■ 大逆転(後編) - (二十四)解放
(二十四)解放
夕方の五時頃、康太郎がみんなを代表して、誓約書を書いた。
――わたしたちは、盛山達雄氏と約定します――約定を破った場合は、ビデオが出回る罰を甘んじて受けます――云々。
そして、4人連名でサインした。盛山は内容を見て、堀田弁護士に渡した。受け取った誓約書を見終わると、堀田が言葉少なにうなずいた。
「問題ありません」
横から覗き見ていた鳥井も、うなずいた。
「問題ないようですな。もっとも、表に出せる書類でもないが」
二人の専門家の意見を聞いて、盛山が鷹揚にうなずいた。それから4人に向かって、もったいぶって言った。
「先生方の了解をもらった。これでお前たちは、無罪放免だ」
4人は一様に、ホッとした表情を浮かべていた。
その中で、康太郎が咳払いして口を開いた。
「ちょっといいかな。そっちも約束して欲しいことがある」
それを聞いて、ほかの三人が、一瞬、凍りついた。昌三が、余計なことを言うな、というように康太郎の腕を引っ張った。
「そこの大男を今後一切、わたしの店に近づけないでもらいたい。大男は、わたしの店に放火するとき、顔を見られているはずだ。その線から警察沙汰になっても、こちらの責任じゃないからな」
康太郎は、ゴリラ男を見ながら、一気にまくし立てた。
「ああ、確かにあんたの言うとおりだ。田中を近づけないとわたしが約束する」
盛山が明言した。
そのとき昌三が、思い出したように、弁護士に声をかけた。
「センセー、あの写真は見たのか」
堀田は何のことだと言うように、昌三の顔を見た。
「あんたの事務所のデスクの上に、おれが置いた写真だ」
「わたしは事務所に戻っていない。――ずっと、こちらに居たので」
堀田は怯えたような表情で、盛山を見た。
代わって、森山が質問した。
「何の写真だ?」
昌三は、返してもらった携帯電話をポケットから取り出して、ゴリラ男の写真画像を出した。
「あんたの手下が、放火した時の写真だ。これが警察に渡ると、あんたも、やばくなるぜ」
盛山はしばらく携帯の画像を見たあと、昌三に聞いた。
「写真は全部で何枚ある?」
「この携帯と、弁護士先生の事務所にある、プリントした二枚だけ」
「本当だな?田中、お前の写真だ。お前が事務所に行って、その写真を始末しろ。すぐに行ってこい」
ゴリラ男がうなずいて、のっそりと部屋を出て行った。
昌三が携帯の写真データを消去するのを確認して、盛山は康太郎に言った。
「それから、火事の件では、あんたに気の毒したな」
だったら弁償しろ、と康太郎がいつ言うかと、ほかの三人は冷や冷やしたが、康太郎は簡単に、「ああ」とだけ言って引き下がった。
マンションを出て、4人はとぼとぼと歩いていた。
「くそっ!」
昌三が、憤懣やるかたなしといったようすで、毒づいた。
「父さん、どうしたんだい?」
「一方的に誓約書を書かされて、あいつらのほうは書かなかったじゃないか。ビデオが出回ったら、警察に駆け込まれても仕方ありませんってな」
それから昌三は、小声で言った。「もっとも、ビデオが出回っても、おれは痒くも痛くもないけどな」
「なにおっ、きさま!」
康太郎が、形相変えて、昌三をにらんだ。
「まあまあ、二人とも」
鉄平が、間に入った。「全員、無事だったんだから、喧嘩をしないでよ」
「じゃあ、わたしは失礼します。しばらく店を閉めていたので――」
国見が頭をさげた。
「あ、クニさん、今夜、店に寄るよ」と昌三。
「わたしも火事のあと、店に姿を出していなかったな。なにかと忙しくなるんで、神田に戻る」と康太郎。
「親父、ぼくも手伝うよ」と鉄平。
「ああ、おまえが来てくれたら助かるよ。なにしろ、誰かと違って、頼りがいがあるからな」
康太郎は、思わせぶりに昌三を見た。
ゴリラ男は、品川の堀田弁護士事務所に入った。目的の写真は、すぐに見つかった。
彼は写真を手に取ると、しばらく眺め、それから細かく千切った。
そのとき、右手の甲に何かが這うのを感じた。小さな蜘蛛が二匹、皮膚の上を這いまわっていた。なんだ、こいつ――。彼はうるさそうに手を振って、払い落とそうとした。
チクッ――チクッ――。二匹の蜘蛛が手の甲に噛みついた。
「あっ、こいつ!」
ゴリラ男は反射的に、左手の平で、右手の甲を叩いた。小さな蜘蛛は二匹とも、ぺちゃんこに潰れていた。彼は満足そうに鼻を鳴らすと、手の甲をズボンに擦り付けて汚れを落とした。
部屋を出たあと、何か違和感を覚えた。右腕が痺れ、噛まれたところが猛烈に痛みだした。見ると赤く変色していた。
(なんだこれは?)
