのビジター球場であるにもかかわらず、タイガースファンが大勢詰めかけていた。そのことはタイガースの選手たちにとって、大いに励みになるとともに、若干のプレッシャーにもなっていた。
先頭バッターでボックスに立った貴史は、相手ピッチャーを威圧するように睨みつけた。彼の全身からは、満々たる打ち気が放散していた。
1球目は内角をえぐるストレート。
貴史は余裕をもって見逃した。少し遅れて、審判がストライクのコールをした。貴史は審判をジロリと睨むと、素振りをしながらピッチャーを睨みつけた。
2球目は外角へ高目のスライダー。貴史は強振した。ファウルチップ。貴史は舌打ちしてバッターボックスを外した。頭の中は、次の配球の読みで目まぐるしく回転していた。
(ツーストライクだ。1球遊んでくるか?それとも3球勝負か?いずれにしろ臭い球でくるな――)
ピッチャーは大きく振りかぶって、第3球を投じた。
(しめた!絶好球だ)
貴史はフルスイングした。ボールはホームベースの手前で、大きく落ちた。フォークボールだった。貴史のバットがものの見事に空を切った。
空振り三振!
(畜生、これで記録も絶望的か)
貴史はダッグアウトに引き上げながら、自分の不甲斐なさをなじった。

大川は次のバッターを見守りながら、横の席に座る新人のタカが、なにやらぶつぶつ言っているのに気づいた。どうやら三球三振を喫した自分を責めているらしい。
大川はルーキーに声をかけた。
「タカ、なにをぶつくさ言ってるんだ?おめえは思い切りやったんだ。三振なんか気にするな」
貴史が振り向いた。
「でも監督。今の三振で、ぼくの記録が難しくなったんです」
「なんだ、記録ってのは?」
「王さんのシーズンホームラン記録ですよ。今日、ホームランを4本以上打たないと、王さんの記録を更新できないンす」
「おめえなあ――」
大川は唖然とした。ベテラン選手でも、優勝のかかった最終戦のプレッシャーで固くなるときに、この新人は、王選手の残した偉大な記録を、塗り替えようと狙っているのだ。
大川は、この新人の精神構造にあきれかえった。
「――いいか、タカ。今日狙うのはチームの勝ちだ。ジャイアンツの胴上げなんて見たくねえと言っただろうが。だから、おめえの個人記録は二の次だ。ホームランよりも、チームバッティングを心がけろ」
大川の言葉に、貴史は反論した。
「でも監督は試合の始まる前に、思い切っていけと言ったじゃないですか?ぼくがホームランを打てば、うちの勝利にも貢献できる。それにぼくの記録も達成できる。一石二鳥じゃないスか。だから、ぼくは今日、ホームランを狙いにいくぜ」
大川が怒鳴った。
「ばかやろう!つべこべぬかすな!とにかくホームランよりも、ヒットを狙うんだ」
「分かりました!」
貴史は首をすくめて、前に向き直った。しかその顔は、けっして納得している表情ではなかった。

試合展開はジャイアンツの優勢で動いていた。
ホーム球場で余裕を持ったジャイアンツの選手たちが、回を重ねるに連れて底力をみせ、着々と加点していた。
それに対して、阪神タイガースの攻撃は、巨人のエースピッチャーに翻弄されて、ゼロ行進が続いていた。貴史は2打席目で、危うくドーム天井に届くかと思えるほどの高い内野フライを打ち、次の打席ではあえなく三振に倒れた。今日の彼は、打ち気だけが先行して、配球を見る余裕がなかった。
ついに9回の表、タイガースの最後の攻撃に移った。スコアは0対5、ジャイアンツの圧倒的優勢だった。
先頭バッターがセンター前にクリーンヒットを放ち、レフトの外野席の観衆が湧いた。次のバッターが粘っこくボールを選び、フォアボールで出塁したとき、タイガースファンの期待が膨らんだ。しかし次のバッターは、ボテボテのピッチャーゴロ。ピッチャーは捕球すると、素早く振り返り、3塁に投げた。アウト。すかさずボールがファーストに転送された。1塁は間一髪セーフ。
タイガースファンがため息を吐いた。

