■ 大逆転(後編) - (二十二)万事休す
(二十二)万事休す
昌三たちは、二人ワンセットで手首に玩具の手錠をかけられ、床にべったりと尻をつけていた。ゴリラ男に後ろを犯された康太郎だけは、尻を庇って横座りしている。
それを取り囲む、敵方の男たち。社長の盛山と税理士の鳥井。そしてゴリラ男たち三人の部下。しばらく姿を見せなかった、弁護士の堀田もいる。
場所は、昼間来た高級マンション。康太郎たちが監禁されていた部屋だ。
「これでようやく、役者が出揃ったってわけだ」
でっぷりとした体をソファーに沈めて、盛山が満足そうに言った。その様子は、いかにも満ち足りた肥った猫を思わせた。そのうち、ゴロニャアと鳴き出すのでは、と思えるほどだ。
「自己紹介しなくても、お互い、よく分かってるな。おっと、あんたとは初対面か」
盛山は昌三のほうを見て、大げさに驚いた表情を作った。「これはまた、素敵なお父さんだ。もうひとりの肥ったお父さんとは大違いだな」
昌三が微妙な表情をする横で、康太郎が鼻を鳴らした。それを無視して、盛山は話をつづけた。
「ところで――」
彼は、床に座る捕虜を見渡した。「どうしてお前たちの居場所が見つかったのか、聞かないのかい?」
昌三が、おずおずと聞いた。
「どうしておれたちの居場所が、分かったんだ?」
康太郎が、昌三を叱った。
「バカ、そんなこと、いちいち聞くな!」
盛山がすかさず言った。
「ハイ、そこのハゲ親父、減点10点」それから昌三を見て「あんたは、ボーナス10点だよ」
深夜の2時過ぎにもかかわらず、盛山はすっかりハイな気分のようである。
「それで昌三さんだっけ、あんたの質問に答えると、それは辛抱強い池内のおかげだよ。彼は新宿駅で、ずっと見張っていたんだ、いつあんたたちが現れるかとね。池内に感謝だな」
それに応えて、角刈りの男がわずかに頭を下げた。
「それから、そのアイデアを出したのは、鳥井先生だよ」
盛山と仲良く並んでソファーに座っていた鳥井が、おどけたように肩をすくめた。
「まあ、お前たちのおかげで金も戻ってきたし、万々歳と言いたいところだが――」
盛山はねっとりとした目つきで床の4人を見た。「あとはお前たちを、どうするかだな」
それを聞いて、国見がごくりと音を立てて唾を飲みこんだ。
「ずいぶんこちらの情報も、手に入れたんだろうな」
盛山が弁護士のほうをちらりと見て言った。堀田が着心地悪そうに俯いた。彼はすっかり憔悴した顔つきをしていた。
「まあ、命まで取るとは言わない。いくらなんでも、4人一緒に消しちまえば、こちらもやばくなるからな」
盛山は薄ら笑いを浮かべたが、床の全員は笑う気分ではなかった。4人まとめて事故死ってことも、あり得るじゃないか――彼らは、暗い気分で考えていた。
「まあ、お前たちのことは明日考えるとして、今夜は遅いからお休みにするか」
そこで盛山は思い出したように「あっと、金は先生の部屋に運んでくれ。この男たちが、オイタをしないとも限らんからな」
さっそく角刈りと茶髪が、部屋の隅に置いてあったトランクを運びだした。
「社長、現金じゃ何かと不用心だ。今回のこともあるし」
税理士の鳥井が、盛山にそっとささやいた。
「それもそうだな。で、どうする?」
「銀行口座に入れておきましょう。匿名口座にして」
「ああ、先生に任せるよ」
そこで盛山は、鳥井の耳元でささやいた。「損害保険の手続きをしているのでね。金は出てこなかったってことで――」
「ああ――じゃあ、分散して預けることにしましょう」
「お任せするよ。それで、誰に手伝わせる?」
鳥井は、隅で心細そうにこちらを見る、堀田のほうに顎をしゃくった。
「堀田先生にお願いしますよ。それから、ボディーガード役に、池内を連れて行きます」
「分かった」
