■ 大逆転(前編) - (九)接近
(九)接近
新宿駅は、乗降客や待ち合わせ客でごったがえしていた。
昌三と康太郎は、柱の影から様子をうかがった。男たちはすぐに見つかった。角刈りの男とチンピラ風の若造。鉄平の姿は見えなかった。彼らはときおり腕時計に目をやって、いらいらした素振りをしている。
「おい、これからどうするんだ?もう6時は過ぎてるぞ」
康太郎が心配そうにささやいた。彼は淡い茶色のサングラスをしていた。
「心配するな。少し、いらつかせてやれ」
「そんなこと言って、あいつらが帰ったらどうするんだ?」
「しっ!」
昌三が注意した。
角刈りの男が連れになにか言って、その場を離れた。どうやらトイレに行くようだ。
「さあて、出番だぞ」
昌三は、康太郎の腕をつかんで歩き出した。彼は人ごみを縫って歩きながら、ささやいた。
「いいか、若造に何気なく話しかけるんだ」
二人は、若い男の背後から近づいた。
「やあ、待たせたな」
康太郎がのんびりと声をかけた。
茶髪の若い男がびくっとして、すばやく振り向いた。気障なサングラスをかけたオジン。割烹屋の親父だ。その彼のわき腹に、固いものが押しつけられた。
「声を出すな。こっちは命がけでやってるんだ。へたに動くと、どてっ腹に穴があくぞ」
背後から昌三がささやいた。彼はジャンパーのポケットに手を突っ込み、握りしめたものを男に押しつけていた。
男が凍りついたように息を呑んだ。
「いいか、ゆっくりと歩くんだ。違う、こっちのほうだ」
茶髪は従順に歩き出した。二人の年配者は、左右から男を挟んで歩きながら、油断なくまわりに目を配った。
「あのガラスドアのほうに歩け。中に入ったら、エレベーターに乗るんだ」
「ぼうや、もうちょっと早く歩け。時間稼ぎをしようたって、そうはとんやがおろさないぞ」
「そうだ、へたな考えは起こすなよ。なんだったら、ここでバラしてもいいんだぞ」
「ぼうや、この小父さんを怒らせるなよ。さっきから、かなりイラついているんだ。何をしでかすかわからんぞ」
二人は交互に話しかけながら、茶髪をエレベーターに乗せた。傍目には、人の良い小父さんたちが、二人のどちらかの息子と歩いていると見えたことだろう。
しかし、若い男にとっては、人のよい小父さんたちどころではなかった。わき腹に押しつけられた拳銃の固い感触。オジンの声にひめられた固い決意。彼はオジンたちの言うとおりに、従わざるをえなかった。
三人は、エレベーターを6階で降り、階段室の横にあるトイレに入った。他の客はいなかった。彼らは一番奥のブースに入った。
昌三がポケットからガムテープを取り出して、康太郎に渡した。さっそく康太郎が、茶髪の両手を後ろ手にして、テープを巻きつけた。
「よし、むこうを向け」
昌三が男に命令した。
恐る恐る茶髪が、壁に向き合った。昌三が背後から腕をまわして、男のベルトをゆるめだした。
「おい、何をするつもりだ?」
康太郎がささやきかけた。
昌三は無言で作業を続けた。ベルトをゆるめると、男を壁におしつけて、ズボンを引き下ろした。
「な、なにをする!」
男が初めて声を出した。
「声を出すな!頭をぶちぬくぞ」
昌三が鋭く言った。彼はポケットから拳銃を抜き出すと、男の後頭部に押しつけた。念を押すように、もういちど言った。
「いいか、おれはさっきから、お前にピストルの弾を撃ち込みたくて、うずうずしてるんだ。一言でもしゃべってみろ。穴をあけてやる」
茶髪がいやいやをした。
「よし、足を開いて腰を曲げるんだ」
茶髪は、パンツをずり下ろされた哀れな格好で、戸惑いながらも足を開いた。
「もっと大きく広げろ」
昌三は男に命令すると、ポケットからペンライトを取り出した。彼は先端を口にくわえて、唾で湿らせた。それから屈みこんで――。
「ああっ、やめてくれ!」
肛門に異物を突っ込まれて、茶髪が悲鳴をあげた。
(この変態オヤジ、なんてことを――)
「声を出すなと言っただろうが」
