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スーパースター第一部 - (4)
(4)

ある日、学園内を歩いているとき、友見が話の途中で立ち止まって、遠くを見ながら言った。
「また、あの男がいる――」
貴史は友見の視線を追った。公園の木陰に、小柄な男がいた。その手には大きなカメラがあった。
「わたし、気味が悪い。あの男、これまでも何度か見かけたわ。いつもカメラをこちらに向けてるのよ」
友見が不安そうに言った。彼女の心配をよそに、貴史は明るく微笑んだ。
「ああ、伴って名前の写真家だ。彼は心配しなくていいよ。毒にも薬にもならないおっさんだ」
「貴史、あなた、あの人を知ってるの?」
友見が驚いたように尋ねた。
貴史はあっさりと返事をした。
「ああ、3年ほど前からね」
「3年も前から――」
そこで友見は、その意味に気づいた。「エエッ、福岡の時からってこと?あの人、何をやってるのよ?」
「だから、写真家って言っただろう。ま、言わば、ぼくの追っかけってところかな」
「貴史の追っかけ――なによ、それ?」

貴史は、写真家との経緯を友見に説明した。
福岡国体のときに会って以来、男が貴史に付きまといだした。男はいつも貴史を盗み撮りしていた。陸上競技や野球など、たいがいは貴史がスポーツをやっているときだった。
気味が悪くなった貴史は、ある日その男を捕まえて、なぜ写真を撮るのだと詰問した。
男は、悪びれもせずに答えた。貴史のカリスマ性に惹かれた。いずれは、貴史が名の通るスポーツ選手になる。だから、若いときからの貴重な記録映像を撮っているんだ――と。
貴史は、その男の厚かましさよりも、妙に自信満々の態度にあきれ返った。それに、男のどことなくとぼけたところは、好感が持てた。
結局、そのときから、男の好きなようにやらせることに決めたのだ。
ところがあろうことか、貴史が神戸に来てからも、その男の姿を見かけるようになった。貴史はふたたび男を問い詰めた――「なんで、それほどまでして付きまとうんだ」と。
男の答えは、前と同じだった。そして、しれっとして付け加えた。「今度、こちらに転居した、これからもよろしく頼む」と。

友見があきれて言った。
「貴史、それであなた、付きまとわれて気にならないの?」
「気にしても、しょうがないじゃないか。それにあのおっさん、ぼくが付きまとうなと言っても、しおらしく引き下がるタマじゃないぜ。だから、目障りにならない限り、ほったらかしにしているんだ」
「でも――そこまであなたを追っかけるなんて、あの人、異常よ。変質者じゃないの?」
「年寄りの変態か。ぼくにはそう思えないけど――。じゃあ、直に話をしてみろよ」
貴史は手をあげると、遠くにいる男を呼び寄せた。男は待ってましたとばかりに、短い足でヨチヨチと近づいてきた。

友見は貴史と並んで、その小男をじっくりと観察した。
男の名前は伴邦正。自称、写真家。実のところ、何で生活の糧を得ているのか分からない。年の頃は60歳近く。背が低く、身長150センチほど。その分、肉付きがよく、丸っこい体型をしている。
体型に合わせたような小さな顔と禿げ上がった額。顔のど真ん中にデンと居座る大きな鼻と、厚ぼったい口。短く薄い眉毛と小さな目が、小男らしい可愛らしさを見せている。
そして男の表情には、心臓に毛が生えているかと思えるような厚かましさと、とぼけた味がミックスされていた。