建物を出て、歩道を歩いていると、急に息苦しくなった。ついで吐き気が襲ってきた。視界がぼやけ、世界がぐるりと回転した。
一ヶ月後――。
河合昌三は、盛山のマンションに来ていた。
「社長、なんかあったの?」
昌三の問いかけに、向かいのソファーから、盛山がうかがうように彼を見た。
「どうして、そう思うんだね?」
「だって、急に電話してきて、会いたいって言うから」
昌三は、ふと思い当たって「まさか、警察が動き出したってこと?おれたちは、何も言ってないぞ」
盛山が、鷹揚に手を振った。
「昌三さん、そんなに先回りするな。警察は、関係ない」
「良かった。じゃあ、なんだい?」
「じつは――鳥井のことなんだ」
「鳥井って、税理士さんのこと?」
「ああ、今度はあいつが、わたしの金を持ち逃げした」
「ええっ!あの3億円?」
「そうだ。わたしの関係口座にあるはずが、一銭も振り込まれていない」
「――」
「それで、あんたに聞きたかったんだ。ひょっとして、そちらの誰かが、鳥井と関わっていないかと」
「さあ――」
昌三は、考え込んだ。「とくに変わったことはないし――第一、おれたちは、あの先生のことを、ほとんど知らないよ」
盛山は、それ以上、追及しなかった。彼の態度は、鳥井に関わる情報については、昌三にさほど期待していないようすだった。
「それから、あの男からの置き土産があるんだ」
「置き土産って――なんだい?」
盛山は黙って、リモコンスイッチを押した。
大型テレビに、寝室が映し出された。ベッドの上で、仰向けになった昌三の足もとに屈み込む、盛山の姿が映されていた。しばらくして、全裸の堀田が現れた。
一ケ月前の濡れ場を、ビデオで撮ったものだ。角度からすると、天井の一角にカメラが据え付けられていたのだろう。
昌三はすでに堀田から聞いていたが、あえて知らない振りをした。
「いやだな、おれの顔がはっきり映されているじゃないか。それに、社長や弁護士さんの顔も――」
「ああ、おそらく鳥井は、脅しのつもりで置いていったんだろう。追跡してくれば、ビデオをばらまくってな」
「ええーっ、ひどいな。それで、弁護士さんは知ってるのか」
「堀田には言ってない。あいつはその前に辞めている」
「辞めたって?」
「MT商事の顧問弁護士を辞めたんだ。痔が悪化したんで、治療に専念するって言ってね」
そこで盛山はふっと笑って、昌三をいたずらっぽく見た。「太い根棒を、さんざん突っ込まれたからな。――そういえば、田中は可哀想なことをした」
「田中って、あの大男のこと?彼がどうしたの」
「死んだ。あくまで医者の推定だが、何か強烈な毒を持つ虫に刺されたらしい」
「ええっ!毒虫に刺されて死んだ?でも、そんなことで、あんな大男が死ぬかなあ」
「はっきりしたことは分からない。とにかく、彼は歩道で急に倒れて病院に運ばれ、そのあと死んでしまった」
盛山は立ち上がると、昌三の横に座った。
「お話は終わり。せっかく来たんだから、少し遊んでいくか」
ズボンの前をまさぐられながら、昌三は聞いた。
「でも、3億円もの大金だよ。税理士のことを、どうするの?」
「放っとくさ。3億なんてすぐ稼げる」
盛山は、うそぶくと、すでに勃起した肉棒をそっと掴んだ。
「いつもながらに元気がいいな――。どうだ、このマンションに住まないか?」
「お誘いはありがたいけど」
昌三は、そっと盛山の顔を引き寄せて、キスをした。「じつは、これから旅に出ようと思っているんだ」
「旅――どこに行くんだ?」
盛山は、キスの余韻にうっとりとしながら尋ねた。
「特に決めてないけど、世界のあちこち。昔からの夢だった」
昌三は、シャツの上から盛山の乳首を刺激してやった。
「あっ、いい――でも、息子は大学に行ってるんだろ」
「あれは自分でなんとかやっていけるよ。それに松岡もいるし」
「金はあるのか?――あっ!」
乳首をつままれて、盛山が顎をのけぞらせた。
「たいして貯まってないけど、生活に困らない程度はあるよ」
「わたしが言ってるのは旅行費用だ。世界をぶらつくんだろ」
「まあ、なんとかなるさ。金がなくなれば働けばいいし、寝るところはどこだっていい」
「しかし、海外は物騒だぞ。そんなことしてると、ひどい目にあうぞ」
「――」
「よし、わたしが金を出そう。2百万ほどあればいいか」
「2百万円も!」
「ああ、だからホテルはまともなところに泊まるんだ。それから――今日は、たっぷりと楽しませてもらうぞ」
「だったら、お尻に入れさせてよ」
「ダメなんだ。――出来ることなら、そうしてもらいたいけど」
「だって、社長とは、最後までやってないじゃないか。この前は弁護士さんの尻だったし。おれは社長のふっくらとした尻が好きなんだ」
「中に入れるのは勘弁してくれ。そのかわり、肛門以外なら、あんたの好きにやってくれ」