昌三は、手にしたペンライトを若者の尻に差し込んで、何度か抜き差ししたあと、ぐぐっと全長を押し込んだ。
若者がくぐもった悲鳴をあげた。
康太郎のほうは、ハトが豆鉄砲でも食ったような表情で、その様子を見ている。
ペンライトを完入させると、昌三は異物が抜け出さないよう、茶髪の股座にテープを貼り付けた。
それから茶髪を、大便器の蓋の上に座らせた。次いで両足首に、テープをしっかりと巻きつけた。
若い男は下腹部を剥き出しにして、居心地悪そうに尻をもぞもぞさせていた。
作業を終えると、昌三は伸びをして深呼吸し、腰をトントンと叩いた。
康太郎は、あっけにとられて見ていた。連れを見る彼の顔は、まるで異星人でも見ているような表情だった。
昌三は、親しげに茶髪の肩に手を置いた。
「さあて、ぼうや、これで準備完了だ。息子がどこにいるか、小父さんたちに話してごらん」
「知らない――ほんとだ。俺は一緒じゃなかったんだ」
「ほう、そうかい」
茶髪の頬を手のひらでペタペタと叩きながら、昌三は言った。
「じゃあ、小父さんたちはお前を残して、行っちまうよ」
彼はブースのドアを開けかけて、思い出したように言った。
「あっと、言うのを忘れるところだった。おまえの尻に突っ込んだもの――あれは時限爆弾なんだ」
「そんなの――ハッタリだ」
茶髪があえいだ。
「なんとでも思うがいい」
昌三はおもむろに腕時計を見た。
「7時にセットしてるから、あと30分ほどあるな。それから分かってると思うけど、いくらいきんでも、尻の中のモノは出てこないよ。テープを貼ってるからね」
茶髪は、不信と恐怖が入り混じった複雑な表情で、昌三を見上げた。神経質にまばたきして、額に汗がにじんでいる。
昌三はもういちど聞いた。
「ほんとに息子の居場所を、知らないんだな」
「――」
茶髪は黙っていた。
「じゃあ、あばよ。あんたと心中したくないんでね」
昌三は康太郎をうながすと、ドアのフックを外して、外に出た。
「ま、待ってくれ!」
茶髪が、必死に呼びとめた。
「思い出したのかい?」
振りかえって、昌三はのんびりと聞いた。
「ああ――弁護士のところだ」
茶髪は言ったあと、がっくりとうなだれた。ボスも怖かったが、尻を吹っ飛ばされる方がもっと怖かった。
昌三はブースに戻るとドアを閉め、茶髪に気付かれないように、康太郎にむけてウインクした。
「どこの弁護士さんだね?」
「堀田弁護士――ガキは先生の事務所にいる。品川だ」
事務所の詳しい場所を聞き出すと、茶髪の口にガムテープを貼った。それからおもむろに、ポケットからピストルを取り出した。
拳銃を目の前に突き付けられて、若い男の目が恐怖に見開かれた。引き金をしぼる指に力がこめられ、茶髪が固く目を閉じた。
「やっぱりやめとくか。血を見るのはきらいでね。でもお前が、嘘をついたと分かった時には――」
昌三は思わせぶりに、最後まで言わなかった。それから若者の耳元に口を近づけて、ささやいた。
「いいか、へたに動かないほうがいいぞ。実は、お前の尻に入っているモノは、時限爆弾じゃない。振動で爆発する仕掛けになっているんだ」
二人が一緒にブースから出たところで、ちょうど年配の紳士がトイレに入ってきた。
その紳士は、まるで汚らわしいものに出くわしたような目つきで二人を見て、そのままUターンしてトイレから出ていった。
「おい、勘違いされたじゃないか」
康太郎が、ひどくあわててつぶやいた。
「けっ、なんとでも思わせておけ」
昌三は、気にも止めなかった。
彼はドアを半開きにして、慎重に掛け金を上にずらし、すばやくドアを閉めた。ドアの内側で掛け金が見事にかかった。それから手帳を取り出すと、白紙のページを一枚、破り取った。それをいま出てきたばかりのブースの扉に、セロハンテープで貼りつけた。ついでボールペンを取り出し、紙の上に『故障中』と書いた。
万事抜け目ない昌三を、康太郎は不審そうに見ていた。
(なんでこいつは、こんなことを知ってるんだ?)彼の目はそう言いたげだった。