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スーパースター第一部 - (3)
(3)

真っ青な大空を背景に、六甲山の山並みは豪華な黄金色に染まっていた。
貴史はスケッチブックを片手に、アスファルトの坂道を歩いていた。たまに暇ができたとき、彼は山麓の小さな民芸美術館にでかけた。そこは閑静なところで、展示されている陶芸品をモデルに、無心になって絵筆をはしらせるひととき――それがひとりでいるときの、貴史の楽しみになっていた。
長い坂道の曲がり角にさしかかったとき、上のほうから自転車に乗った少女がやってきた。

それは、あっという間のできごとだった。
少女の背後から赤いスポーツカーが猛スピードでやってきて、タイヤをきしませてカーブを曲がった。スポーツカーと自転車との間隔は、ほんの数10センチしか離れていなかった。
自転車の少女が驚いてのけぞった。
その反動で、少女は自転車ごと歩道に倒れ、ズルズルッと路肩から落下していった。そんな事故にもかかわらず、スポーツカーはスピードをゆるめずに走り去っていた。

貴史は少女の姿が消えた路肩に駆け寄った。さいわい崖は直角に切り立ってはいなかった。それでも急勾配の3メートルほど下の草地に、少女が倒れていた。貴史は慎重に、深い雑草でおおわれた急斜面を下りた。
「大丈夫かい?」
声をかけると、少女は答えるかわりに、貴史を見上げ、だまってうなずいた。健康的に日焼けしたかわいらしい顔をしていたが、いまは少し青ざめている。彼女は足首を押さえていた。
「足を痛めたのか。立てるかい?」
少女は立ち上がろうとして、低く呻き声をあげ、その場にへなへなと座り込んだ。
「ちょっと見せてごらん」
貴史は少女のそばに膝をつくと、スニーカーを脱がせ、厚手のソックスをずりさげた。足首に触れると、少女が息をつめた。
「痛むかい?ちょっと我慢して――指を動かせるかい?」
少女は気丈に我慢して、足の指を動かした。
「ふむ――骨折はしてないな。くじいただけだ。でも、じきに腫れてくるよ」
陸上競技をやっていた貴史は、高校生のときからこんな症状を、いやというほど見てきた。横を見ると、自転車はハンドルと後輪がねじれて、使いものになりそうにない。その横に、テニスラケットのケースが転がっている。
ふいに、スポーツカーに乗った男に対する、怒りがこみあげてきたが、彼は少女に向かって、安心させるように微笑んだ。
「じゃあこれから、きみを病院に連れていくよ――」
少女がまぶしそうに貴史を見上げて、そっと頭を下げた。貴史は少女の脇と膝の下に手をさしだすと、その体を抱き上げた。

タクシーを見つけるまでの道すがら、貴史はすこしでも少女の痛みをやわらげようと話しかけた。
「高校生かい?」
「ええ――3年生です」
「テニスをやっているんだね?」
「ええ――部活に行くところで――」
「不運だったね。テニスは硬式かい?」
「ええ」
「ぼくも高校の時にすこしだけやっていたんだ。もっとも、部活のほうは陸上と野球だったけどね」
「あのう――」
「なんだい?」
「すみません、お世話になって――。重いでしょう?」
貴史は少女の体重を計るように、腕を上下に動かした。
「ふむ。たしかに発育はいいほうだな」
そのとぼけた口調に、少女はにっこりとした。あどけなさの残るほのぼのとした笑顔だった。まだ少女の域から脱していない日焼けした顔は、よく見ると、知性とウイットに富んだ魅力があった。とくに、小粒の白い歯並びが魅力的だった。

さいわい少女の足首は、軽度の捻挫だった。病院で治療がすむと、タクシーをつかまえて、少女を家まで送ってやった。
少女の家は閑静な住宅街にあり、広い敷地と洋館造りの豪邸だった。どうやら関西の富豪の娘らしい。品のよい白髪の老人が出てきて、貴史を引き留めようとしたが、貴史は名前も告げずにその屋敷から立ち去った。