男は小さな目で、好奇心旺盛に友見をまっすぐ見上げて、無遠慮に言った。
「あんた、貴史の恋人じゃろう。さすが貴史が見込んだだけあって、なかなか味のある顔をしている」
友見はひるまなかった。それに男が貴史の名前を呼び捨てにするのを聞いて、なんとなくいやな気分がした。彼女は平然として男を見おろしながら、言い返した。
「誉めてくれて、ありがとう。それで伴さんは、なんでそんなに貴史の写真を撮り続けているの」
伴は大きな口を横に広げて、ニヤリと笑った。
(まるでガマだわ)
年配男の笑顔を見て、友見は一瞬思った。
伴がのんびりとした口調で言った。
「その理由は、前にも貴史に話した。つまりわしは、貴史に惚れ込んだってことだ」
横から貴史が、あわてて言った。
「ちょっと待て、おっさん。誤解するようなことを言うなよ」
伴はぜんぜん気にも留めなかった。
「どうしてじゃ?事実、わしは貴史に惚れているんだ。本当のことを言って、何が悪い」
友見が面白そうに、貴史と伴の顔を見比べた。
それに気づいて、貴史が顔を赤らめた。
「友見、違うんだ。このおっさんとは何の関係もない」
「何が違うんだ。わしは貴史が好きだし、貴史だってわしを満更でもないと思ってるだろうが。その証拠に、わしたちは3年間も付き合ってるんだぞ」
貴史はいよいよ顔を赤らめて、老人をにらんだ。
「おっさん、それ以上でたらめ言うと、ぶっ飛ばすぞ!」
「あら、貴史、顔が赤いわ。なにか後ろめたいことでもやってるの?」
友見は貴史をからかって、あらためて男に訊いた。「それで、伴さん。あなたは貴史の写真をそんなに撮って、どうするつもりなの?」
「将来、写真集を出そうと思っている。貴史が有名になったらな」
「ちょっと待て!そんなの約束違反だぞ。人前には出さないと言う条件だったぞ」
貴史が憤慨したように言った。
それに対して、伴は平然として言った。
「心配するな。もちろん、おまえの了解を取り付けてからだ」

友見は面白そうに伴を見ていた。奇妙なことに、この風変わりな年配者に好感をもった。貴史のカリスマ性に惹かれたからと福岡から神戸までやって来て、3年間もつきまとうのは尋常ではなかった。
しかし、少なくともこの男は、陰湿なところはまったくない。人を食ったような物言いやとぼけた風貌の底には、のんびりとして朴訥な、九州人の気質が漂っている。
彼女はからかい半分に、男に言った。
「でも写真集は、お金を取って売るんでしょう?モデルの貴史に、報酬はないの?」
伴はジロリと友見を見た。
「お嬢ちゃん、あんた若いのに、言いにくいことをずけずけと言うんやな。もち論、タダとは考えとらん」
「それで、その報酬はいくらなの?」
友見がしつこく聞いた。にわかに現実的になった友見の横で、貴史はあきれたように彼女を見ていた。
「お嬢ちゃん、あんたはいい嫁さんになるよ――1割だ」と伴。
「5割」
すかさず友見が言った。
伴がおおげさに驚いた表情を作った。
「お嬢ちゃん――いくらなんでも、5割とは欲張り過ぎやないか?わしには、カメラやフィルムなんかの元手がかかっているんだぞ」
友見は老人の顔をみつめて、しれっと言った。
「あら、貴史の体にだって、元手がかかっているわ」
「お嬢ちゃん――」
伴は言いかけて、あきらめたように肩をすくめた。「分かった。2割5分だ。それ以上は、びた一文出さん」
追い討ちをかけるように、友見が言った。
「その約束、紙に書いていただけます?」
老人は口を開きかけて、しぶしぶと尻ポケットから手帳を取り出した。

そこで貴史は、呪縛が解けたように、我にかえった。
「2人とも待てよ。ぼくは商品じゃないんだぞ。勝手にぼくの売り買いをしないでくれるか?」
友見が有無を言わせない口調で、キッパリと言った。
「あら、貴史、いいじゃない。どっちみちあなたは、伴さんが写真を撮ることを許可しているのだし、今は現実的に条件を決めておくべきよ。もっとも、取らぬタヌキの皮算用って諺もあるけど――」


[18/03/02 07:39 神亀]
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