盛山はうなずくと、床の捕虜に向かって言った。
「じゃあ諸君、お休み。今夜はゆっくりと眠ってくれ」
エレベーターホールに出ると、盛山は鳥井に話しかけた。
「やっぱり始末する以外に無いな」
「4人ともですか」
「ああ、4人ともだ。事故死に見せかけてな。あの昌三とかいうフケは、ちょっと惜しい気もするが――」
「だったら、明日味わえばいいじゃないですか。わたしもゲイバーのおデブちゃんを、味わってみたい」
鳥井の提案に、盛山はほくそ笑んだ。
「そうするか。しかし今夜は先生のチンポを味わおうと思っていたが、いったんお預けだな」
「ちょっとくらいなら、これから楽しんでもいいじゃないですか。それに、今ふと思いついた考えがある。ベッドで気持ちのいいことをやりながら、話をしましょう」
そう言うと鳥井は、盛山社長の太った体に腕を回して、自分の部屋とは反対の方向に歩き出した。
――**――
昌三はまんじりともせず一夜を過ごした。カーペットを敷いているとは言え、床で寝るのは辛かった。それに隣の国見が寝返りをうつたびに、手首に掛けられた手錠を引っ張られた。
ふと横を見ると、国見が、不安そうにこちらを見ていた。腫れぼったい目とゆるんだ顎。彼もあまり眠れなかったようだ。
その向こうでは、鉄平と康太郎が、ぐっすりと寝入っている。さすが血の繋がった親子だ。逞しいというか、無神経というか――。昌三は皮肉な思いで、彼らを眺めた。
壁際にあるベッドは、空だった。彼らの見張り役として、ゴリラ男が寝ていたのだが、どうやら食堂で朝飯を食べているようだ。
壁に掛けられた時計が、ちょうど8時を指した。それを待っていたように、茶髪の兄ちゃんとゴリラ男が現れた。
「おい、起きろ」
茶髪の兄ちゃんが甲高い声で言って、まだ桃源郷をさまよっている鉄平の足を蹴った。それから男は、ズボンのポケットからキーを取り出して、昌三に投げてよこした。
「社長のお許しが出た。外していいぞ」
昌三は、心底ホッとした。これで手首の鬱陶しさから開放されるし、自由に動き回れる。
茶髪のお兄ちゃんは、全員が手錠を外し終えると、手錠を回収し、最後に宣告するように言った。
「いいか、手錠は外してやったが、へたな考えは起こすなよ。社長の好意を無にするような奴がいたら、みんなの連帯責任だからな」
彼は、背後に控えるゴリラ男のほうを、ちらりと見た。ゴリラ男が、不気味に微笑んだ。居並ぶ4人にとっては、効果抜群だった。
「それから、この部屋から出るときは、俺に断ってからにしろ。いいな」
すかさず昌三が言った。
「トイレに行きたい」
「おれもだ」と康太郎。
「ぼくは、朝シャン」と鉄平。
「バカ!いっぺんに言うな。一人ずつだ」と茶髪。
その日、昼の一時ごろに、ようやく盛山、それにすこし遅れて、鳥井が堀田弁護士を伴って現れた。
「やあ、お前たち、今日はお利口にしていたかな」
開口一番、盛山が軽口をたたいた。「これから、おしゃべりをする前に、ちょっとお前たちに見てもらいたいものがある」
茶髪の男が、DVDプレーヤーにディスクをセットして、テレビの電源を入れた。
テレビ画面が浮かび上がったとたん、全員、息を呑んだ。
なんと、康太郎が、ゴリラ男に犯されているシーンだった。どうやら天井と壁面の二ヵ所から録画されていたらしく、ふたつの場面が効果的に切り替わっていく。
苦痛に満ちた康太郎の顔。剥き出しにされた白い臀部。もくもくと腰を打ち付けるゴリラ男の姿。それらのシーンが鮮明に映し出され、康太郎の悲鳴や結合部から漏れ出る濡れた音までが、なまなましく録音されていた。
ビデオが終了したとき、康太郎は、怒りと屈辱に顔を真っ赤に染め、盛山をにらみつけていた。ほかの三人は、康太郎から目を逸らして、ひたすら息を潜めていた。
