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風の新之輔第二部 - 第二部流浪の旅(九)
(九)

越後と信濃の国境は、冬になると豪雪に見舞われる、気象条件の厳しいところである。
しかも険しい峠越えのある古間宿から牟礼宿の間は、国境でも一番の難所である。
「まだ雪が積もっていなくて良かったですね」
先頭を歩く新造が振り返って、新之輔に話しかけた。
「ああ。新造がいて、本当に助かる」
新之輔は馬の手綱を短く持って、慎重に歩を運びながら言った。新造は、何度も通ったことがあるらしく、道の状況をよく知っていた。
「新之輔さま、もう少しの辛抱でございます。ほどなく善光寺宿が見えてまいります。今宵はそこに泊まりましょう」

ふたりは善光寺宿に着くと、参道を歩いて馬の世話のできる旅籠を探した。
旅籠はすぐに見つかった。空はまだ明るさが残っていたので、馬と荷物を預けて、新之輔は善光寺にお参りに出かけた。その間、新造は別れて、商いに出ていった。
善光寺の本尊は、一光三尊阿弥陀如来である。この寺は、日本に仏教が伝わる以前から存在していたことから、無宗派の寺院として知られている。また女人禁制のある仏教の中で、ここは男女平等の救済を説いている。
そんなことから広く庶民に人気があり、後世では、「一生に一度は善光寺詣で」と言われるほど参拝客で賑わうようになる。
それでもこの善光寺は、いくつもの困難を乗り越えてきた歴史がある。
領主が変わるたびに、寺の本尊も何度か他所に移され、そしてこの地に戻って来た。その間、戦乱に巻き込まれ、荒廃を余儀なくされた。
江戸幕府になって、徳川家康により寺領千石の寄進を受け、ようやく復興の途に就いた。参道も整備され、店も立ち並ぶようになった。
そのような歴史をもつ善光寺の敷地内を歩きながら、新之輔は、懐が深く雄大な何かを感じていた。

新之輔が善光寺から戻ると、新造もほどなく旅籠に帰ってきた。
ふたりは宿の湯屋で旅の汗を流した。湯から上がってすっきりすると、部屋に戻って信州ソバの出前を頼んだ。
ソバが届く間、宿の女に言って酒を持ってこさせた。
酒がほどよくまわったところで、新造はそれとなく聞いた。
「こんなことを伺うのはご無礼かも知れませんが――新之輔さまは身体中に、たくさんの刀傷がおありですね。戰の時代はとうに終えておりますが、なにかご事情でもおありでしょうか?」
新之輔はすぐには答えなかった。しばらくして、おもむろに口を開いた。
「拙者は十五のとき初陣した。戰に出たのはそれきりだが、若い頃はずいぶん無茶をした。無法者を見ると無性に腹が立って、相手が何人居ようと向かっていった」
そこで新之輔はふっと笑った。
「古傷はその頃の名残だ。そして新しい傷は――おぬしには話せぬ」
新造はうなずいた。
「さようでございますか。ならば深くはお聞き致しませぬ。でも、無法者を見ると無性に腹が立つとおっしゃいましたが――なにか経緯でもおありでしょうか?」
新之輔は年配者の顔を見た。そこに信頼の置けそうな穏やかな表情を見て、とつとつと話しだした。
「拙者が九つのとき、目の前で母上と姉者が、浪人者の一味になぶり者にされ、あげくの果ては殺された。今ある拙者は、すべてこのときに帰す」
酒をぐいとあおりながら、新之輔は自嘲ぎみに笑みを浮かべた。
「それが、無法者を憎むいきさつだ。加えて、その事件が拙者を片端者にした。――女を抱くことが出来ないのだ。母上や姉者の悲鳴が耳に残っていて、女に触れるのが怖い。それで衆道に入った。それも若衆相手ではなく、身の回りの世話をする爺とだ」
「前に新之輔さまはおっしゃっていましたね、手前が世話になったお方に似ていると。それに、酔うとけしからぬ気を起すかも知れない、とも」
そこで新造は、酒を注ぐ新之輔の手元を見た。「そんなにお酒を飲んで、大丈夫でございますか」
新之輔はのんびりと答えた。
「大丈夫ではないかも知れんのう。おぬしを前にして、今夜は飲みたい気分だ。本当に、拙者の世話をしてくれた爺によく似ている」
そこで新造を窺うように見て、新之輔は訊いた。「おぬしは衆道を知っているようだが、念者と契りを結んだことがあるのか」
新造はすこし口を閉ざしていたが、小声で言った。
「若い頃に、されたことはございます。でも、あれは痛くて――」
「拙者なら痛くないように出来る。どうじゃ、今宵契って見るか」
「そんな、急に言われましても――」
そのとき、頼んだソバが届いて、二人は口を閉ざした。

その夜、新造はとうとう折れて、新之輔の相手をすることになった。
夜具の上で正座する新造の身体は、緊張のあまり震えていた。
新之輔は無言で腰の帯を解き、長着を肩から落とした。下帯の前が大きく膨らんでいる。
下帯を取ると、弾け飛ぶように魔羅があらわれた。
新造はぎょっとした。
「ひええっ!――こ、これは」
その目は、新之輔の股間に釘付けになっている。「――り、立派すぎます。とても無理です。ご勘弁下さい」
「この期に及んで、それは許さん。今宵は是が非でも、拙者の相手をしてもらう」
すっかりその気になっている新之輔は、年寄りを思いやる気持ちも忘れ、手荒に新造の身体を押し倒した。
ほどなく静まり返った旅籠に、男の悲鳴が染み渡った。