――◇――

「きみは、右投手の外角の球に弱いようだね」
「たしかに右ピッチャーの外角球は苦手ですけど――」
「外角球に対するきみのバッティングを見ていると、強引すぎて、バットのヘッドが早く返っているんだ。それだと、どうしても打球のスピードが落ちる。いいかい――」
村松達雄は、黒板に略図を描いて説明しだした。
「右ピッチャーの外角の球は、このように回転しながら飛んでくる。ヘッドが返ると――ほら、その回転を無理に逆方向に変えようとする。ボールを弾いて一番飛ばすのは、ボールの回転に逆らわないことだよ」

貴史はときどき、村松博士の療養施設を訪れるようになっていた。
村松のような年配の男性と話をするのは好きだった。貴史が小さい頃、大好きだった祖父と遊んでいたときのような、安らぎを覚えるのだ。それに村松博士のほうも、貴史と会うことを楽しみにしているようだ。
村松は野球の専門家ではないが、人体とスポーツのかかわりを科学的に分析して、有益なアドバイスをしてくれた。なかでも、短時間で効果的にやる、筋力トレーニングの方法は、ハードスケジュールをこなす貴史にとって、魅力的なテーマだった。
そして実際に、村松はトレーニングのコーチとして、手取り足取り方法を教えてくれた。
基本はマットの上で行う、柔軟体操だった。腹筋、背筋、わき腹の筋肉を伸ばしたり縮めたり、この反復運動だけでもじゅうぶんに、筋肉を鍛えることができるのだ。
それに貴史のお楽しみは、トレーニングの後の村松によるマッサージだった。村松はリハビリ専門の医学博士なだけに、人体の筋肉をリラックスさせるマッサージに長けていた。ベッドに横たわって年配医師のマッサージを受けると、思わず声が出そうなほど気持ちが良かった。

「それで――どう打ったらいいんですか?」
「まず右方向を狙う。これはきみも知っているとおりだ」
「そう狙ってるつもりです」
「それだけじゃあ駄目なんだ。きみの場合、バットのヘッドスピードが並外れて早い。まあ、それがホームランの多い一因だけどね。でも外に逃げていく球は、そのまま外に送り出してやるように打つんだ。つまり、ヘッドの返りを極力おそくすることだよ」
村松は、ふたたび黒板で説明しだした。
「ほら、バットのヘッドをこの方向に送り出してボールを弾けば、ボールの回転を飛球方向に活かすことができるだろう」
貴史は感心した。たしかに理にかなっている。
「なるほどね。こんど試してみましょう」

六甲大学は翌年の秋季リーグで、ふたたび準優勝に甘んじた。
優勝した同志社大学は、昨年よりパワーアップしていたが、それにくらべて、六甲大学でパワーアップしたのは、貴史ひとりだった。
それでも2試合の完封勝利のピッチングとホームランを6本打った貴史は、優秀選手賞をもらっていた。
バンドのほうもますます磨きがかかり、関西のテレビ局から、出演依頼がくるまでになっていた。彼らはバンドの名称を『ストーム・オブ・ザ・ロッコー』と名付けていた。
モダンダンスを習っていた友見は、貴史にダンスを教えた。歌にパンチのきいた振りつけが加わって、彼らのステージは、プロなみの見栄えがするようになってきた。身長185センチと172センチのふたりの動きは、ダイナミックで、風格さえ漂っていた。

「友見、ふたりでデュエットを組んで、このままプロシンガーになるか?」
「10年早いわよ」
「おいおい、10年とは手厳しいな。テレビ局のお呼びまで、かかりだしたんだぜ」
「日本ではね。でも世界じゃ通用しないわ」
「日本で十分じゃないか」
「わたしは卒業したら、ニューヨークで修業するつもり。ミュージカルをやってみたいの。ブロードウェイの舞台に立つのがわたしの夢。それに、あなたはミュージシャンの才能があるけど、一流になれる才能は野球のほうよ。あなたは野球をつづけなさい」
「えらく、はっきり言うじゃないか。まあ、それが友見のいいところか」
「わたしは、できるだけシンプルに、物事を考えるようにしているの。やはりあなたは、野球をやっているときの姿が一番輝いてるわ」
[18/03/01 08:22 神亀]
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