目 次
グランパラダイスU(後編) - 我ら熟年探偵団
(1)

事件の日から、1週間が経過した。その間、男たちからは、何の連絡もなかった。
(男たちの目的は、なんだったのだろう?)
篤志に思いつくことは、何もなかった。あのときは催淫剤をかがされ、男に抱かれた強烈な快感で意識は正常でなかったが、ビデオ撮影されたのは間違いない。
それにしても、脅迫めいた連絡は、なにひとつ無かった。
篤志は男たちに拉致され凌辱されたことは、誰にも言っていなかった。状況によっては、警視庁の強羅鉄男に相談しなければならないだろう。しかし、それも男たちから何らかの動きがあってからだ。
会社に行ったとき、監査役の真締を呼んで、いま会社が抱えている事業上のトラブルを聞いた。しかし、どれも会社の経営者が攻撃目標になるようなトラブルは、無いように思われた。

家に戻ると、御膳が来ていた。
御膳は忠の用意した晩飯を食べながら、たわい無いおしゃべりをしている。
忠のほうは多少迷惑そうな顔をしていたが、御膳が旦那さまの勤める会社の元会長であることから、そう邪慳にもできないようだ。
篤志が向かいに腰かけて食事を始めると、御膳が話しかけてきた。
「どうだ、会社の様子は?」
「すべて順調ですよ。Sプロジェクトも大詰めにきています」
「ふむ、順調に見えている時こそ落とし穴がある。気を付けることだな」
相変わらず御膳はひとこと多い。篤志は「せいぜい気を付けます」と言って、食事に専念した。

食後、郵便物を見ていると、『仲間会長殿 親展』と書かれた封筒があった。住所も切手もないところを見ると、直接、郵便受けに投函されたようだ。
中にはひとつだけ、小さなスティック状のものが入っていた。
「なんだ、これは?」
篤志がその物体をかざして見ていると、忠が横から言った。
「旦那さま、それはUSBメモリーというものですよ」
「USBメモリー?」
「ええ、その中にデータが入っていて、パソコンに差し込んで見るのです」
会社のデスクには篤志専用のパソコンが1台置かれているが、彼はほとんど使っていなかった。せいぜい利用するのは、会社の資料を読むかEメールを見るくらいだ。
いっぽう忠は、パソコンについては、ひと通りの知識を身に着けていた。
「旦那さま、中のデータを見てみますか?」
「ああ、やってみろ」
さっそく忠が自分のパソコンを持ってきて、USBメモリーを装着した。彼がパソコンを操作していると、御膳も寄ってきた。
ほどなく画面に内容物が映った。
ひと目見て、篤志はアッと驚いた。
なんと、この前、男に犯された時の動画だった。

――◇――

グランパラダイスに、いつものメンバーが集まっていた。
稚加良強は脳梗塞の後遺症も癒え、松葉杖なしで歩けたが、用心のためステッキを持ち歩いていた。それにスキンヘッドもすっかり定着して、大きな寺の高僧といっても通用する顔つきになっている。
彼の旧友、鬼律忠司はいつもの超然とした姿勢で、止まり木に腰掛けている。その横には、従僕のように控えめな僕野無有民が、癒し系の穏やかな笑みを浮かべている。
忠司と無有民は酒を飲んでいるが、強はノンアルコールビールを飲んでいた。最近の強は、まるで見かけの高邁さに合わせたように、品行方正になっていた。
その強が、マスターに訊いた。
「ヨージ、アツの姿を見ないが、どうしている?」
「ええ、こん3日ほど、ここには来ていません。なんでも会長、えらい目に会ったんだそうで」
言ったあと、洋児はしまったという顔をした。そのことは、忠から口止めされていたのだ。
「えらい目に会ったって、どんなことだ?」
「いえ、内容は聞いていないんで」
「ほう――と言うことは、口止めするほど秘密のことか」
強はつぶやいて、忠司のほうに向き直った。「ター、これからアツの家に行くぞ。旧友のよしみだ、訳を聞かんとな」
忠司がうなずいて、無有民に言った。
「ムーちゃん、悪いけど先に帰っていて。ツヨと出かけるから」

稚加良強と鬼律忠司は、旧友の屋敷に行った。
出てきた使用人の忠に、忠司が訊いた。
「なんかアッちゃんが、大変な目に会ったんだってね」
忠は慎重な口ぶりで言った。
「誰から聞きました?」
「それより、アツは大丈夫か」と強。
「じつは――」
忠が言いかけたところで、二人は固唾をのんだ。いよいよ旧友の、人に言えない秘密でも聞けるのか。
忠は、ふっと息を吐いた。
「やっぱりやめておきます。旦那さまのことは、口が裂けても申し上げることはできません」
(あらら――)
二人は拍子抜けした。
忠司などは「そうだよな」などとお利口ぶって、うなずいている。
そこに御膳がやって来て、使用人の忠義心など即座に吹っ飛んでしまった。
御膳は客の前で、忠に向かってずけずけと言った。
「チュウ爺、会長が男に犯されている動画なあ、もう一度見せてくれ」