翌朝、宿を出たふたりは、馬を牽いて北国街道を歩いていた。
新之輔が晴れやかな表情をしているのに比べ、新造のほうは疲れ切った表情をしている。それに新造は、多少歩き辛そうだった。
「新造、おぬしは善光寺までと申していたが、この先も拙者に付き合ってくれるのか」
新之輔の言葉遣いは、すっかり打ち解けたものになっていた。
「それはもう、新之輔さまとあんな仲になったのですから」
新造は、多少恥ずかしげに言った。昨夜は新之輔のたくましい身体の下で、ただ生娘のようにうち震えているだけだった。まだ尻に残っているような感覚があった。
それでも久しぶりの御庭華は、思ったほどの苦痛ではなかった。
新之輔は無理やりにこじ入れず、時間をかけて解きほぐしてくれた。丁子油という珍しい滑り剤を使ってくれたのも幸いした。
完全に結ばれたとき、新造は、ほんのわずかばかり、衆道の悦びを覚えた気がした。

しばらく歩くと、広大な盆地が一望できるところに出た。そこは善光寺平と呼ばれている。遠く千曲川が横切り、手前のほうは犀川が流れている。
この二つの川で囲まれた三角地帯が、川中島である。戦国時代、武田信玄と上杉謙信が信濃の覇権を競って、合戦を繰り広げた地であった。
新之輔はその当時に思いを馳せて、血のたかぶるのを覚えた。
そして、思った。(旅はいい――)これまで聞いていた遠くの出来事が、すぐ身近に感じられるのだ。
そんな新之輔の横顔を、新造は静かに見ていた。

小諸の城下町に泊まった夜のことだった。
新造は、横ざまに寝た新之輔の腰を揉んでいた。善光寺宿に続いて、二度目の睦みごとをしたあとだった。
按摩の心得があるのか、新造の手つきは慣れていた。筋肉のついた肩から腰へ、しなやかな指が這いまわる。
そのうち新之輔が、軽く鼾を立て始めた。
そのとき、季節外れの虫の鳴き声がかすかに聞こえた。
新造の手の動きがとまった。
彼は新之輔の身体に蒲団を掛けると、すっと立ち上がった。それから音を立てずに部屋を出て行った。
それまでいびきをかいていた新之輔が、目を開けた。しかしそのまま身を横たえていた。

男たちは宿の裏手にある水車小屋の前にいた。
奇妙なふたり連れだった。ひとりはがっしりとした体格の三十男で、片目がつぶれている。もうひとりは二十歳そこそこの男だが、女のような顔立ちをして身体も小さい。
「何の用だ?」
新造はひとこと尋ねた。
それに直接答えず、三十男が面白そうに口をゆがめた。閉じられた左の瞼に刀創がある。
「初めてお目にかかる。主を持たぬ忍者と聞いたが、老いたな」
男の言葉に、新造は皮肉な笑みを浮かべた。
「初めてではなかろう。そこの若い男は、野尻宿の手前で見た。そのあと善光寺でもお前たちを見かけている。もっとも若いほうは、小娘の格好をしていたが」
男がわずかに驚いた表情をした。
「さすが霞の新造と呼ばれるだけはある。おれは虎三、そしてこれは小夜太だ」
その名前に覚えがあった。以前、ふたり組になって行動する黒鉄衆がいる、と聞いたことがある。
(名前を名乗ったということは、こちらを味方と思っているのか?それとも殺す相手への、手向けの名乗りとしたか)
思案しながら、新造は訊いた。
「海滑藩の使いか?」
それに直接返答せず、虎三は下卑た笑みを浮かべた。
「それにしてもあの男、すさまじい得物を持っているな」
相棒に応じて、小夜太が女のような口をきいた。
「ほんに、まるで馬のような得物でございました。突き殺されないかと、お前さまが可哀相になりました」
小夜太は娘のような小さな体つきをして、顔も女と見紛うほど美しい。しかしその小袖と裁着袴の下には、鍛え抜かれたばねのような肉体があるのが見て取れる。

(やはり、このふたりだったか)
新之輔と身体を重ねたとき、新造は天井裏の気配に気づいていた。しかし殺気は感じられなかったので、そのままにして置いた。それよりもあのときは、新之輔の大きなへのこを受け入れることで、必死だった。
「目の保養になったようだな。それにしてもふたりとも、ずいぶん息遣いが荒かったぞ」
新造は平然として言うと、再度、最初の質問を発した。「何の用だ?」
虎三がようやくまともな口をきいた。
「おぬしが誰に金を貰って動いているかは知らぬが、桂男の術を使ってあの男に取り入っているのは分かっている」
そこでクックッと笑った。「桂男にしてはずいぶん歳を食っているが、あの男が老爺好みで幸いだったな」
桂男(かつらおとこ)とはインドから中国を経て日本に伝わった逸話で、月に住む妖怪のことである。また美男をさすこともある。忍術で桂男の術とは、敵中に間者を送り込むことを意味している。
虎三は話をつづけた。
「おぬしの狙いは、あの男を殺すことであろう。あの男、身のこなしから察するに相当の遣い手とみたが、しょせん忍びの前では敵でない」
そこで断定するように言った。「霞の新造、早くあの男を殺れ。あまりに遅いと、われらが代わりに動くぞ」
「そうだ。わざわざ遠いところから来たのだ。早く帰りたい」
小夜太が言い足して、虎三が余計なことを言うな、というように連れに目配せした。
(青いな)新造は内心、ほくそ笑んだ。遠いところと言えば、豊後の国、海滑に決まっている。
(ということは、このふたり、やはり藩の刺客か)
新造はのんびりとした口ぶりで言った。
「まあそう急かずと、わしに任せてしばらく見ておれ」
[17/01/10 08:27 神亀]
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