■ 慕情 第二部(目覚め) - (四)那須旅行
(四)那須旅行
俊和は、伊東老人を助手席に乗せて、東北自動車道を走っていた。
まだ九月だが、こちらはすでに秋に入っているようだ。空は高く、雲ひとつないすばらしい天気だった。
老人は助手席に乗って、遠足に出かける子供のように、うきうきとした表情をしている。
「このまえ、ゴルフ場であなたをお見かけしました。ご一緒の方はどなたですか」
「ああ、伊東さんもこられていましたか。取引先のお客さんです」
「そうですか。でも恰幅の良い年配の方は、いかにもあなたが好きでたまらないといったご様子でしたよ」
藤森常務のことを、言っているのはわかっていた。老人の言葉は、嫉妬しているようにもとれた。俊和は、老人の話に適当に相槌を打ちながら、運転に専念した。
那須インターチェンジで降りて、那須岳に向かった。高原のなだらかな丘陵地帯に、緑溢れる別荘地帯が広がっていた。
伊東の予約したホテルは、那須岳の裾野に広がる傾斜面の一画に建っていた。コンドミニアム形式の瀟洒な洋館で、赤い三角屋根が雲ひとつない青空に映えている。
受付でチェックインすると、石畳の通路を案内された。部屋ごとに独立した玄関があり、一戸建て感覚で区画されている。
部屋の中は、板張りの床に白いクロス貼りの壁天井、シンプルでモダンな内装がほどこされていた。リビングは、応接セットや書き物机がゆとりをもって配置され、吹き抜けの高い天井が心地よかった。
壁際にストリップ階段があって、中二階のツインベッドのある寝室に通じている。
南側の壁面は、全面が木製のガラス窓になっていて、陽光が燦々と降り注いでいた。そのガラス越しに、岩組みの露天風呂が見えた。高い竹組みの塀で囲まれていて、プライバシーにも配慮されている。
「すばらしいところですね」
俊和が言うと、老人は、さも嬉しそうに微笑んだ。
さっそく露天風呂に入ることにした。
伊東は何の躊躇もなく、俊和の目の前で服を脱ぎ出した。体毛のないほっそりとした肉体は、七十二歳だとは思えないほど肌がきれいだった。すっかり白くなった陰毛の間から、小ぶりだが清潔そうな男性器がちらりと見えた。
俊和も老人に倣って全裸になった。爽やかな外気が気持ち良い。
湯は透明で、底に貼られた石畳がゆらいでいた。熱くもぬるくもなく、ちょうどいい湯加減だった。
湯の底に、腰掛け代わりの岩が数個、配置されていた。そのひとつに腰かけると、伊東が側にやってきて、寄り添うように腰かけた。
陽はまだ高かったので、ふたりの裸体が白日の下で克明に晒された。
俊和の体はがっしりとした固太りで、肌も底光りのする艶がある。見るから精力に溢れた肉体だ。対する老人の肉体は、ほっそりとして、目にまぶしいほど白い肌をしている。
二人の肌と肌が触れ合った。大柄な俊和の横で、老人は恋人に寄り添う女性のようだった。
「あのう、抱いていただけますか」
伊東がおずおずと言った。
都会の雑踏を離れ、身も心も開放された気分が、俊和を大胆にした。彼は、老人の腰に腕を回して引き寄せた。
思った以上に、柔らかい感触だった。
「ああ――」
伊東がため息をついた。「すこし触ってください」
腰から腹、尻のうしろを触ってやった。伊東は俊和にもたれかかって、うっとりとした声でささやいた。
「ああ、私のような年寄りは、人に触ってもらうことが最高の喜びです。このときをどんなに夢見たことか――」
伊東は、そっと俊和の太ももに触れた。
「触っていいですか?」
伊東の問いかけに黙っていると、それを了承と受け取って、老人の手が俊和の股間に伸びた。
性器を触られて、俊和は驚いた。老人の手を無下に払いのけるのも大人気ないので、じっとしていた。
老人は、大きさを測るように全長を撫で、ついでやわらかく握ると、ゆるやかに扱きだした。禁欲していた俊和の性器は、老人の手の中で隆々と息づいてきた。
「すごい!想像していたとおりでした。大きくて、たくましい――」
伊東は感嘆の声をあげながら、勃起した男根に夢中になっていた。老人の指は、ほっそりとして、肉体労働を知らないように柔らかだった。
うずうずとした快感が、股間から下腹部に広がってくる。俊和の分身は、自分でも驚くほどの力を漲らせ、老人の片手では握りきれないまでに太く硬く怒張していた。