家に戻ってきた篤志は、食堂にいる強と忠司の顔を見て、眉をひそめた。
食卓の上にはパソコンが開かれている。抗議するように忠のほうを見ると、わたしじゃございませんよ、と言うように頭を振っている。
ということは、犯人は残りのひとり――何食わぬ顔で端にいる御膳だ。
しかしここにいる全員は、男色行為の経験者なので、興奮こそすれ、一般人のような衝撃は受けないだろう。
結局篤志は、自分の身に起こった出来事を、旧友たちにも話さざるを得なかった。
「――こんなものを送りつけて、何も言ってこないなんておかしい。会長、会社のほうにも来ていないのだな」
御膳が篤志に聞いた。
「ええ、今のところなにも――」
「単に嫌がらせじゃないのか」
忠司が言って、御膳がじろりと睨んだ。
「嫌がらせだけで、こんな手の込んだことをやるか。顔の表情や結合部のアップ、全身画像、これだけ編集するのは大変な手間がかかっているぞ」
いつの間にか、その場はすっかり御膳が取り仕切っている。まるで、自分が犯罪捜査班のチーフかなにかと思っているようだ。
強が考え込むようにして言った。
「確かに専門家の動画だな」
彼は篤志に向かって言った。「アツ、鉄男がおれの家に来ているはずだ。彼を呼んでいいか?」
「ああ、これだけみんなに知られたのなら、彼に調べてもらっても構わん」
篤志はあきらめたように言った。
御膳が意地の悪い質問をした。
「それで、店の連中にはどうする?オーナーがひどい目に会ったのだ。従業員も知っとくべきだろう?」
「駄目だっ!」
篤志は大慌てで叫んだ。「彼らにひとことでも言ってみろ。不忍池に沈めてやる!いいか、みんなもだぞ」
「おお、怖っ」
御膳がのんびりと言った。「で、口止め料はいくらだ?」

USBに収められた動画を見たあと、強羅鉄男はすぐに言った。
「これはおそらく、レインボー企画の関係者が絡んでいますね。その会社はゲイビデオの制作や販売をやっていますが、この黒い頭巾をかぶった男は、そのビデオによく出てくる男です」
それを聞いて、一同、びっくりした。まさか警視庁の警視が、そんな裏情報に通じているとは思っていなかったからだ。
それを代表するように、御膳が訊いた。
「と言うことは、強羅警視、この男が出演するゲイビデオを見たってこと?」
鉄男は返答に窮して、顔を赤らめた。
そのとき助け船を出して、稚加良強が言った。
「それは警察官だから、犯罪に絡むことはなんでも目を通しているさ」
強の発言に、自分を取り戻した鉄男は、篤志に訊いた。
「会長が拉致されてこのビデオを撮られるまで、先方の人間は何人見ましたか?」
「3人。拉致されたときは、この頭巾の男とでっぷりと太った50代くらいの男。それにビデオを撮られたときは、カメラマンの男がひとり加わっていた。60代か70代、背が低く小太りだった」
「じゃあ、その3人の素顔を見たのですね」
「ああ。麻薬をかがされて意識は正常じゃなかったが、顔は覚えている」
篤志が答えると、鉄男は考えながら言った。
「プライベートなことですから、警視庁に来てもらうのはまずいでしょう。明日、わたしが写真を持って、もう一度来ます。その写真で確認してください」

次の夜、強羅鉄男が写真を持って、篤志の家にやってきた。
食堂に、前日いた顔ぶれが全員そろっている。彼らの顔はまるで探偵団気取りだ。
渡された写真を見て、篤志は即座に言った。
「この肥った男とこちらの角刈りの男だ。カメラマンの写真は無いな」
それを受けて、鉄男が説明した。
「肥った男は万野先蔵、レインボー企画の代表者です。角刈りの男は槍辺鎌造、ポルノ映画の役者で『ピストンケンちゃん』なんて芸名がつけられています」
そう言って、鉄男は忠のパソコンを使って、インターネットのサイトを開いた。彼は手慣れた様子で、パソコンのキーを操作し、サンプルムービーを作動させた。
角刈りの男が小太りの老人を犯すシーンだった。まさに篤志が受けたと同じ性行為だ。
動画はすぐに終わった。

「これで犯人は分かったな。さあて、これからどうするかだ」
御膳の言葉に、篤志が遮るように言った。
「ちょっと待って!レインボー企画といえば、前に丸山不動産が空き家のテナントとして紹介したところで、そのときは契約を断っている。その腹いせなのか、それともほかに狙いがあるのか。まずはそれを調べるべきだ」
「と言うことは、先に丸山海老造を締め上げるってことだな」
強がニヤリとした。彼は前にグランパラダイスで、海老造に絡まれたことがある。
それを制するように篤志は言った。
「おそらく今回の件は、丸山海老造は無関係だと思う。でも念のため、彼に会って、探ってみるか」
そこで彼は、強羅鉄男に向かって「テッちゃんはまだ動かないで。必要だと判断したら、こちらから電話するから」
鉄男はうなずいた。
「分かりました。ただし、彼らを調べるのは細心の注意を払ってください。今のところ、彼らは暴力団に繋がっていないようですが、危険な連中であることは確かです」
鉄男の忠告などどこ吹く風と、御膳がのんびりと言った。
「じゃあ、わしは、レインボー企画なる会社の住所に行ってみるか。本当にあるかどうかだな」
[17/08/31 07:05 神亀]
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