■ 慕情 第三部(新たな道のり) - (二)研修旅行
(二)研修旅行
十一月に入って、藤森に誘われていた二泊三日の研修旅行に出かけた。
藤森常務は手回しよく、ふたり分の往復航空券と福岡のホテル予約までしてくれていた。
ふたりは羽田空港で待ち合わせして、飛行機に乗ると、隣り合わせの席に座った。
「いやあ、あなたと一緒に旅ができるなんて幸せだな。どうですか、今度は海外旅行でもしませんか」
飛行機の中で藤森は、至極ご満悦だった。まるで初めて旅行をする小学生のようだ。
福岡空港からタクシーに乗って、海辺にあるホテルに行った。福岡ドームのすぐ横にある、巨大なホテルだった。部屋は高層階にあり、藤森と同室のスイートルームだった。
広いリビングとドアで仕切られた寝室――セミダブルのベッドがふたつ並べられていた。その奥に、壁の一面がガラス窓になったバスルームがあった。大人ふたりがゆったりと寝そべられる、大きな浴槽だった。
俊和があっけにとられていると、藤森は、部屋代は私が持ちます、と言っていたずらっぽくウインクした。
研修会初日は、午後の一時半からだった。会場は同じホテル内だったので、ふたりはチェックインと昼食をすませたあと、会に参加した。
さすが企業ビップの研修会だけに、席もゆとりを持って配されていた。財界と学会の著名人の講演がふたつあって、ゲスト4人によるパネルディスカッションが続いた。
研修は夕方五時過ぎに終了した。
そのあと十分ほどの休憩を挟んで、立食形式の懇親会があった。何人か俊和の知っている顔ぶれもあった。藤森常務が主催者側の人間と話している間に、俊和も知人たちに挨拶してまわった。
懇親会が始まって一時間ほどが経過したころ、藤森が近づいてきて、どうです、これから博多の街をぶらつきませんか、と誘った。
ふたりはホテルからタクシーに乗って、中洲に行った。俊和は、これまで出張で福岡には何度か来たことがあるが、藤森常務はそれ以上に来ているようだった。
藤森が行った先は、前に新橋で連れていかれた店と雰囲気が似ていた。レンガ壁と木の床、どっしりとしたカウンター、その奥にはマスターらしい鼻髭を生やした小太りの中年男と白髪ほっそりとした老人がいた。
小太りの男が、愛想良く声をかけた。
「おや、お珍しい。フーさん、ご出張ですか」
それから俊和のほうを見て、おおげさに目を丸めた。「これはまた、素敵なお連れがご一緒ですね。会社のかたですか?」
「いや、大事なお客さまだ。マスター、失礼なことをするなよ」
藤森は、マスターと親密そうに目配せをした。すでに伊東老人によって、男色の世界を経験した俊和は、ここがどういった類いの店なのか、およその検討がついた。同好の士が集まる店だ。店の従業員も年配の客たちも、皆一様におだやかで、ある種の連帯意識をもっているようだ。
藤森はこの店でも、常連客のように遇されていた。とくに白髪年配の従業員は、控え目な態度ながら、藤森のそばから離れようとしなかった。
そして俊和には、もっぱらマスターが付きっ切りだった。人好きのする丸顔で、つぶらな瞳が好奇心いっぱいに、俊和を見つめる。
マスターはウインクして言った。
「どうです、今夜はフーさんと別れて、私と付き合ってくれませんか」
冗談とも本気ともわからずに、俊和が黙っていると、横から藤森が言った。
「マスター、私の彼氏を誘惑するんじゃないぞ」
店を出たのは十時過ぎだった。藤森は、「まだ早いのでサウナに寄っていきましょう」と言う。俊和は仕方なく付き合った。
ロッカールームで服を脱いだ時、藤森がフンドシを締めているのに気付いた。これまでゴルフの付き合いのあと風呂に入るときは、トランクスだったはずだ。旅行のときは気分を変えているのだろうか。
俊和は、自分の股間に集中する藤森の視線を感じていたが、あえて気がつかないふりをしていた。
サウナは混んでいた。大勢の男たちが体を洗ったり湯船に漬かったりして、入り込む余地がないほどだった。
ふたりはざっと湯をかぶると、サウナルームに入った。ムッとする熱気がどっと押し寄せてくる。ここも混んでいた。
「どうやらひどい晩に来ましたね。汗を流したら早めに切り上げますか」
ベンチの隅に窮屈そうに腰掛けて、藤森がつぶやいた。バスタオルから露出した腹や胸は、早くも汗が吹き出ている。
俊和は先にサウナルームから出て、冷水に入った。入るときは身が縮む思いだったが、首まで漬かると、逆に伸びのびとしてくる。
石鹸を使って体を洗ったあと、藤森の姿を目で追った。
藤森はタオルで前を覆って、浴槽から出るところだった。その後姿を見て、俊和はドキッとした。八甲田の老人を思い出した。ふくよかな肉体――色の白さは、ひときわ目を惹いた。ぬめるようにしっとりとして、肌理のこまかい肌をしている。
藤森が歩くと、腰と臀部のつけ根の左右に、えくぼのような淡い窪みができて、白い双丘が誘うように揺れ動いた。脇腹のまろやかなふくらみや、大人の図太さをもつ腰、その背後のぽってりとした臀部の膨らみを見ていると、俊和は性的な気分になってくるのを覚えた。
ホテルの部屋に戻って、備え付けの浴衣に着替えた。
本来ならくつろげるひとときだが、俊和は落ち着かなかった。
彼は藤森常務と同じ部屋で寝ることに、少し神経質になっていた。もしも藤森が関係を迫ってきたら、どうすればいいのだろう。伊東老人ならフリーな関係で気を遣わなくていいが、なにしろ藤森はだいじな得意先だ。
藤森は持参したパジャマを着ていた。ぽってり太った彼のパジャマ姿は愛嬌があって、可愛らしいほどだった。良く見るとパンダの小さな絵柄の入った、かわいらしい布地だ。
俊和の視線に気づいて、藤森は言い訳をするように言った。
「パジャマ姿のほうが、かわいいって言われたので――」
夫人のことを言っていると思って、俊和はお愛想を言った。
「仲がおよろしくて、うらやましい」
藤森は、怪訝な表情で俊和をみて、ふっと微笑んだ。
「ああ――そう言っているのは、女房じゃありませんよ」
藤森は窓際に歩み寄ると、カーテンを引き開けた。暗い海と船明かりのまたたきが、かすかに見えた。彼は窓枠に手をつき、顔をガラスにくっつけて外を見た。
「明日は曇りそうですね、景色があまりよく見えません」
俊和のほうからは、藤森の後姿が見えた。中腰になって尻をうしろに突き出している。左右に広がった臀部のふくらみを見ていると、サウナで目にした裸体を思い出した。
とたん、股間がざわめきだした。
そのとき、俊和の意が通じたように、藤森が振り返った。
目と目が合った。
藤森は、俊和のほうにゆっくりと歩み寄った。
俊和も我知らず、ソファーから立ち上がっていた。
心臓の鼓動が高まった。
ふたりは近づき、見つめ合い、どちらからともなく抱きあった。