貴史はダッグアウトで戦況を見守っていた。彼には、タイガースファンの心境が、痛いほど分かっていた。タイガースの選手の攻撃に、一喜一憂するファンの気持ちは、ベンチにいても、ひしひしと伝わっていたのだ。
(これがプロ野球なんだ。ぼくたちはファンを悦ばせて、金を稼いでいる。畜生、このまま終わるのか。頼む、ぼくまで回ってこいよ)
しかし、貴史の祈りも通じず、次のバッターはあえなく三振した。ツーアウト、1、2塁。タイガースの敗戦濃厚となった。次のピッチャーの打席で、ピンチヒッターが出された。バッターは明らかに力んでいた。彼は、内角のボールを引っかけて3塁ゴロ。
万事休す――誰もがそう思った。
ところが3塁手がファンブルした。彼はあわてて1塁に送球したが、わずかに遅かった。ツーアウト満塁!一縷の望みを託して、ファンが再び湧き立った。

(ようし見てろ。阪神のど根性を見せてやる)
ファンの声援を受けながら、貴史は武者震いした。
そのとき、バッターボックスに向かう貴史を、大川が呼び止めた。彼は貴史のところに悠然と歩み寄ると、耳打ちした。
「いいか、タカ。ジャイアンツに一矢報いてやれ。ただし、相手はおめえのホームランを警戒して、外角を中心に攻めてくるはずだ。内角のボールは見せ球だ。だから、ライト前ヒットを狙え。なんだったら、フォアボールでもいい。とにかく1点を取ることだ。このまま完封されて負けるんじゃあ、みっともないだろうが」
「ああ、監督。分かってますよ。ぼくの記録もフイになったことだし、ここはヒットで我慢しときます」
「ケッ、ぬかせ!とにかく、おめえも最後のバッターにはなりたくないだろうからな」
大川は貴史の尻をポンと叩くと、ダッグアウトに引き上げた。

貴史は気楽にバッターボックスに立った。チラリとジャイアンツベンチを見ると、選手たちが身を前に乗り出して、優勝の瞬間にベンチから飛びだそうと待ち構えていた。その背後では、長嶋監督が腕組みをして、悠然とこちらを見ている。
(待ちなって。まだ気が早いぜ)
貴史はニヤリとすると、少しバットを短めに持ち、ゆっくりと素振りをした。
案の定、ピッチャーは第一球目を、外角低目めがけて投げてきた。
貴史は、右方向に狙って鋭くスイングした。
打った瞬間、しまったと思った。
当たりはよかったが、球はライト方向に伸びていた。彼は1、2塁間のゴロを狙っていたのだ。ライト守備は長打を防ぐために、あらかじめ深い位置で守っていた。
(くそっ、ライトフライか――)
1塁方向に走りながら、貴史は舌打ちした。
ところが、ライナー性のボールは上方に向かってぐんと伸びた。ファンが固唾を飲んで見守るなか、ライト守備がジャンプした。ボールはグラブの上を通り抜け、ライトスタンドに飛び込んだ。
審判がゆっくりと右手を回した。

満塁ホームラン!
ファンがどっと歓声をあげた。
(ヘッ、ざまあ見ろってんだ)
貴史はホームランを確かめながら、悠々とダイアモンドを回った。
4対5!土壇場の満塁ホームランに、試合がにわかに緊迫してきた。
「監督、ヒット狙いで打ったんだぜ。たまたまホームランになっただけだ」
ベンチで手荒い祝福を受けたあと、貴史は言い訳をするように大川に言った。
大川はニンマリとした。
「ああ、分かっている。しかし、よく伸びたな」
「ぼくもびっくりしてるんだ、軽く振っただけなのに。やっぱ、ぼくって、ボールを遠くに飛ばす、天性の才能があるのかなあ」
「へっ、そうやってつけ上がってろってんだ。しかし、これでジャイアンツベンチも肝を冷やしただろうな」
ジャイアンツ陣営が、俄かにあわただしくなった。長嶋監督が出てきて、ピッチャーの交代を告げた。
代わったピッチャーのウォームアップが終わり、試合が再開された。
阪神ファンが期待を込めて見守るなか、打席に入ったバッターは、ツースリーまで粘った。そして最後のボールを貴史同様、ライト方向に打った。いい当たりだった。しかし、外野手の真っ正面だった。ボールがライト守備のグラブに納まった。
ゲームセット。
タイガースは惜しくも1点差で破れた。
ジャイアンツの選手たちが、一斉にグラウンドになだれ込んだ。さっそく監督の胴上げが始まった。それを横目に、タイガースの選手たちはベンチから引き上げた。しかし彼らの顔には、精一杯やったという満足感が浮かんでいた。
[18/03/10 06:02 神亀]
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