「おいおい、そんな怖い顔で、わたしを睨むなよ」
盛山がおどけたように言った。
「卑怯な手を使うのはよせ!こんなことをして、何になるんだ」
康太郎は怒りに震えて、くぐもった声で言った。朝からカップヌードルひとつだったので、空腹感がよけいに彼の怒りを増大させた。
「わたしとしても、こんな手は使いたくないんだが、保険代わりだからな」
と盛山が言った。
「なんの保険代わりだ!」と康太郎。
「先生、考えたのはあんただ。あんたから説明してくれ」
盛山が、税理士に話を振った。
鳥井があとを引き継いで、淡々と話し出した。
「最初に断っておきたいんだが、これはきみたちを無罪放免にするためなんだよ」
「なにが無罪放免だ。おれの恥ずかしい姿を撮りおって、何の役に立つんだ!」
康太郎が、怒鳴り散らした。
「まあ、そう、かっかしなさんな。わたしの話が終わるまで待ちなさい」
「なにが、かっかするなだ。てめえがケツに突っ込まれたら、そんなに冷静でおれるか!」
鳥井がやれやれと言うように、盛山のほうを見た。
「社長、これじゃ、話が進まない。いったん休憩にしませんか。この男が静かになるよう、もう一度、田中にお仕置きをさせますから」
とたん、康太郎があわてて言った。
「待ていっ!静かにする!」
ゴリラ男がにんまりして、康太郎のほうに近寄ろうとしていた。そこで、ボスが手を挙げて制止するのを見て、残念そうに引き下がった。
鳥井は憎たらしいほど落ち着き払って、口を開いた。
「さて、無罪放免まで話したね。無罪放免といっても、タダではないんだよ。その代償として、きみたちには、これまでのことをきれいさっぱり忘れてもらう」
鉄平が、なあんだという顔をした。それに目ざとく気付いて、鳥井は続けた。
「そう、そこの賢明なお兄ちゃんが思ったように、さほど難しいことではない。でも、わたしたちは商売をしているのでね。何事も、リスクヘッジを求めるんだ」
老人は、肩をすくめた。「わたしは皆さんを信じるが、万が一、誰かが警察に駆け込まないとも限らない。その保険が、先ほど皆さんが見たビデオなんだ」
老人は、自分のほうをにらみつける康太郎を、悲しそうに見た。
「松岡さんひとりが、リスクを背負い込んでるように見えるけど、そうじゃない。だってきみたちは、松岡さんと深い絆で結ばれている。だから全員、先ほどのビデオが世間に流れることを、自分のことのように怖れているはずだ」
ビデオが世間に流れるというところで、康太郎の体がピクリと動いた。
4人の間で、沈黙が流れた。彼らの耳に、税理士の淡々とした声が聞こえてきた。
「あくまで万が一だが、誰かが警察に駆け込んだなら、こちらはDVDをコピーして、都内全域に配送する。さしずめ10万枚ぐらいかな。そうなればマスコミが嗅ぎまわることだろうし、拓満の商売にも影響が出るだろうね。もちろんそれに加えて、皆さんの周りで不幸な事故が続くでしょう」
すっかり静かになった4人を、盛山は満足そうに見渡した。彼は税理士のあとを引き継いで話した。
「こちらが欲しいのは、警察に駆け込まないという、お前たちの約束だ。少し時間をやるから、夕方までに結論を出してくれ。お前たちを自由にするかどうか、その結論にかかっているんだ」
そこで盛山は、立ち上がった。「ところで昌三さん、あんたとちょっと話がしたい。わたしの部屋に、来てもらえるかい」
昌三はポケッとした顔をしたが、おずおずと立ち上がった。鉄平が、気をつけてと言うように、父親のほうを見た。
「堀田先生、あんたも来てくれ」
盛山が、弁護士に向かって言った。
おもむろに鳥井が腰を上げて、国見のところに歩み寄った。
「じゃあ、わたしは、この男とお話するかな」
彼は国見の肩に手を置くと、意味ありげに昌三を見た。「この前は、途中で邪魔が入ったからね」