このままでは一線を越えてしまう。俊和はかろうじて自分を取り戻し、伊東老人を押しとどめた。
老人はすっかりその気になっていたが、未練そうに手を離した。
興奮覚めやらぬまま風呂からあがると、伊東はデジタルカメラを取り出して、いい機会だから裸の写真を撮ってくれと言う。
裸の写真をどうするのか訝ったが、言われるままに写真を撮った。俊和の裸も撮っていいかと聞かれたので、断った。ひょんなことで、人目に触れたら大変だ。
それでも老人は懇願した。
結局、顔を写さないことを条件に承諾した。
晩飯は、ホテルのレストランでとった。鮎と地鶏の塩焼き、冷えたビールがうまかった。
食後、部屋に戻ると、窓の電動ブラインドをおろしてソファーでくつろいだ。伊東が満ち足りた表情で、書き物机のところから話しかけた。
「あるホームページに投稿しているのです。ちょっとしたエッセーや体験談、それに写真などもね。もちろん写真は、そのままでは掲載できません。先方に送ると、ぼかしを入れてくれるのです」
机上にノート型のパソコンがあった。伊東は慣れた手つきで、パソコンを操作しだした。
「さあ、これです。御覧なさい」
目的のホームページが表示されると、伊東老人は俊和のために席を譲ってくれた。
銀色を使った渋いトーンの見出しだった。横の欄に、プロフィール、ギャラリー、体験談――とつづいている。
伊東に言われるままに、ギャラリーの表示ボタンをクリックした。男性の裸体写真が十枚ほど現れた。いずれも五十代から七十代までと思われる男性ばかり。顔と肝心の部分にぼかしが入れられていた。それでも分かった、何人かは股間の性器を勃起させている。尻をかかげて、肛門を剥き出しにしているものもある。さっき撮った伊東老人の写真も、この中に加わるのだろうか?
俊和は興奮をおぼえた。
伊東が俊和の背後から覆い被さるようにして、ほかのホームページを開いた。ポルノビデオの宣伝ページだった。中高年の男性同士が抱き合って、口づけをしたり、性行為をしたりする、信じられない光景が展開していた。
体の芯がカアーッと熱くなった。
世の中にこんな世界があるとは知っていたが、まさかここまで進んでいるとは――。
そのホームページのリンク欄を開くと、次から次に同種のサイトが出てきた。
「どうです、ご感想は」
ソファーに戻ってから、伊東が聞いた。
俊和は顔を赤らめた。
「なんと言っていいのか――同性愛のことは聞いていましたが、まさかこんなにたくさんの――」
あとの言葉が続かなかった。
伊東はにっこりと微笑んで、諭すように話し出した。
「同性愛志向は誰にでもあります。ただ皆さん、気づいていないだけです。現に私だって、つい二年前にこの世界に入ったのですよ」
伊東はソファーから立ち上がると、俊和の横に座った。薄い眉毛の下で、眼鏡の奥のおだやかな瞳が、まっすぐに俊和を見つめている。
形のよいつややかな唇と上品なあご、血色のよいなめらかな頬に、老人の甘いムードが漂っていた。
俊和は、薄い浴衣の下で息づく、老人の柔らかい肉体を意識した。にわかに、胸の動悸が速くなるのを覚えた。
伊東は俊和の顔を見ながら、ごく自然に抱きついてきた。それから背伸びをして、唇を合わせた。柔らかい感触――俊和は、なぜか拒めなかった。老人の様子をうかがうと、うっすらと目を閉じ、陶然とした表情をしている。
ふいに俊和は、伊東に対して言いようのない愛情を覚えた。彼は老人の体に両腕を回し、力強く引き寄せると、彼のほうから能動的に口づけをした。
伊東がうれしそうに喘ぎ、かすかに唇を開いた。
俊和は唇を合わせながら、舌を差し入れた。舌と舌がからまった。ふつふつとした欲望がこみあげてくる。
伊東の手が伸びて、俊和の股間を刺激した。
俊和は、久しぶりに、充実した力が下腹部に湧きあがるのを覚えた。もはや、行き着くところまで行くしかなかった。
伊東は抱擁を解くと、ちょっと身奇麗になってきます、と言って離れた。彼は旅行かばんから、小物類を取り出した。管のついたゴムのボールのようなものもある。それが何に使われるのか、分からなかった。
俊和の視線に気づいて、伊東が説明した。
「これは洗浄器です。あなたのお相手をするのですから、体の中もきれいにしてきます」
俊和は、すぐには理解できなかった。老人の姿がバスルームに消えたあと、おぼろげながら用途が分かって、彼は動揺した。